クリープハイプ アリーナツアー2023「本当なんてぶっ飛ばしてよ」 @幕張メッセ1〜3ホール 3/12
- 2023/03/13
- 19:03
本来はこのクリープハイプのアリーナツアーは2020年に予定されていたものであり、発表当時は「武道館とかでもやってきたとはいえ、ついにクリープハイプもアリーナワンマンやるのか」と思っていたが、そのライブはコロナ禍によって度重なる延期から中止となったが、それでも3年後のこのタイミングで当初の計画を飛ばすことなく幕張メッセ、月末には大阪城ホールでのワンマンを開催するというのは、ずっとこの会場でのライブを待ってくれていたファンのためにというところもあるだろう。
隣のホールではB'zが、イベントホールではAqoursがライブをやっているということであらゆるファン層が重なり合ってカオスと化しているこの日は幕張メッセ2daysの2日目となり、1〜3ホールの1ホールを物販と撮影スペースとしているのだが、開演前にはグッズはほぼ全て完売しているという、いつからこうやってグッズが人気のバンドになったんだろうかと思ったりするのはタオルのデザインなどがロックバンドのものとしてはかなり攻めたものだからである。
2〜3ホールの客席には椅子が敷き詰められている中、ホルスト「木星」のオーケストラサウンドが流れており、どこか背筋を正されるような荘厳さを感じさせるとともに、まだ夕方の時間ながらにして「ナイトオンザプラネット」な感覚を抱かせる。この日は16時開演という早い時間設定になっているのだが、それは今や音楽界トップクラスの野球ファン(ヤクルトスワローズファン)として野球マニアのための番組「球辞苑」にも出演するようになった尾崎世界観(ボーカル&ギター)がこの日のWBCの日本対オーストラリア戦を見たいからだろうかという気もしてしまうくらいに毎日熱戦が繰り広げられている中でのアリーナツアーである。
その荘厳な場内BGMの音量がどんどん上がっていくにつれて客席が暗転すると、立ち上がった観客が大きな拍手を送る中、いつも通りにSEも何もなくメンバーがステージに現れるのだが、自分は1番後ろのブロックの席だっただけに、観客の拍手によってメンバーが現れたことがわかるくらいの薄暗さから、メンバーの背後から真っ青な照明が照らし出すことによって4人のシルエットがわかる。すでに楽器を手にしているメンバーが音だけではなく呼吸までも合わせるようにすると、いきなり尾崎がまくしたてるように、でも歌詞を
「緊急事態宣言から3年 幕張には張り詰めた空気が漂ってる」
と、延期を繰り返して中止になってからの今日この日であることを示すものに変えて始まった「身も蓋もない水槽」の尾崎の歌唱の凄まじい力の入りっぷりと気迫に思わずゾクっとしてしまう。それはまだメジャーデビューする前に初めてクリープハイプのライブを見た時(スペシャ列伝ツアー)に感じた、狂気とすら言えるような眼力と歌の力を彷彿とさせる。そこに重なる小川幸慈(ギター)、長谷川カオナシ(ベース)、小泉拓(ドラム)の演奏も今のクリープハイプだからこその力を発揮することによって、尾崎のボーカル同様に体が震えるくらいの迫力を放っているからこそ、クリープハイプの幕張メッセワンマンが3年前じゃなくて今この日で良かったと一瞬にして思えるものになっている。とんでもない先制パンチというか、初回先頭打者ホームランである。
やはりこの規模であるが故にステージ左右には巨大なスクリーンが設置され、そこにメンバーの演奏する姿が映し出されているのであるが、「しょうもな」のイントロで小川の手元が映し出されることによって、そのシンセで鳴らしているかと思うようなリフをギターで人力によって鳴らしているということがよくわかるし、小泉の何もかも振り切るかのようなスピードの性急なビートはもはやパンクと言っていいくらいだ。ステージに近いブロックの観客の拍手などはやはり少し時差を持って届いてくる距離感であるが、スピーカーが客席の各所に設置されていることによって、後ろの方の座席でも音からは全く遠さを感じさせない。それはやはり鳴らしている音の強さによるものでもあるだろう。
それは過去最大規模のワンマンであることによってどうしたって記念碑感が出るからこそ、これまでの名曲たちの名フレーズたちを結集した、もうこれから先は使えない手法による「一生に一度愛してるよ」のイントロでもそうなのだが、そうした歌詞の曲だからこそこの日の記念碑感があるライブにふさわしい、ある意味ではテーマ的と言っていいようにすら響く。これまでもこうした大きな規模の会場でもド派手な演出などは使ってこなかったからこそ、良い歌唱と良い演奏でそうした曲を鳴らすといういつもと変わらないクリープハイプらしさを感じることができる。
「今日は声を出していいらしいですよ」
という尾崎の言葉に早くも観客が歓声で反応すると、
「でもいきなり声を出していいって言われてもね。3年くらい手探りでやってきたし、今もそうだろうし。でもそうやって手探りでやってきた人たちだからこそ、メディアとかに出るわけでもないクリープハイプっていうバンドを探し当ててくれたんだろうと思ってます」
と、やはり独特の口ぶりで尾崎が集まってくれた観客への感謝を告げると、ステージ左右のスクリーンだけではなく、メンバーの上方に設置されたLEDにも4分割されてそれぞれの演奏している姿が映し出されるのは「君の部屋」で、尾崎は
「僕の喜びの8割以上は僕の悲しみの8割以上は僕の苦しみの8割以上は
クリープハイプで出来てた」
とやはり歌詞を変えて歌うのであるが、画面には4分割で映し出されることによって1/4ずつのバンドということを感じさせるけれども、たった1人だけでクリープハイプを名乗っていた時期もあるだけに、そのバランスはやっぱり均等ではなくて尾崎が7、それぞれが1ずつだったりするのだろうし、自分自身も好きなバンドが多すぎるだけに1割以上も特定のバンドで出来てるとは言えないのだけど、それでも何分何厘かはずっと聴いて見てきたクリープハイプで出来てるだろうし、尾崎が最も影響を受けたと言える存在である銀杏BOYZに自分も最も影響を受けているだけに、クリープハイプにはその銀杏BOYZで出来てる割合も含まれているのかもしれないと思うと、確かにかなりの割合を自分の中で占めているのかもしれない、なんてことを思ったりもする。
すると同期のキャッチーな電子音が流れるとともに黄色や紫という、月の光やその周りの夜空の色を思わせるような照明がメンバーを照らすのはこの日最初のカオナシボーカル曲の「月の逆襲」。コロナ禍になって以降のライブでこうして演奏されるようになり、当初はファンを驚かせた選曲だったが、今ではもうワンマンでもフェスやイベントでも欠かせない曲へと成長した。それくらいにライブで鳴らし続けてきたからであるが、気迫を感じざるを得ない歌唱の強さの尾崎とは良い意味で逆にいつもと変わらぬ平熱っぷりの歌唱が実にカオナシらしいし、アウトロで広いステージを目一杯使ってステップを踏むようにしてギターを弾きまくる小川の姿は実はこの曲の見どころの一つだと思っている。
すると尾崎がアコギに持ち替えて、カオナシとのツインボーカル的に歌う「グレーマンのせいにする」ではそのタイトルに合わせるようにしてスクリーンに映し出されるメンバーの姿がモノトーンというかグレーに染まる。そうしてサウンドだけでなく映像すらも少し落ち着くことによってどこか揺蕩うような曲の雰囲気をさらに強くしてくれる。最近でもごくたまに演奏される曲であるが、初期のクリープハイプがこうしたフォーク的なサウンドをもってしてギターロック曲と変化をつけていたということがよくわかる。それはこうしてライブでもガラッと空気を変えることができる曲だからだ。
曲間ではステージが薄暗くなる瞬間も多く、ここでもそうなることによってステージ上の変化は曲が始まるまでわからないのであるが、メンバーの高さの位置で様々な色彩の円形の映像が映し出されることによって曲のサイケデリックさをより強く感じさせるのは「キケンナアソビ」であり、メンバーの上方にあったLEDがメンバーの前に降りてきたことによって、ある意味ではメンバーを隠すようにしてその映像が映し出され、その背面に薄らとメンバーの演奏する姿が映る。
「危険日でも遊んであげるからさ」
と目元をマイクスタンドに置いた自身の腕で隠すようにして歌う尾崎の歌唱では観客の歓声が上がるのもライブだからこそだ。
その観客の歓声が曲間でメンバーの名前を呼ぶものになり、小川が呼び捨てで呼ばれたりしてツッコミを入れる中、カオナシが昨日のライブ後に気持ちが昂って全然寝れなかったのに、会場に向かう車の中で尾崎が後ろの座席で横になって寝ていたことを申し訳なさそうに謝ると、
尾崎「最近しょうもない尾崎世界観のモノマネとかよく出てくるようになったじゃん?あれ、なんなんだろうね。バカに見つかるタイミングになったのかな?(笑)
確かに声が特徴的だとも思うんだけど、それでもクリープハイプの本質は曲が良いっていうことだから。ハードル上げてるけど、それを軽々と飛び越えてみせます」
という言葉に大きな拍手と歓声が上がる中で、まさにその「曲が良い」バンドであることをすぐさま示すように演奏されたのは「ボーイズENDガールズ」。激しいわけでも速いわけでもないけど、でもギターロックバンドとしてのサウンドの中でメロディの美しさを徹底的に磨き上げた曲。
「シャンプーの匂いが消えない」
というサビのフレーズでカオナシのコーラスが重なるのもそのメロディの美しさをさらに引き出している。かつてのライブでこの曲を演奏したときにシャンプーよろしくシャボン玉が舞っていた光景なんかも思い出させてくれる。
そうした曲の良さを存分に感じさせる流れは尾崎が再びアコギに持ち替えての「明日はどっちだ」へと続くのであるが、個人的に自分がクリープハイプの曲で最も共感できるのはこの曲のようなタイプだ。よく尾崎も印刷会社で働いていた時やスーパーで品出しのアルバイトをしていた時のことを話したりしているが、そうした我々と同じ生活者として日々を生きる視点の曲。それは毎日働く社会人になって、より前に進む力として感じられるようになった。「二十九、三十」なんかもそうであるが、張り上げるというわけではない尾崎の歌唱はそっと背中を支えてくれているような感覚にさせてくれる。つまりはクリープハイプの曲に生きる力を貰ってここまで生きてきたということである。
そのまま尾崎が爪弾くようにしてアコギを鳴らすと、淡い色の照明がステージだけではなくて会場全体を包み込むかのような「傷つける」なのだが、この曲を聞くとバンドの盟友である松居大悟監督、池松壮亮主演の短編映画「自分のことばかりで情けなくなるよ」の池松演じる主人公の救いようがないくらいのクズ人間っぷりを思い出してしまう。その短編の最後に流れる曲だからということでもあるのだが、
「愛なんてずっとさ ボールペン位に思ってたよ
家に忘れてきたんだ ちょっと貸してくれよ」
「インク出なくて愛は掠れちゃって
結局何も見えないな
インク出過ぎて 愛が滲んじゃって
結局何も読めないな だから」
と綴られる尾崎の歌詞の素晴らしさたるや。後に芥川賞候補にもなる尾崎の言葉の言葉、文章の使い方の妙はメジャーデビュー直後のこの時期からすでに存分に発揮されていたのである。その歌詞も相まって、この巨大な会場で聴くこの曲は本当に沁みる。
そんな、シングル曲でもなければ代表曲でもないけれど、クリープハイプを象徴すると言えるような曲が続いた後に暗闇の中でハンドマイクになった尾崎がヒップホップ的な歌唱をし、カオナシの弾くキーボードの音が響く「ナイトオンザプラネット」ではステージ上だけではなく、客席左右にも設置されたミラーボールが輝き、幕張メッセの壁に星空が浮かぶかのように輝く。これまでのライブでもこうした光の演出を見せてくれたこの曲であるが、この規模の会場に合わせた演出のスケールアップを見事に果たしているし、どんなジャンルのサウンドを取り入れてもやはりクリープハイプの曲は名曲ばかりであるということを示してくれている。
そうした特別な編成から通常のバンド編成に戻ると、極彩色が飛び交うように次々にスクリーンに映し出されていくのは最新曲でありこのライブのタイトルになっている「本当なんてぶっ飛ばしてよ」なのだが、クリープハイプ流のトロピカルポップというような軽快なリズムとサウンドは実に新鮮であり、また新たな領域にバンドが足を踏み入れたということを感じさせてくれるのであるが、やはり音源に比べるとはるかにバンドらしさを感じさせてくれるのはこの4人の楽器によって鳴らされるライブだからこそである。もうこの先どんなサウンドを取り入れるのか全く予想がつかなくなるような曲である。
そんな曲の後に
「一生のお願い聞いて」
とイントロで尾崎の見事な伸びやかさを持った歌唱が追加されて、そのあまりの見事さに観客が思わず曲中に拍手する「一生のお願い」は
「ねぇもっとそばに来て 抱きしめて離さないよ」
というフレーズが温かさを感じさせる穏やかなロックサウンドに乗せて歌われることによって、今目の前にいる観客に向けてそう歌っているかのように感じられ、それがさらに爽やかなギターロックサウンドへと繋がっていくのは「チロルとポルノ」と、あらゆる時代のあらゆるサウンドやタイプの、でもどれもやはり名曲であり良い曲でしかないクリープハイプの曲たちが演奏されていく。その曲も今のバンドの状態によってさらにブラッシュアップされているということがわかるのは、普段は割とシンプルなリズムを叩く小泉の手数が明らかに増していて、リリース当時よりもこの曲の良さをさらにダイレクトに伝えるものになっているからである。
それは小川による性急なイントロのギターが後半に差し掛かってきたバンドの演奏にさらなるスピードを与える「愛の標識」ではそのバンドのスピード感が歌声に力を与えているかのように、ここにきて尾崎のボーカルはさらに伸びやかさと声量を増している感すらある。そして曲の最後には尾崎が観客に問いかけるようにして
「死ぬまで一生愛してくれますか?」
と歌って大歓声を浴びてから、
「死ぬまで一生愛されてると思ってるよ」
と歌う。まさにそれを確かめる場がこのライブなのである。流行り廃りに左右されずにここまで来たバンドだからこそ、ここにいた人たちはこれからも一生こうしてこのバンドのライブに足を運んでは尾崎の、バンドのメッセージを受け取りに来るはずだ。
そして小川の轟音ギターとカオナシ&小泉の疾走するビートによって始まる「栞」がどこかクライマックス感を早くも感じさせるものになっているのは、この日が完全に卒業シーズンと言える時期であり、きっとこの会場にもいたであろうたくさんの卒業生の心境と重なっているからであり、ステージから桜の紙吹雪が舞うというこの曲だからこその演出もあったからだ。尾崎は珍しくサビでちょこちょこ歌詞が飛んでいたのだが、それは本当に歌詞をど忘れしてしまったのか、あるいはこの光景を見て声が詰まってしまったのだろうか。それは本人にしかわからないけれど、我々にもバンドにも忘れられない光景になったということだけは確かだ。
すると祭囃子的なビートを小泉が刻む中で
「ソーシャルメディアの中を騒がしているのはいつも名無しの方々。カオナシというコテハンでやらせていただいている私がこの幕張に大炎上を起こしたいと思います」
とカオナシが口にして、スクリーンには曲に合わせて炎が燃え盛る映像が映る中でカオナシが歌い、Bメロからサビにかけては尾崎とのツインボーカル的な歌唱になる「火まつり」なのだが、まさか「栞」の感動的な光景の後にこの曲をやるとは…というギャップも含めてやはりクリープハイプは捻くれたバンドであるが、カオナシの放つ独特な色気はこの曲において最大限に発揮されていると思う。
そして小泉の軽快なビートが鳴らされた後に小川のギターが唸りを上げるのは「週刊誌」。確かにファンからも人気が高い曲であるけれど、こうした最大規模の会場で他の代表曲やシングル曲を演奏せずにこの曲を演奏するというのが実にクリープハイプらしい捻くれっぷりとある意味では誠実さをも感じさせるのであるが、歌詞を
「幕張の大学生」「TikTok」
と変えて歓声を浴びるあたりはさすがであるし、最後の
「やりたいかい?」
のフレーズでの怨念を感じさせるようなもはや絶唱というような歌唱もさすがである。それは実際に経験したことなのかは今もわからないが、この曲を作った時の感情が今も尾崎の中にあるということである。
さらには小川が軽快なステップを踏むようにしてギターをカッティングし、そのギターのリズムに合わせるかのようにスクリーンから真っ白な光が明滅するのは「社会の窓と同じ構成」であり、シングル曲の「社会の窓」をやらずにこちらをやるというあたりが痛快でしかないのだが、この「週刊誌」からの連発はバンドサウンドの強さについてよりもひたすらに尾崎の声や歌詞がフィーチャーされがちなクリープハイプが実はめちゃくちゃ強靭なグルーヴと演奏力を持っているバンドであるということを改めて実感させてくれる。だからその音を聴いていて体が反応してしまうのであるが、尾崎は最後のサビで
「歌いますか?」
と観客に
「うるせー」
の連呼の歌唱を委ねる。メジャーデビュー当時は
「クリープハイプのボーカルは俺だから、歌うのは俺だけに任せて欲しい」
ということを言っていた尾崎がこうして観客に歌唱を任せたということは、コロナ禍などを経てそうして目の前にいてくれる観客が自分たちの曲を歌ってくれるということがどれだけ特別で素晴らしいことなのかを改めて理解したところもあるんじゃないだろうか。
その観客の合唱が響く曲といえばもちろん…ということでカオナシがステージ前に出てきてあのイントロを鳴らすのは「HE IS MINE」であり、間奏では尾崎が
「昨日の合唱は本当に凄かったな〜」
とこの日の観客の観客を挑発するようにしながら、
「3年間溜めてきたものを全部出してください」
と、この曲中でそれを言うとどうしても下ネタに聞こえてしまうんだけど、という形で煽ってから
「セックスしよう!」
の大合唱が幕張メッセに響き渡る。そんな、テレビなどではもしかしたら流せないかもしれないようなフレーズの合唱なのにこんなに感動してしまったのは、つい最近までは
「声を出さないで我慢してる方がエロいから」
などの実にこの曲に見合った理由で声が全く上がらないこの曲の光景を何回も見てきたからだ。それがこうしてこんなに大きな規模でたくさんの人がいる、しかもクリープハイプを見に来た人しかいない(=この曲がただの下ネタ曲ではないことを理解している人しかいない)人たちの大合唱を聴くことができるようになったというのは、そうした声を我慢してきた日々が報われたような感じがしていた。
そんな「HE IS MINE」に連なる形で爽やかなイントロが鳴らされたのはむしろ曲全体の歌詞からしたらこっちの方が放送などに非対応な感じすらする「SHE IS FINE」であるが、そんな歌詞の曲であるにもかかわらず、やっぱり最高に良い曲だなと感じられるメロディを今の最高の状態のバンドの演奏で聞かせてくれる。だから観客も腕を挙げたり、体を揺らしたりしている。この曲がこんな景色を作り出すことができるということを作った当時の尾崎は想像していたのだろうか。それは本人にしかわからないが、この曲を聴くことができて嬉しいと思っていた人がたくさんいるのは間違いないだろう。
終盤になっても勢いは衰えるどころかさらに加速していくのはアルバムとしては最新作である「夜にしがみついて、朝で溶かして」収録の「ポリコ」であり、この曲をこの終盤の位置で演奏するというのは今の世の中や社会に対してクリープハイプが言いたいことがこの曲の歌詞通りなのだろうか…とも思うのだが、小川がギターを掻き鳴らす際の表情などは実に朗らかに見える。
そんな最終盤に来て尾崎は
「1億回再生突破してる曲もないし、なんとかステーションにも出てないし、なんとかTAKEにも出てないバンドが、この規模でライブをやってこれだけの人が観に来てくれるっていうのが本当に嬉しいです」
と言いながらFIRST TAKEを歌う前のモノマネをしたり、
「FIRSTどころか何回もテイク重ねまくってるもんなぁ?(笑)」
というあたりが実に尾崎らしいのだが、
「さっき、尾崎さんのモノマネをしてる人がいると仰ってたじゃないですか。アンチもバンドもファンもみんな捻くれてるなって思いました(笑)」
という冷静なツッコミを入れるのも実にカオナシらしい。
しかしこの後に演奏する曲は捻くれ感は一切なく、ストレートに自分たちの今の感情を乗せて「おやすみ泣き声、さよなら歌姫」を鳴らす。かつて(メジャーデビュー後)は尾崎が声が出ていない時期もあり、その頃にもよく演奏されていた曲であるが、今はそんな曲を完璧に歌うことができている。いや、むしろ今こそこの曲に宿る切なさを最大限に発揮できているんじゃないかというくらいに。だから聴いていて胸が震える感覚になるのであるが、シングル曲がほとんど演奏されていない中でもこの曲が聴けたのが本当に嬉しかった人も多かったはずだ。
そのまま尾崎がギターを鳴らす音が響くのは、これまでにそうして何回でも我々の胸や心をライブの場で震わせてきた「イノチミジカシコイセヨオトメ」であるのだが、ここ数年のライブと同じように尾崎は
「生まれ変わったら何になろうかな
生まれ変わっても当たり前にクリープハイプのボーカルになりたい」
と変えて歌う。そこに歓声と拍手も起こるけれど、どこか感激や感動を覚えている人の方が多かったようにも感じる。この日のここまでのライブで見せてきた尾崎のクリープハイプへの愛情がこの曲に集約されていたからだ。だからこそ、我々観客もきっと全員が生まれ変わってもまたクリープハイプの音楽に出逢いたいと思っていたはずだ。
そんな「イノチミジカシコイセヨオトメ」のアウトロの轟音の演奏が次の曲にそのまま繋がることなく一度キメが打たれると、尾崎は
「ここにいる人たちはまた当たり前のように会いに来てくれると思ってる。だからまた当たり前のようにライブやるから、当たり前のように会いましょう」
と実に穏やかな表情で言った。捻くれたことを口にしたり、怨念を込めるような表情で歌うこともあれど、この日の尾崎の表情で1番思い出すのは本当に穏やかで、笑顔だったということだ。それくらいにずっと見たかった景色をこの日見れたという達成感や安堵感が、決して到達点ではないにしても間違いなく重要なマイルストーンになったであろうこのライブで浮かべた表情から伝わってきた。
そして尾崎が珍しく
「メッセージがある」
と口にして最後に演奏されたのは「二十九、三十」であり、スクリーンには渋谷や道頓堀、新宿にミナミという東西の繁華街の映像が映し出されるのであるが、そこに人が全くいないのは早朝に撮影されたものかとも思いきや、渋谷の109の入り口がアップで映るとそこには臨時休業の張り紙が。それは緊急事態宣言期間中に撮影されたものだった。公園の遊具に立ち入り禁止のテープが巻かれているのも。
ついこの間のことだったのに、もう忘れてしまいそうになっていた光景。それはそうした街に人がいる日常が戻ってきたからでもあるのだが、この幕張メッセでのライブをこうして今見ているのはそうした日があったから、あってしまったからであるということを改めて突きつけられたような気がした。
しかしその映像は曲が進むにつれて今この瞬間、この場所の客席へと切り替わる。そこには泣いている女性の表情も映し出されるのだが、この映像でこの曲を聴いたらそれは泣くのはもう仕方ない、と思えるくらいに自分も泣きそうになっていたのだが、そのタイミングでバンドは
「前に進め 前に進め 不規則な生活リズムで
ちょっとズレる もっとズレる 明日も早いな」
と歌っている。生活が変わって、リズムも不規則になった。それでも前に進んできたからこそのこの日である。そうして今まで以上にバンドも我々も乗り越えてきたんだなと感じられた。尾崎も
「バンドだけじゃなくてみんなもそれぞれ色々あっただろうけど」
と言っていたが、そんなそれぞれの色々を乗り越えてこの日集まることができた。きっと3年前に開催されるよりもさらに良い景色、良いライブを見ることができていたはず。個人的には銀杏BOYZがクリープハイプと対バンした時にこの曲をカバーして以来、より自分の中で大切になったこの曲がさらに大切になった。それはこの日この曲を聴いたらこれまでよりもはるかにこれから先が、恥ずかしい位いける様な気がしていたから。それはバンドの演奏、歌唱、曲、映像というこの日用意してくれた全てがそう感じさせてくれたのだった。
演奏が終わるとメンバーはステージ前に並び、
「普段は絶対やらないんだけど…写真とか撮りますか?」
と言って客席を背に写真を撮る。確かに、クリープハイプがライブでこういうことをするのを初めて見た。それくらいに、自分たちのワンマンでこの景色を見れたということをずっと残しておきたかったのだろう。演出も決してド派手な、見るものを唖然とさせるようなものでもない、ただひたすらに良い曲を良い歌唱と演奏で鳴らしたこの1日にアンコールはないけれど、それ以上に特別なことをしたクリープハイプの幕張メッセワンマンの2日目。去り際まで尾崎もメンバーも本当に穏やかな表情をしていた。それを見ることが出来たことが本当に嬉しかった。
かつて「変な感性の村人」と尾崎が称したクリープハイプのファンはこんなにも増えた。捻くれたバンドに魅力を感じながらも、そのバンドが誰よりも良い曲を生み出し続けていることをわかっている人たちが。
確かに超絶バズりまくってるみたいな曲もないし、テレビでのパフォーマンスが話題になるわけでも、SNSで曲が使われまくっているわけでもない。しかしそれでもこんなにもたくさんの人が曲を聴いてライブを見に来ているということは、話題性どうのということではなく、周りがみんな聴いているから、流行ってるから、というわけでもなく、自分自身が能動的に探り当てたクリープハイプの音楽の音楽を深く愛している人たちだけがこんなに増えた結果と言える。これだけの規模になっても1ミリ足りとも消費されることなく、むしろ自身の人生のあらゆる局面で刺さり続けてきた曲たち。それを生み出してきたバンドだからこそ、死ぬまで一生愛していけると思っている。出会ってからお互いにいろんなこともあったりしたけれど、出会うことができて本当に良かったと思っている。
1.身も蓋もない水槽
2.しょうもな
3.一生に一度愛してるよ
4.君の部屋
5.月の逆襲
6.グレーマンのせいにする
7.キケンナアソビ
8.ボーイズENDガールズ
9.明日はどっちだ
10.傷つける
11.ナイトオンザプラネット
12.本当なんてぶっ飛ばしてよ
13.一生のお願い
14.チロルとポルノ
15.愛の標識
16.栞
17.火まつり
18.週刊誌
19.社会の窓と同じ構成
20.HE IS MINE
21.SHE IS FINE
22.ポリコ
23.おやすみ泣き声、さよなら歌姫
24.イノチミジカシコイセヨオトメ
25.二十九、三十
隣のホールではB'zが、イベントホールではAqoursがライブをやっているということであらゆるファン層が重なり合ってカオスと化しているこの日は幕張メッセ2daysの2日目となり、1〜3ホールの1ホールを物販と撮影スペースとしているのだが、開演前にはグッズはほぼ全て完売しているという、いつからこうやってグッズが人気のバンドになったんだろうかと思ったりするのはタオルのデザインなどがロックバンドのものとしてはかなり攻めたものだからである。
2〜3ホールの客席には椅子が敷き詰められている中、ホルスト「木星」のオーケストラサウンドが流れており、どこか背筋を正されるような荘厳さを感じさせるとともに、まだ夕方の時間ながらにして「ナイトオンザプラネット」な感覚を抱かせる。この日は16時開演という早い時間設定になっているのだが、それは今や音楽界トップクラスの野球ファン(ヤクルトスワローズファン)として野球マニアのための番組「球辞苑」にも出演するようになった尾崎世界観(ボーカル&ギター)がこの日のWBCの日本対オーストラリア戦を見たいからだろうかという気もしてしまうくらいに毎日熱戦が繰り広げられている中でのアリーナツアーである。
その荘厳な場内BGMの音量がどんどん上がっていくにつれて客席が暗転すると、立ち上がった観客が大きな拍手を送る中、いつも通りにSEも何もなくメンバーがステージに現れるのだが、自分は1番後ろのブロックの席だっただけに、観客の拍手によってメンバーが現れたことがわかるくらいの薄暗さから、メンバーの背後から真っ青な照明が照らし出すことによって4人のシルエットがわかる。すでに楽器を手にしているメンバーが音だけではなく呼吸までも合わせるようにすると、いきなり尾崎がまくしたてるように、でも歌詞を
「緊急事態宣言から3年 幕張には張り詰めた空気が漂ってる」
と、延期を繰り返して中止になってからの今日この日であることを示すものに変えて始まった「身も蓋もない水槽」の尾崎の歌唱の凄まじい力の入りっぷりと気迫に思わずゾクっとしてしまう。それはまだメジャーデビューする前に初めてクリープハイプのライブを見た時(スペシャ列伝ツアー)に感じた、狂気とすら言えるような眼力と歌の力を彷彿とさせる。そこに重なる小川幸慈(ギター)、長谷川カオナシ(ベース)、小泉拓(ドラム)の演奏も今のクリープハイプだからこその力を発揮することによって、尾崎のボーカル同様に体が震えるくらいの迫力を放っているからこそ、クリープハイプの幕張メッセワンマンが3年前じゃなくて今この日で良かったと一瞬にして思えるものになっている。とんでもない先制パンチというか、初回先頭打者ホームランである。
やはりこの規模であるが故にステージ左右には巨大なスクリーンが設置され、そこにメンバーの演奏する姿が映し出されているのであるが、「しょうもな」のイントロで小川の手元が映し出されることによって、そのシンセで鳴らしているかと思うようなリフをギターで人力によって鳴らしているということがよくわかるし、小泉の何もかも振り切るかのようなスピードの性急なビートはもはやパンクと言っていいくらいだ。ステージに近いブロックの観客の拍手などはやはり少し時差を持って届いてくる距離感であるが、スピーカーが客席の各所に設置されていることによって、後ろの方の座席でも音からは全く遠さを感じさせない。それはやはり鳴らしている音の強さによるものでもあるだろう。
それは過去最大規模のワンマンであることによってどうしたって記念碑感が出るからこそ、これまでの名曲たちの名フレーズたちを結集した、もうこれから先は使えない手法による「一生に一度愛してるよ」のイントロでもそうなのだが、そうした歌詞の曲だからこそこの日の記念碑感があるライブにふさわしい、ある意味ではテーマ的と言っていいようにすら響く。これまでもこうした大きな規模の会場でもド派手な演出などは使ってこなかったからこそ、良い歌唱と良い演奏でそうした曲を鳴らすといういつもと変わらないクリープハイプらしさを感じることができる。
「今日は声を出していいらしいですよ」
という尾崎の言葉に早くも観客が歓声で反応すると、
「でもいきなり声を出していいって言われてもね。3年くらい手探りでやってきたし、今もそうだろうし。でもそうやって手探りでやってきた人たちだからこそ、メディアとかに出るわけでもないクリープハイプっていうバンドを探し当ててくれたんだろうと思ってます」
と、やはり独特の口ぶりで尾崎が集まってくれた観客への感謝を告げると、ステージ左右のスクリーンだけではなく、メンバーの上方に設置されたLEDにも4分割されてそれぞれの演奏している姿が映し出されるのは「君の部屋」で、尾崎は
「僕の喜びの8割以上は僕の悲しみの8割以上は僕の苦しみの8割以上は
クリープハイプで出来てた」
とやはり歌詞を変えて歌うのであるが、画面には4分割で映し出されることによって1/4ずつのバンドということを感じさせるけれども、たった1人だけでクリープハイプを名乗っていた時期もあるだけに、そのバランスはやっぱり均等ではなくて尾崎が7、それぞれが1ずつだったりするのだろうし、自分自身も好きなバンドが多すぎるだけに1割以上も特定のバンドで出来てるとは言えないのだけど、それでも何分何厘かはずっと聴いて見てきたクリープハイプで出来てるだろうし、尾崎が最も影響を受けたと言える存在である銀杏BOYZに自分も最も影響を受けているだけに、クリープハイプにはその銀杏BOYZで出来てる割合も含まれているのかもしれないと思うと、確かにかなりの割合を自分の中で占めているのかもしれない、なんてことを思ったりもする。
すると同期のキャッチーな電子音が流れるとともに黄色や紫という、月の光やその周りの夜空の色を思わせるような照明がメンバーを照らすのはこの日最初のカオナシボーカル曲の「月の逆襲」。コロナ禍になって以降のライブでこうして演奏されるようになり、当初はファンを驚かせた選曲だったが、今ではもうワンマンでもフェスやイベントでも欠かせない曲へと成長した。それくらいにライブで鳴らし続けてきたからであるが、気迫を感じざるを得ない歌唱の強さの尾崎とは良い意味で逆にいつもと変わらぬ平熱っぷりの歌唱が実にカオナシらしいし、アウトロで広いステージを目一杯使ってステップを踏むようにしてギターを弾きまくる小川の姿は実はこの曲の見どころの一つだと思っている。
すると尾崎がアコギに持ち替えて、カオナシとのツインボーカル的に歌う「グレーマンのせいにする」ではそのタイトルに合わせるようにしてスクリーンに映し出されるメンバーの姿がモノトーンというかグレーに染まる。そうしてサウンドだけでなく映像すらも少し落ち着くことによってどこか揺蕩うような曲の雰囲気をさらに強くしてくれる。最近でもごくたまに演奏される曲であるが、初期のクリープハイプがこうしたフォーク的なサウンドをもってしてギターロック曲と変化をつけていたということがよくわかる。それはこうしてライブでもガラッと空気を変えることができる曲だからだ。
曲間ではステージが薄暗くなる瞬間も多く、ここでもそうなることによってステージ上の変化は曲が始まるまでわからないのであるが、メンバーの高さの位置で様々な色彩の円形の映像が映し出されることによって曲のサイケデリックさをより強く感じさせるのは「キケンナアソビ」であり、メンバーの上方にあったLEDがメンバーの前に降りてきたことによって、ある意味ではメンバーを隠すようにしてその映像が映し出され、その背面に薄らとメンバーの演奏する姿が映る。
「危険日でも遊んであげるからさ」
と目元をマイクスタンドに置いた自身の腕で隠すようにして歌う尾崎の歌唱では観客の歓声が上がるのもライブだからこそだ。
その観客の歓声が曲間でメンバーの名前を呼ぶものになり、小川が呼び捨てで呼ばれたりしてツッコミを入れる中、カオナシが昨日のライブ後に気持ちが昂って全然寝れなかったのに、会場に向かう車の中で尾崎が後ろの座席で横になって寝ていたことを申し訳なさそうに謝ると、
尾崎「最近しょうもない尾崎世界観のモノマネとかよく出てくるようになったじゃん?あれ、なんなんだろうね。バカに見つかるタイミングになったのかな?(笑)
確かに声が特徴的だとも思うんだけど、それでもクリープハイプの本質は曲が良いっていうことだから。ハードル上げてるけど、それを軽々と飛び越えてみせます」
という言葉に大きな拍手と歓声が上がる中で、まさにその「曲が良い」バンドであることをすぐさま示すように演奏されたのは「ボーイズENDガールズ」。激しいわけでも速いわけでもないけど、でもギターロックバンドとしてのサウンドの中でメロディの美しさを徹底的に磨き上げた曲。
「シャンプーの匂いが消えない」
というサビのフレーズでカオナシのコーラスが重なるのもそのメロディの美しさをさらに引き出している。かつてのライブでこの曲を演奏したときにシャンプーよろしくシャボン玉が舞っていた光景なんかも思い出させてくれる。
そうした曲の良さを存分に感じさせる流れは尾崎が再びアコギに持ち替えての「明日はどっちだ」へと続くのであるが、個人的に自分がクリープハイプの曲で最も共感できるのはこの曲のようなタイプだ。よく尾崎も印刷会社で働いていた時やスーパーで品出しのアルバイトをしていた時のことを話したりしているが、そうした我々と同じ生活者として日々を生きる視点の曲。それは毎日働く社会人になって、より前に進む力として感じられるようになった。「二十九、三十」なんかもそうであるが、張り上げるというわけではない尾崎の歌唱はそっと背中を支えてくれているような感覚にさせてくれる。つまりはクリープハイプの曲に生きる力を貰ってここまで生きてきたということである。
そのまま尾崎が爪弾くようにしてアコギを鳴らすと、淡い色の照明がステージだけではなくて会場全体を包み込むかのような「傷つける」なのだが、この曲を聞くとバンドの盟友である松居大悟監督、池松壮亮主演の短編映画「自分のことばかりで情けなくなるよ」の池松演じる主人公の救いようがないくらいのクズ人間っぷりを思い出してしまう。その短編の最後に流れる曲だからということでもあるのだが、
「愛なんてずっとさ ボールペン位に思ってたよ
家に忘れてきたんだ ちょっと貸してくれよ」
「インク出なくて愛は掠れちゃって
結局何も見えないな
インク出過ぎて 愛が滲んじゃって
結局何も読めないな だから」
と綴られる尾崎の歌詞の素晴らしさたるや。後に芥川賞候補にもなる尾崎の言葉の言葉、文章の使い方の妙はメジャーデビュー直後のこの時期からすでに存分に発揮されていたのである。その歌詞も相まって、この巨大な会場で聴くこの曲は本当に沁みる。
そんな、シングル曲でもなければ代表曲でもないけれど、クリープハイプを象徴すると言えるような曲が続いた後に暗闇の中でハンドマイクになった尾崎がヒップホップ的な歌唱をし、カオナシの弾くキーボードの音が響く「ナイトオンザプラネット」ではステージ上だけではなく、客席左右にも設置されたミラーボールが輝き、幕張メッセの壁に星空が浮かぶかのように輝く。これまでのライブでもこうした光の演出を見せてくれたこの曲であるが、この規模の会場に合わせた演出のスケールアップを見事に果たしているし、どんなジャンルのサウンドを取り入れてもやはりクリープハイプの曲は名曲ばかりであるということを示してくれている。
そうした特別な編成から通常のバンド編成に戻ると、極彩色が飛び交うように次々にスクリーンに映し出されていくのは最新曲でありこのライブのタイトルになっている「本当なんてぶっ飛ばしてよ」なのだが、クリープハイプ流のトロピカルポップというような軽快なリズムとサウンドは実に新鮮であり、また新たな領域にバンドが足を踏み入れたということを感じさせてくれるのであるが、やはり音源に比べるとはるかにバンドらしさを感じさせてくれるのはこの4人の楽器によって鳴らされるライブだからこそである。もうこの先どんなサウンドを取り入れるのか全く予想がつかなくなるような曲である。
そんな曲の後に
「一生のお願い聞いて」
とイントロで尾崎の見事な伸びやかさを持った歌唱が追加されて、そのあまりの見事さに観客が思わず曲中に拍手する「一生のお願い」は
「ねぇもっとそばに来て 抱きしめて離さないよ」
というフレーズが温かさを感じさせる穏やかなロックサウンドに乗せて歌われることによって、今目の前にいる観客に向けてそう歌っているかのように感じられ、それがさらに爽やかなギターロックサウンドへと繋がっていくのは「チロルとポルノ」と、あらゆる時代のあらゆるサウンドやタイプの、でもどれもやはり名曲であり良い曲でしかないクリープハイプの曲たちが演奏されていく。その曲も今のバンドの状態によってさらにブラッシュアップされているということがわかるのは、普段は割とシンプルなリズムを叩く小泉の手数が明らかに増していて、リリース当時よりもこの曲の良さをさらにダイレクトに伝えるものになっているからである。
それは小川による性急なイントロのギターが後半に差し掛かってきたバンドの演奏にさらなるスピードを与える「愛の標識」ではそのバンドのスピード感が歌声に力を与えているかのように、ここにきて尾崎のボーカルはさらに伸びやかさと声量を増している感すらある。そして曲の最後には尾崎が観客に問いかけるようにして
「死ぬまで一生愛してくれますか?」
と歌って大歓声を浴びてから、
「死ぬまで一生愛されてると思ってるよ」
と歌う。まさにそれを確かめる場がこのライブなのである。流行り廃りに左右されずにここまで来たバンドだからこそ、ここにいた人たちはこれからも一生こうしてこのバンドのライブに足を運んでは尾崎の、バンドのメッセージを受け取りに来るはずだ。
そして小川の轟音ギターとカオナシ&小泉の疾走するビートによって始まる「栞」がどこかクライマックス感を早くも感じさせるものになっているのは、この日が完全に卒業シーズンと言える時期であり、きっとこの会場にもいたであろうたくさんの卒業生の心境と重なっているからであり、ステージから桜の紙吹雪が舞うというこの曲だからこその演出もあったからだ。尾崎は珍しくサビでちょこちょこ歌詞が飛んでいたのだが、それは本当に歌詞をど忘れしてしまったのか、あるいはこの光景を見て声が詰まってしまったのだろうか。それは本人にしかわからないけれど、我々にもバンドにも忘れられない光景になったということだけは確かだ。
すると祭囃子的なビートを小泉が刻む中で
「ソーシャルメディアの中を騒がしているのはいつも名無しの方々。カオナシというコテハンでやらせていただいている私がこの幕張に大炎上を起こしたいと思います」
とカオナシが口にして、スクリーンには曲に合わせて炎が燃え盛る映像が映る中でカオナシが歌い、Bメロからサビにかけては尾崎とのツインボーカル的な歌唱になる「火まつり」なのだが、まさか「栞」の感動的な光景の後にこの曲をやるとは…というギャップも含めてやはりクリープハイプは捻くれたバンドであるが、カオナシの放つ独特な色気はこの曲において最大限に発揮されていると思う。
そして小泉の軽快なビートが鳴らされた後に小川のギターが唸りを上げるのは「週刊誌」。確かにファンからも人気が高い曲であるけれど、こうした最大規模の会場で他の代表曲やシングル曲を演奏せずにこの曲を演奏するというのが実にクリープハイプらしい捻くれっぷりとある意味では誠実さをも感じさせるのであるが、歌詞を
「幕張の大学生」「TikTok」
と変えて歓声を浴びるあたりはさすがであるし、最後の
「やりたいかい?」
のフレーズでの怨念を感じさせるようなもはや絶唱というような歌唱もさすがである。それは実際に経験したことなのかは今もわからないが、この曲を作った時の感情が今も尾崎の中にあるということである。
さらには小川が軽快なステップを踏むようにしてギターをカッティングし、そのギターのリズムに合わせるかのようにスクリーンから真っ白な光が明滅するのは「社会の窓と同じ構成」であり、シングル曲の「社会の窓」をやらずにこちらをやるというあたりが痛快でしかないのだが、この「週刊誌」からの連発はバンドサウンドの強さについてよりもひたすらに尾崎の声や歌詞がフィーチャーされがちなクリープハイプが実はめちゃくちゃ強靭なグルーヴと演奏力を持っているバンドであるということを改めて実感させてくれる。だからその音を聴いていて体が反応してしまうのであるが、尾崎は最後のサビで
「歌いますか?」
と観客に
「うるせー」
の連呼の歌唱を委ねる。メジャーデビュー当時は
「クリープハイプのボーカルは俺だから、歌うのは俺だけに任せて欲しい」
ということを言っていた尾崎がこうして観客に歌唱を任せたということは、コロナ禍などを経てそうして目の前にいてくれる観客が自分たちの曲を歌ってくれるということがどれだけ特別で素晴らしいことなのかを改めて理解したところもあるんじゃないだろうか。
その観客の合唱が響く曲といえばもちろん…ということでカオナシがステージ前に出てきてあのイントロを鳴らすのは「HE IS MINE」であり、間奏では尾崎が
「昨日の合唱は本当に凄かったな〜」
とこの日の観客の観客を挑発するようにしながら、
「3年間溜めてきたものを全部出してください」
と、この曲中でそれを言うとどうしても下ネタに聞こえてしまうんだけど、という形で煽ってから
「セックスしよう!」
の大合唱が幕張メッセに響き渡る。そんな、テレビなどではもしかしたら流せないかもしれないようなフレーズの合唱なのにこんなに感動してしまったのは、つい最近までは
「声を出さないで我慢してる方がエロいから」
などの実にこの曲に見合った理由で声が全く上がらないこの曲の光景を何回も見てきたからだ。それがこうしてこんなに大きな規模でたくさんの人がいる、しかもクリープハイプを見に来た人しかいない(=この曲がただの下ネタ曲ではないことを理解している人しかいない)人たちの大合唱を聴くことができるようになったというのは、そうした声を我慢してきた日々が報われたような感じがしていた。
そんな「HE IS MINE」に連なる形で爽やかなイントロが鳴らされたのはむしろ曲全体の歌詞からしたらこっちの方が放送などに非対応な感じすらする「SHE IS FINE」であるが、そんな歌詞の曲であるにもかかわらず、やっぱり最高に良い曲だなと感じられるメロディを今の最高の状態のバンドの演奏で聞かせてくれる。だから観客も腕を挙げたり、体を揺らしたりしている。この曲がこんな景色を作り出すことができるということを作った当時の尾崎は想像していたのだろうか。それは本人にしかわからないが、この曲を聴くことができて嬉しいと思っていた人がたくさんいるのは間違いないだろう。
終盤になっても勢いは衰えるどころかさらに加速していくのはアルバムとしては最新作である「夜にしがみついて、朝で溶かして」収録の「ポリコ」であり、この曲をこの終盤の位置で演奏するというのは今の世の中や社会に対してクリープハイプが言いたいことがこの曲の歌詞通りなのだろうか…とも思うのだが、小川がギターを掻き鳴らす際の表情などは実に朗らかに見える。
そんな最終盤に来て尾崎は
「1億回再生突破してる曲もないし、なんとかステーションにも出てないし、なんとかTAKEにも出てないバンドが、この規模でライブをやってこれだけの人が観に来てくれるっていうのが本当に嬉しいです」
と言いながらFIRST TAKEを歌う前のモノマネをしたり、
「FIRSTどころか何回もテイク重ねまくってるもんなぁ?(笑)」
というあたりが実に尾崎らしいのだが、
「さっき、尾崎さんのモノマネをしてる人がいると仰ってたじゃないですか。アンチもバンドもファンもみんな捻くれてるなって思いました(笑)」
という冷静なツッコミを入れるのも実にカオナシらしい。
しかしこの後に演奏する曲は捻くれ感は一切なく、ストレートに自分たちの今の感情を乗せて「おやすみ泣き声、さよなら歌姫」を鳴らす。かつて(メジャーデビュー後)は尾崎が声が出ていない時期もあり、その頃にもよく演奏されていた曲であるが、今はそんな曲を完璧に歌うことができている。いや、むしろ今こそこの曲に宿る切なさを最大限に発揮できているんじゃないかというくらいに。だから聴いていて胸が震える感覚になるのであるが、シングル曲がほとんど演奏されていない中でもこの曲が聴けたのが本当に嬉しかった人も多かったはずだ。
そのまま尾崎がギターを鳴らす音が響くのは、これまでにそうして何回でも我々の胸や心をライブの場で震わせてきた「イノチミジカシコイセヨオトメ」であるのだが、ここ数年のライブと同じように尾崎は
「生まれ変わったら何になろうかな
生まれ変わっても当たり前にクリープハイプのボーカルになりたい」
と変えて歌う。そこに歓声と拍手も起こるけれど、どこか感激や感動を覚えている人の方が多かったようにも感じる。この日のここまでのライブで見せてきた尾崎のクリープハイプへの愛情がこの曲に集約されていたからだ。だからこそ、我々観客もきっと全員が生まれ変わってもまたクリープハイプの音楽に出逢いたいと思っていたはずだ。
そんな「イノチミジカシコイセヨオトメ」のアウトロの轟音の演奏が次の曲にそのまま繋がることなく一度キメが打たれると、尾崎は
「ここにいる人たちはまた当たり前のように会いに来てくれると思ってる。だからまた当たり前のようにライブやるから、当たり前のように会いましょう」
と実に穏やかな表情で言った。捻くれたことを口にしたり、怨念を込めるような表情で歌うこともあれど、この日の尾崎の表情で1番思い出すのは本当に穏やかで、笑顔だったということだ。それくらいにずっと見たかった景色をこの日見れたという達成感や安堵感が、決して到達点ではないにしても間違いなく重要なマイルストーンになったであろうこのライブで浮かべた表情から伝わってきた。
そして尾崎が珍しく
「メッセージがある」
と口にして最後に演奏されたのは「二十九、三十」であり、スクリーンには渋谷や道頓堀、新宿にミナミという東西の繁華街の映像が映し出されるのであるが、そこに人が全くいないのは早朝に撮影されたものかとも思いきや、渋谷の109の入り口がアップで映るとそこには臨時休業の張り紙が。それは緊急事態宣言期間中に撮影されたものだった。公園の遊具に立ち入り禁止のテープが巻かれているのも。
ついこの間のことだったのに、もう忘れてしまいそうになっていた光景。それはそうした街に人がいる日常が戻ってきたからでもあるのだが、この幕張メッセでのライブをこうして今見ているのはそうした日があったから、あってしまったからであるということを改めて突きつけられたような気がした。
しかしその映像は曲が進むにつれて今この瞬間、この場所の客席へと切り替わる。そこには泣いている女性の表情も映し出されるのだが、この映像でこの曲を聴いたらそれは泣くのはもう仕方ない、と思えるくらいに自分も泣きそうになっていたのだが、そのタイミングでバンドは
「前に進め 前に進め 不規則な生活リズムで
ちょっとズレる もっとズレる 明日も早いな」
と歌っている。生活が変わって、リズムも不規則になった。それでも前に進んできたからこそのこの日である。そうして今まで以上にバンドも我々も乗り越えてきたんだなと感じられた。尾崎も
「バンドだけじゃなくてみんなもそれぞれ色々あっただろうけど」
と言っていたが、そんなそれぞれの色々を乗り越えてこの日集まることができた。きっと3年前に開催されるよりもさらに良い景色、良いライブを見ることができていたはず。個人的には銀杏BOYZがクリープハイプと対バンした時にこの曲をカバーして以来、より自分の中で大切になったこの曲がさらに大切になった。それはこの日この曲を聴いたらこれまでよりもはるかにこれから先が、恥ずかしい位いける様な気がしていたから。それはバンドの演奏、歌唱、曲、映像というこの日用意してくれた全てがそう感じさせてくれたのだった。
演奏が終わるとメンバーはステージ前に並び、
「普段は絶対やらないんだけど…写真とか撮りますか?」
と言って客席を背に写真を撮る。確かに、クリープハイプがライブでこういうことをするのを初めて見た。それくらいに、自分たちのワンマンでこの景色を見れたということをずっと残しておきたかったのだろう。演出も決してド派手な、見るものを唖然とさせるようなものでもない、ただひたすらに良い曲を良い歌唱と演奏で鳴らしたこの1日にアンコールはないけれど、それ以上に特別なことをしたクリープハイプの幕張メッセワンマンの2日目。去り際まで尾崎もメンバーも本当に穏やかな表情をしていた。それを見ることが出来たことが本当に嬉しかった。
かつて「変な感性の村人」と尾崎が称したクリープハイプのファンはこんなにも増えた。捻くれたバンドに魅力を感じながらも、そのバンドが誰よりも良い曲を生み出し続けていることをわかっている人たちが。
確かに超絶バズりまくってるみたいな曲もないし、テレビでのパフォーマンスが話題になるわけでも、SNSで曲が使われまくっているわけでもない。しかしそれでもこんなにもたくさんの人が曲を聴いてライブを見に来ているということは、話題性どうのということではなく、周りがみんな聴いているから、流行ってるから、というわけでもなく、自分自身が能動的に探り当てたクリープハイプの音楽の音楽を深く愛している人たちだけがこんなに増えた結果と言える。これだけの規模になっても1ミリ足りとも消費されることなく、むしろ自身の人生のあらゆる局面で刺さり続けてきた曲たち。それを生み出してきたバンドだからこそ、死ぬまで一生愛していけると思っている。出会ってからお互いにいろんなこともあったりしたけれど、出会うことができて本当に良かったと思っている。
1.身も蓋もない水槽
2.しょうもな
3.一生に一度愛してるよ
4.君の部屋
5.月の逆襲
6.グレーマンのせいにする
7.キケンナアソビ
8.ボーイズENDガールズ
9.明日はどっちだ
10.傷つける
11.ナイトオンザプラネット
12.本当なんてぶっ飛ばしてよ
13.一生のお願い
14.チロルとポルノ
15.愛の標識
16.栞
17.火まつり
18.週刊誌
19.社会の窓と同じ構成
20.HE IS MINE
21.SHE IS FINE
22.ポリコ
23.おやすみ泣き声、さよなら歌姫
24.イノチミジカシコイセヨオトメ
25.二十九、三十
THE SUN ALSO RISES vol.181 ハルカミライ / THE BAWDIES @F.A.D YOKOHAMA 3/16 ホーム
a flood of circle Tour 「花降る空に不滅の歌を」 @横浜F.A.D 3/10