SUPER BEAVER 自主企画「現場至上主義2023」 SUPER BEAVER / The Birthday / ATATA @Zepp Haneda 2/7
- 2023/02/08
- 19:02
東名阪のアリーナでワンマンを行う存在となっても、自分たちはライブハウスのバンドであるということを行動によって示すように、SUPER BEAVERがライブハウスでの対バン自主企画「現場至上主義」を開催。年明けにはアコースティックライブも開催というとんでもないスケジュールの中であるが、名古屋、大阪に続くファイナルであるこの日の東京にはThe Birthday、ATATAと全くビーバーとはサウンドもシーンも違う、でもライブハウスで生きてきたということは共通しているバンドが出演。
・The Birthday
さすがSUPER BEAVERの主催ライブ、と思わざるを得ないくらいに横から後ろまで超満員の中で開演時間の18時30分になると場内が暗転して、The Crests「sixteen candles」のSEが流れる。ステージのセッティングでわかってはいたが、この日最ベテランのThe Birthdayがトップバッターである。
そのSEでメンバーがステージに現れると、クハラカズユキ(ドラム)のモヒカンヘアとヒライハルキ(ベース)のパーマがかった前髪が目元まで伸びているのは変わらないが、フジイケンジ(ギター)は被っているイメージが強いハットは被らずにカジュアルな服装で登場すると、おなじみのスーツにサングラスという出で立ちのチバユウスケ(ボーカル&ギター)はSEに合わせて指揮者のように手を振るって観客を煽るような仕草を見せる。実に上機嫌なのがこの段階でわかる。
そのチバもギターを持つと、フジイがギターを鳴らして始まったのはリリースされたばかりの最新EP「月夜の残響」のオープニング曲である「咆哮」。リズム隊がストレートなエイトビートを刻むロックンロールであるが、チバの鳴らすギターの音の大きさと、歌い始めた瞬間のチバの歌唱の伸びやかさ(声量の大きさにも)に驚かされる。見た目は白髪が圧倒的に増えて老人のようになりつつもあるチバであるが、バンドの演奏も含めて実に瑞々しい。サビではタイトル通りにチバによる、月に向かって吠える野犬かのような咆哮が響くのであるが、その瞬間に客席からたくさんの腕が上がるというのも少し驚きの光景だった。見た目からしてThe Birthdayを見に来たであろうライブ経験年上っぽい人もちょいちょい見かけたが、ビーバーファンの若い人たちが今目の前で鳴っている音にダイレクトに反応しているというのがよくわかる。
「未完成の美学だよ」
というチバの作家性が炸裂するロックンロール「ある朝」もコロナ禍になってからリリースされたEP「CORE 4」収録曲であるが、ライブができない時期もありながらも制作は止まらずに行い、そうして新たなライブ定番曲を生み出してきたということが伝わってくる序盤。もちろんライブができるようになってからはワンマンもこうしたイベントも精力的に行ってきた、現場で生き続けているバンドの姿がそのまま鳴っている。
「月夜の残響」の中でもトップクラスにメロディアスな曲であるが故に、The Birthdayが今もロックバンドの衝動を持ち、それをフレッシュに鳴らすことができるバンドであることを示すかのような「スカイブルー」の名曲感。もちろんタイトル通りにサビでは真っ青な照明がメンバーを照らすのであるが、ずっとその色であり続けるのではなくて、Aメロでは燃えたぎるロックンロールさを可視化したかのような赤い照明も使うことによってそのスカイブルーっぷりがより映えるのである。
するとチバがギターを置いてハンドマイクになって歌い始めたのは、ポエトリーリーディング的な「月光」。ヒライとクハラのうねりまくりながらも力強くもあるリズムがあるからこそ、チバもそのグルーヴに身を任せるようにして誰よりも踊るようにしながら歌う。そうした姿もまた年齢を全く感じさせないものであるが、
「お前の想像力が世界をひっくり返すんだ」
という締めのフレーズはまさにこうしたライブという、自分の中の世界がひっくり返されるような経験ができる場所のことを歌っているかのようだ。
クハラのおなじみの挨拶の後にはサングラスを外してギターを手にしたチバも、
「なんか言え、みたいな感じだな…。現場至上主義、それだけ!」
と背面のライブタイトルの幕を指差しながらその言葉を口にする。それは聞いていたビーバーのメンバーも本当に嬉しかったんじゃないだろうか。紛れもなく日本のロックの歴史を作ってきた人が自分たちのライブに出てくれて、その言葉の意味をちゃんと理解した上で口にしてくれているのだから。
そんなチバの歌によって始まるのはやはり「月夜の残響」収録の「トランペット」なのだが、そんなチバの歌唱の本当に見事なこと。なんならマイクを通さずにアカペラでもしっかり客席に届きそうなくらいであるし、もう大ベテランと言えるキャリア(特にチバ、クハラ、フジイは)を持ちながらも今も最前線でライブをし続け、たくさんの人に支持されているのはロックンロールとしてのサウンドと演奏のカッコ良さはもちろんのこと、メロディの美しさがはこのチバの歌唱によって最大限に引き出されているからなんじゃないかと思う。
そんなThe Birthdayの存在を今にしてさらにたくさんの人に知らしめたのは「THE FIRST SLAM DUNK」のオープニングテーマに起用された「LOVE ROCKETS」であり、ヒライのイントロの地を這うようなベースのリズムの重さは山王工業戦の試合が始まるあの瞬間のドキドキした気持ちを思い出させてくれる。
チバはテーマソングが発表された時に「読んだこともなかった」とSLAM DUNKを見たことがないことを口にしていたが、だからこそ作品に寄せすぎることなく、ただただThe Birthdayとしてのカッコいいロックンロールを鳴らすことによって試合が始まる前のあの瞬間を描くことができるし、映画を見ていなくてもただただカッコいいロックンロールとして聴くことができる。もしかしたらこれをきっかけにこうしたタイアップが増えたりするんだろうかとも思ってしまうし、「ラロケ」と歌っているようにしか聴こえないチバの流暢なタイトルフレーズの歌唱にはたくさんの腕が上がっていた。ビーバーのファンの人も映画を見てこの曲を聴けるのを楽しみにしていた人もいるだろうし、そうでない人でも音にダイレクトに反応しているのがわかる。
The Birthdayは対バンやイベント、フェスなどでは割と代表曲的な、それこそ「涙がこぼれそう」や「何故か今日は」あたりをよく演奏することが多いのだが、この日はすでに「月夜の残響」収録曲を全て演奏しているし、最後に演奏された、ロックンロールの色気が凝縮されたかのような「ブラックバードカタルシス」を含めて、演奏された曲全てがコロナ禍以降に生まれた曲たち、つまりは完全なる新作モードだった。それはそのまま今のThe Birthdayが1番カッコいいということを自分たちの音と曲、鳴らす姿によって示していた。
演奏が終わってフジイとヒライが楽器を下ろすも、チバはそのままギターでブルージーなフレーズを弾き始め、ステージから去ろうとしていた2人ももう一度楽器を手にしたが、その瞬間にチバのギター演奏は終わった。つまりはチバはこの日のライブを心から楽しみまくっていたということであった。
1.咆哮
2.ある朝
3.スカイブルー
4.月光
5.トランペット
6.LOVE ROCKETS
7.ブラックバードカタルシス
・ATATA
そんなThe Birthdayの後という出順のATATA。まさに現場でDIYで生き続ける6人組バンドであり、決して世間的には有名でもなければ期待の若手というわけでもないこのバンドが呼ばれているというのが、このイベントが本当にSUPER BEAVERが好きなバンドのみを呼んでいるということを示している。
メンバー6人がステージに登場すると、帽子を被ったMitsuyoshi Nabekawa(ボーカル)が
「3年前に開催されるはずだったのが中止になってからの、ようやくの今日。その3年間という年月を、40分の持ち時間の音楽で埋めてみせようと思う!」
と宣言すると、ワルツ的なリズムに合わせてメンバーも観客も手拍子をする、祝祭でありながらも演奏には様々なパンク・ロックバンドで活動してきたメンバーたちによる、今も失われることのない衝動がそのまま音として鳴り響き、それがほとんどの人が初めて見るとは思えないような狂騒を生み出す。坊主っぽい髪型で身長が高いという存在感を放つTaisuke Okuraのドラムの方を向いて、Tatsuhito IkeyaとDai ToriiのギターコンビとMasashi Kaneda(ベース)が何度もキメを打つような演奏を連発するなど、今では仕事などの生活と音楽を両立させながら活動しているバンドであるが、やはり百戦錬磨の演奏の強さを感じさせる。
声が出せる状況になったことによるものか、Nabekawaは
「SUPER BEAVER!」「The Birthday!」「ATATA!」
とバンド名でコール&レスポンスを行い、金髪姿が目を惹くKenta Iwataの流麗なキーボードのサウンドが曲にキャッチーさを与える。それでもやはりライブハウスで生きてきた、パンクの精神を胸に抱いているバンドであることがその姿からも伝わってくる。
時にはラップ的な歌唱も見せながらもNabekawaは
「3年前に開催されるはずで、コロナになって一回中止して、チケットの払い戻しもした。そしたらもう普通ならやらなくてもいいよね。でもやるっていうのは何があるのか。それは意地と意地と意地だよ!みんなもそんな意地があるバンドが好きなんでしょ!」
というビーバーの芯を捉えたようなMCには2階席でライブを見ていた渋谷龍太と柳沢亮太も喝采を送り、
「今日仕事してきた人!?俺も小学校の横断歩道の誘導やってきたよ!明日も仕事の人ばかりだろうけど、音楽があればなんだってへっちゃらだよ!」
と、仕事をしてこの会場に来た人を労い、明日へのエールを言葉と音と姿で送る。それは確かにビーバーと通じる人間性の部分であるし、ビーバーもこのバンドの音楽だけではなくて人間性に共鳴しているのかもしれない。
すると
「年末にやっていたライブでやったから」
という理由でまだビーバーがいるし、自分たちのライブもまだ終わらないのに何故か一本締めを敢行して謎の一体感を作り出すと、
「本当に楽しい!おべっかとかじゃなくて、みんなの前でライブできて良かった!ありがとうビーバー!今日は曲も知らない中でいろんなことをやってもらったけど、最後にみんなで歌ってくれたら冥土の土産になるんで!」
と言ってコーラス部分で観客の声を求めると、観客の声が確かに重なり、さらには驚くくらいにZepp一面の腕が上がる。正直、こんなに盛り上がるとは思ってなかった。メインアーティストの動員や知名度が突出し過ぎていると、他の対バンでは棒立ちという対バンライブも何度も見てきたから。でもこの日は1日通してそんな空気とは無縁だったのはバンドが現場で鍛え上げてきた力はもちろん、この日の観客たちがビーバーだけではなくてカッコいいバンドや音楽を求めてこうしてライブハウスに来た、つまりは「現場至上主義」を実践している人しかここにはいなかったということ。それは同時にビーバーの思いがしっかりファンに伝わっているということでもあるし、ATATAが見せてくれたライブとそれによる熱狂はこのバンドこそが「現場至上主義」の言葉を最大限に体現していたと言えるかもしれない。
・SUPER BEAVER
そんな2組の後にライブをしに出てこれるバンドはSUPER BEAVERしかいないだろう。それくらいにここまでの流れは他のライブではまず見れないようなものだからだ。アコースティックライブには行けなかったので、個人的には2023年の初ビーバーライブである。
場内が暗転すると、柳沢亮太(ギター)はおなじみの[NOiD]のタオルとともにこのイベントのタオルの2枚を持ってステージに登場。上杉研太(ベース)は髪がさらに青くなったような感じもする中、藤原広明(ドラム)は完全にいつも変わらぬというかずっと変わらぬ姿。そこへ最後に渋谷龍太(ボーカル)が合流すると、藤原がハイハットを細かく刻み始め、メンバーがそのリズムを確認するようにして音を重ねる瞬間に渋谷も
「ロックスターは死んだ でも僕は生きてる」
と歌い始める。様々なロックスターたちが亡くなってしまった年齢に自分たちが達した時に書かれた「27」だ。ライブが始まった!という昂りもあるけれど、この曲から始まると手拍子も起こるけれどもどこか緊張感も感じさせるのはやはりこの曲がビーバーなりの死生観を歌詞にした曲だからだ。しかしサビではその年齢を超えても生きている我々を祝福するように明るい照明がステージを照らし出し、メロディもバッと開けていく。ロックスターたちが死んだ年齢を超えても僕は生きてるから、こうしてビーバーのライブを見ることができているのだ。
すると一転して柳沢の性急なギターに合わせて上杉が「オイ!オイ!」と煽り、渋谷は長い髪を振り乱すようにしながら指で銃を打つような仕草を見せる「突破口」へ。藤原のドラムロールも実に力強く響き渡る中、
「今をやめない」
というフレーズの連呼が、3年かかってもこのイベントをやめなかったバンドの意思として響く。名古屋と大阪では出演者が変わったりもしたし、東京も会場は変わったけれども出演者は変わっていない。そうしてこのイベントを開催したビーバーの姿勢はまさに
「正々堂々」「威風堂々」
という言葉そのものだ。そのフレーズをアウトロでは柳沢、上杉、藤原が思いっきり力を込めてマイクに向かって歌う。コロナ禍になってメンバーしか歌えなくなってしまった経験はこうしたそれぞれの、そしてバンドのコーラス力の向上に確実につながっている。
その「突破口」の熱量がそのまま繋がるように、ステージを真っ赤な照明が照らす中で渋谷がアカペラで歌い始めたのはまさかの「うるさい」という選曲。それはリリースツアーではない自主企画のライブハウスでの対バンだからこそのものでもあるが、何よりもビーバーの鳴らす爆音のロックサウンドこそが、曲を知らない人が聞いたら「うるさい」と思うものかもしれないが、
「うるさければ 耳を塞いで
でも あなたの声は 聞こえてるよ
大切だから 言わせてよ
僕は あなたの 味方なんだよ」
という締めのフレーズはまだここまで大きな存在になる前からビーバーが歌ってきたことはずっと変わっていないということを感じさせてくれる。それは「現場至上主義」というタイトルを掲げ続けていることにも現れているが、その人間性がずっとそのまま音楽になり続けてきたのがSUPER BEAVERというバンドなんだよな、ということを今だからこそ再確認させてくれるような曲だ。渋谷のボーカルも上手い、声量があるというだけではない気迫のようなものが客席に迫ってくるように感じる。
そんなビーバーの最新の曲が、柳沢によるバンドにとっては変化球とも言えるようなギターサウンドによって始まる「ひたむき」であり、その歌詞は「僕のヒーローアカデミア」のオープニングテーマということに即して書かれた部分もあるのだろうけれど、
「どれだけ愛を謳っても 悪意は未だ消え去ってない」
というフレーズは人間による悪意が拡散されまくっているニュースばかりの今だからこそ強く心に響く。それはそうしたことをしてしまう人もこのバンドに出会っていればそんなことをしようとは思わなかったんじゃないか、と思うからだ。つまりは今日本で1番必要な音楽、流れるべき音楽はこの曲であり、ビーバーの音楽なんじゃないだろうかとすら思えるのだ。アニメでは流れない2コーラス目のコーラスパートで声を出せないまでもたくさんの腕が上がる光景を見てそんなことを思っていた。
藤原による力強いビートが刻まれると、上杉も宙を見上げながらステージを歩き回り、柳沢とともにハードなサウンドを鳴らすのはこれもまたビーバーの生き様そのものを歌ったような「正攻法」だ。Bメロでの踊れる、飛び跳ねるようなリズムが客席を揺らすと、その直後に藤原が一気に細かくビートを刻むサビでは「届いてくれ!」とばかりに柳沢が客席の方へ右手を伸ばす。そんなパフォーマンスの全てが計算ではなくて衝動による、このバンドの正攻法。ロックバンドなんかが好きだとついついひねくれていってしまうところもあるのだけれど、ビーバーの音楽とライブ、そして人間性は真っ直ぐであることがどれだけカッコいいのかということを改めて感じさせてくれるのだ。
そんなライブハウスでのロックバンドとしての熱狂が続く中で渋谷は
「色んなことが便利になって、これ(スマホ)一つあれば何でもできるようになってきてる。もちろんそれによって新しいものや新しい人に出会えたりっていうのもあるのはわかってるけど、わざわざ時間とお金をかけて足を運んで、そこで爆音で鳴らすからこそ伝わるものがあると信じてライブハウスに立ってます!」
と、この「現場至上主義」という言葉を説明するかのようなMCへ。その思いを口にする前からわかっているからこそ、「知らないバンドだから見ない」んじゃなくて、開演前から常に超満員で、しかも盛り上がり続けている、楽しみ続けているという状態のままだったのだろう。ライブハウスに通い続けている身としても、目の前で鳴っている爆音と、その姿から伝わるものが間違いなくあると信じている。
そんなMCの後に渋谷がマイクスタンドを握りしめて歌い始めたのは「生活」だった。ほぼ渋谷の歌のみと言っていいように始まって、途中からバンドの音が力強く、壮大に重なり合っていく。そのアレンジがこの曲の歌の強さを引き出している。この日のライブだって終わってしまえば昨日までと同じように過去になってしまう。それでも
「笑えないほど失ったから 今目の前にある歓びは
これでもかと抱きしめればいい あなたと分け合えたならば
それを 幸せと呼ぶんだ
わかったんだ 幸せと呼ぶんだ」
というフレーズの通りに、それでもこのライブのことを思い出すことができれば、それを分け合える人が周りにいるのならば、それだけで幸せだと思うことができる。誰にでもわかるような言葉で、我々と同じ目線で歌ってきたビーバーだからこそ、その歌詞が我々の生活に沁み入っていく。こうした聴かせる曲としてライブで定番の「人として」も素晴らしい名曲であるが、この曲も間違いなく名曲と言える。そんな曲がビーバーにはたくさんある。
そんな曲の後には再び渋谷がハンドマイクを持って歌う「ハイライト」へ。なかなかライブで聴くのは久しぶりの曲であるが、
「忘れてしまった」「忘れたくなかった」
というフレーズでの柳沢、上杉、藤原の、まさにこの瞬間を忘れないように脳裏に刻み込むかのような力強いコーラスから、まさにビーバーのライブそのものを言い表したかのような
「圧倒的な感動を 圧倒的な感情を」
というフレーズへと繋がっていく。最後のコーラスパートで客席一面に腕が広がる光景も含めて、この曲はハイライトばかりのビーバーのライブの中でも最大級にその光景を生み出すことができる曲だ。その曲に込めたメッセージは間違いなく「生活」と地続きであるものだと思える。それくらいにビーバーの歌うことがブレていないということだ。
「The Birthdayは本当に出てもらえるとは。しかもこのライブのタイトルまで口にしてくれて。ATATAは本当に俺たちが好きで、ただライブが見たいだけ(笑)
だからそこには利害関係とか一切ない。カッコいいバンドがいるからライブで見せたいっていう俺たちバンド側からのエゴ。それは学生の時にレコードやCDを友達に貸してあげるような感じ。でも興味ない人には貸さないでしょ?貸したCDが割れたり指紋が付いたりするの、俺は絶対に嫌だから、大切にしてくれる人にしか貸さない。
だから俺たちがこうやってライブハウスで対バンをやる、カッコいいと思ってくれるバンドを呼ぶのは、こうやって見に来てくれる大切なあなたがいるからです」
と、「現場至上主義」の思想のさらに奥へと踏み込んでいくような渋谷のMCは例えも含めて実にわかりやすいのであるが(自分も貸したCDを大事に扱ってくれないやつとは仲良くなれなかった)、続けざまに
「そんな一瞬一瞬、1秒1秒を見逃すなよ!あっという間に終わっちまうからな!」
と口にして渋谷が
「あっという間に終わってしまうよ」
と歌い始めたのはもちろん「閃光」なのだが、その歌唱の後に何故か客席前方から合唱が起こったことによって渋谷は演奏を止める。
「なんのブランクなのそれは?(笑)俺が歌い始めたら黙って聴いてて!」
と言って
「一瞬一瞬を…」
と律儀にも直前のMCから改めて喋ってからまた「閃光」を演奏するというのも、言葉が曲をより輝かせる力を持っているビーバーだからこそだ。そうして演奏された「閃光」はいつ聴いてもその瞬間、そのライブがあっという間に終わってしまうということを実感させてくれる。普段からそう意識して生活できているかと言われたらそんな自信はないけれど、せめて好きなバンドのライブの時だけはその意識を持って集中力を研ぎ澄ませて向き合いたいと改めて思わせてくれる。
その一瞬一瞬の積み重ねこそが、
「10代なんて20代だって」
「10年なんて20年だって」
という年月になっていく。死ぬ時にはやっぱり「一生なんて一瞬だったな」って思うのだろうか。上杉がイントロからアウトロまで力強く叫びまくる「オイ!オイ!」という煽りを聞いてそんなことを思っていた。
そして渋谷はコロナ禍以降のライブでのルールについて話し始める。
「前はライブハウスにはマナーだけがあった。でもコロナになってからはいろんなルールができた。そのルールをみんなが守ってきてくれたから、フルキャパで入れてもよくなったり、会話程度の小さい声でも歌っていいよってなった。それが昨日から大声でも歌っていいよってなった。
フェスとかイベントでは歌っていいっていうのもあった。でも俺たちはそこに出ても「歌ってくれ!」とは言わなかった。それを始めるなら自分たちの看板がついたライブからだと思ってたから。だから3月のFCツアーからは声出しをしていいっていうことにしようと思ってます。
でも、3月まで俺たち結構ライブがある。それまで我慢して待ってんの!?って思うから、さっき話して決めました。今この瞬間から、SUPER BEAVERのライブでは声出しをOKとします!」
と、まさかのここでの声出し解禁が告げられると、観客から一斉に拍手とともに歓声が湧き上がる。その声が聞こえた瞬間に、それまではずっと観客を見ながら喋っていた渋谷が目を逸らすようにして目元を拭った。泣いていたのだ。本当はずっと観客の声が聞きたくて、いろんな曲で歌って欲しくて仕方がなかったのだ。そうやって1人1人の声が重なることによって美しい景色を作れるということをずっとビーバーは示してきたから。そんなライブがついに戻ってきた。今まで我慢して我慢して、他のバンドのライブを見てはうらやましいと思ってきたであろう観客の大きな声がまた聞くことができたのである。渋谷のその姿を見て、こっちもうるっときてしまったのは、渋谷が、バンドがそれほどまでに我々観客の声を大事に思っていてくれたということが痛いくらいに伝わってきたからだ。
でもそうして声を出して良くなったから全部OK、というんじゃなくて、渋谷は
「俺たちが主催のライブの時は、っていうことだからね。他のバンドの主催の時はそのバンドのルールに従ってね。後は歌ってもいいけど、歌って欲しくないっていう人もいる。ギュウギュウのライブハウスを望んでない人もいる。その人が隣にいる可能性だってある。それはあなたが考えてください。我々はそうした様々な考えの人がいても楽しめるように全力を尽くします!」
と続けた。そのあらゆる考え方、楽しみ方の人のことを自分たちでも考え、観客にも考えてくれと言うのが実にSUPER BEAVERらしい。誰も置いていかないとよく渋谷はMCで言うけれど、その通りの言葉と意思はどんな時も貫かれている。
そんな言葉とともにすでに上杉がベースを唸らせ、そこに藤原の刻むリズムが重なるのは「東京流星群」。ということは渋谷の歌い出しの後のコーラスフレーズではもちろん観客による思いっきり声を上げるコーラスが響く。その声がしっかり聞こえるからこそ、コロナ禍以降のライブでは常にマイクの前に立ってコーラスをしてきた柳沢と上杉もマイクを離れてステージ左右に動き、観客のその声を聞くようにする。ミラーボールも回る中で、コーラスフレーズだけではなくサビのタイトルフレーズでも渋谷は客席にマイクを向けて合唱を促す。今まで言えなかった「歌ってくれ!」だけではなくて、
「喉は錆び付いてないですか!?」
と思う存分にこちらを煽りまくってくる。その煽りがさらに観客の歌声を大きくしていく。そんなライブだからこその幸せな相互作用がついにビーバーのライブにも帰ってきたのだ。その瞬間に立ち会うことができて本当に幸せだと思った。
その声が出せるというのはアンコールすらも変えた。声が出せない間は手拍子をするだけだったのが、客席最前エリアから「秘密」のコーラスの合唱が響き始める。それはコロナ禍前のビーバーのアンコール待ちではおなじみだったもの。タイアップやNHKの特番などでコロナ禍になってからビーバーのライブに来るようになった人もいる一方で、コロナ禍になる前からずっとビーバーのライブに来ていた人もいる。どちらが上とかはない、どちらも素晴らしい選択をしている人たちだけれど、このアンコール待ちの「秘密」の合唱こそがこの日最も自分が感動した瞬間だった。バンドの音もない、ただただ観客による合唱だけが聞こえている。それがどれだけ美しいものだったのかということを思い出させてくれた瞬間だったから。コロナ禍になる前からビーバーのライブに来ていた人たちは、急に声が出せるようになってもすぐにこうして歌えるくらいに、ビーバーのライブでのアンコール待ちの時間のことを決して忘れていなかったのである。
その合唱に導かれるようにしてステージにメンバーが戻ってくると、渋谷は髪を後ろで結くというさらにセクシーな出で立ちとなり、ここまでにかなり喋ったことによってか、早くも渋谷は
「わたしはあなたの何ですか? あなたは私の光です」
とアカペラで歌い出すと、一緒に歌ってくれとばかりにメンバーが観客の方を見ながらコーラスを歌い始めて「時代」が演奏される。この曲が収録されたアルバム「アイラヴユー」はコロナ禍の2021年にリリースされている。つまりコロナ禍以降、初めて歌えるようになったこの日、間違いなく観客全員で歌うことを想定して作られたであろうこの曲の勇壮なコーラスがついに想像した形で鳴らされたのである。それによってただでさえ名曲だったこの曲が紛れもないライブアンセムへと進化している。
「時代とはあなただ」
とこの曲で渋谷は歌うが、こうして新しい景色を作ることによってビーバーの時代は更新されていく。それを作っているのは我々1人1人の存在と歌声だ。この瞬間に本当の意味でそのフレーズを理解することができた。時代とは本当に我々1人1人なんだと。ツアーなどで聞いた時とは全く違った「時代」が確かにこの日鳴らされていたのだ。
「また会いましょう!SUPER BEAVERでした!」
と爽やかに告げて渋谷はステージから去っていく…と思ったらメンバーはそのまま演奏を続け、渋谷も
「嘘〜」
とおどけてみせる。それはすぐさま
「もうこれは厄落としみたいなものです!あなたを苦しませたり、悩ませたりする全てのものが俺は嫌いです!」
と言って、我々の抱えるネガティブなものに向かって渋谷が中指を立てるようにして歌い始めた「さよなら絶望」でメンバー全員が声を重ねる。もはやパンクと言っていいような性急なビートが刻まれ、観客の拳もさらに力強く振り上がっていく。この曲で合唱があったかわからなかったのはメンバーの歌唱が実に大きな声だったからであるが、この瞬間のためならどんなことに抗ってやろうと思った。それくらいにこれが明日からの生活への生きる力になっていくからだ。
渋谷は歌唱を終えるとまだアウトロが鳴る中で足早にステージを去り、それに続いて上杉が、タオルを広げながら柳沢がステージを去ると、藤原は自身全体に消毒スプレーを吹きかけてからスティックを客席に投げ入れ、何度も投げキスをしてからステージを去った。その表情はどこか、ここ最近で1番楽しく、1番やりきったようにも見えた。でもそんな日をも、ビーバーはまた明日から更新していってくれるはずだ。そんなライブをこれからもたくさん見れますように。
こうして声が出せるようになったことによって、「アイラヴユー」の曲も「東京」の曲も変わっていく。それをライブで演奏すれば、今まではなかった観客の声がそこに乗るからだ。きっとそうやってライブで演奏して、観客の声が重なることによってビーバーの曲は完成する。
つまりはあの名盤たちはまだ未完成であるということだ。だからこそ、声が出せるようになった記念にまたその2枚のアルバムのツアーをやりませんか?って思うくらいに、その曲たちで合唱が響く光景を見たい。それは間違いなく、今までを超えるような美しい日になるだろうから。
1.27
2.突破口
3.うるさい
4.ひたむき
5.正攻法
6.生活
7.ハイライト
8.閃光
9.東京流星群
encore
10.時代
11.さよなら絶望
・The Birthday
さすがSUPER BEAVERの主催ライブ、と思わざるを得ないくらいに横から後ろまで超満員の中で開演時間の18時30分になると場内が暗転して、The Crests「sixteen candles」のSEが流れる。ステージのセッティングでわかってはいたが、この日最ベテランのThe Birthdayがトップバッターである。
そのSEでメンバーがステージに現れると、クハラカズユキ(ドラム)のモヒカンヘアとヒライハルキ(ベース)のパーマがかった前髪が目元まで伸びているのは変わらないが、フジイケンジ(ギター)は被っているイメージが強いハットは被らずにカジュアルな服装で登場すると、おなじみのスーツにサングラスという出で立ちのチバユウスケ(ボーカル&ギター)はSEに合わせて指揮者のように手を振るって観客を煽るような仕草を見せる。実に上機嫌なのがこの段階でわかる。
そのチバもギターを持つと、フジイがギターを鳴らして始まったのはリリースされたばかりの最新EP「月夜の残響」のオープニング曲である「咆哮」。リズム隊がストレートなエイトビートを刻むロックンロールであるが、チバの鳴らすギターの音の大きさと、歌い始めた瞬間のチバの歌唱の伸びやかさ(声量の大きさにも)に驚かされる。見た目は白髪が圧倒的に増えて老人のようになりつつもあるチバであるが、バンドの演奏も含めて実に瑞々しい。サビではタイトル通りにチバによる、月に向かって吠える野犬かのような咆哮が響くのであるが、その瞬間に客席からたくさんの腕が上がるというのも少し驚きの光景だった。見た目からしてThe Birthdayを見に来たであろうライブ経験年上っぽい人もちょいちょい見かけたが、ビーバーファンの若い人たちが今目の前で鳴っている音にダイレクトに反応しているというのがよくわかる。
「未完成の美学だよ」
というチバの作家性が炸裂するロックンロール「ある朝」もコロナ禍になってからリリースされたEP「CORE 4」収録曲であるが、ライブができない時期もありながらも制作は止まらずに行い、そうして新たなライブ定番曲を生み出してきたということが伝わってくる序盤。もちろんライブができるようになってからはワンマンもこうしたイベントも精力的に行ってきた、現場で生き続けているバンドの姿がそのまま鳴っている。
「月夜の残響」の中でもトップクラスにメロディアスな曲であるが故に、The Birthdayが今もロックバンドの衝動を持ち、それをフレッシュに鳴らすことができるバンドであることを示すかのような「スカイブルー」の名曲感。もちろんタイトル通りにサビでは真っ青な照明がメンバーを照らすのであるが、ずっとその色であり続けるのではなくて、Aメロでは燃えたぎるロックンロールさを可視化したかのような赤い照明も使うことによってそのスカイブルーっぷりがより映えるのである。
するとチバがギターを置いてハンドマイクになって歌い始めたのは、ポエトリーリーディング的な「月光」。ヒライとクハラのうねりまくりながらも力強くもあるリズムがあるからこそ、チバもそのグルーヴに身を任せるようにして誰よりも踊るようにしながら歌う。そうした姿もまた年齢を全く感じさせないものであるが、
「お前の想像力が世界をひっくり返すんだ」
という締めのフレーズはまさにこうしたライブという、自分の中の世界がひっくり返されるような経験ができる場所のことを歌っているかのようだ。
クハラのおなじみの挨拶の後にはサングラスを外してギターを手にしたチバも、
「なんか言え、みたいな感じだな…。現場至上主義、それだけ!」
と背面のライブタイトルの幕を指差しながらその言葉を口にする。それは聞いていたビーバーのメンバーも本当に嬉しかったんじゃないだろうか。紛れもなく日本のロックの歴史を作ってきた人が自分たちのライブに出てくれて、その言葉の意味をちゃんと理解した上で口にしてくれているのだから。
そんなチバの歌によって始まるのはやはり「月夜の残響」収録の「トランペット」なのだが、そんなチバの歌唱の本当に見事なこと。なんならマイクを通さずにアカペラでもしっかり客席に届きそうなくらいであるし、もう大ベテランと言えるキャリア(特にチバ、クハラ、フジイは)を持ちながらも今も最前線でライブをし続け、たくさんの人に支持されているのはロックンロールとしてのサウンドと演奏のカッコ良さはもちろんのこと、メロディの美しさがはこのチバの歌唱によって最大限に引き出されているからなんじゃないかと思う。
そんなThe Birthdayの存在を今にしてさらにたくさんの人に知らしめたのは「THE FIRST SLAM DUNK」のオープニングテーマに起用された「LOVE ROCKETS」であり、ヒライのイントロの地を這うようなベースのリズムの重さは山王工業戦の試合が始まるあの瞬間のドキドキした気持ちを思い出させてくれる。
チバはテーマソングが発表された時に「読んだこともなかった」とSLAM DUNKを見たことがないことを口にしていたが、だからこそ作品に寄せすぎることなく、ただただThe Birthdayとしてのカッコいいロックンロールを鳴らすことによって試合が始まる前のあの瞬間を描くことができるし、映画を見ていなくてもただただカッコいいロックンロールとして聴くことができる。もしかしたらこれをきっかけにこうしたタイアップが増えたりするんだろうかとも思ってしまうし、「ラロケ」と歌っているようにしか聴こえないチバの流暢なタイトルフレーズの歌唱にはたくさんの腕が上がっていた。ビーバーのファンの人も映画を見てこの曲を聴けるのを楽しみにしていた人もいるだろうし、そうでない人でも音にダイレクトに反応しているのがわかる。
The Birthdayは対バンやイベント、フェスなどでは割と代表曲的な、それこそ「涙がこぼれそう」や「何故か今日は」あたりをよく演奏することが多いのだが、この日はすでに「月夜の残響」収録曲を全て演奏しているし、最後に演奏された、ロックンロールの色気が凝縮されたかのような「ブラックバードカタルシス」を含めて、演奏された曲全てがコロナ禍以降に生まれた曲たち、つまりは完全なる新作モードだった。それはそのまま今のThe Birthdayが1番カッコいいということを自分たちの音と曲、鳴らす姿によって示していた。
演奏が終わってフジイとヒライが楽器を下ろすも、チバはそのままギターでブルージーなフレーズを弾き始め、ステージから去ろうとしていた2人ももう一度楽器を手にしたが、その瞬間にチバのギター演奏は終わった。つまりはチバはこの日のライブを心から楽しみまくっていたということであった。
1.咆哮
2.ある朝
3.スカイブルー
4.月光
5.トランペット
6.LOVE ROCKETS
7.ブラックバードカタルシス
・ATATA
そんなThe Birthdayの後という出順のATATA。まさに現場でDIYで生き続ける6人組バンドであり、決して世間的には有名でもなければ期待の若手というわけでもないこのバンドが呼ばれているというのが、このイベントが本当にSUPER BEAVERが好きなバンドのみを呼んでいるということを示している。
メンバー6人がステージに登場すると、帽子を被ったMitsuyoshi Nabekawa(ボーカル)が
「3年前に開催されるはずだったのが中止になってからの、ようやくの今日。その3年間という年月を、40分の持ち時間の音楽で埋めてみせようと思う!」
と宣言すると、ワルツ的なリズムに合わせてメンバーも観客も手拍子をする、祝祭でありながらも演奏には様々なパンク・ロックバンドで活動してきたメンバーたちによる、今も失われることのない衝動がそのまま音として鳴り響き、それがほとんどの人が初めて見るとは思えないような狂騒を生み出す。坊主っぽい髪型で身長が高いという存在感を放つTaisuke Okuraのドラムの方を向いて、Tatsuhito IkeyaとDai ToriiのギターコンビとMasashi Kaneda(ベース)が何度もキメを打つような演奏を連発するなど、今では仕事などの生活と音楽を両立させながら活動しているバンドであるが、やはり百戦錬磨の演奏の強さを感じさせる。
声が出せる状況になったことによるものか、Nabekawaは
「SUPER BEAVER!」「The Birthday!」「ATATA!」
とバンド名でコール&レスポンスを行い、金髪姿が目を惹くKenta Iwataの流麗なキーボードのサウンドが曲にキャッチーさを与える。それでもやはりライブハウスで生きてきた、パンクの精神を胸に抱いているバンドであることがその姿からも伝わってくる。
時にはラップ的な歌唱も見せながらもNabekawaは
「3年前に開催されるはずで、コロナになって一回中止して、チケットの払い戻しもした。そしたらもう普通ならやらなくてもいいよね。でもやるっていうのは何があるのか。それは意地と意地と意地だよ!みんなもそんな意地があるバンドが好きなんでしょ!」
というビーバーの芯を捉えたようなMCには2階席でライブを見ていた渋谷龍太と柳沢亮太も喝采を送り、
「今日仕事してきた人!?俺も小学校の横断歩道の誘導やってきたよ!明日も仕事の人ばかりだろうけど、音楽があればなんだってへっちゃらだよ!」
と、仕事をしてこの会場に来た人を労い、明日へのエールを言葉と音と姿で送る。それは確かにビーバーと通じる人間性の部分であるし、ビーバーもこのバンドの音楽だけではなくて人間性に共鳴しているのかもしれない。
すると
「年末にやっていたライブでやったから」
という理由でまだビーバーがいるし、自分たちのライブもまだ終わらないのに何故か一本締めを敢行して謎の一体感を作り出すと、
「本当に楽しい!おべっかとかじゃなくて、みんなの前でライブできて良かった!ありがとうビーバー!今日は曲も知らない中でいろんなことをやってもらったけど、最後にみんなで歌ってくれたら冥土の土産になるんで!」
と言ってコーラス部分で観客の声を求めると、観客の声が確かに重なり、さらには驚くくらいにZepp一面の腕が上がる。正直、こんなに盛り上がるとは思ってなかった。メインアーティストの動員や知名度が突出し過ぎていると、他の対バンでは棒立ちという対バンライブも何度も見てきたから。でもこの日は1日通してそんな空気とは無縁だったのはバンドが現場で鍛え上げてきた力はもちろん、この日の観客たちがビーバーだけではなくてカッコいいバンドや音楽を求めてこうしてライブハウスに来た、つまりは「現場至上主義」を実践している人しかここにはいなかったということ。それは同時にビーバーの思いがしっかりファンに伝わっているということでもあるし、ATATAが見せてくれたライブとそれによる熱狂はこのバンドこそが「現場至上主義」の言葉を最大限に体現していたと言えるかもしれない。
・SUPER BEAVER
そんな2組の後にライブをしに出てこれるバンドはSUPER BEAVERしかいないだろう。それくらいにここまでの流れは他のライブではまず見れないようなものだからだ。アコースティックライブには行けなかったので、個人的には2023年の初ビーバーライブである。
場内が暗転すると、柳沢亮太(ギター)はおなじみの[NOiD]のタオルとともにこのイベントのタオルの2枚を持ってステージに登場。上杉研太(ベース)は髪がさらに青くなったような感じもする中、藤原広明(ドラム)は完全にいつも変わらぬというかずっと変わらぬ姿。そこへ最後に渋谷龍太(ボーカル)が合流すると、藤原がハイハットを細かく刻み始め、メンバーがそのリズムを確認するようにして音を重ねる瞬間に渋谷も
「ロックスターは死んだ でも僕は生きてる」
と歌い始める。様々なロックスターたちが亡くなってしまった年齢に自分たちが達した時に書かれた「27」だ。ライブが始まった!という昂りもあるけれど、この曲から始まると手拍子も起こるけれどもどこか緊張感も感じさせるのはやはりこの曲がビーバーなりの死生観を歌詞にした曲だからだ。しかしサビではその年齢を超えても生きている我々を祝福するように明るい照明がステージを照らし出し、メロディもバッと開けていく。ロックスターたちが死んだ年齢を超えても僕は生きてるから、こうしてビーバーのライブを見ることができているのだ。
すると一転して柳沢の性急なギターに合わせて上杉が「オイ!オイ!」と煽り、渋谷は長い髪を振り乱すようにしながら指で銃を打つような仕草を見せる「突破口」へ。藤原のドラムロールも実に力強く響き渡る中、
「今をやめない」
というフレーズの連呼が、3年かかってもこのイベントをやめなかったバンドの意思として響く。名古屋と大阪では出演者が変わったりもしたし、東京も会場は変わったけれども出演者は変わっていない。そうしてこのイベントを開催したビーバーの姿勢はまさに
「正々堂々」「威風堂々」
という言葉そのものだ。そのフレーズをアウトロでは柳沢、上杉、藤原が思いっきり力を込めてマイクに向かって歌う。コロナ禍になってメンバーしか歌えなくなってしまった経験はこうしたそれぞれの、そしてバンドのコーラス力の向上に確実につながっている。
その「突破口」の熱量がそのまま繋がるように、ステージを真っ赤な照明が照らす中で渋谷がアカペラで歌い始めたのはまさかの「うるさい」という選曲。それはリリースツアーではない自主企画のライブハウスでの対バンだからこそのものでもあるが、何よりもビーバーの鳴らす爆音のロックサウンドこそが、曲を知らない人が聞いたら「うるさい」と思うものかもしれないが、
「うるさければ 耳を塞いで
でも あなたの声は 聞こえてるよ
大切だから 言わせてよ
僕は あなたの 味方なんだよ」
という締めのフレーズはまだここまで大きな存在になる前からビーバーが歌ってきたことはずっと変わっていないということを感じさせてくれる。それは「現場至上主義」というタイトルを掲げ続けていることにも現れているが、その人間性がずっとそのまま音楽になり続けてきたのがSUPER BEAVERというバンドなんだよな、ということを今だからこそ再確認させてくれるような曲だ。渋谷のボーカルも上手い、声量があるというだけではない気迫のようなものが客席に迫ってくるように感じる。
そんなビーバーの最新の曲が、柳沢によるバンドにとっては変化球とも言えるようなギターサウンドによって始まる「ひたむき」であり、その歌詞は「僕のヒーローアカデミア」のオープニングテーマということに即して書かれた部分もあるのだろうけれど、
「どれだけ愛を謳っても 悪意は未だ消え去ってない」
というフレーズは人間による悪意が拡散されまくっているニュースばかりの今だからこそ強く心に響く。それはそうしたことをしてしまう人もこのバンドに出会っていればそんなことをしようとは思わなかったんじゃないか、と思うからだ。つまりは今日本で1番必要な音楽、流れるべき音楽はこの曲であり、ビーバーの音楽なんじゃないだろうかとすら思えるのだ。アニメでは流れない2コーラス目のコーラスパートで声を出せないまでもたくさんの腕が上がる光景を見てそんなことを思っていた。
藤原による力強いビートが刻まれると、上杉も宙を見上げながらステージを歩き回り、柳沢とともにハードなサウンドを鳴らすのはこれもまたビーバーの生き様そのものを歌ったような「正攻法」だ。Bメロでの踊れる、飛び跳ねるようなリズムが客席を揺らすと、その直後に藤原が一気に細かくビートを刻むサビでは「届いてくれ!」とばかりに柳沢が客席の方へ右手を伸ばす。そんなパフォーマンスの全てが計算ではなくて衝動による、このバンドの正攻法。ロックバンドなんかが好きだとついついひねくれていってしまうところもあるのだけれど、ビーバーの音楽とライブ、そして人間性は真っ直ぐであることがどれだけカッコいいのかということを改めて感じさせてくれるのだ。
そんなライブハウスでのロックバンドとしての熱狂が続く中で渋谷は
「色んなことが便利になって、これ(スマホ)一つあれば何でもできるようになってきてる。もちろんそれによって新しいものや新しい人に出会えたりっていうのもあるのはわかってるけど、わざわざ時間とお金をかけて足を運んで、そこで爆音で鳴らすからこそ伝わるものがあると信じてライブハウスに立ってます!」
と、この「現場至上主義」という言葉を説明するかのようなMCへ。その思いを口にする前からわかっているからこそ、「知らないバンドだから見ない」んじゃなくて、開演前から常に超満員で、しかも盛り上がり続けている、楽しみ続けているという状態のままだったのだろう。ライブハウスに通い続けている身としても、目の前で鳴っている爆音と、その姿から伝わるものが間違いなくあると信じている。
そんなMCの後に渋谷がマイクスタンドを握りしめて歌い始めたのは「生活」だった。ほぼ渋谷の歌のみと言っていいように始まって、途中からバンドの音が力強く、壮大に重なり合っていく。そのアレンジがこの曲の歌の強さを引き出している。この日のライブだって終わってしまえば昨日までと同じように過去になってしまう。それでも
「笑えないほど失ったから 今目の前にある歓びは
これでもかと抱きしめればいい あなたと分け合えたならば
それを 幸せと呼ぶんだ
わかったんだ 幸せと呼ぶんだ」
というフレーズの通りに、それでもこのライブのことを思い出すことができれば、それを分け合える人が周りにいるのならば、それだけで幸せだと思うことができる。誰にでもわかるような言葉で、我々と同じ目線で歌ってきたビーバーだからこそ、その歌詞が我々の生活に沁み入っていく。こうした聴かせる曲としてライブで定番の「人として」も素晴らしい名曲であるが、この曲も間違いなく名曲と言える。そんな曲がビーバーにはたくさんある。
そんな曲の後には再び渋谷がハンドマイクを持って歌う「ハイライト」へ。なかなかライブで聴くのは久しぶりの曲であるが、
「忘れてしまった」「忘れたくなかった」
というフレーズでの柳沢、上杉、藤原の、まさにこの瞬間を忘れないように脳裏に刻み込むかのような力強いコーラスから、まさにビーバーのライブそのものを言い表したかのような
「圧倒的な感動を 圧倒的な感情を」
というフレーズへと繋がっていく。最後のコーラスパートで客席一面に腕が広がる光景も含めて、この曲はハイライトばかりのビーバーのライブの中でも最大級にその光景を生み出すことができる曲だ。その曲に込めたメッセージは間違いなく「生活」と地続きであるものだと思える。それくらいにビーバーの歌うことがブレていないということだ。
「The Birthdayは本当に出てもらえるとは。しかもこのライブのタイトルまで口にしてくれて。ATATAは本当に俺たちが好きで、ただライブが見たいだけ(笑)
だからそこには利害関係とか一切ない。カッコいいバンドがいるからライブで見せたいっていう俺たちバンド側からのエゴ。それは学生の時にレコードやCDを友達に貸してあげるような感じ。でも興味ない人には貸さないでしょ?貸したCDが割れたり指紋が付いたりするの、俺は絶対に嫌だから、大切にしてくれる人にしか貸さない。
だから俺たちがこうやってライブハウスで対バンをやる、カッコいいと思ってくれるバンドを呼ぶのは、こうやって見に来てくれる大切なあなたがいるからです」
と、「現場至上主義」の思想のさらに奥へと踏み込んでいくような渋谷のMCは例えも含めて実にわかりやすいのであるが(自分も貸したCDを大事に扱ってくれないやつとは仲良くなれなかった)、続けざまに
「そんな一瞬一瞬、1秒1秒を見逃すなよ!あっという間に終わっちまうからな!」
と口にして渋谷が
「あっという間に終わってしまうよ」
と歌い始めたのはもちろん「閃光」なのだが、その歌唱の後に何故か客席前方から合唱が起こったことによって渋谷は演奏を止める。
「なんのブランクなのそれは?(笑)俺が歌い始めたら黙って聴いてて!」
と言って
「一瞬一瞬を…」
と律儀にも直前のMCから改めて喋ってからまた「閃光」を演奏するというのも、言葉が曲をより輝かせる力を持っているビーバーだからこそだ。そうして演奏された「閃光」はいつ聴いてもその瞬間、そのライブがあっという間に終わってしまうということを実感させてくれる。普段からそう意識して生活できているかと言われたらそんな自信はないけれど、せめて好きなバンドのライブの時だけはその意識を持って集中力を研ぎ澄ませて向き合いたいと改めて思わせてくれる。
その一瞬一瞬の積み重ねこそが、
「10代なんて20代だって」
「10年なんて20年だって」
という年月になっていく。死ぬ時にはやっぱり「一生なんて一瞬だったな」って思うのだろうか。上杉がイントロからアウトロまで力強く叫びまくる「オイ!オイ!」という煽りを聞いてそんなことを思っていた。
そして渋谷はコロナ禍以降のライブでのルールについて話し始める。
「前はライブハウスにはマナーだけがあった。でもコロナになってからはいろんなルールができた。そのルールをみんなが守ってきてくれたから、フルキャパで入れてもよくなったり、会話程度の小さい声でも歌っていいよってなった。それが昨日から大声でも歌っていいよってなった。
フェスとかイベントでは歌っていいっていうのもあった。でも俺たちはそこに出ても「歌ってくれ!」とは言わなかった。それを始めるなら自分たちの看板がついたライブからだと思ってたから。だから3月のFCツアーからは声出しをしていいっていうことにしようと思ってます。
でも、3月まで俺たち結構ライブがある。それまで我慢して待ってんの!?って思うから、さっき話して決めました。今この瞬間から、SUPER BEAVERのライブでは声出しをOKとします!」
と、まさかのここでの声出し解禁が告げられると、観客から一斉に拍手とともに歓声が湧き上がる。その声が聞こえた瞬間に、それまではずっと観客を見ながら喋っていた渋谷が目を逸らすようにして目元を拭った。泣いていたのだ。本当はずっと観客の声が聞きたくて、いろんな曲で歌って欲しくて仕方がなかったのだ。そうやって1人1人の声が重なることによって美しい景色を作れるということをずっとビーバーは示してきたから。そんなライブがついに戻ってきた。今まで我慢して我慢して、他のバンドのライブを見てはうらやましいと思ってきたであろう観客の大きな声がまた聞くことができたのである。渋谷のその姿を見て、こっちもうるっときてしまったのは、渋谷が、バンドがそれほどまでに我々観客の声を大事に思っていてくれたということが痛いくらいに伝わってきたからだ。
でもそうして声を出して良くなったから全部OK、というんじゃなくて、渋谷は
「俺たちが主催のライブの時は、っていうことだからね。他のバンドの主催の時はそのバンドのルールに従ってね。後は歌ってもいいけど、歌って欲しくないっていう人もいる。ギュウギュウのライブハウスを望んでない人もいる。その人が隣にいる可能性だってある。それはあなたが考えてください。我々はそうした様々な考えの人がいても楽しめるように全力を尽くします!」
と続けた。そのあらゆる考え方、楽しみ方の人のことを自分たちでも考え、観客にも考えてくれと言うのが実にSUPER BEAVERらしい。誰も置いていかないとよく渋谷はMCで言うけれど、その通りの言葉と意思はどんな時も貫かれている。
そんな言葉とともにすでに上杉がベースを唸らせ、そこに藤原の刻むリズムが重なるのは「東京流星群」。ということは渋谷の歌い出しの後のコーラスフレーズではもちろん観客による思いっきり声を上げるコーラスが響く。その声がしっかり聞こえるからこそ、コロナ禍以降のライブでは常にマイクの前に立ってコーラスをしてきた柳沢と上杉もマイクを離れてステージ左右に動き、観客のその声を聞くようにする。ミラーボールも回る中で、コーラスフレーズだけではなくサビのタイトルフレーズでも渋谷は客席にマイクを向けて合唱を促す。今まで言えなかった「歌ってくれ!」だけではなくて、
「喉は錆び付いてないですか!?」
と思う存分にこちらを煽りまくってくる。その煽りがさらに観客の歌声を大きくしていく。そんなライブだからこその幸せな相互作用がついにビーバーのライブにも帰ってきたのだ。その瞬間に立ち会うことができて本当に幸せだと思った。
その声が出せるというのはアンコールすらも変えた。声が出せない間は手拍子をするだけだったのが、客席最前エリアから「秘密」のコーラスの合唱が響き始める。それはコロナ禍前のビーバーのアンコール待ちではおなじみだったもの。タイアップやNHKの特番などでコロナ禍になってからビーバーのライブに来るようになった人もいる一方で、コロナ禍になる前からずっとビーバーのライブに来ていた人もいる。どちらが上とかはない、どちらも素晴らしい選択をしている人たちだけれど、このアンコール待ちの「秘密」の合唱こそがこの日最も自分が感動した瞬間だった。バンドの音もない、ただただ観客による合唱だけが聞こえている。それがどれだけ美しいものだったのかということを思い出させてくれた瞬間だったから。コロナ禍になる前からビーバーのライブに来ていた人たちは、急に声が出せるようになってもすぐにこうして歌えるくらいに、ビーバーのライブでのアンコール待ちの時間のことを決して忘れていなかったのである。
その合唱に導かれるようにしてステージにメンバーが戻ってくると、渋谷は髪を後ろで結くというさらにセクシーな出で立ちとなり、ここまでにかなり喋ったことによってか、早くも渋谷は
「わたしはあなたの何ですか? あなたは私の光です」
とアカペラで歌い出すと、一緒に歌ってくれとばかりにメンバーが観客の方を見ながらコーラスを歌い始めて「時代」が演奏される。この曲が収録されたアルバム「アイラヴユー」はコロナ禍の2021年にリリースされている。つまりコロナ禍以降、初めて歌えるようになったこの日、間違いなく観客全員で歌うことを想定して作られたであろうこの曲の勇壮なコーラスがついに想像した形で鳴らされたのである。それによってただでさえ名曲だったこの曲が紛れもないライブアンセムへと進化している。
「時代とはあなただ」
とこの曲で渋谷は歌うが、こうして新しい景色を作ることによってビーバーの時代は更新されていく。それを作っているのは我々1人1人の存在と歌声だ。この瞬間に本当の意味でそのフレーズを理解することができた。時代とは本当に我々1人1人なんだと。ツアーなどで聞いた時とは全く違った「時代」が確かにこの日鳴らされていたのだ。
「また会いましょう!SUPER BEAVERでした!」
と爽やかに告げて渋谷はステージから去っていく…と思ったらメンバーはそのまま演奏を続け、渋谷も
「嘘〜」
とおどけてみせる。それはすぐさま
「もうこれは厄落としみたいなものです!あなたを苦しませたり、悩ませたりする全てのものが俺は嫌いです!」
と言って、我々の抱えるネガティブなものに向かって渋谷が中指を立てるようにして歌い始めた「さよなら絶望」でメンバー全員が声を重ねる。もはやパンクと言っていいような性急なビートが刻まれ、観客の拳もさらに力強く振り上がっていく。この曲で合唱があったかわからなかったのはメンバーの歌唱が実に大きな声だったからであるが、この瞬間のためならどんなことに抗ってやろうと思った。それくらいにこれが明日からの生活への生きる力になっていくからだ。
渋谷は歌唱を終えるとまだアウトロが鳴る中で足早にステージを去り、それに続いて上杉が、タオルを広げながら柳沢がステージを去ると、藤原は自身全体に消毒スプレーを吹きかけてからスティックを客席に投げ入れ、何度も投げキスをしてからステージを去った。その表情はどこか、ここ最近で1番楽しく、1番やりきったようにも見えた。でもそんな日をも、ビーバーはまた明日から更新していってくれるはずだ。そんなライブをこれからもたくさん見れますように。
こうして声が出せるようになったことによって、「アイラヴユー」の曲も「東京」の曲も変わっていく。それをライブで演奏すれば、今まではなかった観客の声がそこに乗るからだ。きっとそうやってライブで演奏して、観客の声が重なることによってビーバーの曲は完成する。
つまりはあの名盤たちはまだ未完成であるということだ。だからこそ、声が出せるようになった記念にまたその2枚のアルバムのツアーをやりませんか?って思うくらいに、その曲たちで合唱が響く光景を見たい。それは間違いなく、今までを超えるような美しい日になるだろうから。
1.27
2.突破口
3.うるさい
4.ひたむき
5.正攻法
6.生活
7.ハイライト
8.閃光
9.東京流星群
encore
10.時代
11.さよなら絶望