それとこれとはべつ 「前日譚」 @eplus リビングルームカフェ&ダイニング 5/30
- 2021/05/30
- 23:11
翌週からは9mm Parabellum Bulletの全国ツアーもスタートするという状況であるが、そんな中でもボーカルの菅原卓郎による新たなプロジェクトがスタート、ということで渋谷道玄坂にある、普段のライブでは絶対訪れないような厳かな内装のeplus リビングルームカフェ&ダイニングへ。
ユニクロなどの入る建物の6階にはPLEASURE PLEASUREも入っているのだが、その下の5階、この日もカフェ営業をしているエリアとは逆のバーエリアのステージにはグランドピアノとマイクスタンドが立てられており、普段どういう感じのライブが行われているのかということがよくわかる。
ご時世的にノンアルコールしか提供できない状況ではあるが、ドリンクが1杯平均800円くらいという値段のやたらと洒落たカクテルばかりで、それぞれの席では軽食も楽しめるというあたりはビルボードあたりのライブ会場と同じような感覚であるが、完全なる飲食店であるが故に閉店時間も厳格であると思われるために開演時間は日曜日とはいえかなり早い17時半。
セッティングを終えて開演時間を少し過ぎた頃、場内がゆっくりと暗転(その照明の消え方もやはりライブハウスとは違う感覚である)すると、カウンターの横を通って菅原卓郎、東出真緒、村山☆潤の3人がステージに登場。
卓郎はアコギ、東出はヴァイオリン、村潤はピアノというそれぞれの楽器をスタンバイするが、立ち位置が卓郎が上手、東出が中央なのは少し意外である。とはいえ会場に元からあるグランドピアノの位置を踏まえてそうしたのかもしれないが。
一応9mm公式LINEやアカウントからは何となくどういう曲をやる趣旨のライブなのかアナウンスされていたため、いきなりこのユニットでの新曲連発というようなことはないだろうと思っていたので、1曲目が9mmの「カモメ」であることも納得なのだが、やはりピアノとヴァイオリンがメロディを奏でるということになると、卓郎のアコギがどこかいつも以上にリズムを作るものになっている感じがするバランスが面白い。なんなら東出はかつてもこの「カモメ」にヴァイオリンで参加したことがあるが、滝の轟音ギターも、和彦とかみじょうの力強いリズムもないこの形態での演奏は、やはり9mmのライブにヴァイオリンが加わるというものともまるっきり違う。
続け様に演奏されたのはBIGMAMAの名曲ラブソング「A KITE」なのだが、会場規模が広くないが故にしっかりと見える(一応配信もやっているからか、ステージサイドにはテレビくらいの画面があり、そこに演奏する姿が映し出されている)東出の表情は少し気恥ずかしそうでもあり、嬉しそうでもあり。
もちろんそれはBIGMAMAの曲を卓郎が歌うということになるのだが、BIGMAMAの曲は男性が歌うにはかなりキーが高く、それはもちろん9mmの曲よりもはるかに高い。だからこそ歌うのも実に難しいし、金井政人でないと成立しない性質を持っていると思っているのだが、そんな曲を原曲通りの高いキーで卓郎が見事に歌いこなし、その歌声が東出のコーラスと絡む。なんだかこの会場の格式高さもあってか、物凄く贅沢なものを見せてもらっている気持ちになってくる。
ここまでは卓郎と東出のバンド本隊の曲をやったということは、次は順番的には村潤の曲をやる流れなのだが、てっきり9mmとも馴染みのあるFLOWER FLOWER(昨年脱退しているとはいえ)の曲をやると身構えていたのだが、演奏されたのは村潤のソロプロジェクト「Village Mountain」の曲である「alteration」であった。
この曲、原曲は女優の芋生悠という方がボーカルを務めている、つまりは女性ボーカル曲なのだが、卓郎が歌うとそんなことを全く感じさせないものになっている。
自分が好きなバンドのボーカリストでよくカバー曲を歌う人と言えば、9mmとも親交のあるa flood of circleの佐々木亮介であるが、亮介のロックンロールでしかない声は椎名林檎の曲だろうと中島みゆきの曲だろうと亮介が歌うと亮介の曲になるのだが、亮介ほど記名性が強くないと思っていた卓郎の歌も間違いなくそう感じさせるものになっている。それはこうして卓郎が女性ボーカル曲を、バンドサウンドがメインではなく自身の歌がメインの編成で歌っているからこそわかることだ。
とはいえみんなが気になっているのは、「なぜこの3人で?」「これからどういう感じで活動するの?」ということであるのだが、このタイミングでそうしたそれぞれの馴れ初めを3人が和気藹々と話し始める。
もともとは卓郎と東出はバンド同士も仲が良いし、なんなら東出はキツネツキでも取り憑かれメンバーとしておなじみの存在であるが、卓郎と村潤はそれこそFLOWER FLOWERが「名もなきヒーロー」で参加した9mmトリビュートをはじめ、これまでにもライブで何回か共演している。(予定では台風でその日が開催不可となった2年前のRISING SUN ROCK FESTIVALでも9mmとFLOWER FLOWERはコラボする予定だったらしい)
そうして卓郎と2人はそれぞれに親しい立ち位置だったが、やはり3人で意気投合して、というような形ではなく、黒幕的な人物が「あの2人とやってみたら?」と提案したことで実現し、東出と村潤はこのユニットをやることによって初めて関わったという。
そもそもユニットというかバンドの名前すらもまだ解禁されていないのだが、会場の先行物販ではグッズにすでに名前が記載されており、それを購入した人は事前に名前がわかるという斬新なネタバレの仕方だったのだが、ここでそのユニット名が「それとこれとはべつ」というものであることが明かされる。
その由来は9mmやBIGMAMAのような、英語でカッコいい名前ではなく、村潤も参加している、ずっと真夜中でいいのに。のような日本語の名前が良いと思った、ということなのだが名前が決まるまでに数多くのミーティングという名の飲み会も行われてきたようだ。卓郎いわく、
「キツネツキとかソロとかを始めるといつも「9mmとは何が違うんですか?」って聞かれるんだけど、それとこれとはべつ」
ということらしい。
しかしこの日の観客はほとんどが9mmファンの方々だろうし、実際に9mmのTシャツを着たりしている人もいたのだけれど、東出はともかくあまり9mmファンには馴染みがないであろう村潤がこんなに喋りまくる人だというのは意外だった人も多いんじゃないだろうか。
FLOWER FLOWERのファンからはいじられキャラとして認知されているだろうし、ずっと真夜中でいいのに。のライブでもキーボードを弾かないで踊り狂う時もあるなど、彼の参加してきた音楽に接してきたはそうした人であることがわかっているだろうけれど、普通に演奏している姿は見た目も含めて非常にクールに映るだけに。
卓郎「いきなり新曲を20曲もやるのはやる方も聞く方もキツいだろうから(笑)」
村潤「先に断言しておきます。新曲はやりません!(笑)」
ということから、兼ねてから予告していた通りに「最新のヒット曲をカバーする」というゾーンに入っていくのだが、最新のヒット曲というものの捉え方は人それぞれであるし、何よりも歌う卓郎が果たしてどんなチョイスをするのかと思っていたら、卓郎がアコギを弾きながら歌いはじめ、しかもミスってやり直しをするという形で演奏されたのはなんとYOASOBI「夜に駆ける」。
確かに最新のヒット曲という意味ではこれ以上ないくらいにわかりやすい曲であるが、まさか卓郎がこの曲を歌うとは思わなかったし、この曲をやるんならこの後にどんな曲が来るのかわかるような、わからないような、という感じにもなるのだが、やはりYOASOBIと言えばikuraの少女性と儚さ、疾走感などのあらゆる要素を含みながらも曲のタイプによって使い分けるというボーカルが音楽の中心にあるだけに、いろんな人がネットなどでカバーしてみました的な動画を上げていても「やっぱり本家の方がいいな」と思うことの方が多いのだが、卓郎が歌うと本当にikuraの残像を全く感じないのである。
それはあのayaseの飛翔感あるキーボードではなく、ゆったりとしたピアノとヴァイオリンのメロディという形でアレンジされているということもあるだろうけれど、やはり卓郎の声に宿る「深み」が1番大きいだろう。ここにいる人はきっとこれまでに様々なことを経験しながらもここまで9mmを続けてきた卓郎の姿を見てきたはずで、そうしたバンドの歴史や人生経験がその歌には乗っているし、なんなら菅原卓郎名義で真正面から歌謡曲に向き合ったりしたソロ活動で得たものも大きかったのかもしれない。
さらには映画のインスパイアソングとして、近年はメンバー脱退などで停滞感を感じることもあったAwesome City Clubをミュージックステーション出演、フェスの数万人規模の大きなステージに立つまでに引き上げた今年屈指の意外性あるヒット曲「勿忘」へと続くのだが、何回も音源で聴いているし、最近何回もライブでも聴いてきたこの曲が、始まった時は何の曲かすぐにわからなかった。
それはatagiとPORINのツインボーカルを基本的には卓郎が一人で歌い、東出がコーラスを乗せるという形だったこともあるし、そもそものサウンドの解体っぷりもあるだろうけれど、やっぱり卓郎が歌うと卓郎の曲になるんだ、ということが個人的には馴染みが深いこの曲を歌ったことによって確信に変わる。ただ記名性が強いのではなくて、ちゃんと歌が上手いと思える。それは今の9mmのバンドとしての最強っぷりにも通じることでもある。
卓郎のアコギがリズム的な役割を担っているとはいえ、ギターは決してリズム楽器ではないだけに、ここで同期のリズムの音が流れる。それはつまり原曲がそうしたサウンドの曲であるということでもあるのだが、その同期のリズムに合わせたヴァイオリンとピアノの音もどこか不穏な雰囲気のものに変化したのは、エヴァンゲリオン劇場版でおなじみの宇多田ヒカル「One Last Kiss」。
さすがにこの曲は原曲キーのままとはいかずに下げて歌っていたけれど、やはりこの曲も象徴的なコーラス部分を卓郎が歌うまでは「何の曲だっけ?」と思ってしまうほどに卓郎の声に染まっているのだが、ただ3人のメインの楽器を使ってアレンジするのではなく、こうして3人が鳴らす以外の音をためらわずに使うというのは9mmでは基本的にはないことであり、このユニットの自由さや、どんなサウンドの曲が生まれてもおかしくない間口の広さを示していると言えるだろう。
YOASOBI「夜に駆ける」を聴いた時に「ということはもしかしたらこの曲をやるかもしれない」と思った予感が現実のものとなったのは、今や幼稚園児すら口ずさむようになり、社会現象化してると言ってもいいAdoの「うっせぇわ」。
この曲もまた同期の音が流れる中で演奏されたのだが、ヒットする中でチェッカーズとの類似点を指摘されるようになったこの曲の持つ歌謡性の部分が、もともと声にそうした要素を孕む卓郎が歌うことによってより顕在化して見えてくる。
それは卓郎の慈悲深さすら感じるような歌い方がそう感じさせるところでもあるのだが、卓郎と同じ男性であり、9mmの曲のキーが非常に歌いやすい声の高さの自分がこの曲を歌うとしたら、きっともっと荒々しく「うっせぇわ」と歌うと思う。でも卓郎はそうした凡人の思いつくような歌い方は決してしない。だからこそこの曲から怒りというよりも諭しのような感情を感じることができる。歌い手のAdoは未だに正体不明であるが、9mmやBIGMAMAや村潤のことを知っているのだろうか。知っていたとしたらこうしてこの3人が自身が歌う曲をカバーしていることを喜んでくれるのだろうか、ということすら考えてしまうほどに。
そんなカバーシリーズの最後は、卓郎のアコギと歌だけでも成り立つんじゃないかというくらいに卓郎のその2つが際立つ、優里の「ドライフラワー」。
これも選曲としては非常にわかるというのは、ただヒットしているからというだけではなくて、先日のJAPAN JAMで9mmと優里が同じ日に出演していたからであり、そこでもしかしたら卓郎はこの曲を聴いていたかもしれないからであるが、原曲に負けずとも劣らないくらいの歌いあげっぷりは、卓郎の今のボーカリストとしての力量をこの日の中で最も強く示していたと思う。残響レコードから衝撃的なデビューを果たした際には歌唱力の拙さを指摘されていたことも多々あったことからしたら驚異的な成長であるし、優里のパーソナルな心象を歌ったこの曲の歌詞がまるで卓郎の心象を描いているようにすら聞こえる。ただ上手いだけではなくて、そうした表現力すら備えるようになっているのだ。
しかしながらMCとなると途端に緩いかつ長くなるというのもまたこの3人だからこその空気だろうか。このユニットの物販に描かれている猫のイラストは卓郎が東出の飼っている猫を描いたものであることが明かされると、
卓郎「猫の名前なんていうんだっけ?」
東出「1匹はアメリで、それは映画から取ってて…」
村潤「あれ?ここは楽屋かな?」
というあまりに緩いトークが展開される。ちなみに村潤は犬派なのだが、猫派の東出いわく、
「猫の方が抱っこした時にふわっとしている」
ということであり、動物のイメージが一切ない卓郎はやはり、
「俺は小学生の頃にザリガニしか飼ったことがない(笑)」
という。
そんな3人はそれぞれ卓郎は山形、東出は神戸、村潤は鹿児島出身ということで、それぞれの出身地や、ビルボードなどのお酒を飲んだりしながらゆったり楽しむような場所でライブがやりたいというこのユニットでの意気込みを語ると、
「今、こういう状況になって、お客さんもメンバーの1人っていうか。今日体調悪いから行くのをやめたっていう人もいるかもしれないし、検温したり消毒したり感染対策してお客さんも一緒にライブを作ってるっていう感じがする」
と、卓郎はこの状況でも悲観することなくこれからもライブをやっていくという意志を口にした。それは9mmが翌週から始まるツアーを延期することなく予定通り開催することにも通じるのだが、こんな状況であっても新しいこと、今までとは違う面白いことができるということをこの3人は自分たちの身をもって証明している。その姿を見ると、ああ、落ち込んでいられないし、できる限りの対策をした上で自分も前に進んでいかないとな、と思える。つまりは確かな希望を与えてくれているのだ。
そして卓郎が座ってボーカルのみ、ヴァイオリンとピアノがメロディを奏でるというギターレスで披露された9mmの「黒い森の旅人」は、決して激しいタイプの曲ではないが、ギターは轟音、リズムも激しく強いという、9mmのライブや音楽特有の、聴いていてどんどん目を覚まさせられていく、覚醒していくというのとは真逆の、なんなら目をつぶってその歌と音に浸りながら脳内に情景を思い浮かべるという形で聴くことができる。特にこの曲や「カモメ」は9mmの曲の中でも屈指のストリングスが似合う曲であるだけに、東出のヴァイオリンの音色はそれだけでこの曲を成立させている。
そして卓郎が再びアコギを手にして、透き通るようなメロディの中に一点の曇りもない音楽への、ライブへの意志の強さを感じさせるBIGMAMA「CRYSTAL CLEAR」という選曲もまたこの編成だからこそ似合う曲であるし、この曲に限っては卓郎の奥に金井の表情が浮かんでくる。それは卓郎でしかない歌で歌っていても、歌詞からは他の誰のものでもない金井節が響いてくるからである。それはほぼ同世代であっても9mmの歌詞とは作り方とは全く違うからこそそう思えるのだろう。
そんなこの日の最後に演奏されたのは、9mmの「名もなきヒーロー」。原曲が現実世界を駆け抜けていくような力強さを感じさせるエールソングだとするならば、この編成でのこの曲は自分の足元を一歩一歩踏みしめて、前に進んでいることを確認しながら歩いていくかのようだ。
「願わくば来週も会いましょう」
という歌詞の通りに、ちょうど来週の日曜日はZepp Hanedaで9mmのツアー初日である。そこを意識したのかはわからないが、このライブで9mmの曲を聴いた後なだけにまた今までとは違う感触を抱くライブになりそうである。そもそもライブのコンセプト的にこの曲も「カモメ」も「黒い森の旅人」もやらない可能性が高いけれども。
演奏が終わるとメンバーがステージから去っていくのだが、先頭の村潤が思いっきり帰るドアを間違えており、卓郎がこちら側を向いて「こっちだって!」というような顔をしながら笑っていた。その表情はこれからまた今までとは違う楽しいことがたくさんできる、という喜びに満ち溢れているように感じた。
自分は9mmのライブは「Termination」ツアーの千葉LOOKからほぼ毎回ツアーのどこかしらに参加したり、いろんなバンドとの対バンやフェスのライブを見たり、あるいは9mmではない、キツネツキなどの形態でもライブをそれなりに見てきたが、滝のギターやかみじょうのドラム、和彦のアクションやシャウトに比べると、卓郎のボーカリストとしての能力がなかなか正当に評価されないのをもどかしく思うこともあった。
それは9mmの爆音、轟音、メタルやハードコアの影響も強いバンドのサウンド故に伝わりづらい部分もあったし、ちょっと前には卓郎の喉があまり調子が良くない時期もあった。それでも、今の9mmのライブを見るたびに全く飽きることないライブ後の爽快感を与えてくれるのは卓郎のボーカリストとしての成熟あってこそだと思っていたし、ソロも含めてなんとかそこがもうちょっと伝わって欲しい、なんなら細美武士みたいにスカパラのボーカリストに呼ばれて欲しいし、呼ばれるべき実力があるとも思っていた。
これからこのユニットとしての曲を作ることによってどう展開していくのかはまた変わっていくけれど、このユニットの編成とそれによるカバー曲の演奏は他のどの形態よりも卓郎のボーカリストとしての力を強く感じさせてくれるものになっている。それだけに、これから先9mmとは違うもう一つの卓郎の活動の軸になっていく予感もしている。個人的にはカバーコーナーを次にやるならば、2021年屈指の名曲であるヨルシカ「春泥棒」を卓郎のイントロのアコギとボーカルで聴いてみたいが、それは是非またの機会に。
1.カモメ
2.A KITE
3.alteration
4.夜に駆ける (YOASOBI)
5.勿忘 (Awesome City Club)
6.One Last Kiss (宇多田ヒカル)
7.うっせぇわ (Ado)
8.ドライフラワー (優里)
9.黒い森の旅人
10.CRYSTAL CLEAR
11.名もなきヒーロー
ユニクロなどの入る建物の6階にはPLEASURE PLEASUREも入っているのだが、その下の5階、この日もカフェ営業をしているエリアとは逆のバーエリアのステージにはグランドピアノとマイクスタンドが立てられており、普段どういう感じのライブが行われているのかということがよくわかる。
ご時世的にノンアルコールしか提供できない状況ではあるが、ドリンクが1杯平均800円くらいという値段のやたらと洒落たカクテルばかりで、それぞれの席では軽食も楽しめるというあたりはビルボードあたりのライブ会場と同じような感覚であるが、完全なる飲食店であるが故に閉店時間も厳格であると思われるために開演時間は日曜日とはいえかなり早い17時半。
セッティングを終えて開演時間を少し過ぎた頃、場内がゆっくりと暗転(その照明の消え方もやはりライブハウスとは違う感覚である)すると、カウンターの横を通って菅原卓郎、東出真緒、村山☆潤の3人がステージに登場。
卓郎はアコギ、東出はヴァイオリン、村潤はピアノというそれぞれの楽器をスタンバイするが、立ち位置が卓郎が上手、東出が中央なのは少し意外である。とはいえ会場に元からあるグランドピアノの位置を踏まえてそうしたのかもしれないが。
一応9mm公式LINEやアカウントからは何となくどういう曲をやる趣旨のライブなのかアナウンスされていたため、いきなりこのユニットでの新曲連発というようなことはないだろうと思っていたので、1曲目が9mmの「カモメ」であることも納得なのだが、やはりピアノとヴァイオリンがメロディを奏でるということになると、卓郎のアコギがどこかいつも以上にリズムを作るものになっている感じがするバランスが面白い。なんなら東出はかつてもこの「カモメ」にヴァイオリンで参加したことがあるが、滝の轟音ギターも、和彦とかみじょうの力強いリズムもないこの形態での演奏は、やはり9mmのライブにヴァイオリンが加わるというものともまるっきり違う。
続け様に演奏されたのはBIGMAMAの名曲ラブソング「A KITE」なのだが、会場規模が広くないが故にしっかりと見える(一応配信もやっているからか、ステージサイドにはテレビくらいの画面があり、そこに演奏する姿が映し出されている)東出の表情は少し気恥ずかしそうでもあり、嬉しそうでもあり。
もちろんそれはBIGMAMAの曲を卓郎が歌うということになるのだが、BIGMAMAの曲は男性が歌うにはかなりキーが高く、それはもちろん9mmの曲よりもはるかに高い。だからこそ歌うのも実に難しいし、金井政人でないと成立しない性質を持っていると思っているのだが、そんな曲を原曲通りの高いキーで卓郎が見事に歌いこなし、その歌声が東出のコーラスと絡む。なんだかこの会場の格式高さもあってか、物凄く贅沢なものを見せてもらっている気持ちになってくる。
ここまでは卓郎と東出のバンド本隊の曲をやったということは、次は順番的には村潤の曲をやる流れなのだが、てっきり9mmとも馴染みのあるFLOWER FLOWER(昨年脱退しているとはいえ)の曲をやると身構えていたのだが、演奏されたのは村潤のソロプロジェクト「Village Mountain」の曲である「alteration」であった。
この曲、原曲は女優の芋生悠という方がボーカルを務めている、つまりは女性ボーカル曲なのだが、卓郎が歌うとそんなことを全く感じさせないものになっている。
自分が好きなバンドのボーカリストでよくカバー曲を歌う人と言えば、9mmとも親交のあるa flood of circleの佐々木亮介であるが、亮介のロックンロールでしかない声は椎名林檎の曲だろうと中島みゆきの曲だろうと亮介が歌うと亮介の曲になるのだが、亮介ほど記名性が強くないと思っていた卓郎の歌も間違いなくそう感じさせるものになっている。それはこうして卓郎が女性ボーカル曲を、バンドサウンドがメインではなく自身の歌がメインの編成で歌っているからこそわかることだ。
とはいえみんなが気になっているのは、「なぜこの3人で?」「これからどういう感じで活動するの?」ということであるのだが、このタイミングでそうしたそれぞれの馴れ初めを3人が和気藹々と話し始める。
もともとは卓郎と東出はバンド同士も仲が良いし、なんなら東出はキツネツキでも取り憑かれメンバーとしておなじみの存在であるが、卓郎と村潤はそれこそFLOWER FLOWERが「名もなきヒーロー」で参加した9mmトリビュートをはじめ、これまでにもライブで何回か共演している。(予定では台風でその日が開催不可となった2年前のRISING SUN ROCK FESTIVALでも9mmとFLOWER FLOWERはコラボする予定だったらしい)
そうして卓郎と2人はそれぞれに親しい立ち位置だったが、やはり3人で意気投合して、というような形ではなく、黒幕的な人物が「あの2人とやってみたら?」と提案したことで実現し、東出と村潤はこのユニットをやることによって初めて関わったという。
そもそもユニットというかバンドの名前すらもまだ解禁されていないのだが、会場の先行物販ではグッズにすでに名前が記載されており、それを購入した人は事前に名前がわかるという斬新なネタバレの仕方だったのだが、ここでそのユニット名が「それとこれとはべつ」というものであることが明かされる。
その由来は9mmやBIGMAMAのような、英語でカッコいい名前ではなく、村潤も参加している、ずっと真夜中でいいのに。のような日本語の名前が良いと思った、ということなのだが名前が決まるまでに数多くのミーティングという名の飲み会も行われてきたようだ。卓郎いわく、
「キツネツキとかソロとかを始めるといつも「9mmとは何が違うんですか?」って聞かれるんだけど、それとこれとはべつ」
ということらしい。
しかしこの日の観客はほとんどが9mmファンの方々だろうし、実際に9mmのTシャツを着たりしている人もいたのだけれど、東出はともかくあまり9mmファンには馴染みがないであろう村潤がこんなに喋りまくる人だというのは意外だった人も多いんじゃないだろうか。
FLOWER FLOWERのファンからはいじられキャラとして認知されているだろうし、ずっと真夜中でいいのに。のライブでもキーボードを弾かないで踊り狂う時もあるなど、彼の参加してきた音楽に接してきたはそうした人であることがわかっているだろうけれど、普通に演奏している姿は見た目も含めて非常にクールに映るだけに。
卓郎「いきなり新曲を20曲もやるのはやる方も聞く方もキツいだろうから(笑)」
村潤「先に断言しておきます。新曲はやりません!(笑)」
ということから、兼ねてから予告していた通りに「最新のヒット曲をカバーする」というゾーンに入っていくのだが、最新のヒット曲というものの捉え方は人それぞれであるし、何よりも歌う卓郎が果たしてどんなチョイスをするのかと思っていたら、卓郎がアコギを弾きながら歌いはじめ、しかもミスってやり直しをするという形で演奏されたのはなんとYOASOBI「夜に駆ける」。
確かに最新のヒット曲という意味ではこれ以上ないくらいにわかりやすい曲であるが、まさか卓郎がこの曲を歌うとは思わなかったし、この曲をやるんならこの後にどんな曲が来るのかわかるような、わからないような、という感じにもなるのだが、やはりYOASOBIと言えばikuraの少女性と儚さ、疾走感などのあらゆる要素を含みながらも曲のタイプによって使い分けるというボーカルが音楽の中心にあるだけに、いろんな人がネットなどでカバーしてみました的な動画を上げていても「やっぱり本家の方がいいな」と思うことの方が多いのだが、卓郎が歌うと本当にikuraの残像を全く感じないのである。
それはあのayaseの飛翔感あるキーボードではなく、ゆったりとしたピアノとヴァイオリンのメロディという形でアレンジされているということもあるだろうけれど、やはり卓郎の声に宿る「深み」が1番大きいだろう。ここにいる人はきっとこれまでに様々なことを経験しながらもここまで9mmを続けてきた卓郎の姿を見てきたはずで、そうしたバンドの歴史や人生経験がその歌には乗っているし、なんなら菅原卓郎名義で真正面から歌謡曲に向き合ったりしたソロ活動で得たものも大きかったのかもしれない。
さらには映画のインスパイアソングとして、近年はメンバー脱退などで停滞感を感じることもあったAwesome City Clubをミュージックステーション出演、フェスの数万人規模の大きなステージに立つまでに引き上げた今年屈指の意外性あるヒット曲「勿忘」へと続くのだが、何回も音源で聴いているし、最近何回もライブでも聴いてきたこの曲が、始まった時は何の曲かすぐにわからなかった。
それはatagiとPORINのツインボーカルを基本的には卓郎が一人で歌い、東出がコーラスを乗せるという形だったこともあるし、そもそものサウンドの解体っぷりもあるだろうけれど、やっぱり卓郎が歌うと卓郎の曲になるんだ、ということが個人的には馴染みが深いこの曲を歌ったことによって確信に変わる。ただ記名性が強いのではなくて、ちゃんと歌が上手いと思える。それは今の9mmのバンドとしての最強っぷりにも通じることでもある。
卓郎のアコギがリズム的な役割を担っているとはいえ、ギターは決してリズム楽器ではないだけに、ここで同期のリズムの音が流れる。それはつまり原曲がそうしたサウンドの曲であるということでもあるのだが、その同期のリズムに合わせたヴァイオリンとピアノの音もどこか不穏な雰囲気のものに変化したのは、エヴァンゲリオン劇場版でおなじみの宇多田ヒカル「One Last Kiss」。
さすがにこの曲は原曲キーのままとはいかずに下げて歌っていたけれど、やはりこの曲も象徴的なコーラス部分を卓郎が歌うまでは「何の曲だっけ?」と思ってしまうほどに卓郎の声に染まっているのだが、ただ3人のメインの楽器を使ってアレンジするのではなく、こうして3人が鳴らす以外の音をためらわずに使うというのは9mmでは基本的にはないことであり、このユニットの自由さや、どんなサウンドの曲が生まれてもおかしくない間口の広さを示していると言えるだろう。
YOASOBI「夜に駆ける」を聴いた時に「ということはもしかしたらこの曲をやるかもしれない」と思った予感が現実のものとなったのは、今や幼稚園児すら口ずさむようになり、社会現象化してると言ってもいいAdoの「うっせぇわ」。
この曲もまた同期の音が流れる中で演奏されたのだが、ヒットする中でチェッカーズとの類似点を指摘されるようになったこの曲の持つ歌謡性の部分が、もともと声にそうした要素を孕む卓郎が歌うことによってより顕在化して見えてくる。
それは卓郎の慈悲深さすら感じるような歌い方がそう感じさせるところでもあるのだが、卓郎と同じ男性であり、9mmの曲のキーが非常に歌いやすい声の高さの自分がこの曲を歌うとしたら、きっともっと荒々しく「うっせぇわ」と歌うと思う。でも卓郎はそうした凡人の思いつくような歌い方は決してしない。だからこそこの曲から怒りというよりも諭しのような感情を感じることができる。歌い手のAdoは未だに正体不明であるが、9mmやBIGMAMAや村潤のことを知っているのだろうか。知っていたとしたらこうしてこの3人が自身が歌う曲をカバーしていることを喜んでくれるのだろうか、ということすら考えてしまうほどに。
そんなカバーシリーズの最後は、卓郎のアコギと歌だけでも成り立つんじゃないかというくらいに卓郎のその2つが際立つ、優里の「ドライフラワー」。
これも選曲としては非常にわかるというのは、ただヒットしているからというだけではなくて、先日のJAPAN JAMで9mmと優里が同じ日に出演していたからであり、そこでもしかしたら卓郎はこの曲を聴いていたかもしれないからであるが、原曲に負けずとも劣らないくらいの歌いあげっぷりは、卓郎の今のボーカリストとしての力量をこの日の中で最も強く示していたと思う。残響レコードから衝撃的なデビューを果たした際には歌唱力の拙さを指摘されていたことも多々あったことからしたら驚異的な成長であるし、優里のパーソナルな心象を歌ったこの曲の歌詞がまるで卓郎の心象を描いているようにすら聞こえる。ただ上手いだけではなくて、そうした表現力すら備えるようになっているのだ。
しかしながらMCとなると途端に緩いかつ長くなるというのもまたこの3人だからこその空気だろうか。このユニットの物販に描かれている猫のイラストは卓郎が東出の飼っている猫を描いたものであることが明かされると、
卓郎「猫の名前なんていうんだっけ?」
東出「1匹はアメリで、それは映画から取ってて…」
村潤「あれ?ここは楽屋かな?」
というあまりに緩いトークが展開される。ちなみに村潤は犬派なのだが、猫派の東出いわく、
「猫の方が抱っこした時にふわっとしている」
ということであり、動物のイメージが一切ない卓郎はやはり、
「俺は小学生の頃にザリガニしか飼ったことがない(笑)」
という。
そんな3人はそれぞれ卓郎は山形、東出は神戸、村潤は鹿児島出身ということで、それぞれの出身地や、ビルボードなどのお酒を飲んだりしながらゆったり楽しむような場所でライブがやりたいというこのユニットでの意気込みを語ると、
「今、こういう状況になって、お客さんもメンバーの1人っていうか。今日体調悪いから行くのをやめたっていう人もいるかもしれないし、検温したり消毒したり感染対策してお客さんも一緒にライブを作ってるっていう感じがする」
と、卓郎はこの状況でも悲観することなくこれからもライブをやっていくという意志を口にした。それは9mmが翌週から始まるツアーを延期することなく予定通り開催することにも通じるのだが、こんな状況であっても新しいこと、今までとは違う面白いことができるということをこの3人は自分たちの身をもって証明している。その姿を見ると、ああ、落ち込んでいられないし、できる限りの対策をした上で自分も前に進んでいかないとな、と思える。つまりは確かな希望を与えてくれているのだ。
そして卓郎が座ってボーカルのみ、ヴァイオリンとピアノがメロディを奏でるというギターレスで披露された9mmの「黒い森の旅人」は、決して激しいタイプの曲ではないが、ギターは轟音、リズムも激しく強いという、9mmのライブや音楽特有の、聴いていてどんどん目を覚まさせられていく、覚醒していくというのとは真逆の、なんなら目をつぶってその歌と音に浸りながら脳内に情景を思い浮かべるという形で聴くことができる。特にこの曲や「カモメ」は9mmの曲の中でも屈指のストリングスが似合う曲であるだけに、東出のヴァイオリンの音色はそれだけでこの曲を成立させている。
そして卓郎が再びアコギを手にして、透き通るようなメロディの中に一点の曇りもない音楽への、ライブへの意志の強さを感じさせるBIGMAMA「CRYSTAL CLEAR」という選曲もまたこの編成だからこそ似合う曲であるし、この曲に限っては卓郎の奥に金井の表情が浮かんでくる。それは卓郎でしかない歌で歌っていても、歌詞からは他の誰のものでもない金井節が響いてくるからである。それはほぼ同世代であっても9mmの歌詞とは作り方とは全く違うからこそそう思えるのだろう。
そんなこの日の最後に演奏されたのは、9mmの「名もなきヒーロー」。原曲が現実世界を駆け抜けていくような力強さを感じさせるエールソングだとするならば、この編成でのこの曲は自分の足元を一歩一歩踏みしめて、前に進んでいることを確認しながら歩いていくかのようだ。
「願わくば来週も会いましょう」
という歌詞の通りに、ちょうど来週の日曜日はZepp Hanedaで9mmのツアー初日である。そこを意識したのかはわからないが、このライブで9mmの曲を聴いた後なだけにまた今までとは違う感触を抱くライブになりそうである。そもそもライブのコンセプト的にこの曲も「カモメ」も「黒い森の旅人」もやらない可能性が高いけれども。
演奏が終わるとメンバーがステージから去っていくのだが、先頭の村潤が思いっきり帰るドアを間違えており、卓郎がこちら側を向いて「こっちだって!」というような顔をしながら笑っていた。その表情はこれからまた今までとは違う楽しいことがたくさんできる、という喜びに満ち溢れているように感じた。
自分は9mmのライブは「Termination」ツアーの千葉LOOKからほぼ毎回ツアーのどこかしらに参加したり、いろんなバンドとの対バンやフェスのライブを見たり、あるいは9mmではない、キツネツキなどの形態でもライブをそれなりに見てきたが、滝のギターやかみじょうのドラム、和彦のアクションやシャウトに比べると、卓郎のボーカリストとしての能力がなかなか正当に評価されないのをもどかしく思うこともあった。
それは9mmの爆音、轟音、メタルやハードコアの影響も強いバンドのサウンド故に伝わりづらい部分もあったし、ちょっと前には卓郎の喉があまり調子が良くない時期もあった。それでも、今の9mmのライブを見るたびに全く飽きることないライブ後の爽快感を与えてくれるのは卓郎のボーカリストとしての成熟あってこそだと思っていたし、ソロも含めてなんとかそこがもうちょっと伝わって欲しい、なんなら細美武士みたいにスカパラのボーカリストに呼ばれて欲しいし、呼ばれるべき実力があるとも思っていた。
これからこのユニットとしての曲を作ることによってどう展開していくのかはまた変わっていくけれど、このユニットの編成とそれによるカバー曲の演奏は他のどの形態よりも卓郎のボーカリストとしての力を強く感じさせてくれるものになっている。それだけに、これから先9mmとは違うもう一つの卓郎の活動の軸になっていく予感もしている。個人的にはカバーコーナーを次にやるならば、2021年屈指の名曲であるヨルシカ「春泥棒」を卓郎のイントロのアコギとボーカルで聴いてみたいが、それは是非またの機会に。
1.カモメ
2.A KITE
3.alteration
4.夜に駆ける (YOASOBI)
5.勿忘 (Awesome City Club)
6.One Last Kiss (宇多田ヒカル)
7.うっせぇわ (Ado)
8.ドライフラワー (優里)
9.黒い森の旅人
10.CRYSTAL CLEAR
11.名もなきヒーロー
キュウソネコカミ DMCC REAL ONEMAN TOUR 2021 @Zepp Haneda 6/1 ホーム
東京初期衝動 「サマーツアー2021」 アル中バンド呼んじゃった!騒げ!大宴会ライブ 〜ドブネズミランド編〜 @千葉LOOK 5/29