ずっと真夜中でいいのに。 ROAD GAME「テクノプア」〜叢雲のつるぎ〜 @代々木第一体育館 1/14
- 2023/01/15
- 21:01
昨年にはさいたまスーパーアリーナで2daysライブを行い、そのライブの終わりで新たなツアーの開催を発表した、ずっと真夜中でいいのに。。アニメタイアップやCMでも曲が流れるようになり、この一風変わった名前もすっかり定着してきた感もあるが、その新たなツアーのファイナルは代々木体育館での2days。正直、さいたまスーパーアリーナの次かつさらに状況が拡大してきている中でこのキャパというのはどうなのかと思ったら、チケットはやはり即完というのが今のずとまよの状況を示している。
ずとまよのライブはいつもなんらかのコンセプトがあり、さいたまスーパーアリーナの2daysは「工場の今とはるか先の未来」というコンセプトで、ステージセットも2日間で様変わりしていたのだが、今回は「ゲームセンター」がコンセプトになっていることから、開演前からスクリーンには格闘ゲームの画面が映し出されている。
開演時間の18時からは10分以上は経過していただろうか。場内が暗転してステージの2階部分に最初に現れたのは津軽三味線奏者の小山豊。今やずとまよのライブには欠かせない存在であるが、最初に彼にスポットが当たるというのは実に意外なオープニングである。その三味線の演奏が鳴る一方でステージ1階部分には旅芸人的な出で立ちの、前回のツアーでもパーカッションをメインにしたツインドラムの一翼を担っていた神谷洵平がトランクを持ってステージ中央に現れ、それを開けると中には大量のパーカッション類が入っており、それらを叩きまくる。その中にはたこ焼きや車のハンドルなども含まれており、それらも楽器として扱うというあたりはずとまよのライブならではである。
そうして神谷が様々なパーカッションを連打している中で他のメンバーが登場すると、ステージ1階には上手前列に村山☆潤(キーボード)とともに新たなキーボードの岸田勇気(Sasakure.UKのプロデュースバンドなどに参加している)がおり、後列にもおなじみの佐々木"コジロー"貴之(ギター)とともに新たなギタリストの菰口雄矢がいるというツインギター編成。下手には初期からずとまよのライブを支える二家元亮介(ベース)と、こちらもおなじみ河村吉宏(ドラム)が2人ともリーゼント的な出で立ちになっており、赤のスパイクモヒカンの伊吹文裕がツインドラムの1人として今回は参加している。中2階下手にはホーン隊3人、2階下手にはストリングス隊4人、2階上手にはOpen Reel Ensembleの吉田悠と吉田匡、そのリーダーの和田永(テレビドラム)は髪が金髪の長髪というかなりのイメチェンを果たしたものになって1階中央付近にいるという豪華極まりない布陣である。そんなメンバーが演奏している最中にステージには書道家の茂住菁邨(令和という元号を政府が発表した時にその文字を書いた人)が書道を始め、「叢雲開幕」という達筆極まりない文字を掲げてライブの開幕を告げる。
そんなメンバーたちが音を重ねていく中、2階中央の巨大な剣が鎮座する横の球体の中を突き破ってACAね(ボーカル&ギター&etc.)がステージに現れると、1曲目に歌い始めたのは「サターン」。これまではライブのクライマックスに演奏されてきたこの曲をこうして1曲目で演奏しているというのが驚きであるが、黒を基調とした衣装にかなり髪が長くなったことがわかるツインテールという髪型になったACAねはやはりスクリーンにもハッキリとは顔は映らないものの、何というか見てすぐに「可愛いな」と思ってしまうということは間違いないものである。ホーンとストリングスを加えたフルバンド編成によってゴージャスになったサウンドの迫力はあまり音が良いイメージがないこの代々木体育館のものとは思えないくらいの迫力であるが、ACAねは客席全体に広がるしゃもじの発光に緊張しているのか、前半はまだその凄まじい歌唱力をフルに発揮しているとは言えないくらいであり、近年はアウトロでセッション的な演奏が繰り広げられるこの曲も1曲目ということもあってか原曲通りの尺で演奏される。それが後々の伏線に繋がってくるということをこの時点では全く予想だにしなかったのであるが。
薄暗かったオープニングから一転して鮮やかなかつ華やかな照明がステージを照らすのは「MILABO」であり、ACAねはステージ2階部分から1階に移動しようと1階の扉を開けるのだが、その際に自分の立ち位置をちゃんと把握できていなかったのか、あるいは機材トラブルによるものなのか思いっきり入りの歌詞を飛ばしてしまうという珍しい場面も。それでもしゃもじを持ってそれを振りながら歌い、アウトロでは早くも扇風琴(Open Reel Ensembleが開発した扇風機をギターに改造した楽器)を弾きまくるACAねはやはりこのライブを最大限に楽しんでいるし、村山☆潤も曲中に両腕を上げて観客を煽るようにしているのはさすがこのバンドのバンマス的な存在である。
ステージ2階上手のOpen Reel Ensembleの吉田悠と吉田匡がいるエリアには文字が映し出されるスクリーンがあり、そこにタイトルが映し出されただけで客席からしゃもじを叩く音が響くのは「居眠り遠征隊」というレアな選曲。それすらもフルバンド編成で演奏されるというあたりに今回のライブでの新たなアレンジっぷりを感じさせるが、それは和田永(金髪かつ長髪なのが全然慣れない)が叩き出すテレビドラムに「強」という文字が映し出された「お勉強しといてよ」のストリングスを軸にしたダンスポップサウンドもそうであり、今のずとまよの音楽がこの編成ありきのものであることが伝わってくる。それはずとまよが、というかACAねが自身の音楽を最大限に具現化するためのメンバーを見つけたということであるのだが、だからこそACAねをはじめとしたメンバーも演奏しながら踊りまくり、その楽しさが満員の客席にも伝播していく。この日は雨が降った影響によってかそこまで気温も低くはなかったが、それにしても見ていると自然に体が動き出して暑くなってくるという冬であることを忘れさせるレベルである。
するとACAねは徐に本のようなものを取り出すのであるが、それはMCの台本のようなものであり、この代々木体育館での2daysライブは昨年回ったホールツアーの「強くてニューゲーム」的なものであることを語る。確かにステージ2階上手にはそう書かれた幟もあったし、このサウンドの極まりっぷりやライブのコンセプトからもそれは実に納得のいくところである。ACAねは自身を
「普段は曲を作ったり、猫のお世話をしているミュージシャンというジョブをしている」
とやはりライブのコンセプトに準じた自己紹介をしていたが、その「猫のお世話」という言葉に続くようにしつつ、
「今日の楽しい記憶はリセットされないように」
と言って始まったのはリリース直後であったさいたまスーパーアリーナでは演奏されていなかった「猫リセット」。それはライブでは再現できないくらいに同期のサウンドを使っている曲だからだろうかともたまアリの時は思っていたのだが、キーボードが村山☆潤だけでなく岸田が増員されたことによって、そのゲーム的なサウンド(「猫リセット」とはスーパーファミコンまでの時代のバッテリー内臓型のゲームソフトを猫が蹴ったり齧ったりすることでセーブデータが消える現象である)を再現しているのであるが、河村がシェイカー的なものを振っていたりというあたりは新しいリズムの形と言えるし、何よりも間奏でゲームのBGM的な8bitのサウンドを軸にした演奏のセッションが展開されるというのは「ゲーム」をコンセプトにした今回のツアーならではだろう。それを
「リセット!」
と言って指揮者のようにコントロールするACAねの一言によって曲に戻ると、和田のテレビドラムの前に積み重ねられたブラウン管テレビにはACAねの愛猫の真生姜ストリングスと思しき可愛い猫の写真が次々に映し出されていくというのがまた凄まじい演奏の中でもほっこりさせられる部分なのであるが。
二家本によるゴリゴリのベースのイントロから始まった重いサウンドの「勘ぐれい」では間奏で小山の三味線がフィーチャーされた形となっている。コロナ禍になってから開催された「やきやきヤンキーツアー」や「温れ落ち度」の時は楽器の特性上、まだスペシャルゲスト的な立ち位置感が強かった小山が今では完全にずとまよバンドのメンバーとして欠かせない存在になっていることがよくわかる。それはこの三味線のサウンドがずとまよの音楽の中に潜む歌謡曲の要素を引き出しているというところからも。
するとこれまでのライブではクライマックスで演奏されていた、ずとまよのシーンへの出現を広く世に知らしめたきっかけの曲である「秒針を噛む」が早くもここで演奏されるのだが、村山の美しいピアノのイントロにストリングスが重なる様はこの曲の完全体と呼べるものである。間奏ではコロナ禍になってからのおなじみと言える、しゃもじを使ったコール&しゃもじ拍子が行われるのであるが、クレッシェンドだけではなく、アリーナ規模ならではの「前から後ろへ」「後ろから前へ」というウェーブ的なしゃもじ拍子も展開される。そのしゃもじの音と発光ギミックによって、こんなにたくさんの人がずとまよの音楽が好きだという一点において集まっているんだな…と中盤にして早くも感慨深くなってしまうのであるが、メンバーたちもしゃもじ拍子に参加しているあたりは我々もしゃもじ拍子という役割でずとまよのライブを作っているんだなということを実感させてくれる。もちろんそのしゃもじ拍子を経てからのバンドサウンドはさらに一体感を感じさせるものになっていく。
ACAねのハミングによって性急なバンドサウンドが響き始めるのは「勘冴えて悔しいわ」であり、最近はショートバージョンというか、メドレー的に演奏されることが多かったこの曲もこの日はフル尺で演奏される。村山のピアノの連打によって発生する疾走感も含めてずとまよのロックサイドと言える曲であるが、そのサウンドに乗るACAねのボーカルも実にスリリングかつリズミカルであるだけにフル尺で聴けるのは実に嬉しい。
そんな曲の後にはACAねがステージ2階部分に移動し、メンバーたちがしゃもじを叩き、観客も同じように叩くのは穏やかなサウンドの「雲丹と栗」。二家本がホーン隊のいる中2階に行って一緒にしゃもじを叩いたりという姿からはもはやこのずとまよバンドがサポートではなくて完全に「このメンバーだからこそのバンド」になっているということを感じさせてくれる。1階から2階に繋がる扉の奥からはずとまよのマスコットキャラクターのうにぐり君も客席を覗き込み、ACAねはその上でグロッケンを鳴らすと1コーラス目ではしゃもじを叩いていたメンバーたちも2コーラス目からは演奏に加わってバンドサウンドになるという音楽的にも演出的にも今のずとまよの総決算感を感じられるものに進化している。それはこの日、この曲の歌詞をモチーフにしたおにぎりが会場で販売されていたからかもしれない。
そんなバンドと観客の一体感を感じさせた「雲丹と栗」演奏後にステージが暗転すると、会場内逆サイド、アリーナ席最後方から音が聞こえて来て、スクリーンにもその演奏が映し出される。そのステージにはウッドベースの通称ミートたけしこと川村竜、オープニングで旅芸人的にパーカッションを鳴らしていた神谷洵平、バンド本隊から菰口と岸田、ホーン隊の1人と、確かに「雲丹と栗」演奏中にステージにはいなかった3人も合流してのアコースティックバンドが。そこへ電飾がついてヤン車のように改造された自転車に乗って客席の通路を走ってACAねも合流し、アコースティックアレンジでの「ばかじゃないのに」が演奏される。アコースティックステージはメインステージと違ってなんの装飾もない簡素なものであるだけに椅子に座って歌うACAねの歌唱力をじっくり堪能できるが、ステージを取り囲むように天井へ伸びるレーザー光線が神聖な空気を感じさせる。
そのままアコースティック編成で演奏されたのは「Dear Mr 「F」」という、こちらは初期のライブ(まだこの曲がリリースされる前からライブでは演奏されていた)からこうしてアコースティック編成で演奏されていただけに実に納得の選曲であるが、その曲に宿る切なさがこうしたサウンドかつこの規模で演奏されることによってより増幅されている感すらある。
そんな曲を歌った後にこのアコースティックバンドのメンバーを紹介すると、
「チャリ通で来たから疲れたんで、おにぎり食べてもいいですか」
と言ってこの日会場で販売されていたおにぎりを実食するという自由っぷりを見せるACAねの挙動に癒されていると、
「猫の曲ではあるんですけど、待つ側の猫の視点というか。その歌詞に歌謡曲と、前々回のツアーの火羅火羅武のコンセプトを組み合わせて作った曲」
と曲の紹介をしてから演奏された「夜中のキスミ」はこのアコースティックバンドのメンバーのソロ回し的な演奏も挟まれるというこのライブならではのアレンジも盛り込まれながらも、ずとまよの曲のメロディの美しさを存分に感じさせてくれる曲だ。踊りまくるような曲ではないけれど、だからこそそうした曲とは違う魅力を感じさせてくれるというアコースティック編成でのライブはこのアリーナ規模だからこそできることであるが、何より凄いのは本隊のバンドだけでもとんでもないメンバーが揃っているのに、このアコースティックのためにさらにとんでもないメンバーによってもう1バンド組んでいるということ。それはずとまよの音楽とライブの楽しさがあってこそ力を貸してくれる、そのライブの一員になってくれるということを示している。神谷洵平も川村竜も普通ならこんな数曲のためだけに参加してくれるようなメンバーではないだけに。
そうしてアコースティックバンドでの演奏を終えると、ACAねたちが再び改造自転車に乗ってメインステージまで戻るまでに村山ら本隊のセッション的な演奏が展開され、そこにアコースティックに参加していたメンバーたちが戻ってくると二家本のベースがイントロからまさにタイトル通りにうねる「暗く黒く」へと繋がっていく。どちらかというとイメージ的にはじっくりとしたテンポであることによって暗さと黒さを感じさせてくれるような曲であるのだが、曲後半からアウトロにかけてはその暗さと黒さが混沌を生み出すものであるとばかりに一気にバンドの演奏が速く激しく展開されていく。そこにACAねの扇風琴も加わることによって、ライブにおける随一のカオス的な曲へと進化を果たしているのである。
そんなカオスの極み的な演奏から、ACAねが元気良く
「脳裏上!」
とタイトルを口にしてから演奏された「脳裏上のクラッカー」ではサビの
「クラッカー打ち鳴らして笑おう」
のフレーズでACAねの仕草に合わせて観客が一斉にジャンプするのがおなじみになっているのであるが、そのタイミングでジャンプするメンバーの数が明らかにライブを重ねるたびに増えてきている。それはライブを重ねるたびにこのメンバーたちがよりずとまよのメンバーになってきているということである。それを祝すかのように最後のサビではスタッフたちがACAねの後ろから本物のクラッカーを鳴らすのであるが、それに驚いたのかACAねが少し歌詞が飛んでいたのももはや微笑ましい瞬間と言える。それはACAねによるアウトロの声の張り上げっぷりがやはり何度聴いても感情が震えるのがわかるくらいに凄まじいものだったからである。
その後に演奏されたのは、よりたくさんの人と一緒に踊りまくるための曲というような「ミラーチューン」であり、ハートがあしらわれた銃のようなものを持って歌うACAねの歌唱もどこか可愛らしさを感じさせるものになっているのだが、この曲ではシェイカーを振ったりというパーカッション的な役割を担う河村が村山と一緒にACAねとともに間奏で曲に合わせてパラパラ的なダンスを踊る姿に驚愕するとともに爆笑。河村も村山も様々なアーティストのサポートで演奏する姿を見ることができる人であるが、ここまで振り切っているというか、己を解放しているのはそれくらいにずとまよのライブが楽しくて仕方ないということだろう。そうした彼らの姿を見ると、やはりずとまよはバンドなんだなと思うし、いろんなアーティストのサポートで演奏している彼らの姿を見ている人にもずとまよのライブでのこうした姿を見て欲しいとも思う。
そんな村山がイントロで調子外れのピアニカを思いっきりカメラ目線(ずとまよのライブでは実に珍しい)で弾き、それがゲーム音楽的なものに変わるとバンド全体でセッションする(ドラクエ的な音楽?)ようになるというのもこのツアーならではのアレンジとなったのは「正義」であり、Bメロなどではホーン隊のメンバーたちが曲に合わせて踊っているという姿が本当にずとまよのライブでしかなくて、そんな光景ですらも感動してしまうのであるが、サビではそんなメンバーたちが一気に音を重ねまくることによって、光の粒が飛び散るような美しい照明も相まって踊りまくらざるを得ない。スタンド席の席間の狭さをこんなに恨めしく思う瞬間はないなと思うのはOpen Reel Ensembleの吉田悠と吉田匡がオープンリールの竿をライトセーバーのようにして2人ではしゃぎあっている姿までもが見れるからだ。それくらいに解放されたように踊りまくりたいと体が反応してしまうほどにやはりずとまよのライブは本当に凄まじい。
再び台本を取り出したACAねは
「テクノプアっていうのは人と上手くコミュニケーションが取れないっていうことで。人と関わらなければ自分が傷付いたりすることもないけれど、人生っていうのはそういう経験値上げっていうものだと思っています」
と流暢にツアーの意味を説明するのであるが、台本があることによってか今までよりも圧倒的にハッキリと喋れるようになったというのがこのツアーの最大の進化と言えるかもしれないし、それはこのツアーのテーマであることによって果たされたものとも言えるのかもしれない。
そんなライブの最後に演奏されたのは、二家本のゴリゴリのスラップから始まる、アニメ「チェンソーマン」のエンディングテーマとしてオンエアされた「残機」。まさかこの曲がこんなに「ゲーム」というコンセプトのこのツアーに合致するものになっているとはという驚きもあり、炎や爆発という演出への驚きもあるのだが、なによりもそのメンバー全員での演奏の凄まじさ。まだほとんどライブでは演奏されていない曲であるはずなのに、すでに音源を何万レベルも上回るくらいの迫力とグルーヴを獲得している。やはりずとまよはあまりに圧巻過ぎた。それを今までのライブのキラーチューンではなくて新曲で感じさせてくれるというあたりが、これからもライブを見るたびに我々を驚愕させてくれるんだろうなと思うようになっていた。
アンコールではACAねが黒を基調としていた本編から着替え、髪型もツインテール部分を丸くまとめるというものに様変わりすると、スクリーンに映し出されるメンバーの姿がモノクロに加工された中で演奏されたのは「胸の煙」。その演出がこの曲の持つ切なさを過ぎ去っていく時間として感じさせてくれる。それはこんなに楽しくて仕方がないライブももうそろそろ終わっていくのがわかっているからである。
しかしそんな楽しさをさらに倍増させるべく、ステージ前に置かれた無数のテレビの中にはバーチャルYouTuberにしてラッパーのMori Calliopeが映し出され、リアルタイムでACAねと会話をするというずとまよのライブでは実に珍しい瞬間が。バーチャルな存在と会話するというあたりが実にACAねらしいのであるが、そんなMori Calliopeが参加している曲と言えばもちろん現在SpotifyのCMソングとしてテレビで流れている「綺羅キラー」であり、Mori Calliopeのラップも音源よりもライブの方がさらにそのキレ味の鋭さを実感することができる。この曲の中毒性の凄まじさはCMでのついつい曲を聴いたら踊り出してしまうというのがよくわかるというものである。そう考えると今のずとまよのキラーチューンの連発っぷりは今ずとまよがマリオがスターを取った状態が続いているというくらいの無敵状態なんじゃないかとも思う。
そんなMori Calliopeもそのまま参加し、さらにうにぐり君もステージに現れるという全員集合の形で最後に
「みんな踊りまくってくれるかな〜!」
とACAねが声を張り上げてから演奏されたのはもちろん「あいつら全員同窓会」であるのだが、曲がスタートしてすぐの
「お世話になります」
のフレーズで演奏が止まってメンバー全員が観客に向かって頭を下げるというアレンジに客席は湧き上がると、サビでは観客とともにメンバーたちもリズムに合わせて一斉にジャンプする。ギターやベースというメンバーだけでなく、普通ならジャンプできない楽器であるホーンやストリングスのメンバーまでもがジャンプし、吉田悠と吉田匡は自身の服に発光ギミックを取り付けることによって音と照明の両方を兼ね備えた役割のメンバーとなる。そんなオールスター大集合だからこそ、間奏ではメンバー紹介も兼ねたソロ回し演奏が行われるのだが、ACAねはもちろんもはや専用機と化した扇風琴でソロ回しに参加。最後には観客も「しゃもじクラップ」のメンバーとして紹介される。つまりはこのライブはこの会場にいた全ての人たちによる最大級のシャイな空騒ぎだったのである。そりゃあこんなライブ見せられたら歓声も上がるよな、と思うくらいのあまりの凄まじさにいつの間にか汗をかいていたくらいだった。
そうしてメンバーがステージから去っていくと、明らかにマイクがステージ裏のメンバーの声を拾っているのが響く中、なんとステージにはギターの佐々木がおり、カッティングを鳴らすとメンバー全員がその音を聴いてステージに戻ってくる。ACAねも
「しょうがないな〜」
と言いつつ演奏されたのは「サターン」のアウトロのライブでのセッション的なダンスアレンジ。つまり最初に演奏された「サターン」でこの部分がなかったのはこのエンディングに繋がっていたからだったのである。メンバーは全員演奏しながら踊りまくり、ACAねもステージ前に出てきて踊ると、2階では吉田悠と吉田匡に小山豊が加わってオープンリールを持って3人で踊りまくっている。オープンリール奏者と三味線奏者という、ずとまよのライブがなかったら絶対に交わることがなかったプレイヤーたちがこうして仲間として本当に楽しそうに踊っている。ずとまよのライブにはそんな力がある。楽しすぎて感動すらしてしまうほどの力が。演奏が終わってオープニングに出てきた書道家の茂住が「叢雲終幕」と書かれた文字を掲げる中でメンバーたちが先にステージから去った後に2階に移動して電車ボックスの中に入ったACAねが観客に投げキスをしたり、しゃもじで観客の頭を撫でるようにするというACAねなりの観客への愛情の示し方もまたずとまよのライブでしか感じられないものだ。
ステージに雷が走るようにして場内が暗転すると、スクリーンにはプレミアム会員限定ツアーとして、久しぶりにZeppでのライブが行われることが告知される。全席椅子ありで、編成もコンパクトなものになるようだが、自分が初めてずとまよのライブを見たのが2019年8月のZepp DiverCityでの「夏休みLIVE 〜水飲み場にて笑みの契約〜」で、その凄まじさにぶっ飛ばされてそれからずっとライブに来続けているだけに、是非またZeppで見てみたいところだ。
そんなことを思いながら規制退場を待っていると、アコースティックステージでアコースティックバンドのメンバーたちが終演SEを生演奏しているというとんでもなく贅沢な退場時間が。規制退場に呼ばれてもまだずっと聴いていたいくらいにそのアコースティックの音色は心地良くて、翌日にまたここで会えることを嬉しく思った。というわけで翌日にまたこの「叢雲のつるぎ」というゲームをコンティニューするのだった。
1.サターン
2.MILABO
3.居眠り遠征隊
4.お勉強しといてよ
5.猫リセット
6.勘ぐれい
7.秒針を噛む
8.勘冴えて悔しいわ
9.雲丹と栗
10.ばかじゃないのに Acoustic ver.
11.Dear Mr「F」 Acoustic ver.
12.夜中のキスミ Acoustic ver.
13.暗く黒く
14.脳裏上のクラッカー
15.ミラーチューン
16.正義
17.残機
encore
18.胸の煙
19.綺羅キラー
20.あいつら全員同窓会
encore2
21.サターン reprise
ずとまよのライブはいつもなんらかのコンセプトがあり、さいたまスーパーアリーナの2daysは「工場の今とはるか先の未来」というコンセプトで、ステージセットも2日間で様変わりしていたのだが、今回は「ゲームセンター」がコンセプトになっていることから、開演前からスクリーンには格闘ゲームの画面が映し出されている。
開演時間の18時からは10分以上は経過していただろうか。場内が暗転してステージの2階部分に最初に現れたのは津軽三味線奏者の小山豊。今やずとまよのライブには欠かせない存在であるが、最初に彼にスポットが当たるというのは実に意外なオープニングである。その三味線の演奏が鳴る一方でステージ1階部分には旅芸人的な出で立ちの、前回のツアーでもパーカッションをメインにしたツインドラムの一翼を担っていた神谷洵平がトランクを持ってステージ中央に現れ、それを開けると中には大量のパーカッション類が入っており、それらを叩きまくる。その中にはたこ焼きや車のハンドルなども含まれており、それらも楽器として扱うというあたりはずとまよのライブならではである。
そうして神谷が様々なパーカッションを連打している中で他のメンバーが登場すると、ステージ1階には上手前列に村山☆潤(キーボード)とともに新たなキーボードの岸田勇気(Sasakure.UKのプロデュースバンドなどに参加している)がおり、後列にもおなじみの佐々木"コジロー"貴之(ギター)とともに新たなギタリストの菰口雄矢がいるというツインギター編成。下手には初期からずとまよのライブを支える二家元亮介(ベース)と、こちらもおなじみ河村吉宏(ドラム)が2人ともリーゼント的な出で立ちになっており、赤のスパイクモヒカンの伊吹文裕がツインドラムの1人として今回は参加している。中2階下手にはホーン隊3人、2階下手にはストリングス隊4人、2階上手にはOpen Reel Ensembleの吉田悠と吉田匡、そのリーダーの和田永(テレビドラム)は髪が金髪の長髪というかなりのイメチェンを果たしたものになって1階中央付近にいるという豪華極まりない布陣である。そんなメンバーが演奏している最中にステージには書道家の茂住菁邨(令和という元号を政府が発表した時にその文字を書いた人)が書道を始め、「叢雲開幕」という達筆極まりない文字を掲げてライブの開幕を告げる。
そんなメンバーたちが音を重ねていく中、2階中央の巨大な剣が鎮座する横の球体の中を突き破ってACAね(ボーカル&ギター&etc.)がステージに現れると、1曲目に歌い始めたのは「サターン」。これまではライブのクライマックスに演奏されてきたこの曲をこうして1曲目で演奏しているというのが驚きであるが、黒を基調とした衣装にかなり髪が長くなったことがわかるツインテールという髪型になったACAねはやはりスクリーンにもハッキリとは顔は映らないものの、何というか見てすぐに「可愛いな」と思ってしまうということは間違いないものである。ホーンとストリングスを加えたフルバンド編成によってゴージャスになったサウンドの迫力はあまり音が良いイメージがないこの代々木体育館のものとは思えないくらいの迫力であるが、ACAねは客席全体に広がるしゃもじの発光に緊張しているのか、前半はまだその凄まじい歌唱力をフルに発揮しているとは言えないくらいであり、近年はアウトロでセッション的な演奏が繰り広げられるこの曲も1曲目ということもあってか原曲通りの尺で演奏される。それが後々の伏線に繋がってくるということをこの時点では全く予想だにしなかったのであるが。
薄暗かったオープニングから一転して鮮やかなかつ華やかな照明がステージを照らすのは「MILABO」であり、ACAねはステージ2階部分から1階に移動しようと1階の扉を開けるのだが、その際に自分の立ち位置をちゃんと把握できていなかったのか、あるいは機材トラブルによるものなのか思いっきり入りの歌詞を飛ばしてしまうという珍しい場面も。それでもしゃもじを持ってそれを振りながら歌い、アウトロでは早くも扇風琴(Open Reel Ensembleが開発した扇風機をギターに改造した楽器)を弾きまくるACAねはやはりこのライブを最大限に楽しんでいるし、村山☆潤も曲中に両腕を上げて観客を煽るようにしているのはさすがこのバンドのバンマス的な存在である。
ステージ2階上手のOpen Reel Ensembleの吉田悠と吉田匡がいるエリアには文字が映し出されるスクリーンがあり、そこにタイトルが映し出されただけで客席からしゃもじを叩く音が響くのは「居眠り遠征隊」というレアな選曲。それすらもフルバンド編成で演奏されるというあたりに今回のライブでの新たなアレンジっぷりを感じさせるが、それは和田永(金髪かつ長髪なのが全然慣れない)が叩き出すテレビドラムに「強」という文字が映し出された「お勉強しといてよ」のストリングスを軸にしたダンスポップサウンドもそうであり、今のずとまよの音楽がこの編成ありきのものであることが伝わってくる。それはずとまよが、というかACAねが自身の音楽を最大限に具現化するためのメンバーを見つけたということであるのだが、だからこそACAねをはじめとしたメンバーも演奏しながら踊りまくり、その楽しさが満員の客席にも伝播していく。この日は雨が降った影響によってかそこまで気温も低くはなかったが、それにしても見ていると自然に体が動き出して暑くなってくるという冬であることを忘れさせるレベルである。
するとACAねは徐に本のようなものを取り出すのであるが、それはMCの台本のようなものであり、この代々木体育館での2daysライブは昨年回ったホールツアーの「強くてニューゲーム」的なものであることを語る。確かにステージ2階上手にはそう書かれた幟もあったし、このサウンドの極まりっぷりやライブのコンセプトからもそれは実に納得のいくところである。ACAねは自身を
「普段は曲を作ったり、猫のお世話をしているミュージシャンというジョブをしている」
とやはりライブのコンセプトに準じた自己紹介をしていたが、その「猫のお世話」という言葉に続くようにしつつ、
「今日の楽しい記憶はリセットされないように」
と言って始まったのはリリース直後であったさいたまスーパーアリーナでは演奏されていなかった「猫リセット」。それはライブでは再現できないくらいに同期のサウンドを使っている曲だからだろうかともたまアリの時は思っていたのだが、キーボードが村山☆潤だけでなく岸田が増員されたことによって、そのゲーム的なサウンド(「猫リセット」とはスーパーファミコンまでの時代のバッテリー内臓型のゲームソフトを猫が蹴ったり齧ったりすることでセーブデータが消える現象である)を再現しているのであるが、河村がシェイカー的なものを振っていたりというあたりは新しいリズムの形と言えるし、何よりも間奏でゲームのBGM的な8bitのサウンドを軸にした演奏のセッションが展開されるというのは「ゲーム」をコンセプトにした今回のツアーならではだろう。それを
「リセット!」
と言って指揮者のようにコントロールするACAねの一言によって曲に戻ると、和田のテレビドラムの前に積み重ねられたブラウン管テレビにはACAねの愛猫の真生姜ストリングスと思しき可愛い猫の写真が次々に映し出されていくというのがまた凄まじい演奏の中でもほっこりさせられる部分なのであるが。
二家本によるゴリゴリのベースのイントロから始まった重いサウンドの「勘ぐれい」では間奏で小山の三味線がフィーチャーされた形となっている。コロナ禍になってから開催された「やきやきヤンキーツアー」や「温れ落ち度」の時は楽器の特性上、まだスペシャルゲスト的な立ち位置感が強かった小山が今では完全にずとまよバンドのメンバーとして欠かせない存在になっていることがよくわかる。それはこの三味線のサウンドがずとまよの音楽の中に潜む歌謡曲の要素を引き出しているというところからも。
するとこれまでのライブではクライマックスで演奏されていた、ずとまよのシーンへの出現を広く世に知らしめたきっかけの曲である「秒針を噛む」が早くもここで演奏されるのだが、村山の美しいピアノのイントロにストリングスが重なる様はこの曲の完全体と呼べるものである。間奏ではコロナ禍になってからのおなじみと言える、しゃもじを使ったコール&しゃもじ拍子が行われるのであるが、クレッシェンドだけではなく、アリーナ規模ならではの「前から後ろへ」「後ろから前へ」というウェーブ的なしゃもじ拍子も展開される。そのしゃもじの音と発光ギミックによって、こんなにたくさんの人がずとまよの音楽が好きだという一点において集まっているんだな…と中盤にして早くも感慨深くなってしまうのであるが、メンバーたちもしゃもじ拍子に参加しているあたりは我々もしゃもじ拍子という役割でずとまよのライブを作っているんだなということを実感させてくれる。もちろんそのしゃもじ拍子を経てからのバンドサウンドはさらに一体感を感じさせるものになっていく。
ACAねのハミングによって性急なバンドサウンドが響き始めるのは「勘冴えて悔しいわ」であり、最近はショートバージョンというか、メドレー的に演奏されることが多かったこの曲もこの日はフル尺で演奏される。村山のピアノの連打によって発生する疾走感も含めてずとまよのロックサイドと言える曲であるが、そのサウンドに乗るACAねのボーカルも実にスリリングかつリズミカルであるだけにフル尺で聴けるのは実に嬉しい。
そんな曲の後にはACAねがステージ2階部分に移動し、メンバーたちがしゃもじを叩き、観客も同じように叩くのは穏やかなサウンドの「雲丹と栗」。二家本がホーン隊のいる中2階に行って一緒にしゃもじを叩いたりという姿からはもはやこのずとまよバンドがサポートではなくて完全に「このメンバーだからこそのバンド」になっているということを感じさせてくれる。1階から2階に繋がる扉の奥からはずとまよのマスコットキャラクターのうにぐり君も客席を覗き込み、ACAねはその上でグロッケンを鳴らすと1コーラス目ではしゃもじを叩いていたメンバーたちも2コーラス目からは演奏に加わってバンドサウンドになるという音楽的にも演出的にも今のずとまよの総決算感を感じられるものに進化している。それはこの日、この曲の歌詞をモチーフにしたおにぎりが会場で販売されていたからかもしれない。
そんなバンドと観客の一体感を感じさせた「雲丹と栗」演奏後にステージが暗転すると、会場内逆サイド、アリーナ席最後方から音が聞こえて来て、スクリーンにもその演奏が映し出される。そのステージにはウッドベースの通称ミートたけしこと川村竜、オープニングで旅芸人的にパーカッションを鳴らしていた神谷洵平、バンド本隊から菰口と岸田、ホーン隊の1人と、確かに「雲丹と栗」演奏中にステージにはいなかった3人も合流してのアコースティックバンドが。そこへ電飾がついてヤン車のように改造された自転車に乗って客席の通路を走ってACAねも合流し、アコースティックアレンジでの「ばかじゃないのに」が演奏される。アコースティックステージはメインステージと違ってなんの装飾もない簡素なものであるだけに椅子に座って歌うACAねの歌唱力をじっくり堪能できるが、ステージを取り囲むように天井へ伸びるレーザー光線が神聖な空気を感じさせる。
そのままアコースティック編成で演奏されたのは「Dear Mr 「F」」という、こちらは初期のライブ(まだこの曲がリリースされる前からライブでは演奏されていた)からこうしてアコースティック編成で演奏されていただけに実に納得の選曲であるが、その曲に宿る切なさがこうしたサウンドかつこの規模で演奏されることによってより増幅されている感すらある。
そんな曲を歌った後にこのアコースティックバンドのメンバーを紹介すると、
「チャリ通で来たから疲れたんで、おにぎり食べてもいいですか」
と言ってこの日会場で販売されていたおにぎりを実食するという自由っぷりを見せるACAねの挙動に癒されていると、
「猫の曲ではあるんですけど、待つ側の猫の視点というか。その歌詞に歌謡曲と、前々回のツアーの火羅火羅武のコンセプトを組み合わせて作った曲」
と曲の紹介をしてから演奏された「夜中のキスミ」はこのアコースティックバンドのメンバーのソロ回し的な演奏も挟まれるというこのライブならではのアレンジも盛り込まれながらも、ずとまよの曲のメロディの美しさを存分に感じさせてくれる曲だ。踊りまくるような曲ではないけれど、だからこそそうした曲とは違う魅力を感じさせてくれるというアコースティック編成でのライブはこのアリーナ規模だからこそできることであるが、何より凄いのは本隊のバンドだけでもとんでもないメンバーが揃っているのに、このアコースティックのためにさらにとんでもないメンバーによってもう1バンド組んでいるということ。それはずとまよの音楽とライブの楽しさがあってこそ力を貸してくれる、そのライブの一員になってくれるということを示している。神谷洵平も川村竜も普通ならこんな数曲のためだけに参加してくれるようなメンバーではないだけに。
そうしてアコースティックバンドでの演奏を終えると、ACAねたちが再び改造自転車に乗ってメインステージまで戻るまでに村山ら本隊のセッション的な演奏が展開され、そこにアコースティックに参加していたメンバーたちが戻ってくると二家本のベースがイントロからまさにタイトル通りにうねる「暗く黒く」へと繋がっていく。どちらかというとイメージ的にはじっくりとしたテンポであることによって暗さと黒さを感じさせてくれるような曲であるのだが、曲後半からアウトロにかけてはその暗さと黒さが混沌を生み出すものであるとばかりに一気にバンドの演奏が速く激しく展開されていく。そこにACAねの扇風琴も加わることによって、ライブにおける随一のカオス的な曲へと進化を果たしているのである。
そんなカオスの極み的な演奏から、ACAねが元気良く
「脳裏上!」
とタイトルを口にしてから演奏された「脳裏上のクラッカー」ではサビの
「クラッカー打ち鳴らして笑おう」
のフレーズでACAねの仕草に合わせて観客が一斉にジャンプするのがおなじみになっているのであるが、そのタイミングでジャンプするメンバーの数が明らかにライブを重ねるたびに増えてきている。それはライブを重ねるたびにこのメンバーたちがよりずとまよのメンバーになってきているということである。それを祝すかのように最後のサビではスタッフたちがACAねの後ろから本物のクラッカーを鳴らすのであるが、それに驚いたのかACAねが少し歌詞が飛んでいたのももはや微笑ましい瞬間と言える。それはACAねによるアウトロの声の張り上げっぷりがやはり何度聴いても感情が震えるのがわかるくらいに凄まじいものだったからである。
その後に演奏されたのは、よりたくさんの人と一緒に踊りまくるための曲というような「ミラーチューン」であり、ハートがあしらわれた銃のようなものを持って歌うACAねの歌唱もどこか可愛らしさを感じさせるものになっているのだが、この曲ではシェイカーを振ったりというパーカッション的な役割を担う河村が村山と一緒にACAねとともに間奏で曲に合わせてパラパラ的なダンスを踊る姿に驚愕するとともに爆笑。河村も村山も様々なアーティストのサポートで演奏する姿を見ることができる人であるが、ここまで振り切っているというか、己を解放しているのはそれくらいにずとまよのライブが楽しくて仕方ないということだろう。そうした彼らの姿を見ると、やはりずとまよはバンドなんだなと思うし、いろんなアーティストのサポートで演奏している彼らの姿を見ている人にもずとまよのライブでのこうした姿を見て欲しいとも思う。
そんな村山がイントロで調子外れのピアニカを思いっきりカメラ目線(ずとまよのライブでは実に珍しい)で弾き、それがゲーム音楽的なものに変わるとバンド全体でセッションする(ドラクエ的な音楽?)ようになるというのもこのツアーならではのアレンジとなったのは「正義」であり、Bメロなどではホーン隊のメンバーたちが曲に合わせて踊っているという姿が本当にずとまよのライブでしかなくて、そんな光景ですらも感動してしまうのであるが、サビではそんなメンバーたちが一気に音を重ねまくることによって、光の粒が飛び散るような美しい照明も相まって踊りまくらざるを得ない。スタンド席の席間の狭さをこんなに恨めしく思う瞬間はないなと思うのはOpen Reel Ensembleの吉田悠と吉田匡がオープンリールの竿をライトセーバーのようにして2人ではしゃぎあっている姿までもが見れるからだ。それくらいに解放されたように踊りまくりたいと体が反応してしまうほどにやはりずとまよのライブは本当に凄まじい。
再び台本を取り出したACAねは
「テクノプアっていうのは人と上手くコミュニケーションが取れないっていうことで。人と関わらなければ自分が傷付いたりすることもないけれど、人生っていうのはそういう経験値上げっていうものだと思っています」
と流暢にツアーの意味を説明するのであるが、台本があることによってか今までよりも圧倒的にハッキリと喋れるようになったというのがこのツアーの最大の進化と言えるかもしれないし、それはこのツアーのテーマであることによって果たされたものとも言えるのかもしれない。
そんなライブの最後に演奏されたのは、二家本のゴリゴリのスラップから始まる、アニメ「チェンソーマン」のエンディングテーマとしてオンエアされた「残機」。まさかこの曲がこんなに「ゲーム」というコンセプトのこのツアーに合致するものになっているとはという驚きもあり、炎や爆発という演出への驚きもあるのだが、なによりもそのメンバー全員での演奏の凄まじさ。まだほとんどライブでは演奏されていない曲であるはずなのに、すでに音源を何万レベルも上回るくらいの迫力とグルーヴを獲得している。やはりずとまよはあまりに圧巻過ぎた。それを今までのライブのキラーチューンではなくて新曲で感じさせてくれるというあたりが、これからもライブを見るたびに我々を驚愕させてくれるんだろうなと思うようになっていた。
アンコールではACAねが黒を基調としていた本編から着替え、髪型もツインテール部分を丸くまとめるというものに様変わりすると、スクリーンに映し出されるメンバーの姿がモノクロに加工された中で演奏されたのは「胸の煙」。その演出がこの曲の持つ切なさを過ぎ去っていく時間として感じさせてくれる。それはこんなに楽しくて仕方がないライブももうそろそろ終わっていくのがわかっているからである。
しかしそんな楽しさをさらに倍増させるべく、ステージ前に置かれた無数のテレビの中にはバーチャルYouTuberにしてラッパーのMori Calliopeが映し出され、リアルタイムでACAねと会話をするというずとまよのライブでは実に珍しい瞬間が。バーチャルな存在と会話するというあたりが実にACAねらしいのであるが、そんなMori Calliopeが参加している曲と言えばもちろん現在SpotifyのCMソングとしてテレビで流れている「綺羅キラー」であり、Mori Calliopeのラップも音源よりもライブの方がさらにそのキレ味の鋭さを実感することができる。この曲の中毒性の凄まじさはCMでのついつい曲を聴いたら踊り出してしまうというのがよくわかるというものである。そう考えると今のずとまよのキラーチューンの連発っぷりは今ずとまよがマリオがスターを取った状態が続いているというくらいの無敵状態なんじゃないかとも思う。
そんなMori Calliopeもそのまま参加し、さらにうにぐり君もステージに現れるという全員集合の形で最後に
「みんな踊りまくってくれるかな〜!」
とACAねが声を張り上げてから演奏されたのはもちろん「あいつら全員同窓会」であるのだが、曲がスタートしてすぐの
「お世話になります」
のフレーズで演奏が止まってメンバー全員が観客に向かって頭を下げるというアレンジに客席は湧き上がると、サビでは観客とともにメンバーたちもリズムに合わせて一斉にジャンプする。ギターやベースというメンバーだけでなく、普通ならジャンプできない楽器であるホーンやストリングスのメンバーまでもがジャンプし、吉田悠と吉田匡は自身の服に発光ギミックを取り付けることによって音と照明の両方を兼ね備えた役割のメンバーとなる。そんなオールスター大集合だからこそ、間奏ではメンバー紹介も兼ねたソロ回し演奏が行われるのだが、ACAねはもちろんもはや専用機と化した扇風琴でソロ回しに参加。最後には観客も「しゃもじクラップ」のメンバーとして紹介される。つまりはこのライブはこの会場にいた全ての人たちによる最大級のシャイな空騒ぎだったのである。そりゃあこんなライブ見せられたら歓声も上がるよな、と思うくらいのあまりの凄まじさにいつの間にか汗をかいていたくらいだった。
そうしてメンバーがステージから去っていくと、明らかにマイクがステージ裏のメンバーの声を拾っているのが響く中、なんとステージにはギターの佐々木がおり、カッティングを鳴らすとメンバー全員がその音を聴いてステージに戻ってくる。ACAねも
「しょうがないな〜」
と言いつつ演奏されたのは「サターン」のアウトロのライブでのセッション的なダンスアレンジ。つまり最初に演奏された「サターン」でこの部分がなかったのはこのエンディングに繋がっていたからだったのである。メンバーは全員演奏しながら踊りまくり、ACAねもステージ前に出てきて踊ると、2階では吉田悠と吉田匡に小山豊が加わってオープンリールを持って3人で踊りまくっている。オープンリール奏者と三味線奏者という、ずとまよのライブがなかったら絶対に交わることがなかったプレイヤーたちがこうして仲間として本当に楽しそうに踊っている。ずとまよのライブにはそんな力がある。楽しすぎて感動すらしてしまうほどの力が。演奏が終わってオープニングに出てきた書道家の茂住が「叢雲終幕」と書かれた文字を掲げる中でメンバーたちが先にステージから去った後に2階に移動して電車ボックスの中に入ったACAねが観客に投げキスをしたり、しゃもじで観客の頭を撫でるようにするというACAねなりの観客への愛情の示し方もまたずとまよのライブでしか感じられないものだ。
ステージに雷が走るようにして場内が暗転すると、スクリーンにはプレミアム会員限定ツアーとして、久しぶりにZeppでのライブが行われることが告知される。全席椅子ありで、編成もコンパクトなものになるようだが、自分が初めてずとまよのライブを見たのが2019年8月のZepp DiverCityでの「夏休みLIVE 〜水飲み場にて笑みの契約〜」で、その凄まじさにぶっ飛ばされてそれからずっとライブに来続けているだけに、是非またZeppで見てみたいところだ。
そんなことを思いながら規制退場を待っていると、アコースティックステージでアコースティックバンドのメンバーたちが終演SEを生演奏しているというとんでもなく贅沢な退場時間が。規制退場に呼ばれてもまだずっと聴いていたいくらいにそのアコースティックの音色は心地良くて、翌日にまたここで会えることを嬉しく思った。というわけで翌日にまたこの「叢雲のつるぎ」というゲームをコンティニューするのだった。
1.サターン
2.MILABO
3.居眠り遠征隊
4.お勉強しといてよ
5.猫リセット
6.勘ぐれい
7.秒針を噛む
8.勘冴えて悔しいわ
9.雲丹と栗
10.ばかじゃないのに Acoustic ver.
11.Dear Mr「F」 Acoustic ver.
12.夜中のキスミ Acoustic ver.
13.暗く黒く
14.脳裏上のクラッカー
15.ミラーチューン
16.正義
17.残機
encore
18.胸の煙
19.綺羅キラー
20.あいつら全員同窓会
encore2
21.サターン reprise
ずっと真夜中でいいのに。 ROAD GAME「テクノプア」〜叢雲のつるぎ〜 @代々木第一体育館 1/15 ホーム
ZION Tour (Here Comes The) SUN'n'JOY @1000CLUB 1/12