ずっと真夜中でいいのに。 原始五年巡回公演 喫茶・愛のペガサス @川口総合文化センターリリアメインホール 9/29
- 2023/09/30
- 20:49
8月の終わりに行われたSWEET LOVE SHOWERの3日間の中で1番楽しかったのは、久しぶりの座席なしライブで踊りまくれて、初めて野外で観たからこその楽しさが確かにあった、Mt.FUJI STAGEの3日間のトリのずっと真夜中でいいのに。だった。
そんなずとまよが活動5周年を迎えてアルバム「沈香学」をリリース。そのツアーはかなり細かく各地のホールを回るツアーであるが、その序盤である2箇所目、4公演目がこの日の埼玉は川口総合文化センターリリアメインホールでの2日目である。
これまでにもずとまよのライブは会場全体を1つのコンセプトによって作り上げてきたが、今回のツアーのテーマはタイトルにあるように喫茶店。ということで開演前にはどこかレトロ喫茶のテーマを思わせるような音楽が響いているのであるが、ステージ上はずとまよオールスター的な形だった年始の代々木体育館に比べるとやはりシンプルな形ではある。
開演時間の18時30分前になると、BGMに合わせて手拍子ならぬしゃもじ拍子をする観客が増えていくのはすでに今回のツアーに参加した人がたくさんいて、始まるタイミングがわかっているということなのだろうけれど、実際にBGMの音が小さくなると同時に場内もゆっくり暗転すると、ステージに現れたのはオープンリールを持った吉田匡(Open Reel Ensemble)であるのだが、その姿は彷徨った果てに「ペガサス」という喫茶店に辿り着いた老人のようであり、ステージ中央にある喫茶店のショーウィンドウが光り輝くと、その背面にかかっている紗幕にキャラクターの映像などが星座を模したような形で映し出され、レトロ感を感じざるを得ないBGMが流れる。
そのオープニングが終わると、紗幕の向こうにはオープンリールのメンバーの影などが映し出される。紗幕の手前にはドラム、ベース、ギター、キーボードという通常のバンド編成の機材しか置かれていないだけにシンプルに見えていたのであるが、紗幕が開くと喫茶店の屋上であるとも言える2階部分にACAね(ボーカル&ギターなど)がおり、その両脇にはトランペットとトロンボーン、上手にはおなじみのパーカッション神谷洵平、下手にはOpen Reel Ensembleのメンバーがおり、1階部分には下手からドラマー(紹介されなかったのでおなじみの河村吉宏だったのかわからない)、二家本亮介(ベース)、佐々木"コジロー"貴之(ギター)、岸田勇気(キーボード)という面々も登場して「マリンブルーの庭園」が演奏される。オープンリールの2人の上のミニモニターには曲タイトルとともにしゃもじの使い方(今は叩かない、振る、叩くなど)が視覚的に映し出されているのもおなじみであるが、そのおなじみのメンバーの中には村山☆潤と和田永が不在。とはいえACAねは背中に翼のようなものをつけ、足元もルーズソックスのようで、ギャル天使というような出で立ちで、メンバーももちろん揃いの制服を着ている。
そんな「マリンブルーの庭園」の幻想的なサウンドとメロディの時点では観客も全員椅子に座ったままで聴き入っていたのであるが、ACAねが階段を使って1階中央まで降りてきて、おなじみのハートをあしらった光線銃を持って歌う「ミラーチューン」が始まると観客たちは一斉に立ち上がる。早くもACAねのボーカルが絶好調を超えた状態にあるのがわかるし、2daysの2日目とは思えないくらいにその声量も伸びやかさも抜群で、すでに代々木の2daysを超えていきそうな予感しかない。それはアコースティックでのFC会員限定ツアーからフェス出演と、様々な形で休まずに歌い続けてきたことによる進化だろうし、そのACAねに合わせて手を左右に振る光景が客席に広がっていくのが本当に楽しい。
そのまま煌めくようなイントロの演奏が始まる「お勉強しといてよ」ではサビ前に演奏が一瞬止まってACAねが
「ずっと真夜中でいいのに。です」
と挨拶すると、この曲でもゴリゴリにうねらせまくるリズムを鳴らす二家本がベースを頭上に掲げたり、ジャンプしまくったりと、ACAねだけではなくメンバーたちも完全に最初からフルスロットルであり、曲間の繋ぎが何の曲になるのかわからないくらいのライブアレンジがなされた「勘冴えて悔しいわ」ではより爆音かつ音を盛りまくり足しまくりのゴージャスなバンドサウンドに。近年のライブでは短縮した形で演奏されることも多かったけれど、この日はフルで披露されていたのが実に嬉しいところであるが、この2曲ではもうACAねが早くも歌えすぎているというか、何回もライブを観ていても、今までに見たことがないくらいに声が精神を無意識のうちに凌駕しているかのような凄まじい感情のこもった歌唱だ。それはもはやこのホールの天井を突き抜けて、会場のすぐ隣の川口駅や公園にいる人にまで聞こえているんじゃないかと思ってしまうくらいに。
そんな中で最新アルバム「沈香学」から披露された「馴れ合いサーブ」はラブシャでも演奏されていたけれど、その時も思ったことであるが音源よりもはるかに轟音サウンドになっている。そこを最も担っているのは佐々木のギターだろうけれど、オープンリールの2人もDJ的な役割でそのサウンドを増強しているのだろうし、そのオープンリールのディスク部分が発光していたりするのが観ていて本当に楽しい。ちなみにこの曲が出来たことによって、今回のツアーでは卓球のラケットとピンポン球のセットまでもが物販で販売されている。
そんな新作曲を披露すると、ACAねが最近おなじみの取説的な台本を持っての挨拶的なMC。そこではスクリーンに映し出されるしゃもじ拍子の説明も改めて行われるのであるが、
「持ってなくても大丈夫」「優雅に楽しみたい人も好きなように」
と、様々な楽しみ方をしたい人やしゃもじを持ってない人も許容するMCをするのもさすがである。
さらにはこのツアーのコンセプトがレトロな喫茶店であることも改めて告げられるのであるが、ACAねの奥にはカウンター席(ローディーがカウンターの中にいてコーヒーを淹れるかのように楽器の手入れをしているあたりの徹底っぷり)、上手奥にはテーブル席があるという完璧な世界観の構築っぷりの中で、その店のBGMであるかのように山口百恵や小泉今日子の懐かしのヒット曲が少しずつ流れるというのもレトロ喫茶っぷりを醸し出すのであるが、その曲たちの後に流れたのが「夜中のキスミ」であり、その流れた音源を引き継ぐかのようにバンドで演奏を始めるのであるが、代々木体育館の時のようなヴァイオリンはいなくても、岸田のキーボードのサウンドがこの曲のメロディの美しさを最大限に引き出しているし、どこかムーディーな曲でもあるが、ACAねはステージ上で軽やかに体を揺らしながら歌っている。
そのまま「違う曲にしようよ」へと続き、佐々木が曲中にエレキとアコギを持ち替えるようにして演奏するのを見ていて、これはアルバムのリリースツアーというよりは、5周年を迎えたことによる総括的な内容のセトリになっているということに気付くと、マスコットキャラのうにぐりくんが椅子に座る映像が映し出されたことによって観客は一斉に着席。
それはつまり踊ったりするよりも、じっと曲に聴き入るようなゾーンに突入したことを示しているのであるが、実際に新作からの「不法侵入」はACAねの切なさを帯びた感情を
「君じゃなきゃだめなんだよ」
というサビの締めのフレーズに思いっきり乗せるような曲であるのだが、佐々木がアコギを弾き、削ぎ落とされたサウンド(ホーン隊は一度ステージから捌けている)であってもついつい座りながら体がリズムを刻んでしまうのはそれでもずとまよのバンドのグルーヴが強力だということである。
そんな着席の流れは「沈香学」の最後を締めくくる曲である「上辺の私自身なんだよ」にも繋がっていくのであるが、ラブシャの短い持ち時間でこの曲が演奏された時も意外ではあったが、その時にも感じたのはこの曲がタイトル通りにACAねの内面というか心情吐露的な歌詞の内容でありながらも、サウンドはずとまよとしてのドリームポップ的なものになっている。だからこそこんなに凄まじいボーカリストであるACAねであってもこんなことを思うのか…と歌詞が刺さってきながらも、そのサウンドに心地良く陶酔するような気分になるし、その感覚をさらに引き出すために曲の後半からはホーン隊もステージに戻ってきてその華やかな音で彩を与えている。
そんな聴きいるパートの中でACAねが
「ここでランチタイムです。日替わりのメニューを3種類用意しておりますので、お客さまに選んでいただきます」
という喫茶店の設定で、
A:おそらく「雲丹と栗」
B:「5年間奥底で煮込んだルーツカレー」なので間違いなく「奥底に潜むルーツ」
C:「青魚を使ったバターサンド」という1番得体が知れない
という3種類から観客のしゃもじ拍子の大きさによってCに決まるのであるが、毎回即興でテーマを決めてアレンジしているということで、
「恩師と生き別れになった少年が独りになって森の中を彷徨っていたらジャズ喫茶を見つけるんだけど、自分に対する怒りで森を燃やすも、森に住む原住民と力を合わせて消火する」
というしっかりストーリーを考えてきた割には意味不明過ぎる設定を曲に落とし込むために、それぞれにどのタイミングで演奏に参加してどんな音を鳴らすかを伝えるのであるが、吉田匡はオープニングと同じ出で立ちで森を彷徨う少年を演じるという役割に。
肝心の曲は「またね幻」であり、設定に準拠して岸田のキーボードとホーン隊のサウンドがジャズ的なアレンジとして機能するも、佐々木のギターがまさに燃えるような轟音で鳴らされたりというあたりはそれぞれの元々持つ音楽性が混じり合うことによって原曲とは全く違う形になっているし、これが本当に日替わりであるのならば他の公演もいくらでも参加したくなってしまう。
その即興アレンジによる「またね幻」もACAねが2階部分で歌う中で観客は座席に座ったままで聞き入っていたのであるが、それはそのままACAねの歌唱が真っ直ぐにかつ清廉に伸びていく「正しくなれない」へと続いていくのであるが、かつてはライブ定番であった「眩しいDNAだけ」でもデジタルサウンドも使ったヒップホップ的というかポエトリーリーディング的ですらある歌い出しまでは座って聴いていた観客たちがサビになると一斉に立ち上がってしゃもじを振るというのはこの曲がどういう曲なのかを完璧にわかっているということであるし、ACAねによる最後のサビ前での
「満たされていたくないだけ」
というフレーズの絶唱はやはり胸が震えるくらいの凄まじい伸びと声量。それがライブで毎回やっていた初期の頃よりもさらに心までも震えるようになっているのは、間違いなくACAねの歌唱が5年を経てさらに進化を果たしてきたということである。
そこに続くのは浮遊感のあるサウンドとデジタルドラムのビートからサビに入って一気に爆発力を増す「マイノリティ脈絡」という初期の頃のライブ(自分は「今は今で誓いは笑みで」のリリース後からワンマンに来ている)を思い出させるような流れであるのだが、当時からライブで随一の爆発力を誇っていたこの曲は今の大人数編成によってよりその力が強くなっている。特に
「交わしあえるとき」
の最後の重いビートの連打はツインドラム編成になったからこそ。自分が初めてずとまよのライブを観た時に「何なんだこの人たちは…」とあらゆるバンドたちのライブを観てきた身としても衝撃的だったことを思い出させてくれるし、新しい仲間たちが加わることでそれがさらに進化してきたことがよくわかる。
するとACAねが珍しく
「まだまだ行くよー!」
と叫んでから二家本がゴリゴリのファンキーなベースのイントロを鳴らすのは「低血ボルト」であり、オープンリールの2人が疲れているのかディスクを団扇のようにして体を扇ぐのが面白いのであるが、曲前に叫んだのも含めてさらにACAねがこうしてライブという場で感情が解き放たれてきているのがよくわかるし、それは佐々木がギターのイントロを鳴らした瞬間に観客が湧き上がった「残機」では岸田がAメロでずっと踊り続けている(普通に動きがめちゃ軽やかでダンサーでもあるのかと思うほど)というのも、ACAねだけではなくてメンバー全員がそうして解放されていることの証拠であるとすら言える。ずとまよのライブの何が好きかと言うと、ACAねの歌唱がとんでもないのはもちろん、凄腕メンバーたちが自分の持つ100%以上の力をライブで出していて、それを誰もが楽しんでいて、さらに我々観客をも最大限に楽しませてくれるからだ。
そんな最新作収録の後に演奏されたのはACAねが
「こうして皆さんが曲を聴いてくれて、観に来てくれるおかげで、5年間音楽を続けることができました。本当にありがとうございます。始まりの曲」
と言ってから演奏された、ずっと真夜中でいいのに。の存在を世の中に知らしめた「秒針を噛む」で、ACAねが声を張り上げる部分の凄まじさはもちろんのこと、間奏で観客とのしゃもじ拍子レスポンスも展開される。すでに観客が声を出していい状況になったために、コール&レスポンスにしてもいいのだけれど、そこはやはり今や物販の大人気アイテムであるしゃもじを使わない理由はないということだろう。3階、2階、1階と階層を分けてのしゃもじ拍子が最後に全員が重なり合う(レスポンス部分ではメンバーも叩いたりしている)ことによってさらに大音量になるというのもまたライブでの、この瞬間だからこその醍醐味と言える。
そうした選曲もやはり新作リリースというよりは5周年だからこそという感が強いのであるが、それは続くのが「MILABO」であることにも現れている通りに、5年間の間に生み出してきたキラーチューンの連打に次ぐ連打というセトリになっている。ステージ2階部分にはいつの間にか中央に巨大ミラーボールが登場して輝いているが、その背後にはプリンやクリームソーダに乗っているさくらんぼのセットまでも輝いているというのはステージ全体が喫茶というコンセプトになっているということであるし、ACAねがサビで手を振る速さが倍速になってもそれについていく観客の手を振る速さも素晴らしく楽しい光景を生み出している。
そしてACAねは台本を手にすることなく、今の自分の偽らざる思いを吐露するかのように、落ち込んだりすることが多々ある人生だったことを口にするのだが、そんなACAねが
「1人じゃないよ、大丈夫だよって伝えたいし、落ち込むことがあるから前に進むことができる」
とも口にする。それこそがACAねの原動力かもしれないと思うのは、こうしてずとまよのライブに来ると薄っぺらい感じではなくて1人じゃないと思えるし、こんなに音楽を聴いていて体も心も動くならば自分は大丈夫だと思える。そんな感覚をずとまよのライブはずっと与えてくれている。それがしっかり聴き手に伝わっているから、こんなにたくさんの人がずとまよの音楽をライブを求めているのだろう。
そんなライブの最後に演奏されたのは、リズムに合わせてACAね単独での歌唱で披露された「綺羅キラー」であるのだが、このキラーチューンばかりの連打に次ぐ連打の凄まじさがここに来てさらに極まっていることに改めて驚きながら、ACAねは最後のサビ前に
「川口来たよー!」
と叫んだ。それはここが地元の人からしたらたまらない言葉だっただろう。自分の暮らしている場所の名前をACAねがこんなに楽しそうに口にしてくれるのだから。そしてそれをまだ行ったことのない場所で口にしていくのが今回のツアーでもある。喫茶・愛のペガサスは全国のずとまよファンが待つ場所でまた店を開くのである。
アンコールでは観客が手を叩いたり声を上げたりするのがスッと収まると、ステージ2階中央にはさりげなくウエイトレスの衣装に着替えているのがとんでもなく可愛らしいACAねがアコギを持って座っており、
「私といるより楽しまないで…」
と歌い始めるも少し詰まったのか、すぐにもう一度歌い直して始まったのは「サターン」であり、この曲はこのACAね弾き語りバージョンも音源として収録されているのが、弾き語りであっても独特なグルーヴがそこには確かにある…と思っていたらメンバーたちが曲中にステージに現れて喫茶店のカウンターやテーブル席に座り始めるのであるが、アウトロではACAねも1階に降りてきてライブならではの全員集合バージョンへの演奏に展開していく。
そのこの曲のこの演奏を見ていると毎回感動して泣いてしまうのは、この日も二家本とホーン隊が何故かプロレスのようなことをして戯れていたり(代々木の時には津軽三味線奏者の小山豊がオープンリール隊に混じって踊っていた)、ずっと真夜中でいいのに。がなかったら確実に人生において交わることがなかった人たちがこんなに楽しそうに一緒に踊り、演奏している姿を見ることができているから。ずとまよの5年間というのは音楽的な進化はもちろん、たった1人で始まったACAねがたくさんの信頼できる仲間と出会ってきた年月だったんじゃないかとこの光景を見て思っていた。それはもちろん客席にいる我々観客もその1人であるし、観客同士もそうである。
その感覚はACAねが
「普段、曲もライブも凄く緻密に作り込んでるんだけど、結局はその場にいる人たちとの偶然によって生まれるものが1番面白い」
と言っていたことにも通じることであるのだが、そんなここにいる全員が思いっきり飛び上がって楽しめるのが「あいつら全員同窓会」であり、ここに来てのこの超キラーチューンがまだ控えているという圧倒的な層の厚さ。この曲で楽しいのはやはりサビでしゃもじを振りながらみんなでジャンプする(ACAねも佐々木も二家本も)ところであるのだが、
「お世話になってます」
のフレーズで一度演奏がストップして全員が頭を下げるというのもワンマンならではのおなじみであるし、オープンリール隊がもはや演奏しているというよりディスクを持って踊りまくっているというのがさらに我々を楽しく踊りまくらせてくれるのである。
そしてACAねはこのツアーのタイトルが敬愛するPrinceのセルフタイトルアルバムの邦題から取られていることを口にすると、
「真夜中に曲を作っていても、結局は何かの延長線上でしかなくて…ずっと真夜中でいいのに。の原点とも言える曲」
と言ってから演奏されたのは最新作の1曲目に収録され、
「ずっと真夜中でいいのにって溢した午前5時。」
というフレーズによって始まる「花一匁」。華やかなホーン隊のサウンドによってアルバムの幕開けを告げながら、ずとまよのキャッチーさがここに来てさらに極まっている曲であり、童謡のモチーフを巧みに取り入れながら、このキラーチューンばかりのライブを締めくくるくらいの超キラーチューンが誕生したということであるということを感じさせると、間奏部分ではメンバーのソロ回しも行われて、それぞれのメンバーの演奏力が本当に高いというのもあってソロが始まると歓声と拍手が送られるのであるが、それはこのメンバーたちがもはやずとまよのライブにおいておなじみの存在であり、いつもライブを作ってくれているからこその感謝と敬意を込めた歓声と拍手だとも言えるのであるが、とりわけオープンリール隊のソロでは
「彩の国さいたま」
と吉田匡が発した声をサンプリングして使うという埼玉ならでは、オープンリールならではのソロになっているのも本当に楽しいし、何よりもやはりウエイトレス姿で歌うACAねがあまりに可憐過ぎた。もうその姿をなるべく近くで見てみたいと思うくらいに。それも含めて喫茶・愛のペガサスは客に最高のもてなしをしてくれる店だったのである。
演奏が終わるとACAねがショーケースの前に立って観客に挨拶をするのであるが、そのショーケースが発光して回転することによってACAねがステージ裏に消えていくという去り際の演出も本当に見事だった。
やはり5周年という部分に強く焦点が当たっているライブだったけれど、それはもしかしたら最初は本当にACAねはこんなに続けられるとは思っていなかったのかもしれない。だからこそこんなにも5周年を祝うライブを作っているんじゃないかと。それは今年の年末まで続いていく。そこでまたこうやってシャイな空騒ぎができますように。というかこんな喫茶店があるなら毎日行きたいくらいだ。
1.マリンブルーの庭園
2.ミラーチューン
3.お勉強しといてよ
4.勘冴えて悔しいわ
5.馴れ合いサーブ
6.夜中のキスミ
7.違う曲にしようよ
8.不法侵入
9.上辺の私自身なんだよ
10.またね幻
11.正しくなれない
12.眩しいDNAだけ
13.マイノリティ脈絡
14.低血ボルト
15.残機
16.秒針を噛む
17.MILABO
18.綺羅キラー
encore
19.サターン
20.あいつら全員同窓会
21.花一匁
そんなずとまよが活動5周年を迎えてアルバム「沈香学」をリリース。そのツアーはかなり細かく各地のホールを回るツアーであるが、その序盤である2箇所目、4公演目がこの日の埼玉は川口総合文化センターリリアメインホールでの2日目である。
これまでにもずとまよのライブは会場全体を1つのコンセプトによって作り上げてきたが、今回のツアーのテーマはタイトルにあるように喫茶店。ということで開演前にはどこかレトロ喫茶のテーマを思わせるような音楽が響いているのであるが、ステージ上はずとまよオールスター的な形だった年始の代々木体育館に比べるとやはりシンプルな形ではある。
開演時間の18時30分前になると、BGMに合わせて手拍子ならぬしゃもじ拍子をする観客が増えていくのはすでに今回のツアーに参加した人がたくさんいて、始まるタイミングがわかっているということなのだろうけれど、実際にBGMの音が小さくなると同時に場内もゆっくり暗転すると、ステージに現れたのはオープンリールを持った吉田匡(Open Reel Ensemble)であるのだが、その姿は彷徨った果てに「ペガサス」という喫茶店に辿り着いた老人のようであり、ステージ中央にある喫茶店のショーウィンドウが光り輝くと、その背面にかかっている紗幕にキャラクターの映像などが星座を模したような形で映し出され、レトロ感を感じざるを得ないBGMが流れる。
そのオープニングが終わると、紗幕の向こうにはオープンリールのメンバーの影などが映し出される。紗幕の手前にはドラム、ベース、ギター、キーボードという通常のバンド編成の機材しか置かれていないだけにシンプルに見えていたのであるが、紗幕が開くと喫茶店の屋上であるとも言える2階部分にACAね(ボーカル&ギターなど)がおり、その両脇にはトランペットとトロンボーン、上手にはおなじみのパーカッション神谷洵平、下手にはOpen Reel Ensembleのメンバーがおり、1階部分には下手からドラマー(紹介されなかったのでおなじみの河村吉宏だったのかわからない)、二家本亮介(ベース)、佐々木"コジロー"貴之(ギター)、岸田勇気(キーボード)という面々も登場して「マリンブルーの庭園」が演奏される。オープンリールの2人の上のミニモニターには曲タイトルとともにしゃもじの使い方(今は叩かない、振る、叩くなど)が視覚的に映し出されているのもおなじみであるが、そのおなじみのメンバーの中には村山☆潤と和田永が不在。とはいえACAねは背中に翼のようなものをつけ、足元もルーズソックスのようで、ギャル天使というような出で立ちで、メンバーももちろん揃いの制服を着ている。
そんな「マリンブルーの庭園」の幻想的なサウンドとメロディの時点では観客も全員椅子に座ったままで聴き入っていたのであるが、ACAねが階段を使って1階中央まで降りてきて、おなじみのハートをあしらった光線銃を持って歌う「ミラーチューン」が始まると観客たちは一斉に立ち上がる。早くもACAねのボーカルが絶好調を超えた状態にあるのがわかるし、2daysの2日目とは思えないくらいにその声量も伸びやかさも抜群で、すでに代々木の2daysを超えていきそうな予感しかない。それはアコースティックでのFC会員限定ツアーからフェス出演と、様々な形で休まずに歌い続けてきたことによる進化だろうし、そのACAねに合わせて手を左右に振る光景が客席に広がっていくのが本当に楽しい。
そのまま煌めくようなイントロの演奏が始まる「お勉強しといてよ」ではサビ前に演奏が一瞬止まってACAねが
「ずっと真夜中でいいのに。です」
と挨拶すると、この曲でもゴリゴリにうねらせまくるリズムを鳴らす二家本がベースを頭上に掲げたり、ジャンプしまくったりと、ACAねだけではなくメンバーたちも完全に最初からフルスロットルであり、曲間の繋ぎが何の曲になるのかわからないくらいのライブアレンジがなされた「勘冴えて悔しいわ」ではより爆音かつ音を盛りまくり足しまくりのゴージャスなバンドサウンドに。近年のライブでは短縮した形で演奏されることも多かったけれど、この日はフルで披露されていたのが実に嬉しいところであるが、この2曲ではもうACAねが早くも歌えすぎているというか、何回もライブを観ていても、今までに見たことがないくらいに声が精神を無意識のうちに凌駕しているかのような凄まじい感情のこもった歌唱だ。それはもはやこのホールの天井を突き抜けて、会場のすぐ隣の川口駅や公園にいる人にまで聞こえているんじゃないかと思ってしまうくらいに。
そんな中で最新アルバム「沈香学」から披露された「馴れ合いサーブ」はラブシャでも演奏されていたけれど、その時も思ったことであるが音源よりもはるかに轟音サウンドになっている。そこを最も担っているのは佐々木のギターだろうけれど、オープンリールの2人もDJ的な役割でそのサウンドを増強しているのだろうし、そのオープンリールのディスク部分が発光していたりするのが観ていて本当に楽しい。ちなみにこの曲が出来たことによって、今回のツアーでは卓球のラケットとピンポン球のセットまでもが物販で販売されている。
そんな新作曲を披露すると、ACAねが最近おなじみの取説的な台本を持っての挨拶的なMC。そこではスクリーンに映し出されるしゃもじ拍子の説明も改めて行われるのであるが、
「持ってなくても大丈夫」「優雅に楽しみたい人も好きなように」
と、様々な楽しみ方をしたい人やしゃもじを持ってない人も許容するMCをするのもさすがである。
さらにはこのツアーのコンセプトがレトロな喫茶店であることも改めて告げられるのであるが、ACAねの奥にはカウンター席(ローディーがカウンターの中にいてコーヒーを淹れるかのように楽器の手入れをしているあたりの徹底っぷり)、上手奥にはテーブル席があるという完璧な世界観の構築っぷりの中で、その店のBGMであるかのように山口百恵や小泉今日子の懐かしのヒット曲が少しずつ流れるというのもレトロ喫茶っぷりを醸し出すのであるが、その曲たちの後に流れたのが「夜中のキスミ」であり、その流れた音源を引き継ぐかのようにバンドで演奏を始めるのであるが、代々木体育館の時のようなヴァイオリンはいなくても、岸田のキーボードのサウンドがこの曲のメロディの美しさを最大限に引き出しているし、どこかムーディーな曲でもあるが、ACAねはステージ上で軽やかに体を揺らしながら歌っている。
そのまま「違う曲にしようよ」へと続き、佐々木が曲中にエレキとアコギを持ち替えるようにして演奏するのを見ていて、これはアルバムのリリースツアーというよりは、5周年を迎えたことによる総括的な内容のセトリになっているということに気付くと、マスコットキャラのうにぐりくんが椅子に座る映像が映し出されたことによって観客は一斉に着席。
それはつまり踊ったりするよりも、じっと曲に聴き入るようなゾーンに突入したことを示しているのであるが、実際に新作からの「不法侵入」はACAねの切なさを帯びた感情を
「君じゃなきゃだめなんだよ」
というサビの締めのフレーズに思いっきり乗せるような曲であるのだが、佐々木がアコギを弾き、削ぎ落とされたサウンド(ホーン隊は一度ステージから捌けている)であってもついつい座りながら体がリズムを刻んでしまうのはそれでもずとまよのバンドのグルーヴが強力だということである。
そんな着席の流れは「沈香学」の最後を締めくくる曲である「上辺の私自身なんだよ」にも繋がっていくのであるが、ラブシャの短い持ち時間でこの曲が演奏された時も意外ではあったが、その時にも感じたのはこの曲がタイトル通りにACAねの内面というか心情吐露的な歌詞の内容でありながらも、サウンドはずとまよとしてのドリームポップ的なものになっている。だからこそこんなに凄まじいボーカリストであるACAねであってもこんなことを思うのか…と歌詞が刺さってきながらも、そのサウンドに心地良く陶酔するような気分になるし、その感覚をさらに引き出すために曲の後半からはホーン隊もステージに戻ってきてその華やかな音で彩を与えている。
そんな聴きいるパートの中でACAねが
「ここでランチタイムです。日替わりのメニューを3種類用意しておりますので、お客さまに選んでいただきます」
という喫茶店の設定で、
A:おそらく「雲丹と栗」
B:「5年間奥底で煮込んだルーツカレー」なので間違いなく「奥底に潜むルーツ」
C:「青魚を使ったバターサンド」という1番得体が知れない
という3種類から観客のしゃもじ拍子の大きさによってCに決まるのであるが、毎回即興でテーマを決めてアレンジしているということで、
「恩師と生き別れになった少年が独りになって森の中を彷徨っていたらジャズ喫茶を見つけるんだけど、自分に対する怒りで森を燃やすも、森に住む原住民と力を合わせて消火する」
というしっかりストーリーを考えてきた割には意味不明過ぎる設定を曲に落とし込むために、それぞれにどのタイミングで演奏に参加してどんな音を鳴らすかを伝えるのであるが、吉田匡はオープニングと同じ出で立ちで森を彷徨う少年を演じるという役割に。
肝心の曲は「またね幻」であり、設定に準拠して岸田のキーボードとホーン隊のサウンドがジャズ的なアレンジとして機能するも、佐々木のギターがまさに燃えるような轟音で鳴らされたりというあたりはそれぞれの元々持つ音楽性が混じり合うことによって原曲とは全く違う形になっているし、これが本当に日替わりであるのならば他の公演もいくらでも参加したくなってしまう。
その即興アレンジによる「またね幻」もACAねが2階部分で歌う中で観客は座席に座ったままで聞き入っていたのであるが、それはそのままACAねの歌唱が真っ直ぐにかつ清廉に伸びていく「正しくなれない」へと続いていくのであるが、かつてはライブ定番であった「眩しいDNAだけ」でもデジタルサウンドも使ったヒップホップ的というかポエトリーリーディング的ですらある歌い出しまでは座って聴いていた観客たちがサビになると一斉に立ち上がってしゃもじを振るというのはこの曲がどういう曲なのかを完璧にわかっているということであるし、ACAねによる最後のサビ前での
「満たされていたくないだけ」
というフレーズの絶唱はやはり胸が震えるくらいの凄まじい伸びと声量。それがライブで毎回やっていた初期の頃よりもさらに心までも震えるようになっているのは、間違いなくACAねの歌唱が5年を経てさらに進化を果たしてきたということである。
そこに続くのは浮遊感のあるサウンドとデジタルドラムのビートからサビに入って一気に爆発力を増す「マイノリティ脈絡」という初期の頃のライブ(自分は「今は今で誓いは笑みで」のリリース後からワンマンに来ている)を思い出させるような流れであるのだが、当時からライブで随一の爆発力を誇っていたこの曲は今の大人数編成によってよりその力が強くなっている。特に
「交わしあえるとき」
の最後の重いビートの連打はツインドラム編成になったからこそ。自分が初めてずとまよのライブを観た時に「何なんだこの人たちは…」とあらゆるバンドたちのライブを観てきた身としても衝撃的だったことを思い出させてくれるし、新しい仲間たちが加わることでそれがさらに進化してきたことがよくわかる。
するとACAねが珍しく
「まだまだ行くよー!」
と叫んでから二家本がゴリゴリのファンキーなベースのイントロを鳴らすのは「低血ボルト」であり、オープンリールの2人が疲れているのかディスクを団扇のようにして体を扇ぐのが面白いのであるが、曲前に叫んだのも含めてさらにACAねがこうしてライブという場で感情が解き放たれてきているのがよくわかるし、それは佐々木がギターのイントロを鳴らした瞬間に観客が湧き上がった「残機」では岸田がAメロでずっと踊り続けている(普通に動きがめちゃ軽やかでダンサーでもあるのかと思うほど)というのも、ACAねだけではなくてメンバー全員がそうして解放されていることの証拠であるとすら言える。ずとまよのライブの何が好きかと言うと、ACAねの歌唱がとんでもないのはもちろん、凄腕メンバーたちが自分の持つ100%以上の力をライブで出していて、それを誰もが楽しんでいて、さらに我々観客をも最大限に楽しませてくれるからだ。
そんな最新作収録の後に演奏されたのはACAねが
「こうして皆さんが曲を聴いてくれて、観に来てくれるおかげで、5年間音楽を続けることができました。本当にありがとうございます。始まりの曲」
と言ってから演奏された、ずっと真夜中でいいのに。の存在を世の中に知らしめた「秒針を噛む」で、ACAねが声を張り上げる部分の凄まじさはもちろんのこと、間奏で観客とのしゃもじ拍子レスポンスも展開される。すでに観客が声を出していい状況になったために、コール&レスポンスにしてもいいのだけれど、そこはやはり今や物販の大人気アイテムであるしゃもじを使わない理由はないということだろう。3階、2階、1階と階層を分けてのしゃもじ拍子が最後に全員が重なり合う(レスポンス部分ではメンバーも叩いたりしている)ことによってさらに大音量になるというのもまたライブでの、この瞬間だからこその醍醐味と言える。
そうした選曲もやはり新作リリースというよりは5周年だからこそという感が強いのであるが、それは続くのが「MILABO」であることにも現れている通りに、5年間の間に生み出してきたキラーチューンの連打に次ぐ連打というセトリになっている。ステージ2階部分にはいつの間にか中央に巨大ミラーボールが登場して輝いているが、その背後にはプリンやクリームソーダに乗っているさくらんぼのセットまでも輝いているというのはステージ全体が喫茶というコンセプトになっているということであるし、ACAねがサビで手を振る速さが倍速になってもそれについていく観客の手を振る速さも素晴らしく楽しい光景を生み出している。
そしてACAねは台本を手にすることなく、今の自分の偽らざる思いを吐露するかのように、落ち込んだりすることが多々ある人生だったことを口にするのだが、そんなACAねが
「1人じゃないよ、大丈夫だよって伝えたいし、落ち込むことがあるから前に進むことができる」
とも口にする。それこそがACAねの原動力かもしれないと思うのは、こうしてずとまよのライブに来ると薄っぺらい感じではなくて1人じゃないと思えるし、こんなに音楽を聴いていて体も心も動くならば自分は大丈夫だと思える。そんな感覚をずとまよのライブはずっと与えてくれている。それがしっかり聴き手に伝わっているから、こんなにたくさんの人がずとまよの音楽をライブを求めているのだろう。
そんなライブの最後に演奏されたのは、リズムに合わせてACAね単独での歌唱で披露された「綺羅キラー」であるのだが、このキラーチューンばかりの連打に次ぐ連打の凄まじさがここに来てさらに極まっていることに改めて驚きながら、ACAねは最後のサビ前に
「川口来たよー!」
と叫んだ。それはここが地元の人からしたらたまらない言葉だっただろう。自分の暮らしている場所の名前をACAねがこんなに楽しそうに口にしてくれるのだから。そしてそれをまだ行ったことのない場所で口にしていくのが今回のツアーでもある。喫茶・愛のペガサスは全国のずとまよファンが待つ場所でまた店を開くのである。
アンコールでは観客が手を叩いたり声を上げたりするのがスッと収まると、ステージ2階中央にはさりげなくウエイトレスの衣装に着替えているのがとんでもなく可愛らしいACAねがアコギを持って座っており、
「私といるより楽しまないで…」
と歌い始めるも少し詰まったのか、すぐにもう一度歌い直して始まったのは「サターン」であり、この曲はこのACAね弾き語りバージョンも音源として収録されているのが、弾き語りであっても独特なグルーヴがそこには確かにある…と思っていたらメンバーたちが曲中にステージに現れて喫茶店のカウンターやテーブル席に座り始めるのであるが、アウトロではACAねも1階に降りてきてライブならではの全員集合バージョンへの演奏に展開していく。
そのこの曲のこの演奏を見ていると毎回感動して泣いてしまうのは、この日も二家本とホーン隊が何故かプロレスのようなことをして戯れていたり(代々木の時には津軽三味線奏者の小山豊がオープンリール隊に混じって踊っていた)、ずっと真夜中でいいのに。がなかったら確実に人生において交わることがなかった人たちがこんなに楽しそうに一緒に踊り、演奏している姿を見ることができているから。ずとまよの5年間というのは音楽的な進化はもちろん、たった1人で始まったACAねがたくさんの信頼できる仲間と出会ってきた年月だったんじゃないかとこの光景を見て思っていた。それはもちろん客席にいる我々観客もその1人であるし、観客同士もそうである。
その感覚はACAねが
「普段、曲もライブも凄く緻密に作り込んでるんだけど、結局はその場にいる人たちとの偶然によって生まれるものが1番面白い」
と言っていたことにも通じることであるのだが、そんなここにいる全員が思いっきり飛び上がって楽しめるのが「あいつら全員同窓会」であり、ここに来てのこの超キラーチューンがまだ控えているという圧倒的な層の厚さ。この曲で楽しいのはやはりサビでしゃもじを振りながらみんなでジャンプする(ACAねも佐々木も二家本も)ところであるのだが、
「お世話になってます」
のフレーズで一度演奏がストップして全員が頭を下げるというのもワンマンならではのおなじみであるし、オープンリール隊がもはや演奏しているというよりディスクを持って踊りまくっているというのがさらに我々を楽しく踊りまくらせてくれるのである。
そしてACAねはこのツアーのタイトルが敬愛するPrinceのセルフタイトルアルバムの邦題から取られていることを口にすると、
「真夜中に曲を作っていても、結局は何かの延長線上でしかなくて…ずっと真夜中でいいのに。の原点とも言える曲」
と言ってから演奏されたのは最新作の1曲目に収録され、
「ずっと真夜中でいいのにって溢した午前5時。」
というフレーズによって始まる「花一匁」。華やかなホーン隊のサウンドによってアルバムの幕開けを告げながら、ずとまよのキャッチーさがここに来てさらに極まっている曲であり、童謡のモチーフを巧みに取り入れながら、このキラーチューンばかりのライブを締めくくるくらいの超キラーチューンが誕生したということであるということを感じさせると、間奏部分ではメンバーのソロ回しも行われて、それぞれのメンバーの演奏力が本当に高いというのもあってソロが始まると歓声と拍手が送られるのであるが、それはこのメンバーたちがもはやずとまよのライブにおいておなじみの存在であり、いつもライブを作ってくれているからこその感謝と敬意を込めた歓声と拍手だとも言えるのであるが、とりわけオープンリール隊のソロでは
「彩の国さいたま」
と吉田匡が発した声をサンプリングして使うという埼玉ならでは、オープンリールならではのソロになっているのも本当に楽しいし、何よりもやはりウエイトレス姿で歌うACAねがあまりに可憐過ぎた。もうその姿をなるべく近くで見てみたいと思うくらいに。それも含めて喫茶・愛のペガサスは客に最高のもてなしをしてくれる店だったのである。
演奏が終わるとACAねがショーケースの前に立って観客に挨拶をするのであるが、そのショーケースが発光して回転することによってACAねがステージ裏に消えていくという去り際の演出も本当に見事だった。
やはり5周年という部分に強く焦点が当たっているライブだったけれど、それはもしかしたら最初は本当にACAねはこんなに続けられるとは思っていなかったのかもしれない。だからこそこんなにも5周年を祝うライブを作っているんじゃないかと。それは今年の年末まで続いていく。そこでまたこうやってシャイな空騒ぎができますように。というかこんな喫茶店があるなら毎日行きたいくらいだ。
1.マリンブルーの庭園
2.ミラーチューン
3.お勉強しといてよ
4.勘冴えて悔しいわ
5.馴れ合いサーブ
6.夜中のキスミ
7.違う曲にしようよ
8.不法侵入
9.上辺の私自身なんだよ
10.またね幻
11.正しくなれない
12.眩しいDNAだけ
13.マイノリティ脈絡
14.低血ボルト
15.残機
16.秒針を噛む
17.MILABO
18.綺羅キラー
encore
19.サターン
20.あいつら全員同窓会
21.花一匁
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Chilli Beans. TOUR 2023 「for you TOUR」 @Zepp DiverCity 9/28