さユり TOUR 2022 "酸欠衝動" @Zepp DiverCity 11/3
- 2022/11/04
- 00:18
弾き語りアルバム「め」のリリースもあったし、定期的にリリースされてきたシングル曲はどれもアニメなどのタイアップだっただけに不在感はなかったが、それでもデビュー作にしてオリコンデイリーチャートで1位を獲得した「ミカヅキの航海」から実に5年ぶりとなるアルバム「酸欠少女」をリリースした、さユり。
個人的にはライブを見るのも昨年のJAPAN JAM出演時以来となるのだが、その「酸欠少女」が一回聴いただけで「これは素晴らしいアルバムだ!」と思うくらいの内容だったためにアルバム購入時の先行でチケットを取って実に久しぶりのワンマン参加。ワンマンを見るのは実に2018年の「レイメイ」リリース時のZepp Tokyo以来4年ぶりだと思われる。
アルバムのリリースツアーの2日目となるこの日のZepp DiverCityの客席はスタンディングではあるが、柵ごとに区切られたブロック制となっていて、後ろから2階席までぎっしりと埋まっているあたりはさすがの人気の根強さを感じさせるし、アルバムやシングル曲がちゃんと届いてきたという証拠でもある。
かつてはステージには紗幕が張ってあり、そこに映像が投影されるというコンセプチュアルなライブも行ってきたけれど、この日はそれもなく、ステージに並んだバンドメンバーの機材も開演前からしっかり見える中、18時になるとフッと場内が暗転してまずはバンドメンバーがステージに登場。上手からギター、キーボード、ベース、ドラムと円を描くような配置になっており、パッと見では全員が若そうなメンバーたちはそれぞれジャージを着たラフな出で立ちであり、かつてのガスマスクバンドメンバーのような異形さはないが、ステージ袖にいるスタッフはやはりガスマスクを着用しているのも見える。
そんなバンドメンバーの後にはポンチョというよりはワンピースと言えるような薄いブルーの衣装を着たさユりが登場。髪には少し茶髪も混じっているが、見た目は何年経ってもずっと少女と言えるようなままで、ある意味ではコロナ禍を経ても何も変わっていないような感すらある。
そんなさユりがおなじみのアコギをジャカジャカと鳴らすと、キーボードとベースのメンバーが腕を高く挙げて手拍子を煽り、客席には手拍子が広がっていく。そのままアコギを弾きながらさユりが歌い始めたのは「酸欠少女」の最後にエンドロール的に収録されていた「ねじこ」であり、これがライブだと逆に1曲目になるのは少し意外であったのだが、
「ねじこぼれた自由を歌え
手にあるもの全てで踊ろうぜ
問題は何もない ただこの道を照らすだけ
ねじこぼれた自由を歌え
手にあるもの以外は何もないぜ
喜びで愛しさで恐れを今破壊せよ」
というサビのフレーズはこれから始まるライブに向けての宣誓であるかのようだ。歌唱時の舌足らずな歌声も変わることはないが、それでもどこか真っ直ぐに前を見つめる視線からも意思が定まった力強さのようなものを確かに感じる。
同じようにイントロでバンドメンバーが手拍子をしながらさユりがアコギを弾いて歌う「summer bug」はもう11月だけれども夏のような陽気になったこの日に図らずもピッタリになったかのような曲だ。バンドメンバーによるサウンドも
「ダボダボのTシャツ着て 今夜冒険しに行こう
たらふく食ってやるぜ 酸いも甘いも思い出にしてこ」
というサビの歌詞も夏の開放感を感じさせるとともにこうしてライブを見れることのワクワクした気持ちを感じさせてくれるものであるが、さユりの歌唱はこの序盤はまだ少し固さを感じるというか、ハイトーンを張り上げるような部分がまだ出しきれていないような感じもあった。それでもというかだからこそ、
「目にも留まらぬ速さで 君は大人になるから
放っておけなくなるね 長くて短い一瞬のきらめきだ」
というフレーズとは対照的にやはりさユりは少女のままのようだ。だからこそこの音楽が放つ輝きは一瞬ではないものだと感じられるのだ。
イントロのキーボードのサウンドが印象的な「かみさま」でその夏の開放感的な空気は一変し、どこかさユりの音楽が持つ切迫感や緊張感を感じさせるような空気になるのだが、それでもサビではたくさんの観客がこれまでの曲と同じように腕を高く挙げる。「神」というテーマの曲は様々なアーティストがそれぞれの視点から書いてきたものであるが、個人的には
「邪魔するもの全て指パッチンで消し去って
二人だけの国を作ろう」
というフレーズにさユりならではの視点を感じさせる。そこにはどこか世界や社会とは相容れないことがわかっている残酷さを持っているからこそ。
そんなさユりはこの日にこうして来てくれた観客への感謝を口にしながら挨拶的なMCをするのだが、そのやはり舌足らずな声とどこかたどたどしさを感じるような話し方も全く変わっていないなと思う。というか何物にも染められることがないからこそ変わることがないというか。
そんなさユりがデビュー時から背負ってきたテーマが「月」であるが、その「月」をテーマにした「酸欠少女」収録シングル曲「月と花束」をやはりさユりのアコギとボーカルという形から歌い始め、それがバンドサウンドへと展開していく。それによってさユりの音楽が持つロックな熱さが会場に広がっていくのであるが、だからこそ重要になる声を張り上げるサビの最後の歌唱もこの辺りからは序盤よりもしっかり出るようになってきている。この辺りの歌いながら徐々に調子を掴んでいくというのはさすがずっと路上で歌ってきたシンガーならではだ。
この日はアルバムのリリースツアーではあるが、アルバムの収録曲以外にも様々な曲を演奏するということを挨拶時にも告げていたが、早速ここで披露された未発表曲「月と越境」はすでに過去のツアーで披露されていた曲であるが、さユりがハンドマイクを持ってステージ上を歩き回りながら歌うという姿が実に新鮮な曲。そのパフォーマンスに合わせてか、サウンドもロック的な歪みを極力減らした、どちらかというとR&Bやヒップホップ的と言っていいサウンドをロックバンドで鳴らしているというもので、それもまた新鮮だ。
さらには
「わからずやの大人とわからずやの子供。あなたはどちらですか?」
とまさしく問いかけるようにして演奏され、サビもまたその問いがそのまま歌詞になっている「トイ」というシングルのカップリングに弾き語りバージョンが収録されていた曲が続く。こちらは音源での弾き語りの延長線上と言ってもいいような、歌を引き立てるようなアレンジで演奏されたのだが、こうしてアルバムがリリースされたばかりであるにもかかわらずこうしてバンドでアレンジされて演奏されるあたりはさユりの表現意欲が溢れ出しているということでもあるし、確かにデビュー時からこうして弾き語りで発表されていた曲や未発表曲をよくライブではバンドで演奏していたなということも思い出す。後はなるべく早いタイミングでこれらの曲をバンドアレンジでリリースして欲しいと思う。さすがに次のアルバムがまた5年後とかにはならないように。
この日来てくれた観客に初めてライブに来た人がどれだけいるかを問いかけると、かなりたくさんの人が腕を上げる。それを見たさユりは
「アニメのタイアップとかもたくさんやらせてもらってるんで、もしかしたらそういうところで知ってくれた人も多いんじゃないかと思う」
と言っていたが、海外から日本に来ているであろう方々を客席でちょくちょく見かけたのはおそらくはそうしたタイアップの効果であろうが、そうしたさユりの音楽との出会いを、
「それはまるで、宝石みたいな」
という曲中の歌詞として口にしてからさユりがアコギを弾いて歌い始めたのは「葵橋」で、曲のイメージに合わせたようにステージ背面には夕暮れ時を思わせるような淡い照明が投影されるのだが、キーボードの浮遊感あるサウンドとドラムの四つ打ちによって音源での弾き語り感の強さ以上にダンサブルなサウンドになっている。それによって観客が体を揺らす曲になっていたというのはライブだからこそ感じられたことである。
そんな演出が全く対照的に真っ青な照明に切り替わり、バンドの鳴らすサウンドもまたダンサブルなものとは対照的にじっくり聴き入るようなものになるのは「世界の秘密」と、中盤には再び「酸欠少女」の収録曲が続くのだが、この曲のサビの
「鍵穴を覗けば優しい秘密が
今日も時計の針を回している
誰かが呼ぶ声がした 約束をしていたんだ
今日もあなたはネジを回し行く」
というフレーズは「ねじこ」に通じるものも感じられる。「月」がそうであるように、さユりの音楽には一つの通底したテーマがあって、それを中心とした世界や人々や景色が描かれているような、そんな感覚になる。さユりの歌声もその語り部としてその世界を伝えるためのものであるかのような。
さらにはこちらもじっくりとその世界の中に没頭させるように観客を引き込む「いくつもの絵画」という未発表曲へ。前にワンマンに行った時にも演奏されていただけに、いつになれば正式に音源化するんだろうかとも思うが、そのタイトルからしてもこの日演奏された未発表曲の中で最も歌詞をしっかり聴き込みたい曲なだけにより一層そう思う。もしかしたらライブでしかやらない曲という風に決めているのかもしれないが。
そんな「いくつもの絵画」のアウトロでさユりがアコギからエレキに持ち替えると、そのギターのサウンドがよりロックな推進力を獲得する「DAWN DANCE」へ。この曲もまた「夜明け」というさユりの中での大事なテーマを歌った曲であるが、歌詞の通りに力強く階段を登って前進していくようなサウンドになっている。さユりの歌唱もその分厚いバンドの音に負けることのない力強さを感じさせるが、そのサビのフレーズの「四段」を「しだん」と読むあたりにスピード感やテンポを感じさせる。
再びアコギに持ち替えて演奏されたのは、こちらもシングルのカップリング曲として収録されていた「よだかの詩」。自由を求める鳥というモチーフもまた実にさユりらしいものであるが、個人的には初期の頃からさユりはシングル盤も初回盤で買うべきだと思っているのは、こうしたライブでも大事な位置を担うような名曲が普通にカップリングとして収録されているからである。かつてタワレコのサイン会で本人に「さユりさんのシングルはカップリング曲も毎回名曲しかないんで絶対買うようにしてます」と伝えたら本人も
「あ〜めちゃくちゃ嬉しい。ありがとうございます」
と言ってくれたことを思い出すが、それは配信では聴けない曲が多いというのもまたその理由である。
そして改めて喋るのが苦手だと言いながらも観客に感謝を伝えると、バンドメンバーを紹介してそれぞれのソロ回し的な演奏を経てから、「僕のヒーローアカデミア」のタイアップとしてたくさんの人がさユりに出会ったきっかけになったであろう「航海の唄」が演奏される。
「強さはいらない 何も持ってなくていい」
という、主人公のデクに向けられたかのようなサビの歌詞がバンドのサウンドに乗せられて力強く響き、さユりの
「さあ 臆せず 歩き出せ」
という締めの歌唱も実に見事だ。正直、コロナ禍になる前にフェスなどで見ていた時は喉を痛めたりしてるんじゃないか?と思ってしまうくらいに歌唱がキツそうな時もあったりしたのだが、どうやらその状態は脱することができたようだ。曲のアウトロでは
「これまでにしてきた後悔や悲しいことを持って前に進んで行けますように!
あなたがあなたでいられ続けますように!」
というメッセージを加える。誰にも楽しいことばかりあるんじゃなくて、むしろ辛い、キツいと思うことばかりであることをさユりはわかっている。こんなにも色々と恵まれたものを手にしているかのように見えるさユりもまたそうした心境になることがたくさんあって、それを乗り越えた上でこうして歌っている。というか乗り越えるために歌っているところもあるのかもしれないとこの日の「航海の唄」を聴いていて思ったりしていた。
さらには「花の塔」と「酸欠少女」の中核を担うようなアニメタイアップ曲が続くのであるが、自分はアルバムの2曲目に収録されているこの曲を聴いて「これは絶対名盤だ」と確信した。それくらいにメロディの力が強く、なおも美しい。この後半になってバンドメンバーも手拍子を促すのであるが、それだけではなくてアップリフティングなロックサウンドに合わせてたくさんの観客が腕を挙げる。その光景を見ているとやはり自分はさユりはロックシンガーだなと思うし、だからこそ野田洋次郎やMY FIRST STORYとコラボしたのだと思っている。こんなに歌うのが難しそうな曲をこんなにもキャッチーに感じさせることができるシンガーなのであるから。
そしてあっという間にラストの曲となり、確かに前にワンマンを見た時もあっという間にライブ終わったな、終わる時間早くて驚いたなと思ったことを思い出すのであるが、最後に演奏されたのはやはりアルバムのタイトル曲である「酸欠少女」。そのタイトルはデビュー時からさユりが掲げてきたものであるが、それから7年経って、もう年齢もキャリアも大人と言っていいような時期に差し掛かってきたけれど、今でも
「泣きそうな酸欠少女」
というさユりのイメージはこの曲の通りに変わっていない。でも歌声は間違いなく強くなったし、その声から感じられる説得力も強くなった。もはやラウドロックと言っていいくらいに迫力のあるサウンドを鳴らすメンバーたちもこの曲を演奏しているのが本当に楽しそうだった。見た目は変わらないようでいて、そうした音から感じられるものは確かに少しずつ変化して来ている。それは変わっちゃったななんて思うものではない、こんな姿を見れるようになって良かったなと思うように。
さユりのワンマンはかつてはアンコールがなかったので、この日もそうだろうと思っていたのだが、なかなか客電はつかないし観客も手拍子を続けているし、ということでそのまま待っていたら、さユりが1人でステージに戻ってくる。アコギをチューニングしながら、
「いつもはアンコールやらないんだけど、今日はみんながずっと呼んでくれたから」
という戻ってきた理由を明かすのだが、方言丸出しという実にリラックスした様子で
「物販を買った方がいい」
「ツアーの写真とか日記を載せてるからファンクラブ入って」
「足疲れたでしょ?今度は座って見られるようなライブもやるから。何も決まってないから無責任だけど(笑)」
と観客に語りかけつつ、アコギを持ってマイクスタンドよりも前に出てくる。
「生歌で聞こえるかな?」
と言ってマイクを通さずに弾き語りを始めたのは弾き語りアルバムの「め」に収録されていた「夜明けの詩」。自分はBブロックという前の方にいたので生歌でもちゃんと聴こえていたが、後ろや2階席でもちゃんと聴こえていたのかはわからない。でもさユりの弾き語りがバンドのボーカルによる弾き語りと違うのは、さユりは曲が生まれた時の形がこうした弾き語りであり、バンドアレンジはそれに肉付きしていく作業であるとも言える。つまりは弾き語りの時点でもう曲は一つの完成形になっている。だからさユりの弾き語りは眠くなったりするのとは対極的に、むしろ身体が動いてしまうようなスリリングさが確かにある。自分はバンドサウンドが好きであるのだが、JAPAN JAMでの弾き語りでのライブも素晴らしかっただけに、またバンドでのツアーもやりつつ、弾き語りでのツアーも見れたらなと思っている。つまりはもっとライブを観たいということを改めて感じた、久しぶりのさユりのワンマンだった。
自分がさユりのライブで忘れられないのは、2016年のROCK IN JAPAN FES.初出演時のWING TENTでのライブ。他の若手アーティストがこのフェスに出演することができた喜びを口にする中でさユりは最後の「人間椅子」を演奏する前に
「みなさん、生きづらくないですか?ここにいてくれるみなさんはきっと私と同じように日々を生きていると思ってます!」
と言っていたこと。あれから6年経ったが、「酸欠少女」を聴いているとやっぱりそうした社会との不和を感じる瞬間は今でも多々あるんだろうなと思うし、きっとそれはずっと消えることはないのかもしれない。でもさユりはあの頃よりも多彩な表現でそれを自分の音楽として昇華できるようになっている。これからも泣きそうな酸欠少女のまま、変わらないままのこの人の歌を聴いていたいと思った。
1.ねじこ
2.summer bug
3.かみさま
4.月と花束
5.月と越境
6.トイ
7.葵橋
8.世界の秘密
9.いくつもの絵画
10.DAWN DANCE
11.よだかの詩
12.航海の唄
13.花の塔
14.酸欠少女
encore
15.夜明けの詩
個人的にはライブを見るのも昨年のJAPAN JAM出演時以来となるのだが、その「酸欠少女」が一回聴いただけで「これは素晴らしいアルバムだ!」と思うくらいの内容だったためにアルバム購入時の先行でチケットを取って実に久しぶりのワンマン参加。ワンマンを見るのは実に2018年の「レイメイ」リリース時のZepp Tokyo以来4年ぶりだと思われる。
アルバムのリリースツアーの2日目となるこの日のZepp DiverCityの客席はスタンディングではあるが、柵ごとに区切られたブロック制となっていて、後ろから2階席までぎっしりと埋まっているあたりはさすがの人気の根強さを感じさせるし、アルバムやシングル曲がちゃんと届いてきたという証拠でもある。
かつてはステージには紗幕が張ってあり、そこに映像が投影されるというコンセプチュアルなライブも行ってきたけれど、この日はそれもなく、ステージに並んだバンドメンバーの機材も開演前からしっかり見える中、18時になるとフッと場内が暗転してまずはバンドメンバーがステージに登場。上手からギター、キーボード、ベース、ドラムと円を描くような配置になっており、パッと見では全員が若そうなメンバーたちはそれぞれジャージを着たラフな出で立ちであり、かつてのガスマスクバンドメンバーのような異形さはないが、ステージ袖にいるスタッフはやはりガスマスクを着用しているのも見える。
そんなバンドメンバーの後にはポンチョというよりはワンピースと言えるような薄いブルーの衣装を着たさユりが登場。髪には少し茶髪も混じっているが、見た目は何年経ってもずっと少女と言えるようなままで、ある意味ではコロナ禍を経ても何も変わっていないような感すらある。
そんなさユりがおなじみのアコギをジャカジャカと鳴らすと、キーボードとベースのメンバーが腕を高く挙げて手拍子を煽り、客席には手拍子が広がっていく。そのままアコギを弾きながらさユりが歌い始めたのは「酸欠少女」の最後にエンドロール的に収録されていた「ねじこ」であり、これがライブだと逆に1曲目になるのは少し意外であったのだが、
「ねじこぼれた自由を歌え
手にあるもの全てで踊ろうぜ
問題は何もない ただこの道を照らすだけ
ねじこぼれた自由を歌え
手にあるもの以外は何もないぜ
喜びで愛しさで恐れを今破壊せよ」
というサビのフレーズはこれから始まるライブに向けての宣誓であるかのようだ。歌唱時の舌足らずな歌声も変わることはないが、それでもどこか真っ直ぐに前を見つめる視線からも意思が定まった力強さのようなものを確かに感じる。
同じようにイントロでバンドメンバーが手拍子をしながらさユりがアコギを弾いて歌う「summer bug」はもう11月だけれども夏のような陽気になったこの日に図らずもピッタリになったかのような曲だ。バンドメンバーによるサウンドも
「ダボダボのTシャツ着て 今夜冒険しに行こう
たらふく食ってやるぜ 酸いも甘いも思い出にしてこ」
というサビの歌詞も夏の開放感を感じさせるとともにこうしてライブを見れることのワクワクした気持ちを感じさせてくれるものであるが、さユりの歌唱はこの序盤はまだ少し固さを感じるというか、ハイトーンを張り上げるような部分がまだ出しきれていないような感じもあった。それでもというかだからこそ、
「目にも留まらぬ速さで 君は大人になるから
放っておけなくなるね 長くて短い一瞬のきらめきだ」
というフレーズとは対照的にやはりさユりは少女のままのようだ。だからこそこの音楽が放つ輝きは一瞬ではないものだと感じられるのだ。
イントロのキーボードのサウンドが印象的な「かみさま」でその夏の開放感的な空気は一変し、どこかさユりの音楽が持つ切迫感や緊張感を感じさせるような空気になるのだが、それでもサビではたくさんの観客がこれまでの曲と同じように腕を高く挙げる。「神」というテーマの曲は様々なアーティストがそれぞれの視点から書いてきたものであるが、個人的には
「邪魔するもの全て指パッチンで消し去って
二人だけの国を作ろう」
というフレーズにさユりならではの視点を感じさせる。そこにはどこか世界や社会とは相容れないことがわかっている残酷さを持っているからこそ。
そんなさユりはこの日にこうして来てくれた観客への感謝を口にしながら挨拶的なMCをするのだが、そのやはり舌足らずな声とどこかたどたどしさを感じるような話し方も全く変わっていないなと思う。というか何物にも染められることがないからこそ変わることがないというか。
そんなさユりがデビュー時から背負ってきたテーマが「月」であるが、その「月」をテーマにした「酸欠少女」収録シングル曲「月と花束」をやはりさユりのアコギとボーカルという形から歌い始め、それがバンドサウンドへと展開していく。それによってさユりの音楽が持つロックな熱さが会場に広がっていくのであるが、だからこそ重要になる声を張り上げるサビの最後の歌唱もこの辺りからは序盤よりもしっかり出るようになってきている。この辺りの歌いながら徐々に調子を掴んでいくというのはさすがずっと路上で歌ってきたシンガーならではだ。
この日はアルバムのリリースツアーではあるが、アルバムの収録曲以外にも様々な曲を演奏するということを挨拶時にも告げていたが、早速ここで披露された未発表曲「月と越境」はすでに過去のツアーで披露されていた曲であるが、さユりがハンドマイクを持ってステージ上を歩き回りながら歌うという姿が実に新鮮な曲。そのパフォーマンスに合わせてか、サウンドもロック的な歪みを極力減らした、どちらかというとR&Bやヒップホップ的と言っていいサウンドをロックバンドで鳴らしているというもので、それもまた新鮮だ。
さらには
「わからずやの大人とわからずやの子供。あなたはどちらですか?」
とまさしく問いかけるようにして演奏され、サビもまたその問いがそのまま歌詞になっている「トイ」というシングルのカップリングに弾き語りバージョンが収録されていた曲が続く。こちらは音源での弾き語りの延長線上と言ってもいいような、歌を引き立てるようなアレンジで演奏されたのだが、こうしてアルバムがリリースされたばかりであるにもかかわらずこうしてバンドでアレンジされて演奏されるあたりはさユりの表現意欲が溢れ出しているということでもあるし、確かにデビュー時からこうして弾き語りで発表されていた曲や未発表曲をよくライブではバンドで演奏していたなということも思い出す。後はなるべく早いタイミングでこれらの曲をバンドアレンジでリリースして欲しいと思う。さすがに次のアルバムがまた5年後とかにはならないように。
この日来てくれた観客に初めてライブに来た人がどれだけいるかを問いかけると、かなりたくさんの人が腕を上げる。それを見たさユりは
「アニメのタイアップとかもたくさんやらせてもらってるんで、もしかしたらそういうところで知ってくれた人も多いんじゃないかと思う」
と言っていたが、海外から日本に来ているであろう方々を客席でちょくちょく見かけたのはおそらくはそうしたタイアップの効果であろうが、そうしたさユりの音楽との出会いを、
「それはまるで、宝石みたいな」
という曲中の歌詞として口にしてからさユりがアコギを弾いて歌い始めたのは「葵橋」で、曲のイメージに合わせたようにステージ背面には夕暮れ時を思わせるような淡い照明が投影されるのだが、キーボードの浮遊感あるサウンドとドラムの四つ打ちによって音源での弾き語り感の強さ以上にダンサブルなサウンドになっている。それによって観客が体を揺らす曲になっていたというのはライブだからこそ感じられたことである。
そんな演出が全く対照的に真っ青な照明に切り替わり、バンドの鳴らすサウンドもまたダンサブルなものとは対照的にじっくり聴き入るようなものになるのは「世界の秘密」と、中盤には再び「酸欠少女」の収録曲が続くのだが、この曲のサビの
「鍵穴を覗けば優しい秘密が
今日も時計の針を回している
誰かが呼ぶ声がした 約束をしていたんだ
今日もあなたはネジを回し行く」
というフレーズは「ねじこ」に通じるものも感じられる。「月」がそうであるように、さユりの音楽には一つの通底したテーマがあって、それを中心とした世界や人々や景色が描かれているような、そんな感覚になる。さユりの歌声もその語り部としてその世界を伝えるためのものであるかのような。
さらにはこちらもじっくりとその世界の中に没頭させるように観客を引き込む「いくつもの絵画」という未発表曲へ。前にワンマンに行った時にも演奏されていただけに、いつになれば正式に音源化するんだろうかとも思うが、そのタイトルからしてもこの日演奏された未発表曲の中で最も歌詞をしっかり聴き込みたい曲なだけにより一層そう思う。もしかしたらライブでしかやらない曲という風に決めているのかもしれないが。
そんな「いくつもの絵画」のアウトロでさユりがアコギからエレキに持ち替えると、そのギターのサウンドがよりロックな推進力を獲得する「DAWN DANCE」へ。この曲もまた「夜明け」というさユりの中での大事なテーマを歌った曲であるが、歌詞の通りに力強く階段を登って前進していくようなサウンドになっている。さユりの歌唱もその分厚いバンドの音に負けることのない力強さを感じさせるが、そのサビのフレーズの「四段」を「しだん」と読むあたりにスピード感やテンポを感じさせる。
再びアコギに持ち替えて演奏されたのは、こちらもシングルのカップリング曲として収録されていた「よだかの詩」。自由を求める鳥というモチーフもまた実にさユりらしいものであるが、個人的には初期の頃からさユりはシングル盤も初回盤で買うべきだと思っているのは、こうしたライブでも大事な位置を担うような名曲が普通にカップリングとして収録されているからである。かつてタワレコのサイン会で本人に「さユりさんのシングルはカップリング曲も毎回名曲しかないんで絶対買うようにしてます」と伝えたら本人も
「あ〜めちゃくちゃ嬉しい。ありがとうございます」
と言ってくれたことを思い出すが、それは配信では聴けない曲が多いというのもまたその理由である。
そして改めて喋るのが苦手だと言いながらも観客に感謝を伝えると、バンドメンバーを紹介してそれぞれのソロ回し的な演奏を経てから、「僕のヒーローアカデミア」のタイアップとしてたくさんの人がさユりに出会ったきっかけになったであろう「航海の唄」が演奏される。
「強さはいらない 何も持ってなくていい」
という、主人公のデクに向けられたかのようなサビの歌詞がバンドのサウンドに乗せられて力強く響き、さユりの
「さあ 臆せず 歩き出せ」
という締めの歌唱も実に見事だ。正直、コロナ禍になる前にフェスなどで見ていた時は喉を痛めたりしてるんじゃないか?と思ってしまうくらいに歌唱がキツそうな時もあったりしたのだが、どうやらその状態は脱することができたようだ。曲のアウトロでは
「これまでにしてきた後悔や悲しいことを持って前に進んで行けますように!
あなたがあなたでいられ続けますように!」
というメッセージを加える。誰にも楽しいことばかりあるんじゃなくて、むしろ辛い、キツいと思うことばかりであることをさユりはわかっている。こんなにも色々と恵まれたものを手にしているかのように見えるさユりもまたそうした心境になることがたくさんあって、それを乗り越えた上でこうして歌っている。というか乗り越えるために歌っているところもあるのかもしれないとこの日の「航海の唄」を聴いていて思ったりしていた。
さらには「花の塔」と「酸欠少女」の中核を担うようなアニメタイアップ曲が続くのであるが、自分はアルバムの2曲目に収録されているこの曲を聴いて「これは絶対名盤だ」と確信した。それくらいにメロディの力が強く、なおも美しい。この後半になってバンドメンバーも手拍子を促すのであるが、それだけではなくてアップリフティングなロックサウンドに合わせてたくさんの観客が腕を挙げる。その光景を見ているとやはり自分はさユりはロックシンガーだなと思うし、だからこそ野田洋次郎やMY FIRST STORYとコラボしたのだと思っている。こんなに歌うのが難しそうな曲をこんなにもキャッチーに感じさせることができるシンガーなのであるから。
そしてあっという間にラストの曲となり、確かに前にワンマンを見た時もあっという間にライブ終わったな、終わる時間早くて驚いたなと思ったことを思い出すのであるが、最後に演奏されたのはやはりアルバムのタイトル曲である「酸欠少女」。そのタイトルはデビュー時からさユりが掲げてきたものであるが、それから7年経って、もう年齢もキャリアも大人と言っていいような時期に差し掛かってきたけれど、今でも
「泣きそうな酸欠少女」
というさユりのイメージはこの曲の通りに変わっていない。でも歌声は間違いなく強くなったし、その声から感じられる説得力も強くなった。もはやラウドロックと言っていいくらいに迫力のあるサウンドを鳴らすメンバーたちもこの曲を演奏しているのが本当に楽しそうだった。見た目は変わらないようでいて、そうした音から感じられるものは確かに少しずつ変化して来ている。それは変わっちゃったななんて思うものではない、こんな姿を見れるようになって良かったなと思うように。
さユりのワンマンはかつてはアンコールがなかったので、この日もそうだろうと思っていたのだが、なかなか客電はつかないし観客も手拍子を続けているし、ということでそのまま待っていたら、さユりが1人でステージに戻ってくる。アコギをチューニングしながら、
「いつもはアンコールやらないんだけど、今日はみんながずっと呼んでくれたから」
という戻ってきた理由を明かすのだが、方言丸出しという実にリラックスした様子で
「物販を買った方がいい」
「ツアーの写真とか日記を載せてるからファンクラブ入って」
「足疲れたでしょ?今度は座って見られるようなライブもやるから。何も決まってないから無責任だけど(笑)」
と観客に語りかけつつ、アコギを持ってマイクスタンドよりも前に出てくる。
「生歌で聞こえるかな?」
と言ってマイクを通さずに弾き語りを始めたのは弾き語りアルバムの「め」に収録されていた「夜明けの詩」。自分はBブロックという前の方にいたので生歌でもちゃんと聴こえていたが、後ろや2階席でもちゃんと聴こえていたのかはわからない。でもさユりの弾き語りがバンドのボーカルによる弾き語りと違うのは、さユりは曲が生まれた時の形がこうした弾き語りであり、バンドアレンジはそれに肉付きしていく作業であるとも言える。つまりは弾き語りの時点でもう曲は一つの完成形になっている。だからさユりの弾き語りは眠くなったりするのとは対極的に、むしろ身体が動いてしまうようなスリリングさが確かにある。自分はバンドサウンドが好きであるのだが、JAPAN JAMでの弾き語りでのライブも素晴らしかっただけに、またバンドでのツアーもやりつつ、弾き語りでのツアーも見れたらなと思っている。つまりはもっとライブを観たいということを改めて感じた、久しぶりのさユりのワンマンだった。
自分がさユりのライブで忘れられないのは、2016年のROCK IN JAPAN FES.初出演時のWING TENTでのライブ。他の若手アーティストがこのフェスに出演することができた喜びを口にする中でさユりは最後の「人間椅子」を演奏する前に
「みなさん、生きづらくないですか?ここにいてくれるみなさんはきっと私と同じように日々を生きていると思ってます!」
と言っていたこと。あれから6年経ったが、「酸欠少女」を聴いているとやっぱりそうした社会との不和を感じる瞬間は今でも多々あるんだろうなと思うし、きっとそれはずっと消えることはないのかもしれない。でもさユりはあの頃よりも多彩な表現でそれを自分の音楽として昇華できるようになっている。これからも泣きそうな酸欠少女のまま、変わらないままのこの人の歌を聴いていたいと思った。
1.ねじこ
2.summer bug
3.かみさま
4.月と花束
5.月と越境
6.トイ
7.葵橋
8.世界の秘密
9.いくつもの絵画
10.DAWN DANCE
11.よだかの詩
12.航海の唄
13.花の塔
14.酸欠少女
encore
15.夜明けの詩
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