GRAPEVINE in a lifetime presents another sky @中野サンプラザ 2/23
- 2023/02/24
- 20:54
本来は昨年に開催されて完結されるはずだった、GRAPEVINEの名盤再現ライブシリーズ「in a lifetime」による「Another Sky」再現ライブ。自分はすでに昭和女子大学人見記念講堂でのライブを見ているのであるが、思いもよらぬ理由によって延期になっただけに、この日の中野サンプラザで再開された久し振りのライブにも参加することに。それはもちろん「another sky」が個人的に強い思い入れのあるアルバムであるということもあるけれど。
すでに年内で現在の形ではなくなる中野サンプラザはチケット即完となったことで2階席まで完全に超満員。それはどんなことがあってもGRAPEVINEの音楽とともに生きていくという人がこれだけたくさんいるという証明でもある。
祝日ゆえに開演時間の18時ピッタリくらいになると場内が暗転してメンバーがステージに現れるのであるが、最後に登場した田中和将(ボーカル&ギター)は「in a lifetime」シリーズおなじみの電飾をステージに持ち込んでドラムセットの前に置きながら、ギターを持つと観客の前で深々と頭を下げる。それは間違いなくこうして待っていてくれた人たち、今も自身のことを信じてライブに来てくれた人たちに対しての意思の表明であったのだが、客席からは多少の笑い声も漏れながら拍手が起こっていたのを見て、バインはやっぱり大丈夫だと思った。そんなことがあっても笑い飛ばせるような、やはり音楽を信じ続けるファンがこの場に集まっていることがはっきりとその瞬間にわかったからだ。
そんなバンドが最初に演奏したのは「Another Sky」の最後に収録されている「ふたり」。去年の人見記念講堂の時にはアルバムの曲順通りに「マリーのサウンドトラック」から演奏されていたが、どうやら今回はそうではないというあたりが、すでにこのライブを見ている身としても新鮮に感じることができる。田中のボーカルはやはりライブが空いたこと、その空いたことが自身の行動によるものであることによってか少なからず緊張感を感じさせるものであったのだが、バンドのグルーヴは全く変わることはない。特に報道の後にファンに向けて
「田中を支えていきたいと思っています」
という声明を出していた、この日は少しリーゼント的にも見える髪型になっていた亀井亨のドラムの力強さが今まで以上に頼もしく感じられる。
そうしたシリアスさ、得も言えぬ緊張感を含みながら始まったライブは「アナザーワールド」へと続くことによって、ここに足を運んだバインファンは早くも「これはアルバムの曲順を逆にして演奏しているんだな」ということに気付いたはずだ。だからこの企画以外のライブでも時折演奏されながらも、それは常にライブのクライマックスを担う位置で演奏されてきたこの曲がこんなにライブの序盤中の序盤で演奏されるというのが今までのライブと全く違う空気を感じさせてくれながらも、そのメロディの美しさは決して変わることがないということも感じさせてくれる。
なのでアルバムの曲順を遡るようにして、どこか切なさをメロディ、サウンド、薄暗い照明というあらゆる要素から感じさせながらも、バインがロックバンドであるというグルーヴを感じさせてくれるような「Sundown and hightide」という曲へと続く。この曲は間違いなくこの企画ライブでなければ聴けない曲だろうけれど、そうした曲でもバインのライブでは不慣れ感は一切ない。金戸覚(ベース)のコーラスなども含めて、全て最新かつ最高に仕上がった形での演奏を聴かせてくれる。それは久しぶりのライブとなったこの日でも変わっていないというあたりがメンバーそれぞれの田中への信頼感が全く揺らいでいないということを感じさせてくれる。つまりやはりバインは何があってもバインでしかないということである。
なのでこの序盤にして「ナツノヒカリ」という季節錯誤でありながらも名曲中の名曲でしかない曲が演奏される。田中がギターを刻みながら歌い始めるこの曲は、そのまま自分がこの「Another Sky」というアルバムへの思い入れが強いことへの表れである。田中はこの日も含めていつもライブでは白シャツを着ているが、このシングルがリリースされた頃も自分は学生として制服の夏服の白シャツを着て毎日通学路の坂道を汗が滲みながら歩いていた。その時にヘッドホンから流れていたのがこの曲だった。そうして今でもこの曲を聴けばあの頃に意識や精神だけでもタイムリープすることができる。それくらいにバインの音楽と一緒にずっと生きてきたのだし、そういう感覚になれる力をバインの音楽は持っている。この日、ライブ前には上着がいらないくらいに暖かな気候になっていたのはこの曲をバインが中野で演奏することが決まっていたからなんじゃないかと思うくらいに。
そんな名曲から一転して、バインのグルーヴィーなロックバンドさを感じさせてくれるのは、当時世の中に出てきていたヒップホップアーティストに対して「韻踏んでおけばいいってもんじゃないでしょ」という田中からの警鐘と皮肉を歌詞にした「Let Me In 〜おれがおれが〜」。田中と西川弘剛のギターと金戸のベースの絡み合いっぷりは後にこのバンドの核となっていく「CORE」や「豚の皿」へと繋がっていくような要素を強く含んでいる。まだそこまでは濃くないけれど、今にして聴くとこの時期にはすでにその素養があったということがよくわかる。
さらには水中深くへと潜っていくかのように、青を基調とした照明がまるで深海の中でこのライブを見ているような感覚に陥りながらも、サビで田中にピンスポットが当たることによって地上へと浮上していくように感じられる「Tinydogs」から、穏やかなサウンドとリズムであるかのようでいてアウトロでは西川のギターが唸りを上げて響き渡る「Colors」、そして田中がアコギに持ち替えて歌うことによってシンプルでありながらもバインの持つメロディの美しさが感じられる「それでも」と続くと、こうしてアルバムの曲順を真逆にしても「Another Sky」はライブの曲順としてしっかり成り立つものであるということがよくわかる。メロディアスかつキャッチーなメロディの曲で始まって、中盤でこうした深いところへ潜っていくような曲を聴かせながら、この後の後半には盛り上がるような曲が待っているという。しっかりライブにおける起承転結が作られている流れになっているのである。それはメンバーたちも全く意図してなかったであろうけれど、「Another Sky」というアルバムの持つ普遍性を感じられるものにもなっているし、ある意味では今のバインとしてアルバムを再構築するような流れにもなっている。つまりは昨年に見たこの企画のライブと全く違うものになっているということである。
そんな聴きいるような、声を出していいような状況になっても曲間で声を上げることが許されないかのような緊張感と集中力を切り裂くように演奏されたのは、このアルバム制作当時のインタビューで「アルバムに向けた合宿中にメンバーの中での合言葉みたいになっていた」という言葉をそのままタイトルに冠したことによって曲のサウンドや歌詞とタイトルとの乖離が実に大きくなってしまった「マダカレークッテナイデショー」。そのファンキーさを感じさせるようなサウンドは「Let Me In 〜おれがおれが〜」に通じるものでもあるのだが、アウトロでは田中が
「お待たせしました、オンベース、金やん!」
と金戸を紹介してから金戸がステージ前に出てきてベースを弾くというあたりはこのバンドの強力なグルーヴのマスターが金戸であるということを示している。なんならこの曲なんかは今でも普段のライブのセトリに入ればめちゃくちゃ盛り上がるような気もするのであるが、それをしないのはバインの持ち前の天邪鬼さゆえだろうか。
そんな音源の順番で言うと前半であるが今回のライブになると後半を担うのは、田中がギターをジャラーンと鳴らすと同時に歌い始める、今ではもうこんな曲は生まれないであろう青春ギターロック「BLUE BACK」。この曲を聴くとやはりNHKの音楽番組なんかにまで出演していた頃のことを思い出してしまう。この当時やそのちょっと前くらいのように田中はもう飛び跳ねながら(しかもやたらと跳躍力が高かった)歌うようなことはないけれど、こうした曲を枯れることなく、今も瑞々しいバンドサウンドで鳴らすことができている。それはテルミンで浮遊感を与える高野勲(キーボードなど)らメンバーによるところも実に大きいと思うが、この曲をこうして説得力に満ちた形で鳴らせるということはGRAPEVINEの昂っている青春はまだ終わっていないんじゃないかとすら思えてくる。
そのギターロックさはまさにタイトル通りにドリフト走行するかのようなスピードを持った「ドリフト160 (改)」へと繋がっていくのであるが、この曲では一転してキーボードの音色で曲にアクセントを与える高野はこの再現シリーズにおいても欠かせないメンバーである。田中の表情も序盤よりは明らかに柔らかくなってきているのはライブをやっていることによって解放されていくという感覚も少なからずあったのかもしれないし、彼が「やっぱりここだ」とこの場所があることの尊さを再確認してくれていたなら目の前にいる者として実に嬉しいことである。
そんな「Another Sky」の再現も最後の曲、つまりはアルバムで言うと最初の曲になるのは金戸がシェイカーを振るサウンドが厳かさを感じさせるような「マリーのサウンドトラック」であるのだが、深い暗闇の中で鳴らされているかのようなサウンドは、こうして曲順を逆にして最後に演奏することによって、このアルバム自体がマリーのサウンドトラックであった、というエピローグ的なものにも感じられる。それくらいの力をアルバム全体としてもそれぞれの曲単体としても「Another Sky」という作品は持っているということであるが、曲が終わったかと思ったらさらに深いセッション的なアウトロの演奏が繰り返されるというのはただ原曲通りに演奏するわけではない、今のGRAPEVINEの「Another Sky」であるという進化した姿を見せてくれるものでもあった。リリースから20年以上も経って、このアルバムの曲たちを聴けるのはやっぱり本当に幸せなことだと思える。
アルバム全曲を演奏したメンバーがいったんステージから去っていき、10分間の休憩が挟まれるというのは昨年見た時と変わらない構成であるが、その休憩を挟んで再びメンバーが登場すると田中は演奏するよりも前に
「もう映像作品も出てるんで、ネタバレもクソもないということで一部にちょっと趣向を凝らしてみました」
と、アルバムの曲順を逆にしたことが確信犯、愉快犯的なものだったことを語ると、
「私の一身上の都合によってツアーを中断してしまって本当に申し訳ありませんでした。これからは嫁と子供に愛を持って向き合っていきたいと思っております。
こうしてまたGRAPEVINEが活動を再開できたのは支えてくれるスタッフたちや、何よりもこうしてライブに来てくれる皆さんがいてくれるからです。本当にありがとうございます」
と自分の口でバンドを止めてしまったことへの謝罪の言葉を口にして頭を下げる。そこに観客から大きな拍手が向けられる。高野が後ろでその拍手をさらに煽るような仕草をし、亀井は2階席まで埋まった観客の姿をしっかり目に焼き付けようとしていた。ああ、やっぱり大丈夫だと改めて思えた。それでもなんか言ってくるような奴はGRAPEVINEの曲も聴かないだろうし、ライブも観に来ることもないから全く気にすることはない。こうしてバンドを愛してきた、ライブを見続けてきた我々がこの感覚を抱いていればそれでいいのである。
そんな言葉から始まった2部はある意味ではどんな曲をやってもいいゾーンということで、金戸が自身の目の前の卓上に置かれたグロッケンを鳴らす「Big tree song」からスタートするという、去年のこの企画の2部とは全く異なる立ち上がりとなる。曲中には田中と高野が手拍子をして観客もそれに合わせるというのもこのバンドのライブにおいては実に珍しいことであるし、西川と亀井のオリジナルメンバーがコーラスを重ねるというのも珍しい場面である。
するとそこからは田中のファルセットを駆使したボーカルが穏やかなサウンドに乗る「目覚ましはいつも鳴り止まない」から、この世界全体を俯瞰しているかのような視点によって歌われる、示唆に富んだ歌詞による「Gifted」、田中のファルセットボーカルとギター、亀井のドラムという削ぎ落とされながらも一音、一打が実に力強い「ねずみ浄土」と、アルバムとしては最新作になる「新しい果実」の収録曲が連発されていく。コロナ禍に制作、リリースされたことによって
「新たな普通 何かが狂う」
という歌詞もあるが、そうしたフレーズをライブで聴くことによってコロナ禍になった当初のことを思い出してしまう。まだバインもZeppクラスでのライブハウスで客席に椅子を並べてこのアルバムのツアーを回っていたことも。
なので、久しぶりのライブであるし2部は今も続くこのアルバムのモードであり、メンバーのやりたいことをやろうという感じなのかと思ったら、真っ赤な照明に照らされる中で亀井の力強いバスドラの連発によって始まったのはバイン流のラウドかつグルーヴィーなロック曲「Suffer The Child」という実に久しぶりかつ意外すぎる選曲。韻を絶妙に踏みながらも「ソウル」というフレーズが頻発する通りに田中の歌唱も実にソウルフルな力を発揮していくのであるが、さらに田中と西川のギターがロックに絡み合う「フラニーと同意」という、体が揺れつつ、観客も腕を上げざるを得ないような意外な選曲のロック曲が続いたことによって「去年の2部と全然違うじゃん!」と思わざるを得ない。そうして我々の予想を良い意味で軽々と裏切ってくれるのがさすがバインである。この曲の間奏でステージ前に出てきてギターソロを弾きまくる西川のカッコ良さも含めて。
そんな意外性溢れる選曲の中でも今や定番曲かつ代表曲としてどっしりと聳え立つのは高野がシンセでホーンのフレーズを奏でる「Alright」。Aメロでギターを弾かずに音に身を任せているかのようなリラックスした西川の姿も実に微笑ましいものがあるのだが、この曲の間奏での田中に合わせて手拍子が起きるという今やおなじみの光景は「Big tree song」から連なってきているものであることがこの日のライブの流れで見るとよくわかる。それをおそらく念頭に入れた上でのアレンジ、曲作りであったことも。それを満員の中野サンプラザで見れるというのは壮観であり、思わず後ろを振り返ってしまう。
そんなライブの締めはこれまた久しぶりな感じがする、かつての田中の言い方を真似するのであれば「懐かシングル」(フェスなどで1曲だけ昔のシングル曲を演奏する前によく言っていた)ということになる「Our Song」。きっとこの選曲は歌詞に
「もう二月のニュースも「雪が降った」って告げた どこでさ?」
というフレーズがあるからという時期に合わせたものなのだろうけど、殊更バインはそうした意図を説明するようなことはしない。それはともすると難解だと捉えられることもある歌詞の意味などもそうで、全ての答えを与えてもらうのではなくて自分自身で考えて結論を出せというバインの(というか田中の)スタンスによるものだろう。(会報誌やインタビューでも度々そうしたことを口にしている)
だけどきっとこうしてライブに来ているような人はこの曲の歌詞もハッキリと理解しているはずで、だからこそこの曲をこの日演奏していた意味もすぐにわかっていたと思うけれど、この目の前で鳴らされている音やメロディに包み込まれていくかのようなスケールは決して大ヒットしたわけではないけれど、これから先もずっと我々の中でこの曲が名曲として生き続けていくということを確信させてくれた。それくらいにこんなに難しいメロディを歌いこなす田中のボーカルは年齢を感じさせないくらいに今も稀有な存在であると思わせてくれる。この日に限っては、そんな男がまた戻ってきてくれて本当に良かったと思えていた。
アンコールでは田中がこの日から物販で売られているシンプルなデザインがオシャレな新Tシャツを着てメンバーと共に出てくると、
「なんか俺の顔写真がプリントされたTシャツもあるらしくて。なんでこのタイミングでそのデザインを作るねんと(笑)それを着てくればよかったかな(笑)」
と自虐的に語るのであるか、その自虐さを音楽で、曲で示すのが高野のシンセがやはりホーンのサウンドを鳴らす「MISOGI」。ファンの間でも「今こそこの曲をやるべきタイミングだ」「いや、でもさすがにそれは…(笑)」みたいな会話がこのライブが決まった時から繰り広げられていたが、この曲のイントロが鳴った瞬間にこんなに笑いが起こることはもうこの先間違いなくないだろう。それは「この曲やっぱりやるんかい!」という心のツッコミが笑い声として漏れてしまったものでもあるだろうし、こうしてMCというよりは自分たちの音楽で自虐するあたりがさすがバインとしか言えない。こんなことをやって許されるのもずっとそうした意識や精神で活動をしてきたバンドであることをファンもみんなわかっているからだ。
さらには高野のデジタルなキーボードのサウンドがバインのライブにおける「楽しさ」の極地にまで連れて行ってくれる「EVIL EYE」では田中はまさに「悪魔の目」で我々のバンドへの向き合い方を見透かすかのように指を目のあたりに持っていってメガネを手で作るかのような仕草をする。田中が繰り返す
「確かめるぜ」
のフレーズは確かにこの日に渦巻いていたあらゆる感情を確かめるようなものだったのだが、我々もまたこの日この会場に、GRAPEVINEというバンドは何があってもGRAPEVINEのままであるということを確かめに来たようなものでもある。それは抜群の演奏力を活かしたそのグルーヴに全く揺らぎがないことも含めて。
そして田中がアコギに持ち替えて最後に演奏されたのは「Everyman, everywhere」収録の大曲「作家の顛末」。やはりそれはまた作家でもある田中の今回の件を起こしたことによる顛末で…という自虐にしか感じられないが、そんなことでもないとなかなかライブでは聴けないような曲でもある。プラスに、ポジティブに、というわけではないしそういうわけにもいかないけれど、それはバインなりの今回の件への向き合い方、ケリの付け方であるし、メンバーも田中のことを想っているからこそ、そんな田中の個人的な心境をバンドの曲として演奏している。常に仲良しというようなイメージではないけれど、そこにはやはりこのメンバーの揺るぎない信頼関係を感じられるものであった。つまりはやっぱりGRAPEVINEはずっと我々が見てきたGRAPEVINEのままということだ。何度もバインを見てきた中野サンプラザがなくなってしまう前にこのライブが間に合って本当に良かったと思っていた。
個人的にはこうした件について本人たちにとやかく言うつもりは全くない。本人と家族たちの問題であると自分は思っているから。(とはいえ週刊誌とかには「普段の活動は全くニュースにしないくせにこういう時だけデカデカとニュースにしやがって!」という気持ちはある)
そうした報道が出たことによって「復帰すべきではない」みたいなコメントも見たし、それは例えばRIZEのJESSEやKenKenの報道の時もそうだったけれど(田中とはやったことが全く違うけれど、バンドマンのスキャンダルとして名前を挙げる)、過ちを犯したとしてもその人はこれから先も生きていかなくてはならない。一度やらかしたらもう世間に出るななんてのはもはやDEATH NOTEの世界である。
だからこそ、これから先をどう生きていくのかが1番大切だ。これからもいろいろと言ってくるような奴もいるかもしれないけれど、田中が我々やスタッフやメンバーに返せるものは音楽でしかない。世間を黙らせるような曲や音楽じゃなくていい。せめて我々が「やっぱりGRAPEVINE最高だな」ってずっと思い続けられる、ライブに行きたいと思える音楽を。それはこの日のライブを見て、ずっと変わらないものであると信じている。
1.ふたり
2.アナザーワールド
3.Sundown and hightide
4.ナツノヒカリ
5.Let Me In 〜おれがおれが〜
6.Tinydogs
7.Colors
8.それでも
9.マダカレークッテナイデショー
10.BLUE BACK
11.ドリフト160 (改)
12.マリーのサウンドトラック
休憩
13.Big tree song
14.目覚ましはいつも鳴り止まない
15.Gifted
16.ねずみ浄土
17.Suffer The Child
18.フラニーと同意
19.Alright
20.Our Song
encore
21.MISOGI
22.EVIL EYE
23.作家の顛末
すでに年内で現在の形ではなくなる中野サンプラザはチケット即完となったことで2階席まで完全に超満員。それはどんなことがあってもGRAPEVINEの音楽とともに生きていくという人がこれだけたくさんいるという証明でもある。
祝日ゆえに開演時間の18時ピッタリくらいになると場内が暗転してメンバーがステージに現れるのであるが、最後に登場した田中和将(ボーカル&ギター)は「in a lifetime」シリーズおなじみの電飾をステージに持ち込んでドラムセットの前に置きながら、ギターを持つと観客の前で深々と頭を下げる。それは間違いなくこうして待っていてくれた人たち、今も自身のことを信じてライブに来てくれた人たちに対しての意思の表明であったのだが、客席からは多少の笑い声も漏れながら拍手が起こっていたのを見て、バインはやっぱり大丈夫だと思った。そんなことがあっても笑い飛ばせるような、やはり音楽を信じ続けるファンがこの場に集まっていることがはっきりとその瞬間にわかったからだ。
そんなバンドが最初に演奏したのは「Another Sky」の最後に収録されている「ふたり」。去年の人見記念講堂の時にはアルバムの曲順通りに「マリーのサウンドトラック」から演奏されていたが、どうやら今回はそうではないというあたりが、すでにこのライブを見ている身としても新鮮に感じることができる。田中のボーカルはやはりライブが空いたこと、その空いたことが自身の行動によるものであることによってか少なからず緊張感を感じさせるものであったのだが、バンドのグルーヴは全く変わることはない。特に報道の後にファンに向けて
「田中を支えていきたいと思っています」
という声明を出していた、この日は少しリーゼント的にも見える髪型になっていた亀井亨のドラムの力強さが今まで以上に頼もしく感じられる。
そうしたシリアスさ、得も言えぬ緊張感を含みながら始まったライブは「アナザーワールド」へと続くことによって、ここに足を運んだバインファンは早くも「これはアルバムの曲順を逆にして演奏しているんだな」ということに気付いたはずだ。だからこの企画以外のライブでも時折演奏されながらも、それは常にライブのクライマックスを担う位置で演奏されてきたこの曲がこんなにライブの序盤中の序盤で演奏されるというのが今までのライブと全く違う空気を感じさせてくれながらも、そのメロディの美しさは決して変わることがないということも感じさせてくれる。
なのでアルバムの曲順を遡るようにして、どこか切なさをメロディ、サウンド、薄暗い照明というあらゆる要素から感じさせながらも、バインがロックバンドであるというグルーヴを感じさせてくれるような「Sundown and hightide」という曲へと続く。この曲は間違いなくこの企画ライブでなければ聴けない曲だろうけれど、そうした曲でもバインのライブでは不慣れ感は一切ない。金戸覚(ベース)のコーラスなども含めて、全て最新かつ最高に仕上がった形での演奏を聴かせてくれる。それは久しぶりのライブとなったこの日でも変わっていないというあたりがメンバーそれぞれの田中への信頼感が全く揺らいでいないということを感じさせてくれる。つまりやはりバインは何があってもバインでしかないということである。
なのでこの序盤にして「ナツノヒカリ」という季節錯誤でありながらも名曲中の名曲でしかない曲が演奏される。田中がギターを刻みながら歌い始めるこの曲は、そのまま自分がこの「Another Sky」というアルバムへの思い入れが強いことへの表れである。田中はこの日も含めていつもライブでは白シャツを着ているが、このシングルがリリースされた頃も自分は学生として制服の夏服の白シャツを着て毎日通学路の坂道を汗が滲みながら歩いていた。その時にヘッドホンから流れていたのがこの曲だった。そうして今でもこの曲を聴けばあの頃に意識や精神だけでもタイムリープすることができる。それくらいにバインの音楽と一緒にずっと生きてきたのだし、そういう感覚になれる力をバインの音楽は持っている。この日、ライブ前には上着がいらないくらいに暖かな気候になっていたのはこの曲をバインが中野で演奏することが決まっていたからなんじゃないかと思うくらいに。
そんな名曲から一転して、バインのグルーヴィーなロックバンドさを感じさせてくれるのは、当時世の中に出てきていたヒップホップアーティストに対して「韻踏んでおけばいいってもんじゃないでしょ」という田中からの警鐘と皮肉を歌詞にした「Let Me In 〜おれがおれが〜」。田中と西川弘剛のギターと金戸のベースの絡み合いっぷりは後にこのバンドの核となっていく「CORE」や「豚の皿」へと繋がっていくような要素を強く含んでいる。まだそこまでは濃くないけれど、今にして聴くとこの時期にはすでにその素養があったということがよくわかる。
さらには水中深くへと潜っていくかのように、青を基調とした照明がまるで深海の中でこのライブを見ているような感覚に陥りながらも、サビで田中にピンスポットが当たることによって地上へと浮上していくように感じられる「Tinydogs」から、穏やかなサウンドとリズムであるかのようでいてアウトロでは西川のギターが唸りを上げて響き渡る「Colors」、そして田中がアコギに持ち替えて歌うことによってシンプルでありながらもバインの持つメロディの美しさが感じられる「それでも」と続くと、こうしてアルバムの曲順を真逆にしても「Another Sky」はライブの曲順としてしっかり成り立つものであるということがよくわかる。メロディアスかつキャッチーなメロディの曲で始まって、中盤でこうした深いところへ潜っていくような曲を聴かせながら、この後の後半には盛り上がるような曲が待っているという。しっかりライブにおける起承転結が作られている流れになっているのである。それはメンバーたちも全く意図してなかったであろうけれど、「Another Sky」というアルバムの持つ普遍性を感じられるものにもなっているし、ある意味では今のバインとしてアルバムを再構築するような流れにもなっている。つまりは昨年に見たこの企画のライブと全く違うものになっているということである。
そんな聴きいるような、声を出していいような状況になっても曲間で声を上げることが許されないかのような緊張感と集中力を切り裂くように演奏されたのは、このアルバム制作当時のインタビューで「アルバムに向けた合宿中にメンバーの中での合言葉みたいになっていた」という言葉をそのままタイトルに冠したことによって曲のサウンドや歌詞とタイトルとの乖離が実に大きくなってしまった「マダカレークッテナイデショー」。そのファンキーさを感じさせるようなサウンドは「Let Me In 〜おれがおれが〜」に通じるものでもあるのだが、アウトロでは田中が
「お待たせしました、オンベース、金やん!」
と金戸を紹介してから金戸がステージ前に出てきてベースを弾くというあたりはこのバンドの強力なグルーヴのマスターが金戸であるということを示している。なんならこの曲なんかは今でも普段のライブのセトリに入ればめちゃくちゃ盛り上がるような気もするのであるが、それをしないのはバインの持ち前の天邪鬼さゆえだろうか。
そんな音源の順番で言うと前半であるが今回のライブになると後半を担うのは、田中がギターをジャラーンと鳴らすと同時に歌い始める、今ではもうこんな曲は生まれないであろう青春ギターロック「BLUE BACK」。この曲を聴くとやはりNHKの音楽番組なんかにまで出演していた頃のことを思い出してしまう。この当時やそのちょっと前くらいのように田中はもう飛び跳ねながら(しかもやたらと跳躍力が高かった)歌うようなことはないけれど、こうした曲を枯れることなく、今も瑞々しいバンドサウンドで鳴らすことができている。それはテルミンで浮遊感を与える高野勲(キーボードなど)らメンバーによるところも実に大きいと思うが、この曲をこうして説得力に満ちた形で鳴らせるということはGRAPEVINEの昂っている青春はまだ終わっていないんじゃないかとすら思えてくる。
そのギターロックさはまさにタイトル通りにドリフト走行するかのようなスピードを持った「ドリフト160 (改)」へと繋がっていくのであるが、この曲では一転してキーボードの音色で曲にアクセントを与える高野はこの再現シリーズにおいても欠かせないメンバーである。田中の表情も序盤よりは明らかに柔らかくなってきているのはライブをやっていることによって解放されていくという感覚も少なからずあったのかもしれないし、彼が「やっぱりここだ」とこの場所があることの尊さを再確認してくれていたなら目の前にいる者として実に嬉しいことである。
そんな「Another Sky」の再現も最後の曲、つまりはアルバムで言うと最初の曲になるのは金戸がシェイカーを振るサウンドが厳かさを感じさせるような「マリーのサウンドトラック」であるのだが、深い暗闇の中で鳴らされているかのようなサウンドは、こうして曲順を逆にして最後に演奏することによって、このアルバム自体がマリーのサウンドトラックであった、というエピローグ的なものにも感じられる。それくらいの力をアルバム全体としてもそれぞれの曲単体としても「Another Sky」という作品は持っているということであるが、曲が終わったかと思ったらさらに深いセッション的なアウトロの演奏が繰り返されるというのはただ原曲通りに演奏するわけではない、今のGRAPEVINEの「Another Sky」であるという進化した姿を見せてくれるものでもあった。リリースから20年以上も経って、このアルバムの曲たちを聴けるのはやっぱり本当に幸せなことだと思える。
アルバム全曲を演奏したメンバーがいったんステージから去っていき、10分間の休憩が挟まれるというのは昨年見た時と変わらない構成であるが、その休憩を挟んで再びメンバーが登場すると田中は演奏するよりも前に
「もう映像作品も出てるんで、ネタバレもクソもないということで一部にちょっと趣向を凝らしてみました」
と、アルバムの曲順を逆にしたことが確信犯、愉快犯的なものだったことを語ると、
「私の一身上の都合によってツアーを中断してしまって本当に申し訳ありませんでした。これからは嫁と子供に愛を持って向き合っていきたいと思っております。
こうしてまたGRAPEVINEが活動を再開できたのは支えてくれるスタッフたちや、何よりもこうしてライブに来てくれる皆さんがいてくれるからです。本当にありがとうございます」
と自分の口でバンドを止めてしまったことへの謝罪の言葉を口にして頭を下げる。そこに観客から大きな拍手が向けられる。高野が後ろでその拍手をさらに煽るような仕草をし、亀井は2階席まで埋まった観客の姿をしっかり目に焼き付けようとしていた。ああ、やっぱり大丈夫だと改めて思えた。それでもなんか言ってくるような奴はGRAPEVINEの曲も聴かないだろうし、ライブも観に来ることもないから全く気にすることはない。こうしてバンドを愛してきた、ライブを見続けてきた我々がこの感覚を抱いていればそれでいいのである。
そんな言葉から始まった2部はある意味ではどんな曲をやってもいいゾーンということで、金戸が自身の目の前の卓上に置かれたグロッケンを鳴らす「Big tree song」からスタートするという、去年のこの企画の2部とは全く異なる立ち上がりとなる。曲中には田中と高野が手拍子をして観客もそれに合わせるというのもこのバンドのライブにおいては実に珍しいことであるし、西川と亀井のオリジナルメンバーがコーラスを重ねるというのも珍しい場面である。
するとそこからは田中のファルセットを駆使したボーカルが穏やかなサウンドに乗る「目覚ましはいつも鳴り止まない」から、この世界全体を俯瞰しているかのような視点によって歌われる、示唆に富んだ歌詞による「Gifted」、田中のファルセットボーカルとギター、亀井のドラムという削ぎ落とされながらも一音、一打が実に力強い「ねずみ浄土」と、アルバムとしては最新作になる「新しい果実」の収録曲が連発されていく。コロナ禍に制作、リリースされたことによって
「新たな普通 何かが狂う」
という歌詞もあるが、そうしたフレーズをライブで聴くことによってコロナ禍になった当初のことを思い出してしまう。まだバインもZeppクラスでのライブハウスで客席に椅子を並べてこのアルバムのツアーを回っていたことも。
なので、久しぶりのライブであるし2部は今も続くこのアルバムのモードであり、メンバーのやりたいことをやろうという感じなのかと思ったら、真っ赤な照明に照らされる中で亀井の力強いバスドラの連発によって始まったのはバイン流のラウドかつグルーヴィーなロック曲「Suffer The Child」という実に久しぶりかつ意外すぎる選曲。韻を絶妙に踏みながらも「ソウル」というフレーズが頻発する通りに田中の歌唱も実にソウルフルな力を発揮していくのであるが、さらに田中と西川のギターがロックに絡み合う「フラニーと同意」という、体が揺れつつ、観客も腕を上げざるを得ないような意外な選曲のロック曲が続いたことによって「去年の2部と全然違うじゃん!」と思わざるを得ない。そうして我々の予想を良い意味で軽々と裏切ってくれるのがさすがバインである。この曲の間奏でステージ前に出てきてギターソロを弾きまくる西川のカッコ良さも含めて。
そんな意外性溢れる選曲の中でも今や定番曲かつ代表曲としてどっしりと聳え立つのは高野がシンセでホーンのフレーズを奏でる「Alright」。Aメロでギターを弾かずに音に身を任せているかのようなリラックスした西川の姿も実に微笑ましいものがあるのだが、この曲の間奏での田中に合わせて手拍子が起きるという今やおなじみの光景は「Big tree song」から連なってきているものであることがこの日のライブの流れで見るとよくわかる。それをおそらく念頭に入れた上でのアレンジ、曲作りであったことも。それを満員の中野サンプラザで見れるというのは壮観であり、思わず後ろを振り返ってしまう。
そんなライブの締めはこれまた久しぶりな感じがする、かつての田中の言い方を真似するのであれば「懐かシングル」(フェスなどで1曲だけ昔のシングル曲を演奏する前によく言っていた)ということになる「Our Song」。きっとこの選曲は歌詞に
「もう二月のニュースも「雪が降った」って告げた どこでさ?」
というフレーズがあるからという時期に合わせたものなのだろうけど、殊更バインはそうした意図を説明するようなことはしない。それはともすると難解だと捉えられることもある歌詞の意味などもそうで、全ての答えを与えてもらうのではなくて自分自身で考えて結論を出せというバインの(というか田中の)スタンスによるものだろう。(会報誌やインタビューでも度々そうしたことを口にしている)
だけどきっとこうしてライブに来ているような人はこの曲の歌詞もハッキリと理解しているはずで、だからこそこの曲をこの日演奏していた意味もすぐにわかっていたと思うけれど、この目の前で鳴らされている音やメロディに包み込まれていくかのようなスケールは決して大ヒットしたわけではないけれど、これから先もずっと我々の中でこの曲が名曲として生き続けていくということを確信させてくれた。それくらいにこんなに難しいメロディを歌いこなす田中のボーカルは年齢を感じさせないくらいに今も稀有な存在であると思わせてくれる。この日に限っては、そんな男がまた戻ってきてくれて本当に良かったと思えていた。
アンコールでは田中がこの日から物販で売られているシンプルなデザインがオシャレな新Tシャツを着てメンバーと共に出てくると、
「なんか俺の顔写真がプリントされたTシャツもあるらしくて。なんでこのタイミングでそのデザインを作るねんと(笑)それを着てくればよかったかな(笑)」
と自虐的に語るのであるか、その自虐さを音楽で、曲で示すのが高野のシンセがやはりホーンのサウンドを鳴らす「MISOGI」。ファンの間でも「今こそこの曲をやるべきタイミングだ」「いや、でもさすがにそれは…(笑)」みたいな会話がこのライブが決まった時から繰り広げられていたが、この曲のイントロが鳴った瞬間にこんなに笑いが起こることはもうこの先間違いなくないだろう。それは「この曲やっぱりやるんかい!」という心のツッコミが笑い声として漏れてしまったものでもあるだろうし、こうしてMCというよりは自分たちの音楽で自虐するあたりがさすがバインとしか言えない。こんなことをやって許されるのもずっとそうした意識や精神で活動をしてきたバンドであることをファンもみんなわかっているからだ。
さらには高野のデジタルなキーボードのサウンドがバインのライブにおける「楽しさ」の極地にまで連れて行ってくれる「EVIL EYE」では田中はまさに「悪魔の目」で我々のバンドへの向き合い方を見透かすかのように指を目のあたりに持っていってメガネを手で作るかのような仕草をする。田中が繰り返す
「確かめるぜ」
のフレーズは確かにこの日に渦巻いていたあらゆる感情を確かめるようなものだったのだが、我々もまたこの日この会場に、GRAPEVINEというバンドは何があってもGRAPEVINEのままであるということを確かめに来たようなものでもある。それは抜群の演奏力を活かしたそのグルーヴに全く揺らぎがないことも含めて。
そして田中がアコギに持ち替えて最後に演奏されたのは「Everyman, everywhere」収録の大曲「作家の顛末」。やはりそれはまた作家でもある田中の今回の件を起こしたことによる顛末で…という自虐にしか感じられないが、そんなことでもないとなかなかライブでは聴けないような曲でもある。プラスに、ポジティブに、というわけではないしそういうわけにもいかないけれど、それはバインなりの今回の件への向き合い方、ケリの付け方であるし、メンバーも田中のことを想っているからこそ、そんな田中の個人的な心境をバンドの曲として演奏している。常に仲良しというようなイメージではないけれど、そこにはやはりこのメンバーの揺るぎない信頼関係を感じられるものであった。つまりはやっぱりGRAPEVINEはずっと我々が見てきたGRAPEVINEのままということだ。何度もバインを見てきた中野サンプラザがなくなってしまう前にこのライブが間に合って本当に良かったと思っていた。
個人的にはこうした件について本人たちにとやかく言うつもりは全くない。本人と家族たちの問題であると自分は思っているから。(とはいえ週刊誌とかには「普段の活動は全くニュースにしないくせにこういう時だけデカデカとニュースにしやがって!」という気持ちはある)
そうした報道が出たことによって「復帰すべきではない」みたいなコメントも見たし、それは例えばRIZEのJESSEやKenKenの報道の時もそうだったけれど(田中とはやったことが全く違うけれど、バンドマンのスキャンダルとして名前を挙げる)、過ちを犯したとしてもその人はこれから先も生きていかなくてはならない。一度やらかしたらもう世間に出るななんてのはもはやDEATH NOTEの世界である。
だからこそ、これから先をどう生きていくのかが1番大切だ。これからもいろいろと言ってくるような奴もいるかもしれないけれど、田中が我々やスタッフやメンバーに返せるものは音楽でしかない。世間を黙らせるような曲や音楽じゃなくていい。せめて我々が「やっぱりGRAPEVINE最高だな」ってずっと思い続けられる、ライブに行きたいと思える音楽を。それはこの日のライブを見て、ずっと変わらないものであると信じている。
1.ふたり
2.アナザーワールド
3.Sundown and hightide
4.ナツノヒカリ
5.Let Me In 〜おれがおれが〜
6.Tinydogs
7.Colors
8.それでも
9.マダカレークッテナイデショー
10.BLUE BACK
11.ドリフト160 (改)
12.マリーのサウンドトラック
休憩
13.Big tree song
14.目覚ましはいつも鳴り止まない
15.Gifted
16.ねずみ浄土
17.Suffer The Child
18.フラニーと同意
19.Alright
20.Our Song
encore
21.MISOGI
22.EVIL EYE
23.作家の顛末
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