銀杏BOYZ 「山形のロック好きの集まり2023」 @やまぎん県民ホール 3/4
- 2023/03/05
- 19:26
昨年も中野サンプラザとオリックス劇場というホールでワンマンを行った、銀杏BOYZ。次なるライブは峯田和伸の地元である山形でのワンマン。山形駅を降りると体に突き刺さるような風の冷たさや石油ストーブの匂いに懐かしくなるのは東北生まれの血によるもので、峯田本人もそれを感じているだろうか。
やまぎん県民ホールは山形駅から徒歩すぐという、地方から来る人にも立地的にありがたい場所であり、いろんな演劇やコンサートも行われている新しいホール。広さ的にも中野サンプラザを新しくしたような感じというイメージの場所である。
開演前のステージは紗幕が張られており、開演時間の18時を少し過ぎたあたりで場内のBGMが徐々に大きくなっていくと、客席から拍手とともに「峯田ー!」という怒号にも似た声が飛び交う。しかしメンバーが出てくるより前に紗幕に映し出されたのは峯田和伸(ボーカル&ギター)が歩いている、雪が降る山形県内と思しき場所の映像であり、そこに峯田と女性(麻生久美子?)による「銀河鉄道の夜」の朗読が重なっていくと、紗幕が上がって峯田が1人きりでステージに登場し、マイクスタンドの前に置かれた赤い椅子に座るというのは昨年の中野サンプラザの時と同じオープニングであるのだが(もちろん映像を撮ったであろう場所は違う)、明らかに違うのは峯田がステージに現れた時の第一声が
「ただいま」
だったということ。その一言だけでこの日のライブが今までとは違う、この日だけの(銀杏BOYZのライブはいつもそうであるが)特別なものになるという予感がひしひしと感じられる。
その峯田が座ってアコギを弾きながら歌い始めたのは「人間」。これも中野サンプラザの時と同じで、途中からバンド編成になるということはなく、峯田の弾き語りのみという形。なのであのバンド編成になった瞬間のグワーっとなるようなカタルシスはないけれど、それでもやはりこの曲を聴いていると引き込まれてしまうところはやはりある。それは座席があるだけにほとんどの人が座っていて、先ほどまで怒号を飛ばしていた人たちすらも全く声を上げることなく峯田の歌にただただ耳を傾けているという空気からもよくわかる。
「今日は声を出していいんでしょ?いろんなアーティストの人が言ってるだろうけど、やっぱり声が聞こえるっていうのは全然違うね」
と峯田が口にすると待ってましたとばかりに怒号が飛び交うのであるが、
「今日は山形に恩返しをするつもりでやるから。みんな最後まで楽しんでいってください」
という山形でのライブだからこその言葉には大きな拍手と歓声が起こる。山形でライブをやるのは2005年のツアー以来、実に18年ぶりだという。確かにあれ以降に銀杏BOYZが日本の各地をくまなく廻るっていうことがほとんどないまま、当時のメンバーたちが辞めてしまって…ということも思い出してしまう。
するとおなじみの加藤綾太(ギター)、岡山健二(ドラム)、藤原寛(ベース)、山本幹宗(ギター)というおなじみのバンドメンバーたちもステージに現れて演奏されたのは、そのメンバーたちも座って演奏することによってアコースティック的な空気が強くなる「NO FUTURE NO CRY」であり、パンクな原曲が少し落ち着いたテンポによって演奏される。張り上げるというよりも歌い上げるという形の峯田の歌唱も今ではこの形の方が歌いやすそうに感じる。
さらには峯田がタイトルを口にしただけで拍手と歓声が湧き上がった「YOU & I VS. THE WORLD」では椅子に座りながらも観客が曲を口ずさんでいるのがわかる。東京などの山形以外から来た人も多かっただろうし、そうした人達はこの曲をすでにライブで演奏しているのを聴いているかもしれないけれど、それでもこの曲を今聴けるというのが本当に幸せに感じられる。これからも、
「君と僕は永遠に 手と手繋ぎどこまでも」
というくらいに銀杏BOYZのライブを見て生きていきたいと思えるのだ。
すると峯田は
「立って踊ってもいいし、座っててもいい。あなたの好きなように楽しんでくれればいい。日本人特有の同調圧力みたいなやつなんか気にしなくていいから」
と観客に呼びかけると、少しずつ座っていた観客が立ち上がり始める。そんな状況で演奏された「夢で逢えたら」はこのアコースティックと言っていい、岡山のリズムの再解釈も含めて、メンバーが座ったままでの演奏だからこそよりロマンチックに感じられる。顎髭が顔を覆うくらいに伸びたことによってだいぶイメージが変わった藤原のコーラスもバンドにとって重要な役割を担っているが、夢でもなかなか逢えないからこうやって山形まで逢いにきた人がたくさんいるのだ。
すると加藤がアコギからエレキに持ち替えて、山本とともにあの踊り出さずにはいられないギターのイントロを奏でて演奏されたのはこのメンバーが座ったままでの「I DON'T WANNA DIE FOREVER」であり、そのイントロが鳴った瞬間に観客が一斉に立ち上がっていく様は壮観ですらあり、やはりみんなこの曲を聴いたらそうなっちゃうよな、と思っていたら、峯田は「おっぺけぺー」のフレーズで客席にマイクを向ける。すると観客の大合唱が響く。こんな「おっぺけぺー」なんてバカみたいなフレーズであっても観客の声が響いただけで涙が出てきてしまうのは、峯田が客席に飛び込んだりすることはないけれど、あのめちゃくちゃで、でもそれが何よりも楽しかった銀杏BOYZのライブが少しずつ戻ってきていることが実感できたからだ。きっとこのライブを経てもう少ししたら、またライブハウスでぐっちゃぐちゃになるような銀杏BOYZのライブだってまた見れるはず。そんな希望をこの日の「I DON'T WANNA DIE FOREVER」の大合唱は確かに感じさせてくれた。
そんな峯田は
「もう45歳になって、俺は独身だし子供もいないけど、曲を作って歌うってことは子供を育てるみたいなことでもあるのかなって。出来の良い子供もいれば悪い子供もいて、次にやる曲は出来の悪い子供なんだけど、今日はテレビとか収録も入ってないから何にも考えずにやれる。そんなこの子供を可愛がってくれたらと思います」
と言って、峯田のアコギと歌唱がブルージーさを感じさせ、途中ではその歌唱が凶悪とすら言えるようなものになるのは「トラッシュ」。出来が悪いというか、確かに素行は悪いかもしれないが、峯田も言っていたようにこうした曲こそが実に銀杏らしい曲であるとも言える。だからこそファンにずっと愛されてきた曲でもある。このアレンジもいいけれど、また通常のバンドでの、愛車のチャリで街中を駆け抜けるようなパンクな演奏でも聴きたくなるくらいに、やっぱりこの曲が好きなのだ。
さらにはどちらかというと「骨」のカップリングとして収録された「円光」的なポップなアレンジのアコースティックサウンドによる「援助交際」では近年おなじみの、峯田による1サビでの現代バージョンに歌詞をアレンジした、
「あの子はどこかの誰かとマッチングアプリー!」
という歌唱に会場が湧き上がる。それでもこの日のこの曲を「円光」ではなくて「援助交際」だと思ったのは、アウトロの演奏が「援助交際」でのThe Jam「In The City」のものだったからだ。座ったままの演奏でこのアウトロが聴けるというのは実に新鮮であるが、観客による合いの手的な拍手も原曲通りに生きている。
藤原の重くうねるようなベースのイントロに合わせて照明も赤と青を行き来しながらも暗く深いものになっていくのは「SEXTEEN」。きっとこれもまた「トラッシュ」のように出来が良くない子供みたいな曲かもしれないが、それでもやはりそんな銀杏BOYZらしい、タブーがない歌詞の曲だからこそファンに愛されてきた曲でもある。この曲あたりでは座ったまま、アコースティックとは思えないくらいにメンバーの演奏も音の強さを感じさせる、アコースティックパンクと呼べるようなものになっているし、藤原と加藤、さらには岡山のコーラスもこの曲を演奏する上では完全に欠かせないものであるが、アウトロで山本のギターに合わせて「イェー」と繰り返す峯田は本当に自分が思うよりも声が出ていて、歌えているんだろうなと思う。
そして峯田は
「山形駅近くにロッテリアとかがあって、俺はいつもモスバーガーに行ってたんだけど、俺が高校生の時はそこは24時間やってたの。だから夜中まで新田君とロックについて語り明かしたりしてた。そんな俺が東京に出て、バンドを始めてこうやってステージに立ってるって不思議なもんだよな」
と山形で過ごした青春時代を回想するのであるが、それがどこか今に至るまでの峯田の人生の中で出会った人たち、それもイノマーなどのもう会えなくなってしまった人の存在を想起させるのは、その後に演奏されたのが
「今まで出会えた全ての人々に
もう一度いつか逢えたらどんなに素敵なことだろう」
と歌う「漂流教室」だったからだ。だからこそほぼ原曲と変わらない演奏と、峯田が
「心を込めて歌います」
と言って歌い始めたその歌唱に心が震えてしまう。何よりも、どうか峯田はずっと生きていてくれ、ずっとこうやって我々の前に立って歌っていてくれと思うのだ。こうやって峯田の地元での凱旋ライブを見にきてしまうくらいに、この男に人生を狂わされたからこそ。
そんなこの座った状態でのライブもクライマックスを迎えようとしているのは、それまではメンバーが演奏する姿が映し出されていた(正直言ってその画面を見ている余裕なんか全くないけれど)ステージ背面のスクリーンに星空の映像が映し出され、さらには無数の電球がやはり夜空に光る星を想起させるような照明までもが光るという演出によって演奏された「新訳 銀河鉄道の夜」であり、間奏ではミラーボールも光るという絢爛な光の演出によってステージが輝くのであるが、この山形でこの曲を聴いたことによって、やはりこの曲が生まれた原風景は東京ではなくてこの山形なんだろうなと思った。それは峯田が
「シベリア鉄道乗り換え 山形駅で降ります」
と歌詞を変えて歌っていただけではなく、東京よりも圧倒的に星が見える(この日ライブ前に市内を歩き回っても空気や空の澄んだ美しさはすぐにわかった)山形の景色が生み出させたものなんだろうなと思ったからだ。そうしてGOING STEADY時代の「銀河鉄道の夜」からずっと愛してきたこの曲の原風景を思い描けるようになったのが本当に幸せだと思える。
そんな「新訳 銀河鉄道の夜」の光が消えてステージが薄暗くなり、ギターの仄かな残響が残って次の曲に繋がるのがわかる中、峯田が
「特別ゲスト!」
と言ってステージに招いたのは近年のライブではおなじみのキーボーディストのDr.Kyon(BO GUMBOS)。そのDr.Kyonが鍵盤として加わるのは、峯田が
「全ての地方出身者に捧げます」と言って演奏された「東京」。アコースティックと言いながらも実に原曲に近い演奏に鍵盤の音が入ることによってこの超名曲の持つ切なさが倍増されるのであるが、峯田はさすがにCメロを全て原曲通りのキーで張り上げるようには歌えていなかったけれど、やはり東京ではない、この山形という場所で峯田が生まれ育ち、その山形という場所でこの曲を聴けているからこそ、この曲に込められ、渦巻くような想いがよりダイレクトに感じることができる。つまりはやはり心も体も震えざるを得ないということである。いつかは峯田も東京から山形へ戻って生活をして、この曲を聴いたりするんだろうかということを考えてしまうほどに。
そのままDr.kyonが加わったままの編成で演奏されたのは、こちらもこの山形で聴くからこそ特別な感覚になる、峯田がギターを弾きながら始まる「夜王子と月の姫」であるのだが、それは
「3月11日 指輪を落とした月の姫」
というフレーズの日がもうすぐ翌週に迫ってきていること、それを日本海側とはいえ東北地方で聴いているということだからかもしれない。
「世界の終わりきても 僕らは離れ離れじゃない
世界の終わりきても きっと君を迎えに行くよ」
というフレーズの通りに、またこうやって何度だってライブをやって迎えにきてくれたらまた我々だって会いに行くから、と思ってしまうくらいに胸を震わせる歌唱から、
「君が星こそ悲しけれ」
のアウトロで声を重ねる藤原、岡山、加藤らメンバーと峯田。もうこの曲も世に出てから20年も経つけれど、今でもその名曲っぷりは全く変わることはない。
そのアウトロで山本、藤原、岡山の3人が先にステージから去ると、峯田、加藤、Dr.Kyonの3人が微かに音を鳴らす中でステージに紗幕が降りてくる。すると演奏と入れ替わりで音源の「二回戦」が流れ、紗幕には峯田が少し雪の残る山形の線路沿いを歩く映像が映し出される。電車が通ると手を振る峯田の姿や表情を見ていて、やっぱり峯田もこうした風景の場所が落ち着くんだろうなと思った。どんなに朝ドラや大河ドラマに出演するようになっても山形訛りが取れることがないように、東京に染まり切ることのない峯田和伸という人間がそのまま映し出されていたように見えた。
その映像が終わって紗幕が上がると、そこには椅子がなくなって立ち上がって楽器を持ったメンバーと、やはりエレキギターを持った峯田の姿が。その5人が凶悪とも言えるくらいにノイジーな爆音サウンドを鳴らして、峯田とともに観客が
「日本!日本!日本!」
と叫ぶのは原曲通りの、いやここまでがアコースティック的なサウンドだったことによってよりパンクさを感じる「若者たち」。それは山本も加藤もギターを抱えて思いっきりジャンプする姿や、峯田がギターでマイクスタンドをぶっ倒すという光景からも感じられるものであるが、峯田はスタッフが立ててくれたマイクを客席に向ける。あまりにバンドの演奏が爆音過ぎて声の全てが聞こえるわけではないけれど、それでも観客はみんな思いっきり声を張り上げて歌っていたはずだ。それはきっとここにいた人たちにとってはどんなに歳を重ねようともこの曲が今でも自分自身のための曲であり続けているから。そんな自分の変わらなさを確かめさせてくれる曲とサウンド。それが嬉しいのかどうかはわからないけれど、間違いないのはきっと涙を流していた人たちばかりだったということ。
さらに峯田がギターを抱えながら暴れ回るようにしてカウントをして始まった「駆け抜けて性春」がそのパンクな駆け抜けっぷりをさらに加速させるのは、明らかに峯田が歌い出すポイントが早すぎて演奏がぐちゃぐちゃになるという、これぞ銀杏BOYZ的な演奏になったからなのだが、それでも今のこのメンバーたちは凄腕集団であるが故にすぐに峯田の歌唱に合わせて演奏を立て直すことができるというのはかつての銀杏BOYZとは違うとところである。
そして峯田はやはりこの曲のYUKIの歌唱パートでもマイクを客席に向ける。コロナ禍のライブでは「聞こえないけれど確かに脳内には聞こえている」というものだったこのフレーズが、この日は本当に久しぶりに脳内だけではなくて耳からも聞こえた。口から発することができた。コロナ禍になる前も歌っているとどうしたって涙が出てきてしまったこのフレーズを3年以上ぶりに歌えて、同じように銀杏BOYZに人生を狂わされた人たちの合唱を聴いてそうならないわけがないのだ。この瞬間は忘れようとしても忘れられることはない。やはりライブは、特に銀杏BOYZのライブは峯田だけではなくて、峯田をどうしようもないくらいに愛してきた人たちによっても作られているものであるのだ。
ここまではエレキギターを弾いていた峯田がそれを下ろしてハンドマイクになるのはGOING STEADY時代の「DON'T TRUST OVER THIRTY」を今の銀杏BOYZのものにした「大人全滅」であり、峯田は間奏ではおなじみの構えるような仕草を見せたりするあたりは昔からやっぱり全然変わってないなと思える。だからこそ
「いつの日にか僕らが心から笑えますように」
というフレーズを今も歌えるのだろうけれど、曲の締めの
「You have your punk, I have mine」
というフレーズはもうとっくに30代を超えた今にこの曲を峯田が歌うからこそのものだと言える。27歳では死ななかった峯田が30代を超えても40代を超えてもまだパンクを掲げているのは、その年になってもパンクであり続けられるということを示してくれているかのようだ。
「よく緊張しないんですか?って言われるんだけど、全然しなくて。2列目くらいからはもう靄がかかってるみたいな感じになってるから、みんなの姿は全然見えないの(笑)
だから緊張しないんだけど、ボーカリストがボイストレーナーの先生のとこに行って歌の練習して…みたいなのやってると、バカおっしゃい、ロックがそれで歌えるかって思うわけですよ。
高校生の時は俺もロックはカッコいい人がやるもんだと思ってた。スラっとしててネックレスつけて、みたいな感じの人が。でもあなたはそのままでいいの。その姿で、その匂いでいい。モテたいとかじゃなくて、ただ音楽が好きで音を鳴らしてれば、音楽の神様が見てくれてる。それは音楽だけじゃない、自分の仕事を一生懸命やってれば」
というMCが何よりも響くのは、峯田がそれを実践してくれているからだ。銀杏BOYZがその言葉通りに生きて活動しているから、無理をしたり繕ったりしなくていいと思える。でもそれはきっと銀杏BOYZをずっと追いかけてきた人たちはそれをもうわかっていて、その通りに生きてきた人たちなはずだ。誰に何と言われようと自分の生きたいように生きるというような。
「喋りすぎて疲れたんで、次の曲は岡山健二が歌います!」
と峯田が岡山にマイクをパスすると、その岡山がメインボーカルを務めるのは「骨」。その峯田とはまた違う素朴な声質がこの曲のMVの高円寺の商店街を2人で歩く幸せな光景を想起させてくれるし、峯田もサビなどでは声を重ねるところもあるのだが、こうして他のメンバーにメインボーカルを委ねるというのはこのメンバーが今はもう完全に銀杏BOYZのメンバーであるということだ。正直言って、峯田が1人だけになった時はもうバンドになれないと思っていた。もう同じ精神を持ってバンドをやってくれる人はあの3人以外にはいないだろうと。でもこうしてこのメンバーたちが演奏してくれるだけではなくて、精神までも銀杏BOYZのメンバーとして音を鳴らしてくれている。そんな存在がいてくれることが本当に嬉しいのである。
さらには「骨」の次にシングル曲としてリリースされた「恋は永遠」がこの銀杏BOYZとしてのポップさを持ったサウンドで鳴らされる。この曲にもYUKIがボーカルとして参加しているのだが、この曲ではそのフレーズも峯田がキーをあげるようにして歌っている。
「月面のブランコは揺れる 今も」
はやっぱり観客じゃなくて峯田が歌うべきフレーズだからだ。
すると峯田はエレキギターに持ち替えたかと思ったら、
「瞳を閉じれば 聴こえてくるだろう」
と歌い始める。まさかのGOING STEADY時代の「東京少年」。いや、これまでにも1,2回はこの曲を今の銀杏バージョンの演奏でライブで聴いてはいる。が、ここまでは中野サンプラザの時と変わらない内容だっただけに、そこでやっていなかったこの曲が演奏されるとは全く思っていなかったから驚いたのだ。
高校生の時にCDTVのシングルランキングの50位ギリギリにこの曲がランクインして、ほんの数秒だけ流れたことがあった。それが自分が峯田和伸に、峯田の音楽に、パンクに、ロックに出会った瞬間だった。あの衝撃を体感してしまったから、こうしてロックなしでは生きれないような人間になってしまって、こうして山形までライブを観に来るようになったのだ。そんな自分にとっては人生を狂わせた元凶と言える、でももうライブで聴けることはないだろうと思っていた曲を20年以上経って、バンド名もメンバーも変わっても峯田が目の前で歌っているのを聴くことができている。やっぱり長生きするもんだなと思うのは、生きていないとこんな瞬間に立ち会うことができないからだ。そこだけは自分を少し褒めてやりたいと思うのは、今でも瞳を閉じれば、高校時代の拳握った少年だった自分の声が聞こえてくるからだ。
そのまま演奏された「エンジェルベイビー」の
「どうして僕いつもひとりなんだろ」
の歌い出しのフレーズが「東京少年」に連なって聞こえてくる。つまりは今の銀杏BOYZにとってはこの曲こそが今の「東京少年」というべき曲になっているのだ。だからこそ峯田は
「ここにしかないどこかへ」
のフレーズを歌う時に「ここ」で自分の立つステージを指さす。そうして「今、ここで自分が生きている」ということを感じられるのが銀杏BOYZの音楽でありライブなのだ。それを感じさせてくれた「エンジェルベイビー」は今までにないくらいの光を放っているというくらいにこの日のハイライト的な曲になっていた。ここにいた銀杏BOYZが好きで仕方がない人の歌になっていたからだ。
すると峯田が再び椅子に座ってアコギを弾きながら、Dr.Kyonも加わって始まったのは「光」。その弾き語りにキーボードが加わったサウンドによって観客は一斉に椅子に座ってじっくりとその歌に耳を傾けるというのはさすがこの曲の尺の長さを知っている銀杏BOYZのファンたちであるが、曲中にバンドサウンドが加わって一気にノイジーな爆音になるとその座っていた観客が一気に立ち上がるというのは紛れもなく、座ったままではいられない激しさと音にエモーションを宿すバンドの演奏があってこそだ。この日峯田は
「大阪とか東京でもそうだけど、なんだかみんなの存在が風みたいにこっちに届いてて、声がよく出る気がする」
と言っていたが、最近のライブでは以前にも増してあまり声が出ていないことも多い(あんまりライブをやらないからかもしれないけど)峯田がこの日はこの曲ではかつてのコロナ禍になる前、いや、あの4人時代にこの曲を作った直後のように声を見事なまでに張り上げて歌っていた。峯田が先ほど言っていた通りに歌が上手いかどうかは直接ライブの良さを左右するものではないけれど、それでもやっぱりこの曲に宿る激情はこうして峯田が声を張り上げて歌えるからこそ最大限に伝わるものだと思う。だからこの日の「光」には長尺の曲にありがちなダレた感じは全く感じられなかった。ただただこの曲とそれを生み出した銀杏BOYZが我々にとっての「光」であるように鳴っていたのだ。
そうしてDr.Kyonが加わったことによってキーボードがキャッチーなメロディを鳴らし、峯田がタンバリンを持って叩きながらステージを歩き回って歌うのは「GOD SAVE THE わーるど」で、銀杏BOYZの、峯田の持つポップネスが咲き誇るかのような曲だ。さっきは「観客が全然見えてない」と言っていた峯田もステージ左右まで歩いてきて観客に向かって手を振ってくれる、それに応えるように観客も峯田に向かって手を振るというのはこの曲のポップさに実に似つかわしいものである。
そんなポップさから一転してノイズの洪水に溺れるかのようなシューゲイザーサウンドを加藤と山本が鳴らし、峯田もイントロではカオスパッドを操作してそのサウンドをさらに凶悪に変えていくのは「金輪際」という、あの4人の銀杏BOYZで最後に作っていた時期の曲だ。その爆音ノイズサウンドはこのホールという家族で来ることができる(実際に子供の声が響いたりもしていた)場所で鳴らされることによって日常から非日常の中にワープさせられるような感覚が確かにあった。パンクだけではない、シューゲイザー特有の方感覚をやはり銀杏BOYZは間違いなく掴んでいたのだ。
そして峯田はアコギに持ち替えると、
「いつか東京は国立競技場でこの曲をみんなで歌えますように!」
という希望を込めて「BABY BABY」を歌い始める。我々ファンはもちろん銀杏BOYZの、峯田の曲はそのスケールで鳴っていてもおかしくないような、誰にも負けない超名曲ばかりだと思っているが、峯田自身がこのホールくらいの会場で好きな人たちの前だけでライブができればいいと思っているんじゃなくて、まだ見たことがない景色を観に行こうとしているのがわかったのが本当に嬉しかった。なんならドラマなどに出演しているのもそのためなんじゃないかと思うし、やはりこの曲をまたコロナ禍になる前と同じようにこの曲を愛してきた人たちと一緒に歌うことができるというのはたまらないくらいに嬉しくて、やはり歌いながら涙が溢れてきてしまった。また何回でもこうやってみんなでこの曲を思いっきり歌えるように。
それは峯田が
「また曲作って、シングルかアルバムかわからないけど作品作って、またこうやって山形でもライブやっから。まだあんまり行けてない地方もたくさんあるけど、山形だけ飛ばしたりしてるわけじゃないから。また山形でもやるから!」
とも言ったからこそそう思えるのであるが、峯田が再びタンバリンを振ってステージを歩き回りながら歌う「ぽあだむ」のどうしようもないくらいにキャッチーなサウンドとメロディが夕焼けを思わせるような照明と相まって我々を照らしてくれるかのよう。ギターをカッティングしながらマイクを通さずとも歌詞を口ずさんでいる山本は最近Benlouという新たなユニットを始動したりと忙しい日々を送っているが、その姿が本当に銀杏BOYZの音楽を愛してくれているというのがわかって嬉しくなる。その光景を見ていて我々も笑顔になるのは、
「涙は似合わないぜ 男の子だから」
と峯田がこの曲で歌っているからだ。
そしてこの日も最後に演奏されたのは、イントロで峯田がメンバーを一人一人紹介する「僕たちは世界を変えることができない」。今やライブの最後として定着している曲であるが、どこかエンドロール的でもあるこの曲はいつもどこか我々聴き手を包み込んでくれるかのようだ。
「僕たちは世界を変えられない」
と歌っている曲だけれど、我々の世界は銀杏BOYZに、GOING STEADYに、峯田和伸に出会ったことで間違いなく変わった。それをバンドが証明してくれて、我々が峯田の生まれ育った山形に確認しに来たかのようなライブだった。つまりは我々の人生はやっぱりこの音楽によって形作られたものだったのだ。
「やるなら今しかねーべ!」
という猛々しい声がメンバーが掃けた後すぐに客席から響く。それはコロナ禍になる前の銀杏BOYZのアンコールを求める独特のコール。(「若者たち」の音源の最後に収録されている)それがまた戻ってきた。みんなそうやってメンバーを呼び込んでいたことを忘れていなかった。その声がどんどん大きくなっていくと、メンバーが急いでステージに現れたのはもう3時間に及ぶライブを展開したことによって時間がなかったのかもしれないが、最後に演奏されたのは現状の最新曲である「少年少女」であり、それは銀杏BOYZというバンドが発する衝動が今もまだ失われておらず、我々が銀杏BOYZの音楽を求める心もまた失われていないということを示すかのようだった。
「Don't say goodbye」
のフレーズはどこか再会への約束のようであり、先に峯田がステージから去ると、山本も加藤も藤原もステージに楽器をぶちまけるようにしていた。それはきっと銀杏BOYZでのライブでの彼らだからこそ。去り際にそのメンバーたちが肩を組んだり、ハイタッチしている姿を見て、銀杏BOYZになってくれて本当にありがとうと思った。このメンバーがいなかったら、このライブを見ることも出来なかった、この曲たちをバンド編成で聴くことも出来なかったのだから。
峯田はこの日
「ロックを聴いて人生を狂わされて、こうやってバンドをやり続ける人生になった」
と何度か言っていた。この日こうして会場にいた我々にとってはその「ロック」に当てはまるものこそが銀杏BOYZであり、GOING STEADYであり、峯田和伸の作る音楽と存在だった。その音楽に出会った時の衝撃を忘れられなくて、また味わいたくてこうしていろんな音楽を聴いたり、ライブに行ったりするような人生になってしまった。あの瞬間にロックが人生のど真ん中に聳え立つようになってしまったのだ。
そんな人生を狂わせた元凶である峯田和伸の音楽に何故今でもこんなにも惹かれてしまうのか。その理由がこうして峯田の生まれ育った山形に来て銀杏BOYZのライブを見て少しわかった気もしている。きっと心が落ち着くような場所や、心の中にある原風景のようなものがきっと少なからず峯田と交差するところがあるのだ。同じなんて言うにはあまりにおこがましすぎるけれど、でもやっぱり峯田の作る音楽は「さくらの唄」を初めて聴いた時にそう思ったように、今でも自分のような奴のために、自分のような奴が作った音楽なのだと思う。だからこそ、自分のような奴でまだ銀杏BOYZに出会ってない若い人にも銀杏BOYZの音楽を聴いて欲しいと思っている。そういう人たちと一緒に国立競技場で「BABY BABY」を大合唱するために。そうやって叫ぼう。僕等は此処だって。
1.人間
2.NO FUTURE NO CRY
3.YOU & I VS. THE WORLD
4.夢で逢えたら
5.I DON'T WANNA DIE FOREVER
6.トラッシュ
7.援助交際
8.SEXTEEN
9.漂流教室
10.新訳 銀河鉄道の夜
11.東京
12.夜王子と月の姫
二回戦
13.若者たち
14.駆け抜けて性春
15.大人全滅
16.骨
17.恋は永遠
18.東京少年
19.エンジェルベイビー
20.光
21.GOD SAVE THE わーるど
22.金輪際
23.BABY BABY
24.ぽあだむ
25.僕たちは世界を変えることができない
encore
26.少年少女
やまぎん県民ホールは山形駅から徒歩すぐという、地方から来る人にも立地的にありがたい場所であり、いろんな演劇やコンサートも行われている新しいホール。広さ的にも中野サンプラザを新しくしたような感じというイメージの場所である。
開演前のステージは紗幕が張られており、開演時間の18時を少し過ぎたあたりで場内のBGMが徐々に大きくなっていくと、客席から拍手とともに「峯田ー!」という怒号にも似た声が飛び交う。しかしメンバーが出てくるより前に紗幕に映し出されたのは峯田和伸(ボーカル&ギター)が歩いている、雪が降る山形県内と思しき場所の映像であり、そこに峯田と女性(麻生久美子?)による「銀河鉄道の夜」の朗読が重なっていくと、紗幕が上がって峯田が1人きりでステージに登場し、マイクスタンドの前に置かれた赤い椅子に座るというのは昨年の中野サンプラザの時と同じオープニングであるのだが(もちろん映像を撮ったであろう場所は違う)、明らかに違うのは峯田がステージに現れた時の第一声が
「ただいま」
だったということ。その一言だけでこの日のライブが今までとは違う、この日だけの(銀杏BOYZのライブはいつもそうであるが)特別なものになるという予感がひしひしと感じられる。
その峯田が座ってアコギを弾きながら歌い始めたのは「人間」。これも中野サンプラザの時と同じで、途中からバンド編成になるということはなく、峯田の弾き語りのみという形。なのであのバンド編成になった瞬間のグワーっとなるようなカタルシスはないけれど、それでもやはりこの曲を聴いていると引き込まれてしまうところはやはりある。それは座席があるだけにほとんどの人が座っていて、先ほどまで怒号を飛ばしていた人たちすらも全く声を上げることなく峯田の歌にただただ耳を傾けているという空気からもよくわかる。
「今日は声を出していいんでしょ?いろんなアーティストの人が言ってるだろうけど、やっぱり声が聞こえるっていうのは全然違うね」
と峯田が口にすると待ってましたとばかりに怒号が飛び交うのであるが、
「今日は山形に恩返しをするつもりでやるから。みんな最後まで楽しんでいってください」
という山形でのライブだからこその言葉には大きな拍手と歓声が起こる。山形でライブをやるのは2005年のツアー以来、実に18年ぶりだという。確かにあれ以降に銀杏BOYZが日本の各地をくまなく廻るっていうことがほとんどないまま、当時のメンバーたちが辞めてしまって…ということも思い出してしまう。
するとおなじみの加藤綾太(ギター)、岡山健二(ドラム)、藤原寛(ベース)、山本幹宗(ギター)というおなじみのバンドメンバーたちもステージに現れて演奏されたのは、そのメンバーたちも座って演奏することによってアコースティック的な空気が強くなる「NO FUTURE NO CRY」であり、パンクな原曲が少し落ち着いたテンポによって演奏される。張り上げるというよりも歌い上げるという形の峯田の歌唱も今ではこの形の方が歌いやすそうに感じる。
さらには峯田がタイトルを口にしただけで拍手と歓声が湧き上がった「YOU & I VS. THE WORLD」では椅子に座りながらも観客が曲を口ずさんでいるのがわかる。東京などの山形以外から来た人も多かっただろうし、そうした人達はこの曲をすでにライブで演奏しているのを聴いているかもしれないけれど、それでもこの曲を今聴けるというのが本当に幸せに感じられる。これからも、
「君と僕は永遠に 手と手繋ぎどこまでも」
というくらいに銀杏BOYZのライブを見て生きていきたいと思えるのだ。
すると峯田は
「立って踊ってもいいし、座っててもいい。あなたの好きなように楽しんでくれればいい。日本人特有の同調圧力みたいなやつなんか気にしなくていいから」
と観客に呼びかけると、少しずつ座っていた観客が立ち上がり始める。そんな状況で演奏された「夢で逢えたら」はこのアコースティックと言っていい、岡山のリズムの再解釈も含めて、メンバーが座ったままでの演奏だからこそよりロマンチックに感じられる。顎髭が顔を覆うくらいに伸びたことによってだいぶイメージが変わった藤原のコーラスもバンドにとって重要な役割を担っているが、夢でもなかなか逢えないからこうやって山形まで逢いにきた人がたくさんいるのだ。
すると加藤がアコギからエレキに持ち替えて、山本とともにあの踊り出さずにはいられないギターのイントロを奏でて演奏されたのはこのメンバーが座ったままでの「I DON'T WANNA DIE FOREVER」であり、そのイントロが鳴った瞬間に観客が一斉に立ち上がっていく様は壮観ですらあり、やはりみんなこの曲を聴いたらそうなっちゃうよな、と思っていたら、峯田は「おっぺけぺー」のフレーズで客席にマイクを向ける。すると観客の大合唱が響く。こんな「おっぺけぺー」なんてバカみたいなフレーズであっても観客の声が響いただけで涙が出てきてしまうのは、峯田が客席に飛び込んだりすることはないけれど、あのめちゃくちゃで、でもそれが何よりも楽しかった銀杏BOYZのライブが少しずつ戻ってきていることが実感できたからだ。きっとこのライブを経てもう少ししたら、またライブハウスでぐっちゃぐちゃになるような銀杏BOYZのライブだってまた見れるはず。そんな希望をこの日の「I DON'T WANNA DIE FOREVER」の大合唱は確かに感じさせてくれた。
そんな峯田は
「もう45歳になって、俺は独身だし子供もいないけど、曲を作って歌うってことは子供を育てるみたいなことでもあるのかなって。出来の良い子供もいれば悪い子供もいて、次にやる曲は出来の悪い子供なんだけど、今日はテレビとか収録も入ってないから何にも考えずにやれる。そんなこの子供を可愛がってくれたらと思います」
と言って、峯田のアコギと歌唱がブルージーさを感じさせ、途中ではその歌唱が凶悪とすら言えるようなものになるのは「トラッシュ」。出来が悪いというか、確かに素行は悪いかもしれないが、峯田も言っていたようにこうした曲こそが実に銀杏らしい曲であるとも言える。だからこそファンにずっと愛されてきた曲でもある。このアレンジもいいけれど、また通常のバンドでの、愛車のチャリで街中を駆け抜けるようなパンクな演奏でも聴きたくなるくらいに、やっぱりこの曲が好きなのだ。
さらにはどちらかというと「骨」のカップリングとして収録された「円光」的なポップなアレンジのアコースティックサウンドによる「援助交際」では近年おなじみの、峯田による1サビでの現代バージョンに歌詞をアレンジした、
「あの子はどこかの誰かとマッチングアプリー!」
という歌唱に会場が湧き上がる。それでもこの日のこの曲を「円光」ではなくて「援助交際」だと思ったのは、アウトロの演奏が「援助交際」でのThe Jam「In The City」のものだったからだ。座ったままの演奏でこのアウトロが聴けるというのは実に新鮮であるが、観客による合いの手的な拍手も原曲通りに生きている。
藤原の重くうねるようなベースのイントロに合わせて照明も赤と青を行き来しながらも暗く深いものになっていくのは「SEXTEEN」。きっとこれもまた「トラッシュ」のように出来が良くない子供みたいな曲かもしれないが、それでもやはりそんな銀杏BOYZらしい、タブーがない歌詞の曲だからこそファンに愛されてきた曲でもある。この曲あたりでは座ったまま、アコースティックとは思えないくらいにメンバーの演奏も音の強さを感じさせる、アコースティックパンクと呼べるようなものになっているし、藤原と加藤、さらには岡山のコーラスもこの曲を演奏する上では完全に欠かせないものであるが、アウトロで山本のギターに合わせて「イェー」と繰り返す峯田は本当に自分が思うよりも声が出ていて、歌えているんだろうなと思う。
そして峯田は
「山形駅近くにロッテリアとかがあって、俺はいつもモスバーガーに行ってたんだけど、俺が高校生の時はそこは24時間やってたの。だから夜中まで新田君とロックについて語り明かしたりしてた。そんな俺が東京に出て、バンドを始めてこうやってステージに立ってるって不思議なもんだよな」
と山形で過ごした青春時代を回想するのであるが、それがどこか今に至るまでの峯田の人生の中で出会った人たち、それもイノマーなどのもう会えなくなってしまった人の存在を想起させるのは、その後に演奏されたのが
「今まで出会えた全ての人々に
もう一度いつか逢えたらどんなに素敵なことだろう」
と歌う「漂流教室」だったからだ。だからこそほぼ原曲と変わらない演奏と、峯田が
「心を込めて歌います」
と言って歌い始めたその歌唱に心が震えてしまう。何よりも、どうか峯田はずっと生きていてくれ、ずっとこうやって我々の前に立って歌っていてくれと思うのだ。こうやって峯田の地元での凱旋ライブを見にきてしまうくらいに、この男に人生を狂わされたからこそ。
そんなこの座った状態でのライブもクライマックスを迎えようとしているのは、それまではメンバーが演奏する姿が映し出されていた(正直言ってその画面を見ている余裕なんか全くないけれど)ステージ背面のスクリーンに星空の映像が映し出され、さらには無数の電球がやはり夜空に光る星を想起させるような照明までもが光るという演出によって演奏された「新訳 銀河鉄道の夜」であり、間奏ではミラーボールも光るという絢爛な光の演出によってステージが輝くのであるが、この山形でこの曲を聴いたことによって、やはりこの曲が生まれた原風景は東京ではなくてこの山形なんだろうなと思った。それは峯田が
「シベリア鉄道乗り換え 山形駅で降ります」
と歌詞を変えて歌っていただけではなく、東京よりも圧倒的に星が見える(この日ライブ前に市内を歩き回っても空気や空の澄んだ美しさはすぐにわかった)山形の景色が生み出させたものなんだろうなと思ったからだ。そうしてGOING STEADY時代の「銀河鉄道の夜」からずっと愛してきたこの曲の原風景を思い描けるようになったのが本当に幸せだと思える。
そんな「新訳 銀河鉄道の夜」の光が消えてステージが薄暗くなり、ギターの仄かな残響が残って次の曲に繋がるのがわかる中、峯田が
「特別ゲスト!」
と言ってステージに招いたのは近年のライブではおなじみのキーボーディストのDr.Kyon(BO GUMBOS)。そのDr.Kyonが鍵盤として加わるのは、峯田が
「全ての地方出身者に捧げます」と言って演奏された「東京」。アコースティックと言いながらも実に原曲に近い演奏に鍵盤の音が入ることによってこの超名曲の持つ切なさが倍増されるのであるが、峯田はさすがにCメロを全て原曲通りのキーで張り上げるようには歌えていなかったけれど、やはり東京ではない、この山形という場所で峯田が生まれ育ち、その山形という場所でこの曲を聴けているからこそ、この曲に込められ、渦巻くような想いがよりダイレクトに感じることができる。つまりはやはり心も体も震えざるを得ないということである。いつかは峯田も東京から山形へ戻って生活をして、この曲を聴いたりするんだろうかということを考えてしまうほどに。
そのままDr.kyonが加わったままの編成で演奏されたのは、こちらもこの山形で聴くからこそ特別な感覚になる、峯田がギターを弾きながら始まる「夜王子と月の姫」であるのだが、それは
「3月11日 指輪を落とした月の姫」
というフレーズの日がもうすぐ翌週に迫ってきていること、それを日本海側とはいえ東北地方で聴いているということだからかもしれない。
「世界の終わりきても 僕らは離れ離れじゃない
世界の終わりきても きっと君を迎えに行くよ」
というフレーズの通りに、またこうやって何度だってライブをやって迎えにきてくれたらまた我々だって会いに行くから、と思ってしまうくらいに胸を震わせる歌唱から、
「君が星こそ悲しけれ」
のアウトロで声を重ねる藤原、岡山、加藤らメンバーと峯田。もうこの曲も世に出てから20年も経つけれど、今でもその名曲っぷりは全く変わることはない。
そのアウトロで山本、藤原、岡山の3人が先にステージから去ると、峯田、加藤、Dr.Kyonの3人が微かに音を鳴らす中でステージに紗幕が降りてくる。すると演奏と入れ替わりで音源の「二回戦」が流れ、紗幕には峯田が少し雪の残る山形の線路沿いを歩く映像が映し出される。電車が通ると手を振る峯田の姿や表情を見ていて、やっぱり峯田もこうした風景の場所が落ち着くんだろうなと思った。どんなに朝ドラや大河ドラマに出演するようになっても山形訛りが取れることがないように、東京に染まり切ることのない峯田和伸という人間がそのまま映し出されていたように見えた。
その映像が終わって紗幕が上がると、そこには椅子がなくなって立ち上がって楽器を持ったメンバーと、やはりエレキギターを持った峯田の姿が。その5人が凶悪とも言えるくらいにノイジーな爆音サウンドを鳴らして、峯田とともに観客が
「日本!日本!日本!」
と叫ぶのは原曲通りの、いやここまでがアコースティック的なサウンドだったことによってよりパンクさを感じる「若者たち」。それは山本も加藤もギターを抱えて思いっきりジャンプする姿や、峯田がギターでマイクスタンドをぶっ倒すという光景からも感じられるものであるが、峯田はスタッフが立ててくれたマイクを客席に向ける。あまりにバンドの演奏が爆音過ぎて声の全てが聞こえるわけではないけれど、それでも観客はみんな思いっきり声を張り上げて歌っていたはずだ。それはきっとここにいた人たちにとってはどんなに歳を重ねようともこの曲が今でも自分自身のための曲であり続けているから。そんな自分の変わらなさを確かめさせてくれる曲とサウンド。それが嬉しいのかどうかはわからないけれど、間違いないのはきっと涙を流していた人たちばかりだったということ。
さらに峯田がギターを抱えながら暴れ回るようにしてカウントをして始まった「駆け抜けて性春」がそのパンクな駆け抜けっぷりをさらに加速させるのは、明らかに峯田が歌い出すポイントが早すぎて演奏がぐちゃぐちゃになるという、これぞ銀杏BOYZ的な演奏になったからなのだが、それでも今のこのメンバーたちは凄腕集団であるが故にすぐに峯田の歌唱に合わせて演奏を立て直すことができるというのはかつての銀杏BOYZとは違うとところである。
そして峯田はやはりこの曲のYUKIの歌唱パートでもマイクを客席に向ける。コロナ禍のライブでは「聞こえないけれど確かに脳内には聞こえている」というものだったこのフレーズが、この日は本当に久しぶりに脳内だけではなくて耳からも聞こえた。口から発することができた。コロナ禍になる前も歌っているとどうしたって涙が出てきてしまったこのフレーズを3年以上ぶりに歌えて、同じように銀杏BOYZに人生を狂わされた人たちの合唱を聴いてそうならないわけがないのだ。この瞬間は忘れようとしても忘れられることはない。やはりライブは、特に銀杏BOYZのライブは峯田だけではなくて、峯田をどうしようもないくらいに愛してきた人たちによっても作られているものであるのだ。
ここまではエレキギターを弾いていた峯田がそれを下ろしてハンドマイクになるのはGOING STEADY時代の「DON'T TRUST OVER THIRTY」を今の銀杏BOYZのものにした「大人全滅」であり、峯田は間奏ではおなじみの構えるような仕草を見せたりするあたりは昔からやっぱり全然変わってないなと思える。だからこそ
「いつの日にか僕らが心から笑えますように」
というフレーズを今も歌えるのだろうけれど、曲の締めの
「You have your punk, I have mine」
というフレーズはもうとっくに30代を超えた今にこの曲を峯田が歌うからこそのものだと言える。27歳では死ななかった峯田が30代を超えても40代を超えてもまだパンクを掲げているのは、その年になってもパンクであり続けられるということを示してくれているかのようだ。
「よく緊張しないんですか?って言われるんだけど、全然しなくて。2列目くらいからはもう靄がかかってるみたいな感じになってるから、みんなの姿は全然見えないの(笑)
だから緊張しないんだけど、ボーカリストがボイストレーナーの先生のとこに行って歌の練習して…みたいなのやってると、バカおっしゃい、ロックがそれで歌えるかって思うわけですよ。
高校生の時は俺もロックはカッコいい人がやるもんだと思ってた。スラっとしててネックレスつけて、みたいな感じの人が。でもあなたはそのままでいいの。その姿で、その匂いでいい。モテたいとかじゃなくて、ただ音楽が好きで音を鳴らしてれば、音楽の神様が見てくれてる。それは音楽だけじゃない、自分の仕事を一生懸命やってれば」
というMCが何よりも響くのは、峯田がそれを実践してくれているからだ。銀杏BOYZがその言葉通りに生きて活動しているから、無理をしたり繕ったりしなくていいと思える。でもそれはきっと銀杏BOYZをずっと追いかけてきた人たちはそれをもうわかっていて、その通りに生きてきた人たちなはずだ。誰に何と言われようと自分の生きたいように生きるというような。
「喋りすぎて疲れたんで、次の曲は岡山健二が歌います!」
と峯田が岡山にマイクをパスすると、その岡山がメインボーカルを務めるのは「骨」。その峯田とはまた違う素朴な声質がこの曲のMVの高円寺の商店街を2人で歩く幸せな光景を想起させてくれるし、峯田もサビなどでは声を重ねるところもあるのだが、こうして他のメンバーにメインボーカルを委ねるというのはこのメンバーが今はもう完全に銀杏BOYZのメンバーであるということだ。正直言って、峯田が1人だけになった時はもうバンドになれないと思っていた。もう同じ精神を持ってバンドをやってくれる人はあの3人以外にはいないだろうと。でもこうしてこのメンバーたちが演奏してくれるだけではなくて、精神までも銀杏BOYZのメンバーとして音を鳴らしてくれている。そんな存在がいてくれることが本当に嬉しいのである。
さらには「骨」の次にシングル曲としてリリースされた「恋は永遠」がこの銀杏BOYZとしてのポップさを持ったサウンドで鳴らされる。この曲にもYUKIがボーカルとして参加しているのだが、この曲ではそのフレーズも峯田がキーをあげるようにして歌っている。
「月面のブランコは揺れる 今も」
はやっぱり観客じゃなくて峯田が歌うべきフレーズだからだ。
すると峯田はエレキギターに持ち替えたかと思ったら、
「瞳を閉じれば 聴こえてくるだろう」
と歌い始める。まさかのGOING STEADY時代の「東京少年」。いや、これまでにも1,2回はこの曲を今の銀杏バージョンの演奏でライブで聴いてはいる。が、ここまでは中野サンプラザの時と変わらない内容だっただけに、そこでやっていなかったこの曲が演奏されるとは全く思っていなかったから驚いたのだ。
高校生の時にCDTVのシングルランキングの50位ギリギリにこの曲がランクインして、ほんの数秒だけ流れたことがあった。それが自分が峯田和伸に、峯田の音楽に、パンクに、ロックに出会った瞬間だった。あの衝撃を体感してしまったから、こうしてロックなしでは生きれないような人間になってしまって、こうして山形までライブを観に来るようになったのだ。そんな自分にとっては人生を狂わせた元凶と言える、でももうライブで聴けることはないだろうと思っていた曲を20年以上経って、バンド名もメンバーも変わっても峯田が目の前で歌っているのを聴くことができている。やっぱり長生きするもんだなと思うのは、生きていないとこんな瞬間に立ち会うことができないからだ。そこだけは自分を少し褒めてやりたいと思うのは、今でも瞳を閉じれば、高校時代の拳握った少年だった自分の声が聞こえてくるからだ。
そのまま演奏された「エンジェルベイビー」の
「どうして僕いつもひとりなんだろ」
の歌い出しのフレーズが「東京少年」に連なって聞こえてくる。つまりは今の銀杏BOYZにとってはこの曲こそが今の「東京少年」というべき曲になっているのだ。だからこそ峯田は
「ここにしかないどこかへ」
のフレーズを歌う時に「ここ」で自分の立つステージを指さす。そうして「今、ここで自分が生きている」ということを感じられるのが銀杏BOYZの音楽でありライブなのだ。それを感じさせてくれた「エンジェルベイビー」は今までにないくらいの光を放っているというくらいにこの日のハイライト的な曲になっていた。ここにいた銀杏BOYZが好きで仕方がない人の歌になっていたからだ。
すると峯田が再び椅子に座ってアコギを弾きながら、Dr.Kyonも加わって始まったのは「光」。その弾き語りにキーボードが加わったサウンドによって観客は一斉に椅子に座ってじっくりとその歌に耳を傾けるというのはさすがこの曲の尺の長さを知っている銀杏BOYZのファンたちであるが、曲中にバンドサウンドが加わって一気にノイジーな爆音になるとその座っていた観客が一気に立ち上がるというのは紛れもなく、座ったままではいられない激しさと音にエモーションを宿すバンドの演奏があってこそだ。この日峯田は
「大阪とか東京でもそうだけど、なんだかみんなの存在が風みたいにこっちに届いてて、声がよく出る気がする」
と言っていたが、最近のライブでは以前にも増してあまり声が出ていないことも多い(あんまりライブをやらないからかもしれないけど)峯田がこの日はこの曲ではかつてのコロナ禍になる前、いや、あの4人時代にこの曲を作った直後のように声を見事なまでに張り上げて歌っていた。峯田が先ほど言っていた通りに歌が上手いかどうかは直接ライブの良さを左右するものではないけれど、それでもやっぱりこの曲に宿る激情はこうして峯田が声を張り上げて歌えるからこそ最大限に伝わるものだと思う。だからこの日の「光」には長尺の曲にありがちなダレた感じは全く感じられなかった。ただただこの曲とそれを生み出した銀杏BOYZが我々にとっての「光」であるように鳴っていたのだ。
そうしてDr.Kyonが加わったことによってキーボードがキャッチーなメロディを鳴らし、峯田がタンバリンを持って叩きながらステージを歩き回って歌うのは「GOD SAVE THE わーるど」で、銀杏BOYZの、峯田の持つポップネスが咲き誇るかのような曲だ。さっきは「観客が全然見えてない」と言っていた峯田もステージ左右まで歩いてきて観客に向かって手を振ってくれる、それに応えるように観客も峯田に向かって手を振るというのはこの曲のポップさに実に似つかわしいものである。
そんなポップさから一転してノイズの洪水に溺れるかのようなシューゲイザーサウンドを加藤と山本が鳴らし、峯田もイントロではカオスパッドを操作してそのサウンドをさらに凶悪に変えていくのは「金輪際」という、あの4人の銀杏BOYZで最後に作っていた時期の曲だ。その爆音ノイズサウンドはこのホールという家族で来ることができる(実際に子供の声が響いたりもしていた)場所で鳴らされることによって日常から非日常の中にワープさせられるような感覚が確かにあった。パンクだけではない、シューゲイザー特有の方感覚をやはり銀杏BOYZは間違いなく掴んでいたのだ。
そして峯田はアコギに持ち替えると、
「いつか東京は国立競技場でこの曲をみんなで歌えますように!」
という希望を込めて「BABY BABY」を歌い始める。我々ファンはもちろん銀杏BOYZの、峯田の曲はそのスケールで鳴っていてもおかしくないような、誰にも負けない超名曲ばかりだと思っているが、峯田自身がこのホールくらいの会場で好きな人たちの前だけでライブができればいいと思っているんじゃなくて、まだ見たことがない景色を観に行こうとしているのがわかったのが本当に嬉しかった。なんならドラマなどに出演しているのもそのためなんじゃないかと思うし、やはりこの曲をまたコロナ禍になる前と同じようにこの曲を愛してきた人たちと一緒に歌うことができるというのはたまらないくらいに嬉しくて、やはり歌いながら涙が溢れてきてしまった。また何回でもこうやってみんなでこの曲を思いっきり歌えるように。
それは峯田が
「また曲作って、シングルかアルバムかわからないけど作品作って、またこうやって山形でもライブやっから。まだあんまり行けてない地方もたくさんあるけど、山形だけ飛ばしたりしてるわけじゃないから。また山形でもやるから!」
とも言ったからこそそう思えるのであるが、峯田が再びタンバリンを振ってステージを歩き回りながら歌う「ぽあだむ」のどうしようもないくらいにキャッチーなサウンドとメロディが夕焼けを思わせるような照明と相まって我々を照らしてくれるかのよう。ギターをカッティングしながらマイクを通さずとも歌詞を口ずさんでいる山本は最近Benlouという新たなユニットを始動したりと忙しい日々を送っているが、その姿が本当に銀杏BOYZの音楽を愛してくれているというのがわかって嬉しくなる。その光景を見ていて我々も笑顔になるのは、
「涙は似合わないぜ 男の子だから」
と峯田がこの曲で歌っているからだ。
そしてこの日も最後に演奏されたのは、イントロで峯田がメンバーを一人一人紹介する「僕たちは世界を変えることができない」。今やライブの最後として定着している曲であるが、どこかエンドロール的でもあるこの曲はいつもどこか我々聴き手を包み込んでくれるかのようだ。
「僕たちは世界を変えられない」
と歌っている曲だけれど、我々の世界は銀杏BOYZに、GOING STEADYに、峯田和伸に出会ったことで間違いなく変わった。それをバンドが証明してくれて、我々が峯田の生まれ育った山形に確認しに来たかのようなライブだった。つまりは我々の人生はやっぱりこの音楽によって形作られたものだったのだ。
「やるなら今しかねーべ!」
という猛々しい声がメンバーが掃けた後すぐに客席から響く。それはコロナ禍になる前の銀杏BOYZのアンコールを求める独特のコール。(「若者たち」の音源の最後に収録されている)それがまた戻ってきた。みんなそうやってメンバーを呼び込んでいたことを忘れていなかった。その声がどんどん大きくなっていくと、メンバーが急いでステージに現れたのはもう3時間に及ぶライブを展開したことによって時間がなかったのかもしれないが、最後に演奏されたのは現状の最新曲である「少年少女」であり、それは銀杏BOYZというバンドが発する衝動が今もまだ失われておらず、我々が銀杏BOYZの音楽を求める心もまた失われていないということを示すかのようだった。
「Don't say goodbye」
のフレーズはどこか再会への約束のようであり、先に峯田がステージから去ると、山本も加藤も藤原もステージに楽器をぶちまけるようにしていた。それはきっと銀杏BOYZでのライブでの彼らだからこそ。去り際にそのメンバーたちが肩を組んだり、ハイタッチしている姿を見て、銀杏BOYZになってくれて本当にありがとうと思った。このメンバーがいなかったら、このライブを見ることも出来なかった、この曲たちをバンド編成で聴くことも出来なかったのだから。
峯田はこの日
「ロックを聴いて人生を狂わされて、こうやってバンドをやり続ける人生になった」
と何度か言っていた。この日こうして会場にいた我々にとってはその「ロック」に当てはまるものこそが銀杏BOYZであり、GOING STEADYであり、峯田和伸の作る音楽と存在だった。その音楽に出会った時の衝撃を忘れられなくて、また味わいたくてこうしていろんな音楽を聴いたり、ライブに行ったりするような人生になってしまった。あの瞬間にロックが人生のど真ん中に聳え立つようになってしまったのだ。
そんな人生を狂わせた元凶である峯田和伸の音楽に何故今でもこんなにも惹かれてしまうのか。その理由がこうして峯田の生まれ育った山形に来て銀杏BOYZのライブを見て少しわかった気もしている。きっと心が落ち着くような場所や、心の中にある原風景のようなものがきっと少なからず峯田と交差するところがあるのだ。同じなんて言うにはあまりにおこがましすぎるけれど、でもやっぱり峯田の作る音楽は「さくらの唄」を初めて聴いた時にそう思ったように、今でも自分のような奴のために、自分のような奴が作った音楽なのだと思う。だからこそ、自分のような奴でまだ銀杏BOYZに出会ってない若い人にも銀杏BOYZの音楽を聴いて欲しいと思っている。そういう人たちと一緒に国立競技場で「BABY BABY」を大合唱するために。そうやって叫ぼう。僕等は此処だって。
1.人間
2.NO FUTURE NO CRY
3.YOU & I VS. THE WORLD
4.夢で逢えたら
5.I DON'T WANNA DIE FOREVER
6.トラッシュ
7.援助交際
8.SEXTEEN
9.漂流教室
10.新訳 銀河鉄道の夜
11.東京
12.夜王子と月の姫
二回戦
13.若者たち
14.駆け抜けて性春
15.大人全滅
16.骨
17.恋は永遠
18.東京少年
19.エンジェルベイビー
20.光
21.GOD SAVE THE わーるど
22.金輪際
23.BABY BABY
24.ぽあだむ
25.僕たちは世界を変えることができない
encore
26.少年少女
Base Ball Bear 「Guitar! Guitar! Drum! Drum! Bass! Bass!」 TOUR @Zepp DiverCity 3/8 ホーム
ZION Tour (Here Comes The) SUN'n'JOY @LIQUIDROOM 3/2