ZION Tour (Here Comes The) SUN'n'JOY @1000CLUB 1/12
- 2023/01/13
- 19:13
昨年の6月についに多くの人の前にその姿を現したバンド、ZION。それはNICO Touches the Wallsを突如として活動終了させた光村龍哉(ボーカル&ギター)の新たなバンドであり、その際にはまだ音源はリリースされてはいなかったのだが、昨年に今バンドが拠点としている北海道の道の駅とそこでの通販というDIY的な形で販売されたアルバム「SUN'n' JOY」をリリース。そのリリースツアーももちろん北海道から始まり、この日の横浜の1000CLUBはツアー2日目。この後には名阪も巡るためにようやく各地に待つ人たちの元をバンドが訪れることになるのだ。
そもそもまだ数回しかライブを行っていないという希少性もあれば、ずっと光村のことを追いかけてきたという人もたくさんいるはずで、かなり閉じた形(メディアらしいメディアは元[Alexandros]の庄村聡泰のYouTubeチャンネルくらいにしか出ていない)で活動を開始したとはいえ、平日にこのキャパの会場が即完するバンドはそうそういない。やはりみんな光村の音楽を、その歌声を求めているのである。
そうして満員の客席の中、開演時間の19時を少し過ぎたところで場内が暗転するとメンバーがSEもなしにステージにスッと登場する。最後に登場した光村は赤いジャケットを着ており、そのスラっとした出で立ちも変わることなく、髪型もだいぶ落ち着いたようなイメージであるためにむしろここへきてさらに若返っているような感すらある中、その光村がアコギを弾きながら歌い始めたのはアルバム収録曲の「Yowamushi」という実に意外なオープニングなのだが、薄暗いステージ上で絞り込まれた、光村の歌を際立たせるようなアレンジによる演奏は光村の歌をずっと待ち続けてきた人たちへのプレゼントと言えるものかもしれない。キャップを被った佐藤慎之介のベースと光村の歌とアコギと言っていいくらいの削ぎ落とされたサウンドであるが、その光村のハイトーンボイスとそこに重なる佐藤のコーラスはどこかゴスペル的な神聖さをも感じさせる。それはすでにこのバンドが帯びているオーラによるものと言えるかもしれない。
光村がアコギからエレキに持ち替えると、早くも曲間ではセッション的な演奏が始まる。その演奏がどこかブルージーな雄大さを感じさせるのは今は北海道の人里離れたスタジオ(コンビニまで渋谷から池袋くらいの距離があるらしい)を拠点にしているこのバンドだからこそであるが、そんな演奏から繋がる「New Moanin'」は光村、櫛野啓介、吉澤幸男のトリプルギターにより、光村と吉澤のギターがハモり、櫛野は空間的な、エフェクティブなサウンドを鳴らすというこのバンドの編成ならではの特性をライブという場でしっかり感じさせてくれる曲だ。吉澤はコーラスとしても重要な役割を担っていることが見るとすぐにわかるが、光村の伸びやかな歌声がタイトルや歌詞の内容と相まって、このバンドが、この曲が、このサウンドが新たな始まりであるということを実感させてくれる。さっきまで薄暗かったステージがサビで一気に明るくなるのはどこか光に包まれているような感覚になるし、その光はこのバンドが音として放っているものでもある。
すると鳴橋大地(ドラム)が軽快なリズムを鳴らし始めると、光村もステージ前に出てきて観客にそのリズムに合わせた手拍子を煽り始める。その姿によってどこか緊迫していたような会場のムードも解れてくる感じもあるのだが、そうして演奏されたのが北海道というイメージからはかなり遠く感じるような「夏の太陽」的な歌詞とサウンドの曲であるというギャップも面白い。実際に
「君は太陽」
というサビが実にキャッチーなこの曲は光村のルーツである歌謡曲のメロディをこのバンドに落とし込んだものであると言えるだろう。何というか、この曲を聴いて少し安心するのは、きっとZIONはNICOとは全く違う音楽になるんだろうなということはわかっていても、光村という男の持つメロディのポップさは失われることはないということがわかるからである。
その光村がギターを置いてハンドマイクを持ち、バンドのキメに合わせてポーズを取るようにしながらスキャットを始める。それはかつてのNICOのライブでも時折披露していたものであるのだが、それが光村の歌唱力と声量だけではなくて音程の取り方、リズムの取り方までも含めて本当に素晴らしいボーカリストであるということを感じさせてくれる。その光村のスキャットに合わせてメンバーが音をなぞるというのも紛れもなくこのバンドならではのセッションの形であるが、そのスキャットから突入した「Setogiwa」のキメ連発のリズムとそれを乗りこなす光村の韻を重視した言葉遊び的なボーカルは圧巻そのもの。このバンドがどれだけ強者の集団であるかということがよくわかるし、1コーラス目と2コーラス目で手数を倍にしながらも曲のテンポ自体を変えることはないという鳴橋のドラムは本当に見事である。やはりそこは光村、自分の新しいバンドではなくて、この5人でのZIONというバンドにすでになっている。
そんな圧巻の演奏から一旦空気をリセットするかのようにインストセッションを鳴らして再び会場が神聖な空気に包まれると、6月のライブで演奏された時から美しいメロディのバラード曲として強く印象に残っていた「Shield」へ。
「恋は幻」
というサビを締めるフレーズのインパクトが実に強い曲であるが、演奏が凄いだけではなくて、ひたすらに曲が良い、メロディが良いということ。もはやNICOの曲を例えに出すのは良くないことなのかもしれないけれど、それでも「トマト」や「梨の花」を初めて聴いた時の、なんて良い曲なんだ…と思った時の気持ちを思い出させてくれる曲だ。やはりメンバーやバンドが変わっても光村は自分が知り得る上で屈指のメロディメーカーであり、そのメロディの美しさを自身の声で最大限に引き出すことができるボーカリストであるなと思うのだ。
そのまま演奏された「Jigsaw」から感じられるのは一転してこのバンドのグルーヴ。それを生み出しているのはうねりまくるリズムによって1人で強力なグルーヴを放っている佐藤のベースであるが、そこにメンバーそれぞれの鳴らす音が、光村のボーカルが重なることによってこのバンドでしかないグルーヴになる。櫛野はこの曲ではシェイカーを振るなど、ギタリストという立ち位置ではあるが、様々な技術や楽器やアイデアを駆使してこのバンドが単なるギター、ベース、ドラムという楽器が鳴るイメージから大きく飛び越えるようなサウンドを鳴らすことができるバンドであることを示すキーマン的な存在と言える。ライブではシンセをわかりやすく弾くことはないが、存在としてはシンセをギターなどを使って鳴らすメンバーというような。
そんな中で光村が再びアコギに持ち替えると、アコギということは歌い上げるような曲になるのかと思いきや、歌詞にも「Rock & Roll」というフレーズが出てくるこの新曲は光村と吉澤のギターがハモることによって、アルバムの中ではほとんど感じられなかった、ギターロックバンドとしての疾走感を感じさせる曲になっている。そういえば光村はNICO時代にもアコギを弾きながら、これでもかというくらいにロックな曲を作ったりもしていた。その最新形がこの曲と言えるし、アコギでもロックさを生み出すことができるというのもさすが光村だ。
何よりもアルバムがリリースされたばかりだというのにそのアルバムに収録されていない、それでいて一聴して完成度が高い、すでにライブで何回も演奏されているかのような新曲が次々に演奏されているというのは、このバンドがアルバム完成後も北海道のスタジオで音を鳴らし合って音楽を作り続けているということを感じさせてくれる。それを心から楽しみながらやっているんだろうなというのが演奏しているメンバーの表情を見ていてよくわかる。
すると曲間では佐藤にスポットライトが当てられ、
「こうしてアルバムが完成して、ツアーを回れていることを本当に嬉しく思います。どうか最後まで楽しんでいってください」
と実に真面目に挨拶。前回のライブでもMCを担っていたのは佐藤だったが、必要以上のことを全く言わずにひたすら曲と演奏を続けるというストイックなライブは、その鳴らしているものによって自分たちの思いはしっかり伝えているというバンドの姿勢によるものだと言っていいだろう。
そんなMCというより挨拶を挟んで演奏されたのは、トリプルギターのサウンドがどうしたって北海道の雪に覆われた土地の雄大さを感じさせるようなインスタ曲「Innipi (N)」。この曲は初めて聴いた時から、その音が想起させる映像が東京でも大阪でも名古屋でもなく、ましてや九州や沖縄でもなければ北海道でも札幌のような都会ではない、自然や野生を感じさせるような場所だった。きっとこの曲はZIONが北海道の人里離れたスタジオを拠点にしなければ生まれなかった曲だろうし、そうして自分たちが暮らす場所から音楽が生まれているというのがこのバンドが北海道を拠点に選んだ意味を感じさせてくれるのだ。ただ土地があったからそこに行ったのではなくて、その場所で生まれる、鳴らされるべき音楽が自分たちの中に浮かんでくる。北海道出身ではなくても北海道で生きているバンドとしてのアイデンティティが確かにその音には宿っている。
そんな北海道の自然を想起させた後に演奏されたのはアルバムの収録順通りであり、前回のライブで先行販売されていた「Hurricane」。他の収録曲に比べるとはるかにストレート、だけれど1コーラス目では鳴橋がデジタルドラムを叩き、佐藤はシンセベースを弾くという、実はストレートに見えるけれど実はめちゃくちゃ変化球をストレートに見せているというこのバンドの面白さが遺憾なく発揮された曲であるが、光村はこの曲で思いっきり
「まだ歌っていたいよ」
と声を張り上げる。光村がそれを本心から思っているということがよくわかる。まだ歌っていたいだろうし、まだまだ歌っていて欲しい。それはもう聴けないのかもしれないと思った期間があったからこそよりそう思うのだ。きっとここにいた人たちはZIONがメンバーの名前を明かしていなくて、顔が見えない状態でも歌声を聴けばそれが光村のものであるとわかるはず。それくらいに、この歌とこの声じゃなければ満たされないものがあるのだ。それはバンドや音楽性が変わっても決して変わることがないということをZIONの音楽とライブは示してくれている。
そんな光村が再びハンドマイクになると、燃えさかるようなロックンロールサウンドをさらに燃え上がらせるように真赤な照明がメンバーを照らし、光村が英語歌詞で歌い始める。なんだこれは?新曲?と思っていたら、それがどんどん聞き覚えのあるものになっていき、ステッペンウルフの「Born To Be Wild」のカバーであることに気付く。光村はもちろん世界中のあらゆる音楽を聴くリスナーであり音楽ラバーであるが、まさかこの曲を今このバンドがカバーするとは。わかりやすさという意味ではテレビでもよく使われているだけにインパクト抜群であるが、このバンドはカバーありなのかというのは驚きであった。それはまだ持ち曲が少ない今だからこそなのかもしれないが、光村はハンドマイクで手拍子を煽り、サビでは思いっきりマイクを客席に向けてタイトルフレーズを歌わせようとする。たくさんの腕は上がっていたが、声は上がっていたようには聞こえなかったのは、きっとみんなこのライブが発声OKなものであるかということを迷っていたからだろう。
そんな光村はハンドマイクからシェイカーに持ち替え、それをリズミカルに振ることによって佐藤のうねりまくるベースと鳴橋のダンサブルなドラムにさらなるグルーヴを加えるのは現在のこのバンド随一のダンスロック「Deathco lsland」であり、観客も「Born To Be Wild」からの流れによって思い思いに体を動かしているのだが、1番その演奏によって精神が解放されているのは間違いなく光村本人だろう。だから曲中にシェイカーを投げ捨ててギターを持つと、アウトロではステージ上を寝転がりながらギターを弾きまくる。NICO時代からボーカリストでありながらもギタリスト顔負けのテクニックを見せつけてきた男であるが、それはトリプルギターのこのバンドでも変わらないどころか、さらに進化している。それはこのバンドでギターを弾くのが楽しくて仕方がないからだろう。そんな、まるでバンドを始めたばかりの少年に戻ったかのような姿を見ることができるのも、まだこのZIONが始まったばかりのバンドだからだ。
そして再び静謐な空気に包まれる中で光村がタイトルフレーズを歌い、それをメンバー全員で重ねることによってやはりゴスペル的な空気を感じさせるのは「(Here Comes) SUN'n' JOY」であるのだが、ゴスペルというのは聖歌であって、歌が上手くないと成立しない音楽でもある。このバンドのコーラスからその要素を感じられるのはメンバーそれぞれが演奏だけではなくてコーラスの実力も抜群であるということであるし、ツアーやアルバムタイトルになっている曲を次の曲に繋げるための導入的な曲に使うというバンドもそうそういないだろうと思う。
その曲から繋がる曲は前回のライブで先行販売された曲の1つである「Eve」。ある意味では「Innipi (N)」以上に北海道の自然の中で暮らし、音楽を作っているバンドであるということを感じさせるような神聖かつ神秘的なサウンド。そこに光村のファルセットもふんだんに含めたボーカルが乗るのであるが、そのボーカルの見事さ-それは上手さだけではなくて感情の込めっぷりも含めた表現力-は我々がずっと素晴らしいボーカリストだと思っていたNICO時代から全く変わることはない…いや、あの頃よりさらに圧倒的に進化している。自身のその歌声の素晴らしさを最大限以上に発揮できる音楽を光村はこのバンドでついに掴んだのだ。最後にリフレインされる
「Here Comes SUN'n' JOY」
というフレーズの歌唱は、バンドが鳴らしている音と光村の歌唱によって、ここに太陽の光と歓びが溢れていることを示すものだった。それは雪が積もる冬を抜けて光射す春を待ち侘びるようでもあるような。それは音楽シーンにとっての冬の時代を経て、これから春の季節に向かっていくという希望を強く感じさせるものでもあった。光村の歌声は今でもこんなに我々の心を揺さぶってくれる。それはむしろかつて以上かもしれないというくらいに。
アンコールではこれはもうおなじみなのだろうかという、佐藤がステージの真ん中に立ち、他のメンバーはそれを見守るようにステージ上に座る中で手紙を朗読するというこの日唯一のMCらしいMCが「北の国から」のBGMとともに始まるのだが、その内容は佐藤が20歳年下の従兄弟に宛てたものであり、ポケモンの新作ゲームの話を入れまくることによって、全然それがわからない自分にとっては半分くらいが何を言っているのかよくわからないものになっていた。佐藤が従兄弟とポケモンを一緒にやって遊びたいという思いは伝わってくるが、演奏やコーラスは格段に進化してもこの朗読の棒読みっぷりはあまり進化していなかった。
しかし最後にはこのツアーの追加公演が3月に恵比寿リキッドルームと札幌で開催されるということを発表して大きな拍手を巻き起こすと、
「誕生日が9月16日、B.B.キングと同じ日の佐藤でした」
と締めてBGMがB.B.キングのものに変化するという締め方を心得るようになっていた。
そんな佐藤しか喋らないMCを経て、光村がアコギを持って演奏したのはなんとさらなる新曲。アルバムの最後に収録されている「Leaves」が演奏されてないんですけど、と思いながらも、佐藤がシンセベースを弾くことによってアコースティックなバラードの中にデジタルな感触を忍ばせながら、それに連なるような別れの描写を刻んだ歌詞を光村が歌い上げるような曲。最後に
「喜びが待つ場所へ」
というフレーズを歌い上げたのを見た時、光村にとってそれはこのバンドであり、やっぱりこうして歌い、音を鳴らせるライブという場所なんだなと思った。
最後にメンバー全員で肩を組んで一礼した姿も含めて、NICO活動終了後に弾き語りを各地でしていた時は、「いくらでも1人でやろうとすればできる人だもんな」と、これからは1人でメンバーを従えて音楽をやっていくことになるんじゃないかと思っていた。
でも光村はやっぱりバンドの人だった。自分が指示したフレーズを演奏してもらうメンバーを従えるのではなくて、自分の作った曲をさらに高めていくアイデアを持ち、演奏ができるメンバーとともに音楽を作り、それを即興性の高いライブでのセッションも含めて自由に練り上げていく。そんなメンバーを必要としていたのだ。
それが10代の時からずっと一緒にやってきたメンバーが居なくなっても、バンドが変わってもやりたいことだった。そのやりたいことをやるためのメンバーがいて、その場所がある。光村がまだ歌ってくれているだけでも嬉しいのに、光村がバンドマンであろうとしているのが本当に嬉しい。そのバンドの存在によって光村の歌声がさらに輝きを増し、光村の音楽がより進化を果たしていくということを我々はもう知っているからだ。
去り際に光村は
「じゃあ、また恵比寿で」
と言ってからステージを去った。きっとこのライブの直後にここにいたたくさんの人が恵比寿のチケットを買ったことと思う。この声でしか、この男の作る音楽でしか満たされないものや思いが確かにあって、それを満たすことができる機会がまた巡ってきたのだから。音楽性は変わっても、光村龍哉という男とその音楽への信頼は全く変わることがないという確信を得ることができた、2回目のZIONとの邂逅だった。
1.Yowamushi
2.New Moanin'
3.新曲
4.Setogiwa
5.Shield
6.Jigsaw
7.新曲
8.Innipi (N)
9.Hurricane
10.Born To Be Wild
11.Deathco Island
12.(Here Comes) SUN'n' JOY
13.Eve
encore
14.新曲
そもそもまだ数回しかライブを行っていないという希少性もあれば、ずっと光村のことを追いかけてきたという人もたくさんいるはずで、かなり閉じた形(メディアらしいメディアは元[Alexandros]の庄村聡泰のYouTubeチャンネルくらいにしか出ていない)で活動を開始したとはいえ、平日にこのキャパの会場が即完するバンドはそうそういない。やはりみんな光村の音楽を、その歌声を求めているのである。
そうして満員の客席の中、開演時間の19時を少し過ぎたところで場内が暗転するとメンバーがSEもなしにステージにスッと登場する。最後に登場した光村は赤いジャケットを着ており、そのスラっとした出で立ちも変わることなく、髪型もだいぶ落ち着いたようなイメージであるためにむしろここへきてさらに若返っているような感すらある中、その光村がアコギを弾きながら歌い始めたのはアルバム収録曲の「Yowamushi」という実に意外なオープニングなのだが、薄暗いステージ上で絞り込まれた、光村の歌を際立たせるようなアレンジによる演奏は光村の歌をずっと待ち続けてきた人たちへのプレゼントと言えるものかもしれない。キャップを被った佐藤慎之介のベースと光村の歌とアコギと言っていいくらいの削ぎ落とされたサウンドであるが、その光村のハイトーンボイスとそこに重なる佐藤のコーラスはどこかゴスペル的な神聖さをも感じさせる。それはすでにこのバンドが帯びているオーラによるものと言えるかもしれない。
光村がアコギからエレキに持ち替えると、早くも曲間ではセッション的な演奏が始まる。その演奏がどこかブルージーな雄大さを感じさせるのは今は北海道の人里離れたスタジオ(コンビニまで渋谷から池袋くらいの距離があるらしい)を拠点にしているこのバンドだからこそであるが、そんな演奏から繋がる「New Moanin'」は光村、櫛野啓介、吉澤幸男のトリプルギターにより、光村と吉澤のギターがハモり、櫛野は空間的な、エフェクティブなサウンドを鳴らすというこのバンドの編成ならではの特性をライブという場でしっかり感じさせてくれる曲だ。吉澤はコーラスとしても重要な役割を担っていることが見るとすぐにわかるが、光村の伸びやかな歌声がタイトルや歌詞の内容と相まって、このバンドが、この曲が、このサウンドが新たな始まりであるということを実感させてくれる。さっきまで薄暗かったステージがサビで一気に明るくなるのはどこか光に包まれているような感覚になるし、その光はこのバンドが音として放っているものでもある。
すると鳴橋大地(ドラム)が軽快なリズムを鳴らし始めると、光村もステージ前に出てきて観客にそのリズムに合わせた手拍子を煽り始める。その姿によってどこか緊迫していたような会場のムードも解れてくる感じもあるのだが、そうして演奏されたのが北海道というイメージからはかなり遠く感じるような「夏の太陽」的な歌詞とサウンドの曲であるというギャップも面白い。実際に
「君は太陽」
というサビが実にキャッチーなこの曲は光村のルーツである歌謡曲のメロディをこのバンドに落とし込んだものであると言えるだろう。何というか、この曲を聴いて少し安心するのは、きっとZIONはNICOとは全く違う音楽になるんだろうなということはわかっていても、光村という男の持つメロディのポップさは失われることはないということがわかるからである。
その光村がギターを置いてハンドマイクを持ち、バンドのキメに合わせてポーズを取るようにしながらスキャットを始める。それはかつてのNICOのライブでも時折披露していたものであるのだが、それが光村の歌唱力と声量だけではなくて音程の取り方、リズムの取り方までも含めて本当に素晴らしいボーカリストであるということを感じさせてくれる。その光村のスキャットに合わせてメンバーが音をなぞるというのも紛れもなくこのバンドならではのセッションの形であるが、そのスキャットから突入した「Setogiwa」のキメ連発のリズムとそれを乗りこなす光村の韻を重視した言葉遊び的なボーカルは圧巻そのもの。このバンドがどれだけ強者の集団であるかということがよくわかるし、1コーラス目と2コーラス目で手数を倍にしながらも曲のテンポ自体を変えることはないという鳴橋のドラムは本当に見事である。やはりそこは光村、自分の新しいバンドではなくて、この5人でのZIONというバンドにすでになっている。
そんな圧巻の演奏から一旦空気をリセットするかのようにインストセッションを鳴らして再び会場が神聖な空気に包まれると、6月のライブで演奏された時から美しいメロディのバラード曲として強く印象に残っていた「Shield」へ。
「恋は幻」
というサビを締めるフレーズのインパクトが実に強い曲であるが、演奏が凄いだけではなくて、ひたすらに曲が良い、メロディが良いということ。もはやNICOの曲を例えに出すのは良くないことなのかもしれないけれど、それでも「トマト」や「梨の花」を初めて聴いた時の、なんて良い曲なんだ…と思った時の気持ちを思い出させてくれる曲だ。やはりメンバーやバンドが変わっても光村は自分が知り得る上で屈指のメロディメーカーであり、そのメロディの美しさを自身の声で最大限に引き出すことができるボーカリストであるなと思うのだ。
そのまま演奏された「Jigsaw」から感じられるのは一転してこのバンドのグルーヴ。それを生み出しているのはうねりまくるリズムによって1人で強力なグルーヴを放っている佐藤のベースであるが、そこにメンバーそれぞれの鳴らす音が、光村のボーカルが重なることによってこのバンドでしかないグルーヴになる。櫛野はこの曲ではシェイカーを振るなど、ギタリストという立ち位置ではあるが、様々な技術や楽器やアイデアを駆使してこのバンドが単なるギター、ベース、ドラムという楽器が鳴るイメージから大きく飛び越えるようなサウンドを鳴らすことができるバンドであることを示すキーマン的な存在と言える。ライブではシンセをわかりやすく弾くことはないが、存在としてはシンセをギターなどを使って鳴らすメンバーというような。
そんな中で光村が再びアコギに持ち替えると、アコギということは歌い上げるような曲になるのかと思いきや、歌詞にも「Rock & Roll」というフレーズが出てくるこの新曲は光村と吉澤のギターがハモることによって、アルバムの中ではほとんど感じられなかった、ギターロックバンドとしての疾走感を感じさせる曲になっている。そういえば光村はNICO時代にもアコギを弾きながら、これでもかというくらいにロックな曲を作ったりもしていた。その最新形がこの曲と言えるし、アコギでもロックさを生み出すことができるというのもさすが光村だ。
何よりもアルバムがリリースされたばかりだというのにそのアルバムに収録されていない、それでいて一聴して完成度が高い、すでにライブで何回も演奏されているかのような新曲が次々に演奏されているというのは、このバンドがアルバム完成後も北海道のスタジオで音を鳴らし合って音楽を作り続けているということを感じさせてくれる。それを心から楽しみながらやっているんだろうなというのが演奏しているメンバーの表情を見ていてよくわかる。
すると曲間では佐藤にスポットライトが当てられ、
「こうしてアルバムが完成して、ツアーを回れていることを本当に嬉しく思います。どうか最後まで楽しんでいってください」
と実に真面目に挨拶。前回のライブでもMCを担っていたのは佐藤だったが、必要以上のことを全く言わずにひたすら曲と演奏を続けるというストイックなライブは、その鳴らしているものによって自分たちの思いはしっかり伝えているというバンドの姿勢によるものだと言っていいだろう。
そんなMCというより挨拶を挟んで演奏されたのは、トリプルギターのサウンドがどうしたって北海道の雪に覆われた土地の雄大さを感じさせるようなインスタ曲「Innipi (N)」。この曲は初めて聴いた時から、その音が想起させる映像が東京でも大阪でも名古屋でもなく、ましてや九州や沖縄でもなければ北海道でも札幌のような都会ではない、自然や野生を感じさせるような場所だった。きっとこの曲はZIONが北海道の人里離れたスタジオを拠点にしなければ生まれなかった曲だろうし、そうして自分たちが暮らす場所から音楽が生まれているというのがこのバンドが北海道を拠点に選んだ意味を感じさせてくれるのだ。ただ土地があったからそこに行ったのではなくて、その場所で生まれる、鳴らされるべき音楽が自分たちの中に浮かんでくる。北海道出身ではなくても北海道で生きているバンドとしてのアイデンティティが確かにその音には宿っている。
そんな北海道の自然を想起させた後に演奏されたのはアルバムの収録順通りであり、前回のライブで先行販売されていた「Hurricane」。他の収録曲に比べるとはるかにストレート、だけれど1コーラス目では鳴橋がデジタルドラムを叩き、佐藤はシンセベースを弾くという、実はストレートに見えるけれど実はめちゃくちゃ変化球をストレートに見せているというこのバンドの面白さが遺憾なく発揮された曲であるが、光村はこの曲で思いっきり
「まだ歌っていたいよ」
と声を張り上げる。光村がそれを本心から思っているということがよくわかる。まだ歌っていたいだろうし、まだまだ歌っていて欲しい。それはもう聴けないのかもしれないと思った期間があったからこそよりそう思うのだ。きっとここにいた人たちはZIONがメンバーの名前を明かしていなくて、顔が見えない状態でも歌声を聴けばそれが光村のものであるとわかるはず。それくらいに、この歌とこの声じゃなければ満たされないものがあるのだ。それはバンドや音楽性が変わっても決して変わることがないということをZIONの音楽とライブは示してくれている。
そんな光村が再びハンドマイクになると、燃えさかるようなロックンロールサウンドをさらに燃え上がらせるように真赤な照明がメンバーを照らし、光村が英語歌詞で歌い始める。なんだこれは?新曲?と思っていたら、それがどんどん聞き覚えのあるものになっていき、ステッペンウルフの「Born To Be Wild」のカバーであることに気付く。光村はもちろん世界中のあらゆる音楽を聴くリスナーであり音楽ラバーであるが、まさかこの曲を今このバンドがカバーするとは。わかりやすさという意味ではテレビでもよく使われているだけにインパクト抜群であるが、このバンドはカバーありなのかというのは驚きであった。それはまだ持ち曲が少ない今だからこそなのかもしれないが、光村はハンドマイクで手拍子を煽り、サビでは思いっきりマイクを客席に向けてタイトルフレーズを歌わせようとする。たくさんの腕は上がっていたが、声は上がっていたようには聞こえなかったのは、きっとみんなこのライブが発声OKなものであるかということを迷っていたからだろう。
そんな光村はハンドマイクからシェイカーに持ち替え、それをリズミカルに振ることによって佐藤のうねりまくるベースと鳴橋のダンサブルなドラムにさらなるグルーヴを加えるのは現在のこのバンド随一のダンスロック「Deathco lsland」であり、観客も「Born To Be Wild」からの流れによって思い思いに体を動かしているのだが、1番その演奏によって精神が解放されているのは間違いなく光村本人だろう。だから曲中にシェイカーを投げ捨ててギターを持つと、アウトロではステージ上を寝転がりながらギターを弾きまくる。NICO時代からボーカリストでありながらもギタリスト顔負けのテクニックを見せつけてきた男であるが、それはトリプルギターのこのバンドでも変わらないどころか、さらに進化している。それはこのバンドでギターを弾くのが楽しくて仕方がないからだろう。そんな、まるでバンドを始めたばかりの少年に戻ったかのような姿を見ることができるのも、まだこのZIONが始まったばかりのバンドだからだ。
そして再び静謐な空気に包まれる中で光村がタイトルフレーズを歌い、それをメンバー全員で重ねることによってやはりゴスペル的な空気を感じさせるのは「(Here Comes) SUN'n' JOY」であるのだが、ゴスペルというのは聖歌であって、歌が上手くないと成立しない音楽でもある。このバンドのコーラスからその要素を感じられるのはメンバーそれぞれが演奏だけではなくてコーラスの実力も抜群であるということであるし、ツアーやアルバムタイトルになっている曲を次の曲に繋げるための導入的な曲に使うというバンドもそうそういないだろうと思う。
その曲から繋がる曲は前回のライブで先行販売された曲の1つである「Eve」。ある意味では「Innipi (N)」以上に北海道の自然の中で暮らし、音楽を作っているバンドであるということを感じさせるような神聖かつ神秘的なサウンド。そこに光村のファルセットもふんだんに含めたボーカルが乗るのであるが、そのボーカルの見事さ-それは上手さだけではなくて感情の込めっぷりも含めた表現力-は我々がずっと素晴らしいボーカリストだと思っていたNICO時代から全く変わることはない…いや、あの頃よりさらに圧倒的に進化している。自身のその歌声の素晴らしさを最大限以上に発揮できる音楽を光村はこのバンドでついに掴んだのだ。最後にリフレインされる
「Here Comes SUN'n' JOY」
というフレーズの歌唱は、バンドが鳴らしている音と光村の歌唱によって、ここに太陽の光と歓びが溢れていることを示すものだった。それは雪が積もる冬を抜けて光射す春を待ち侘びるようでもあるような。それは音楽シーンにとっての冬の時代を経て、これから春の季節に向かっていくという希望を強く感じさせるものでもあった。光村の歌声は今でもこんなに我々の心を揺さぶってくれる。それはむしろかつて以上かもしれないというくらいに。
アンコールではこれはもうおなじみなのだろうかという、佐藤がステージの真ん中に立ち、他のメンバーはそれを見守るようにステージ上に座る中で手紙を朗読するというこの日唯一のMCらしいMCが「北の国から」のBGMとともに始まるのだが、その内容は佐藤が20歳年下の従兄弟に宛てたものであり、ポケモンの新作ゲームの話を入れまくることによって、全然それがわからない自分にとっては半分くらいが何を言っているのかよくわからないものになっていた。佐藤が従兄弟とポケモンを一緒にやって遊びたいという思いは伝わってくるが、演奏やコーラスは格段に進化してもこの朗読の棒読みっぷりはあまり進化していなかった。
しかし最後にはこのツアーの追加公演が3月に恵比寿リキッドルームと札幌で開催されるということを発表して大きな拍手を巻き起こすと、
「誕生日が9月16日、B.B.キングと同じ日の佐藤でした」
と締めてBGMがB.B.キングのものに変化するという締め方を心得るようになっていた。
そんな佐藤しか喋らないMCを経て、光村がアコギを持って演奏したのはなんとさらなる新曲。アルバムの最後に収録されている「Leaves」が演奏されてないんですけど、と思いながらも、佐藤がシンセベースを弾くことによってアコースティックなバラードの中にデジタルな感触を忍ばせながら、それに連なるような別れの描写を刻んだ歌詞を光村が歌い上げるような曲。最後に
「喜びが待つ場所へ」
というフレーズを歌い上げたのを見た時、光村にとってそれはこのバンドであり、やっぱりこうして歌い、音を鳴らせるライブという場所なんだなと思った。
最後にメンバー全員で肩を組んで一礼した姿も含めて、NICO活動終了後に弾き語りを各地でしていた時は、「いくらでも1人でやろうとすればできる人だもんな」と、これからは1人でメンバーを従えて音楽をやっていくことになるんじゃないかと思っていた。
でも光村はやっぱりバンドの人だった。自分が指示したフレーズを演奏してもらうメンバーを従えるのではなくて、自分の作った曲をさらに高めていくアイデアを持ち、演奏ができるメンバーとともに音楽を作り、それを即興性の高いライブでのセッションも含めて自由に練り上げていく。そんなメンバーを必要としていたのだ。
それが10代の時からずっと一緒にやってきたメンバーが居なくなっても、バンドが変わってもやりたいことだった。そのやりたいことをやるためのメンバーがいて、その場所がある。光村がまだ歌ってくれているだけでも嬉しいのに、光村がバンドマンであろうとしているのが本当に嬉しい。そのバンドの存在によって光村の歌声がさらに輝きを増し、光村の音楽がより進化を果たしていくということを我々はもう知っているからだ。
去り際に光村は
「じゃあ、また恵比寿で」
と言ってからステージを去った。きっとこのライブの直後にここにいたたくさんの人が恵比寿のチケットを買ったことと思う。この声でしか、この男の作る音楽でしか満たされないものや思いが確かにあって、それを満たすことができる機会がまた巡ってきたのだから。音楽性は変わっても、光村龍哉という男とその音楽への信頼は全く変わることがないという確信を得ることができた、2回目のZIONとの邂逅だった。
1.Yowamushi
2.New Moanin'
3.新曲
4.Setogiwa
5.Shield
6.Jigsaw
7.新曲
8.Innipi (N)
9.Hurricane
10.Born To Be Wild
11.Deathco Island
12.(Here Comes) SUN'n' JOY
13.Eve
encore
14.新曲
ずっと真夜中でいいのに。 ROAD GAME「テクノプア」〜叢雲のつるぎ〜 @代々木第一体育館 1/14 ホーム
マカロニえんぴつ マカロックツアー vol.14 〜10周年締めくくり秋・冬ツアー☆飽きがくる程そばにいて篇〜 @さいたまスーパーアリーナ 1/8