昨年末の紅白歌合戦に出演した際に披露した「Lemon」が反響を呼び、ただでさえドラマ主題歌として大ヒットしたのがさらに幅広い層に発見された、米津玄師。
昨年10月にもこの幕張メッセで2daysライブを行っているが、単発的なライブだった前回とは異なり、今回は地元の徳島から始まったツアーファイナル。さらにこの日は米津玄師の誕生日でもある。前回の幕張メッセが様々な演出で驚かせてくれただけに、果たして今回はどうやって我々を驚かせてくれるのか。
場内に入ると、前回同様に薄暗いだけにステージの全容を把握することはできないが、ブロックの端の方はかなり隙間が目立つだけに、ソールドアウトしていてチケットが取れなかった人もいるだろうし、もうちょっと各ブロックに枚数を出しても良かった気もする。(消防法的な問題もあるのかもしれないけど)
18時を少し過ぎると場内が暗転し、先に堀正輝(ドラム)、須藤優(ベース)、中島宏(ギター)の3人がステージに登場し、その後に「POLICE」という文字が刻まれたTシャツにLemon色のパンツを穿いた米津玄師が登場。
ステージ背面と左右のスクリーン、さらにはステージ上のメンバーを照らすための照明にさえも三角形のオブジェが照らし出された中で始まったのは、前回の幕張メッセでのライブの際にライブ初披露された「Flamingo」。米津玄師は体をくねらせながら
「あー、あー。はいー」
という、初披露時はまだ誰もちゃんと曲の全体像を知らなかったためにその部分までもがキチンと再現されているところに大歓声が上がるし、割と適当な応対としての返事として音源に収録されていたのとはまた感じが違うというか、観客を煽るような形でこのフレーズが発されていたのが新鮮だった。
米津玄師が
「幕張ー!」
と声を上げると同時に、中島と須藤も人差し指を掲げてから演奏を始めた「Loser」では前回の幕張メッセでのライブ同様に米津玄師がステージから伸びる花道を歩きながら歌い(前回のこの会場でのライブでは1曲目に演奏されていた)、最後のサビ前にはなんと米津玄師が立っている花道が上空に向かってせり上がっていく。その上で米津玄師はYANKEE座りをするかのごとくに挑発的に歌うのだが、これは高所恐怖症である自分の身としては本当にとんでもないパフォーマンスである。
「ありがとう!」
と曲終わりに甲高いファルセットボイスで応えた後に
「今日は最高の1日にしましょう!よろしくお願いします!」
と挨拶すると、スクリーンにMVが映し出される中で演奏されたのは「砂の惑星」。
ボカロP出身である米津玄師が自身がボカロPから脱却したあとのボカロシーンを眺めて歌った曲であるが、
「そういや今日は僕らのハッピーバースデイ」
「歌って踊ろう ハッピーバースデイ」
と米津玄師本人の誕生日であるこの日に歌われる理由がより一層浮かび上がってくる歌詞である。(「今日は2人の誕生日」というボカロPであったハチ名義の「遊園市街」からインスパイアされた歌詞でもあると思うのだが)
米津玄師がアコギを手にした「飛燕」からはスクリーンに米津玄師が歌う姿とメンバーが演奏する姿が映し出され、須藤がイントロで高く両手を掲げて手を叩くと観客も同じように手拍子でリズムを先導していく。
さらに壁画のような映像が映し出される中でオレンジ色の柔らかい照明がメンバーを照らす「かいじゅうのマーチ」とアルバムとしては最新作になる「BOOTLEG」の曲が続くと、堀正輝のシンバルの連打がより一層神聖さを際立たせるライブアレンジが施された「アイネクライネ」はライブを重ねるごとに演奏される順番が早くなってきている気がする。それはそれだけライブのクライマックスを担う曲が増えてきているということの証明でもあるのだが、スクリーンに映し出されたハートとスペードが混ざり合って星になるというのは、この曲における「私」と「あなた」の関係性そのものである。以前まではこの曲では映像を使わずに照明だけで演奏されていたが、間違いなくそうした演出やそれにまつわるスタッフの米津玄師の曲への理解度がさらに増してきていて、この曲に施されるべき演出はなんなのだろうか?ということを深いレベルまで共有しあってこのツアーが作られているというのがよくわかる。
米津玄師がイントロからピョンピョンと飛び跳ねる姿が衝撃的でもあった「春雷」では、「Bremen」のリリース後に行われた「音楽隊」ツアーまではややライブをやることに義務感を感じていたり、心からライブを楽しんでいるのだろうか?と思うことすらあった米津玄師が今この瞬間、たくさんの人の前で自分が作った曲を歌うのを楽しんでいるように見えた。今まではこんな姿を見ることはできなかった。
薄明かりの中でメンバーの背後には男女2人のダンサーが登場して曲のリズムに合わせて踊る「Moonlight」では曲が進むにつれて月明かりが鮮やかになり、演奏するメンバーと踊るダンサーの姿がよく見えるようになるのだが、女性が寝そべる横をとぼとぼ歩いていく男性という終わり方は、やはりこの曲はハッピーなエンドではないということを思い知らされる。
ステージを照らしていた月明かりがなくなり、花道の両サイドから噴き上がる炎がその役割を果たす中で米津玄師が花道に歩いていって歌う「打上花火」と、バンドサウンドというよりもトラックといった方がいい曲が続き、中島と須藤もシンセを弾く場面が増えてくると、再び競り上がった花道の上で落ちないか心配になるくらいに不穏なダンスを踊りまくるチーム辻本のダンサーたちが登場。間奏に合わせるかのように途中からはスクリーンに魔物の目覚めを想起させるかのような映像も映し出されるというもはやホラーじみたこの演出はこの日会場でたびたび目撃した子供の観客とかは大丈夫だったんだろうか。
前回のこの会場でのライブではスクリーンに次々とポーズを取る男性の姿が映し出されていた「Paper Flower」ではその演出をリアルタイムで行うかのようにダンサーたちがスクリーンに映し出された箱状の絵に合わせてポーズを取っていく。曲後半ではその演出から、曲タイトルに合わせるように紙で作られた花の花びらが零れ落ちていくような映像に変わるのだが、それまでのデジドラメインの演奏から、音源とは異なりハイハットなどの生ドラムを軸にした演奏に堀のドラムが切り替わることによって楽曲に新たな肉体性をもたらしていく。ついつい演出に目が行きがちだが、やはり演奏面でもこうしてライブならではのアレンジをしっかり見せてくれる。
MCらしいMCはほとんどなしで楽曲を次々に演奏していくというスタイルは従来通りだが、高音部がキツそうな部分もあったとはいえ、休憩一切なしでこれだけ歌い続けられるというのは実はものすごいことである。なかなかここまで演出を使いながら全くダレたりすることのないライブをできる人はいない。
その演出という面では前回のこの会場でのライブでも観客の度肝を抜いた10名ほどのドラム隊が登場したのはやはり「Undercover」。最初はステージ後方から登場し、メンバーを囲むようにしてドラムを叩くと、その隊列は花道の方へ向かっていく。堀のドラムと重なってよりビートが強調されるこの演出は視覚面はもちろん聴覚面でも強烈なインパクトを残す。それくらい曲の持つ表情が変わっている。
「爱丽丝」からは一気にバンドの演奏をメインにしたアッパーな展開になだれ込んで行く。花道の上にある照明を支える部分には
「米津玄師 2019巡演」
などの漢文のような文字列がオリエンタルなこの曲のイメージを強くしていく。
「ワンツースリー!」
の曲入りで大合唱が起きた「ゴーゴー幽霊船」では米津玄師のボーカルもさらに力強さを増していく。とりわけ
「電光板の言葉になれ」
の「言葉」の「こ」や
「幽霊船は怒り散らせ」
の「怒り」の「い」
など、サビで声を強く張るフレーズがより一層の力強さを感じさせる。
この曲は米津玄師としてのデビューアルバムである「diorama」に収録されており、いわゆる「Lemon」以降に米津玄師の音楽と出会った人はこの曲の存在を知らなかったりするんじゃないだろうか?という不安も少しはあったのだが、そんな不安は杞憂でしかなかったくらいの盛り上がりを見せていた。
米津玄師と中島と須藤が人差し指と中指を高く突き立てるとコーラス部分の大合唱が始まるのは「ピースサイン」。コーラスから演奏に入る瞬間には銀テープが発射された、それがさらなる興奮をもたらして次のコーラス部分ではより一層大きな声が轟く。
そして曲終わりではここまでは軽い挨拶しかしていなかった米津玄師が口を開き、
「「Lemon」が自分の想像を超えるところまで届いて、紅白歌合戦っていうすごい催し物に出ることができて。そういうのを見て昔から聴いてくれてる人が「変わったな」って思うだろうし、実際にそういう声も聞いていて。
でもそうやって自分の音楽から離れて行った人も、いつかまた自分が作る音楽とリンクして欲しいっていうか…。この大きな船から1人も落としたくないんだよね。
そのために自分はポップミュージックを作るし、それが美しいことだって思ってこれからも音楽を作り続けていく」
という、前回のこの場所のライブでも語っていた「変わること」についての自身のスタンスについて話す。
実際に米津玄師はアルバム1枚ごとに大胆に音楽性を変えてきたし、それは大衆に合わせるというよりもその時々の本人のやりたいことに忠実に音楽を作ることでそうなってきた。ただし、本人がやりたいことのみを追求すると得てしてマニアックなものになってしまいがちなのだが、米津玄師にはそうはならない天性のポップセンスが宿っているのは音楽を聴けばすぐにわかる。
その上で挑戦を続けながらもあくまで「ポップミュージック」であろうとする理由。それがこの
「大きな船から1人も落としたくない」
という言葉に集約されている。
かつてパソコンの前でたった一人で音楽を作って、姿の見えない人に聞かれていた男は、今は目の前にいる人たちと自身の音楽を通して繋がろうとしている。
その結果が、ライブをやるようになった「YANKEE」のリリース後の10代メインの客層という「声なきティーンエイジャーたちの代弁者」的なものから、子供を連れて家族で来ている人から普段こうしてライブに来たりすることはほとんどないんじゃないだろうかという高齢の方まで、まさに老若男女が揃った「日本のポップスター」というものに景色が変わった。そして今目の前にいる様々な人にこれからも自分の音楽を聴いてもらいたい。この日の米津玄師の言葉からはこれまでで最もその意志が強く感じられた。
その言葉の後に演奏されたのは、かつての米津玄師少年を音楽の道に走らせるきっかけとなったBUMP OF CHICKEN直系のギターロック「Nighthawks」。米津玄師がギターを弾きながら歌う後ろで、中島と須藤がそれぞれシンセではなくギターとベースを弾きながら堀のドラムの前に集まって向き合いながら呼吸と意志を合わせるように演奏する。その姿は紛れもなく「この4人でしかありえないバンド」そのものであった。
そして夜空に星がきらめくような演出が実に美しい「orion」を少し高音がキツそうな感じもしながらもしっかりとキーを下げることなく歌い切ると、最後に演奏されたのはやはり、もはや米津玄師の代表曲というよりも現代のこの国を代表する名曲と言えるくらいの存在になった「Lemon」。前回のライブのような嗅覚的な演出はなかったと思われるが、米津玄師自身が我々観客にとっての光であるかのような神聖な光の柱。それが終盤には暖かい色彩を描くものに変化していく。ただ単に「この曲聴きたい」じゃない、何か引き込まれるような、ステージを凝視するしかない状態にさせるような力がこの曲には宿っている。それはきっと売れた曲だからとかそんな理由じゃない。この曲に込めた想いを米津玄師がライブという場で最大限に発揮することができるようになったからだ。
演奏を終えたメンバーがステージを去ると、アンコール待ちの際にはスクリーンに
「今日は米津玄師の誕生日です。サプライズがあります」
という旨の文字が。ワクワクする感覚はありつつも、あまり騒いでしまうと本人にバレてしまう、という2万人の愉快な共犯意識が共有される中、メンバーが再び登場すると、まずは本人も
「ライブでみんなに歌って欲しい」
と語っていたとおりに大きな合唱が起こった「ごめんね」を演奏し始める。
この日の大切な演出を担ったダンサーと太鼓隊も全員登場し、花道に進んで歌う米津玄師を包むようにシャボン玉が噴き出していく。その後ろで中島はギターを弾かない前半ではダンサーに混じって踊っているのが実に面白いが、「Moonlight」や「amen」という曲では闇というかダークな感情を踊りで表現していたダンサーたちが、この曲では楽しくて仕方がない!と言わんばかりに光や喜びを踊りで表現する。それができるというのは本当に凄いし、米津玄師のダンスの師匠である辻本氏のダンスチームなだけに、楽曲そのものへの理解度が高いからこそできることなのだろう。
歌い終わると喋ろうとする米津玄師に先んじてメンバーたちが「Happy Birthday」の演奏を始め、それに伴ってスタッフからケーキのような花を贈呈される。スクリーンにあるとおりに
「Happy Birthday dear 米津さん」
の大合唱を聴いた米津玄師は
「なんかあると思ったんだよな〜(笑)」
と笑みを浮かべながら、
「本当によくできたファンだこと。愛してるよ!」
と普段は滅多に口にしない言葉で素直に観客やスタッフへの感謝を示す。
こうしてライブをすることを選ばなかったら、何万人の人から祝ってもらえるような機会なんて絶対になかっただろう。それは米津玄師が人と向き合うことを決めたからこそだし、米津玄師も嬉しかっただろうけれど、米津玄師の音楽を聴いてきた我々としても「生まれてきてくれてありがとう」と言える場ができたこと。こうして米津玄師が生まれて、これまで生きてきてくれたからずっと米津玄師の音楽を聴いて、こうしてライブを見ることができる。そんな当たり前のことだけど普段は意識することのないことを改めて感じさせてくれた誕生日サプライズであった。
メンバー紹介では各地のライブで毎回喋ってきた中島が観客を煽れるようなスキルを身につけたことに米津玄師は一抹の寂しさを感じていたようだったが、その後にしっかりとスベっていたのは逆に安心したようだ。
そんなやり取りもありつつ、最初は真っ暗な中で始まり、途中からメンバーそれぞれにピンスポットが当たるという演出で演奏された「クランベリーとパンケーキ」とカップリング曲が続き、最後に演奏されたのはこの翌日にyoutubeでの再生回数が1億回を超えた「灰色と青」。
米津玄師は一部のフレーズを明らかにいつもよりも感情を込めて力強く歌っていた。それは誕生日を祝ってくれたこの日の観客に対する思いが溢れ出したかのようだった。
我々米津玄師ファンからしても特別な日になった、2019年3月10日。それを米津玄師自身もずっと忘れないでいてくれたら、この日ライブを見ていたものとしてそんなに嬉しいことはないな、と思いながら、翌日はさらに良いライブをやってくれる期待を抱かせてメンバーたちはステージを去っていった。
1.Flamingo
2.Loser
3.砂の惑星
4.飛燕
5.かいじゅうのマーチ
6.アイネクライネ
7.春雷
8.Moonlight
9.打上花火
10.amen
11.Paper Flower
12.Undercover
13.爱丽丝
14.ゴーゴー幽霊船
15.ピースサイン
16.Nighthawks
17.orion
18.Lemon
encore
19.ごめんね
20.クランベリーとパンケーキ
21.灰色と青
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