東京初期衝動 「東京初期衝動と大気汚染ツアー」 @渋谷CLUB QUATTRO 6/17
- 2022/06/18
- 20:22
衝撃のデビュー作「SWEET 17 MONSTERS」から3年。その間にも毎年新たな挑戦となるEPをリリースしてきた東京初期衝動がついに2ndアルバム「えんど・おぶ・ざ・わーるど」を2022年2月2日という、2枚目のアルバムにこれほどふさわしい日はないという日付でリリース。
そのリリースツアー「東京初期衝動と大気汚染ツアー」は4月からスタートし、この日の渋谷CLUB QUATTROはセミファイナル。後はしーなちゃん(ボーカル&ギター)が大好きな沖縄でのファイナルを残すのみというところまで来た。
ライブ前にはおなじみのP青木(一応BAYCAMP主催者)が前説を行うのだが、やはりというかなんというかな締まらない感じになるも、メンバーがMCをしないからという理由で物販紹介までしてくれるというのは、これまでに数々の凄いアーティストを担当してきたP青木はこのバンドに本当に期待していることがわかる。
おなじみのTommy february6「je t'aime ★ je t'aime」が流れてメンバーがステージに現れると全員が赤い服で統一されているのかと思ったら、背後から真っ赤な照明に照らされているからそう見えただけだったのだが、SEが止んでメンバーが爆音を鳴らすと、希(ギター)とあさか(ベース)がステージ前のお立ち台に立って楽器を掲げる。その瞬間に照明が赤から白に変わり、まるでメンバーから後光が射すかのような神聖な光景になるのだが、その一瞬だけを見て「ああ、変わったな」というのがわかった。
コロナ禍になってもいち早くライブハウスでスタンディングのライブを行い、このツアーに至るまでも止まることなくライブをやり続けてきたことによって、メンバーの、バンドの纏うオーラが完全にライブバンドのそれになった。だから一瞬で「変わった」ということがわかったのだ。
その爆音を鳴らした2人が台から降りると、しーなちゃんがギターを弾きながら歌いはじめたのは「Because あいらぶゆー」であり、切々と歌うメロ部分からしーなちゃんが
「東京初期衝動です!」
と曲中に挨拶し、一気になおのドラムが突っ走ることによって
「殺しておけばよかった!」
のフレーズからパンクサウンドへとスピードアップするのだが、その鳴っている音の瑞々しさと、しーなちゃんのボーカル、希とあさかのコーラスの力強さは1曲目からどうしたって体が震えてしまう。バンドが新たに身に纏ったオーラがそのまま音にも乗っかっている。時にはマイクスタンドを引っ張って横を向いて歌うしーなちゃんのボーカルは特に
「わたしは幻なんかじゃなかった」
という、銀杏BOYZの大名曲の名フレーズを引用した歌詞で早くも極まった感すらあった。
すると「えんど・おぶ・ざ・わーるど」の1曲目に収録されている「腐革命前夜」でまたさらなる新しい扉が開いていく感覚が漲ってくるのは、明らかに技術も表現力もこれまでよりもさらに増した希のギターが鳴らすノイジーなサウンドの上でしーなちゃんが歌う
「アイツらを黙らせろ 僕が僕である為に
あの夜を突き抜けろ 革命を起こす僕だけが」
というフレーズがバンドにとっての覚悟を感じさせるからだ。それが生半可なものではないということは見ていればすぐにわかる。
ショートTシャツからスポブラが見え隠れするしーなちゃんが早くもギターを置くと、ハンドマイクでステージを走り回るようにして歌う「高円寺ブス集合」でメンバー全員による「バニラの求人」のフレーズの大合唱が。もちろんしーなちゃんは普通に客席にマイクを向けたりする。それは我々客側のライブの見方が変わったとしても、ステージでやることは変わらないという意思表示にも見える。かつては荒々しさこそがバンド名の通りに初期衝動として燃え盛っていたサウンド、リズムもグッと引き締まり、バンドとしての完成度の高さも感じられるけれど、それでも衝動は全く失われていない。だからこそ技術的にもライブがさらに凄く良くなったと感じる一方で、拳を突き上げたくなるような感覚にもなる。
東京初期衝動のファン層は広い。それこそ10代の女性から50歳くらいの男性、さらにはお笑い芸人までもが客席にいるという幅広さである。そんな幅広い年代の人々がしーなちゃんのキュートなボーカルによって歌われるタイトルフレーズを含むサビで腕で頭の上に丸を作って揺らすというダンスを踊るのが実に面白いし、メンバーもその光景を見て笑顔になっているのがわかる「マァルイツキ」はこのバンドのライブに今までとは少し違う空気をもたらしてくれる。かつてはメンバー(特にしーなちゃん)が自身の抱える様々なものと戦っているようなストイック極まりないライブだっただけに。
それは1stアルバムの「エピフォンのギター」から新作で「ギブソンのギター」へと、今の希の機材に合わせた歌詞に変わった「ベイビー・ドント・クライ」での、しーなちゃんと希が笑顔で向かい合いながらギターを鳴らす姿からも感じられることである。それによって元よりパンクさとポップさがどちらも最高レベルで両立していたこの曲の魅力がさらに引き出されている。それはもちろんしーなちゃんのボーカルの表現力、歌唱力のさらなる向上によるところも大きい。
「君に似合うのは僕くらい」
のフレーズで自身のことを指さすような姿からも。
ライブではおなじみの曲だったのがついに正式に流通音源化された「BAKAちんぽ」はしーなちゃんが歌う横であさかがあどけない笑顔でタイトルフレーズを叫ぶという図が、下ネタなのに実に爽やかな光景に見えてくるのであるが、2コーラス目からそのタイトルフレーズを叫ぶ役はなおへと交代し、なおが叫ぶたびに希とあさかがドラムセットの方を振り向くというのも実に面白い。何というか、そういう見ていて楽しめるようなライブ作りをするようになったところに本当にこのバンドがライブによって解放されていることがわかって、嬉しくなると共にしみじみしてしまうのだ。そんなメンバーの姿を見ることができて本当に幸せだと思うから。
東京初期衝動のシグネチャーサウンドと言えるような「ノイジーなギターサウンドとパンクのビートにとびきりキャッチーなメロディが乗る」というのを新作の曲で実感させてくれるのは
「星が錆びる夜 最高の夢見てた
矛盾だらけの世界でも君は変わらないで
傷ついたってかまわない 指先止まれロンリーガール」
というサビの歌詞がどこまでも詩的でロマンチックな「空気少女」であるが、希がお立ち台に立ってイントロのギターを弾く、きらめくようなメロディの「流星」も、その季節はもう過ぎてしまったかのように雨が降ったり暑くなったりする最近の関東地方であるが、この曲を聴くとどこか別れの季節と言われる春の蒼さが続いているかのように感じられる「春」も、2019年から今に至るまでの様々な時期の曲でその東京初期衝動らしいサウンドが変わることなく進化し続けているということを実感させてくれる。特に「春」のメンバーのコーラスワークの見事さはしーなちゃんだけではない、バンド全体としての歌唱力と、それによる表現力の向上っぷりを感じさせてくれる。
MCをライブ中に挟むことがほぼないだけに、ここで突如として聴いたことがない曲=新曲が演奏される。ストレートなロックサウンドで、聴いた感じでは
「愛をぶちかませ」
と歌っていたのだが、最前ブロックの方々がこの曲でも明らかに知っている感じでサビで腕を上げていたというのは、すでにこのツアーに何箇所も参加してきた人たちなのだろう。
しーなちゃんの弾き語り的に始まったことによってメロディと歌詞の持つ切なさが際立つ「中央線」はしかし、途中からバンドサウンドになるというアレンジによって、バンドのサウンドの圧力と迫力の強さを感じられるようになっているのだが、続く「STAND BY ME」ではしーなちゃんが
「ここで躓くなよ 東京初期衝動!」
と歌詞を変えて歌うと、コーラスをしていたあさかがマイクスタンドから顔を逸らす。その後にまたマイクに顔を向けた時の表情から、あさかは泣いていたようだった。自分たちがなりたかったバンドになれていて、見たかった景色が見れていることによって溢れ出たものだったのだろうか。そこからはこのツアーがどれだけ充実したものだったのかを感じざるを得ないし、見ているこちらも思わずグッと来てしまう。
「わたしが壊れても 泣かないでいてね」
と歌っていても。
するとしーなちゃんはギターを下ろしてマイクではなくて拡声器を持って歌い始めるのはラウドなサウンドの「山田!恐ろしい男」であり、やはり拡声器を持って歌う姿はどこか椎名林檎をも彷彿とさせるのだが、こうして曲のテーマや歌詞になるくらいの存在である「山田」はどんな人なんだろうかとちょっと見てみたくなってしまう。
しーなちゃんが再びギターに持ち替えるという忙しない流れであってもMCがないために凄まじいテンポの良さによってイントロのギターが鳴らされたのは「愛のむきだし」なのだが、収録EP「LOVE&POP」リリース時にしーなちゃんは「レコーディングがめちゃくちゃキツかった」と言っていた。それはもしかしたら当時はバンドのスキルが曲に追いついていないというところもあったのかもしれないが、どこか妖しい希のギターサウンドにさらにしーなちゃんのシャープなギターが乗ることによって、この曲がここまでの曲の中で1番ライブ化けしたなと思った。
だからこそ、これまではどちらかというと聴き入るようなタイプの曲だったのが、サビでは観客が飛び跳ねるようにすらなった。曲の持っているポテンシャル以上のものを今のこのバンドは引き出せるようになっているのだ。止まらずにライブを続けてきたこと、この曲をライブで演奏してきたこと。それが目に見える成果としてこんなにも現れている。
「えんど・おぶ・ざ・わーるど」の収録曲を見た時に1番驚いたのは、シークレットトラックを除いた、実質的に最後になる曲のタイトルが「東京」というものだったということ。それは自分やしーなちゃんが1番影響を受けてきたバンドに同タイトルの大名曲があるだけに、その名を冠した曲を作るとは全く思っていなかったからだ。
「サンプラザ頭上 流れる涙達」
というフレーズは東京に上京してきた2人の物語だった銀杏BOYZの「東京」とは違う、東京で生きてきたしーなちゃんの視点によって描かれた「東京」であるのだが、
「あの頃の二人はもう
東京の街へ消えた」
という歌詞は「2人の夢は東京の空に消えていく」という銀杏BOYZのものをどうしたって思い出させる。でもパクりなんかでは決してない。リスペクトを持って、自分が愛してきたバンドの曲を越えようとしている。何よりも通じているのは聴いているだけで体と心が震えてしまうような切ないメロディーである。
そうして一つのライブのクライマックスを迎えたと思ったら、しーなちゃんはギターの代わりにタンバリンを持って、それを叩きながらキュートなボーカルへと歌い方を変えて「不純喫茶にてまた会いましょう」を歌うと、サビではタンバリンを王冠のように頭の上に乗せて歌うことによって、思わず「姫」と呼んでしまいそうになってしまう。
さらに続く「パンチザウルス」もしーなちゃんのキュートなボーカルとタンバリン捌きが見れる曲であり、この2曲は1stアルバムからのしーなちゃんの表現力の変化と進化が如実に現れた曲だと言えるだろうし、アルバム1枚でここまでボーカルの幅を広げられたということは、これから先もさらに進化していくということであり、もはやこれからどうなっていくのか楽しみすら通り越して恐ろしくなる。曲ごとに歌唱を変えることによって主人公が変わるというコンセプトアルバムすらも作れるかもしれないと思うほどに。そしてそれはこのバンドがポップなシーンへと切り込んでいく武器にもなり得るものだと思う。
そしてしーなちゃんがタンバリンからギターへと再び持ち替えると、「えんど・おぶ・ざ・わーるど」のアルバム内のクライマックスを担う、アルバムタイトルにも通じるようなタイトルの「世界の終わりと夜明け前」を演奏するのだが、歌っている時のしーなちゃんのマイクスタンドを少し横に向けながらギターをかき鳴らして歌っている姿が、絶対にこの人からでしか感じられないようなカリスマに溢れていて、「なんてカッコいいんだろうか…」と思ってしまった。それはもちろん曲の素晴らしさがあってこそなのであるが、特にサビの最後の
「ほらそんな顔で僕を見ないでくれよ」
というフレーズのメロディの素晴らしさは、単に激しくて過激なだけじゃない、なんでこのバンドがこんなに注目されるようになって、こうした広いライブハウスにたくさんの人が観に来るような存在になったのかを示している。本当に今の若手バンドシーン屈指のメロディメーカーだと自分は思っている。
「あと3曲で終わります」
としーなちゃん口にしたのだが、今までそうしたことすらもなかなかライブ中に言ったのを聞いたことがなかった。それはあと3曲で終わってしまうけれど、まだまだ終わりたくないという心境を示すものだったはずだ。それくらいにこのライブを楽しんでいるのが見ていて本当に伝わってきていたから。
そうして演奏された「トラブルメイカーガール」はこれまでに様々な逸話を持つしーなちゃんだからこそリアリティを持つ曲であるのだが、その中でも未だかつて他に誰も歌ったことがある人がいないであろう
「産みたいくらいに愛してる!」
のフレーズをあさかがステージを走り回りながら、希のマイクに向かって叫んだり、しーなちゃんのマイクスタンドで2人で叫んだりしている。そのライブを心から楽しみ過ぎていて我を忘れている、泣いたり笑ったりと感情を包み隠さずに爆発させている姿が今のこのバンドを引っ張る原動力になっている。加入時には彼女を鍛える意味合いを持ったツアーを回ったりもしたが、誰しもの想像を上回るようなスピードであさかは成長を遂げているし、ただの1ファンという立場ではあるけれど、このバンドに入ってくれて本当にありがとうございますと思った。
そのあさかのベースとしーなちゃんのボーカルから始まるのは、このバンドの始まりを告げた「再生ボタン」なのだが、その始まりから希のギターとなおのドラムが重なった瞬間のカタルシスの凄まじさたるや。何か選ばれたロックバンドのライブにしかかからない特別な魔法が今この瞬間に確かに存在しているのを感じていた。
それくらいに、一緒に思いっきり声を出して歌いたくて、銀杏BOYZのライブがそうだったように、モッシュピットに突っ込んでいったり、ダイブしたくなったり…。そんな衝動が確かに体の中を駆け巡っていた。つい先ほどまではキュートなボーカルへと変化していたしーなちゃんのボーカルは紛れもなくロックスター、パンクスターのそれだった。あまりにカッコ良過ぎて、そのカッコ良さだけで心が震え過ぎて涙が出てきてしまった。東京初期衝動はそんなライブをするバンドになったのだ。特別な曲だったこの曲が、この日さらに特別なものになった瞬間だった。
そしてバンドが轟音を鳴らすと、しーなちゃんは
「ロックンロール!!!」
と思いっきり叫ぶ。それは曲のタイトルでもあるのだけれど、自分たちが今それを体現しているということを叫ぶようでもあった。
きっとこれから先、合唱もモッシュもダイブも自由に、普通にできるようなライブハウスのライブがきっと帰ってくる。そうなった時にもっとたくさんの人がこのバンドのライブと音楽を求めるようになるはず。親と一緒に聴くにはあまりに気まずくなるような曲が多いし、メディアでは放送できないような歌詞の曲だってたくさんあるバンドだけれど、そんなバンドが今よりもっと広いシーンを塗り替えてくれるような確信が鳴らしている音に宿っていた。
「ロックンロールは鳴り止まないって誰かが言ってた」
その「誰か」も様々な浮き沈みや変化を経験しながらも、今もその言葉を体現し続けている。
「ロックンロールを鳴らしている時
きみを待ってる ここで鳴ってる いつかきっと
世界のどっかで きみを待ってる いつかきっと」
あの「誰か」も、東京初期衝動も、まだ出会っていない、これから先に出会うことになるたくさんの人をここで待っている。そんなここに、ライブハウスに、誰もが1ミリの不安もなく足を運べるような世の中に一刻も早く戻りますようにと思っていた。そうすればきっとこのバンドの状況だって変わると思っているから。
アンコールで再びメンバーがステージに現れると、しーなちゃんがギターを持ちながら、新曲が映画のタイアップに決まったことを発表し、その新曲を早くも演奏する。それは映画タイアップだからと言って置きにいくようなポップな曲ではなくて、むしろソリッドなロックンロールというサウンドになっているのが変わらぬこのバンドの芯を感じさせてくれて安心するのだが、この曲もまた他の曲と同様にライブで何度も演奏されることで進化していくのだろう。その映画がどれくらいの規模感で上映されるものなのかはわからないが、少しでもこのバンドのことを知ってくれる人が増えてくれたらいいなと思う。
するとしーなちゃんはギターを置いてハンドマイクになるのだが、
「タンバリンない!」
と、本編でも使っていたタンバリンが所在不明になっていることを告げるとすぐにスタッフがステージに持ってきてくれるというのは東京初期衝動チームの対応力とチームワークを感じさせるのだが、一方ではあさかはお立ち台の上に立ったままで歌えるようにマイクスタンドの高さをスタッフに調整してもらっている。
そうして演奏された「黒ギャルのケツは煮卵に似てる」が今でもこうしてライブで演奏されているのがこのバンドの変わらない原点を感じさせてくれるのだが、しーなちゃんの歌いながら見せる弾けるような笑顔はよりこの瞬間を尊いものに感じさせてくれる。
その「黒ギャル〜」は曲後半で一気に高速化するというのも見せ場であるのだが、その高速化したバンドの演奏がそのまま「兆楽」へと繋がっていく。しーなちゃんはTシャツを脱いでスポブラ姿になり、さらに頭から水をかぶるというセクシーさがそのままカッコ良さになっていくのだが、おそらくはこのバンドの曲の中で最もメディアで放送できない歌詞の曲であると思われるが、それを性急なバンドサウンドに乗せてメンバー全員で歌うというあたりにもこのバンドの変わらぬパンクスピリットが滲み出ている。
「今日はありがとうございました」
とだけしーなちゃんが言うと、アルバムのシークレットトラックとして収録されていた、今やライブでもおなじみの「高円寺ブス集合」の爆速バージョンへ。というかただでさえ速い曲である「高円寺〜」なだけに、ライブでやると誰かしらがさらに走るようになるのだが、それでもしっかりバンドとしてそのリズムを合わせられるというあたりに今のこのバンドの演奏力だけならず結束力の高さも感じざるを得ない。それはリズムを司るなおへの3人からの信頼感とも言えるのかもしれないが、曲間なく演奏するメンバーも、本編よりもさらにテンション高く歌い続けるしーなちゃんも凄まじい体力である。
しかし爆速バージョンはやはり相当な体力を消費するようで、演奏後に明らかに力を使い果たしているかのようにも見えるのだが、それでもしーなちゃんはステージに座り込みながら、
「帰りたくない。なおちゃん、まだ帰りたくないよ〜」
と言うと、なおは酸素を吸入してさらなる追加の演奏に備えるのだが、
「これでまた怒られるな〜(笑)」
と言いながらも、最後にはしーなちゃんハンドマイクバージョンでの「再生ボタン」が演奏される。しーなちゃんはなんでそんなに体力があるのかと思うくらいに飛び跳ねながら「オイ!オイ!」と煽りまくりながら歌う。「帰りたくない」と言ったのも、心からこのライブを楽しんでいて、今の自分たちが自分たちのやりたいような素晴らしいライブができていること、それが来てくれている人にちゃんと伝わっているのがわかっているからだろう。
あさかもお立ち台に立ちながら「オイ!オイ!」と叫びまくっていたのだが、本編での「再生ボタン」の感動にさらに楽しさが何倍にもなって重なっていく、本当にこれ以上ないくらいの締め方だった。この曲によって、この日のライブはあらゆるポジティブな感情が振り切れるようなものになったのだった。
演奏が終わるとあさかは1人だけステージに残り、8月にまた新たなワンマンライブが東京で決まったことを笑顔で告知する。それはそのライブの内容も含めて、東京初期衝動が無責任にやりたいようにやるんじゃなくて、決まりを守りながら自分たちのライブがもっと楽しめるようなライブハウスの楽しみ方を取り戻しに行こうとしているということだ。その告知をしたあさかが去っていく姿を見て、やっぱりまた「このバンドに入ってくれてありがとう」と思ったのだった。
このツアーの水戸の時だったか、ライブが終わった後にしーなちゃんはツイッターで
「今日は少し不完全燃焼だった」
的なことを書いていた。そう言えるのは今はこのバンドが明確に自分たちがどんなライブをやりたくて、その日の自分たちのライブがどうだったかをわかっているということだ。ただデカい音を出していればそれだけでいいというわけではなくて、じゃあ次からはどうするべきなのかというのも話し合ったりしているだろうし、ちゃんとバンド、ライブへの意識を明確に持って臨んでいる。その意識は必ずこのバンドのライブをもっと凄まじいものへと進化させるはず。それは早くもこのクアトロでのライブにおいて確かに実を結んでいた。
初めてライブを見た時から何度となくこのバンドには
「このバンドをやってくれていてありがとうございます」
と思っている。しーなちゃんがバンドをやる前から知っている人だから。でもこの日はそれに加えてこれまで以上に
「こうやって出会うことができて本当にありがとうございます」
と思った。そしてきっとそれはこれから先も今日以上にそう思える日が何度となく訪れると思っている。東京初期衝動の音で自分の中の大気が汚れるのならば、もっともっと汚してくれと思っている。
1.Because あいらぶゆー
2.腐革命前夜
3.高円寺ブス集合
4.マァルイツキ
5.ベイビー・ドント・クライ
6.BAKAちんぽ
7.空気少女
8.流星
9.春
10.新曲
11.中央線
12.STAND BY ME
13.山田!恐ろしい男
14.愛のむきだし
15.東京
16.不純喫茶にてまた会いましょう
17.パンチザウルス
18.世界の終わりと夜明け前
19.トラブルメイカーガール
20.再生ボタン
21.ロックン・ロール
encore
22.新曲
23.黒ギャルのケツは煮卵に似てる
24.兆楽
25.高円寺ブス集合 (爆速ver.)
26.再生ボタン
そのリリースツアー「東京初期衝動と大気汚染ツアー」は4月からスタートし、この日の渋谷CLUB QUATTROはセミファイナル。後はしーなちゃん(ボーカル&ギター)が大好きな沖縄でのファイナルを残すのみというところまで来た。
ライブ前にはおなじみのP青木(一応BAYCAMP主催者)が前説を行うのだが、やはりというかなんというかな締まらない感じになるも、メンバーがMCをしないからという理由で物販紹介までしてくれるというのは、これまでに数々の凄いアーティストを担当してきたP青木はこのバンドに本当に期待していることがわかる。
おなじみのTommy february6「je t'aime ★ je t'aime」が流れてメンバーがステージに現れると全員が赤い服で統一されているのかと思ったら、背後から真っ赤な照明に照らされているからそう見えただけだったのだが、SEが止んでメンバーが爆音を鳴らすと、希(ギター)とあさか(ベース)がステージ前のお立ち台に立って楽器を掲げる。その瞬間に照明が赤から白に変わり、まるでメンバーから後光が射すかのような神聖な光景になるのだが、その一瞬だけを見て「ああ、変わったな」というのがわかった。
コロナ禍になってもいち早くライブハウスでスタンディングのライブを行い、このツアーに至るまでも止まることなくライブをやり続けてきたことによって、メンバーの、バンドの纏うオーラが完全にライブバンドのそれになった。だから一瞬で「変わった」ということがわかったのだ。
その爆音を鳴らした2人が台から降りると、しーなちゃんがギターを弾きながら歌いはじめたのは「Because あいらぶゆー」であり、切々と歌うメロ部分からしーなちゃんが
「東京初期衝動です!」
と曲中に挨拶し、一気になおのドラムが突っ走ることによって
「殺しておけばよかった!」
のフレーズからパンクサウンドへとスピードアップするのだが、その鳴っている音の瑞々しさと、しーなちゃんのボーカル、希とあさかのコーラスの力強さは1曲目からどうしたって体が震えてしまう。バンドが新たに身に纏ったオーラがそのまま音にも乗っかっている。時にはマイクスタンドを引っ張って横を向いて歌うしーなちゃんのボーカルは特に
「わたしは幻なんかじゃなかった」
という、銀杏BOYZの大名曲の名フレーズを引用した歌詞で早くも極まった感すらあった。
すると「えんど・おぶ・ざ・わーるど」の1曲目に収録されている「腐革命前夜」でまたさらなる新しい扉が開いていく感覚が漲ってくるのは、明らかに技術も表現力もこれまでよりもさらに増した希のギターが鳴らすノイジーなサウンドの上でしーなちゃんが歌う
「アイツらを黙らせろ 僕が僕である為に
あの夜を突き抜けろ 革命を起こす僕だけが」
というフレーズがバンドにとっての覚悟を感じさせるからだ。それが生半可なものではないということは見ていればすぐにわかる。
ショートTシャツからスポブラが見え隠れするしーなちゃんが早くもギターを置くと、ハンドマイクでステージを走り回るようにして歌う「高円寺ブス集合」でメンバー全員による「バニラの求人」のフレーズの大合唱が。もちろんしーなちゃんは普通に客席にマイクを向けたりする。それは我々客側のライブの見方が変わったとしても、ステージでやることは変わらないという意思表示にも見える。かつては荒々しさこそがバンド名の通りに初期衝動として燃え盛っていたサウンド、リズムもグッと引き締まり、バンドとしての完成度の高さも感じられるけれど、それでも衝動は全く失われていない。だからこそ技術的にもライブがさらに凄く良くなったと感じる一方で、拳を突き上げたくなるような感覚にもなる。
東京初期衝動のファン層は広い。それこそ10代の女性から50歳くらいの男性、さらにはお笑い芸人までもが客席にいるという幅広さである。そんな幅広い年代の人々がしーなちゃんのキュートなボーカルによって歌われるタイトルフレーズを含むサビで腕で頭の上に丸を作って揺らすというダンスを踊るのが実に面白いし、メンバーもその光景を見て笑顔になっているのがわかる「マァルイツキ」はこのバンドのライブに今までとは少し違う空気をもたらしてくれる。かつてはメンバー(特にしーなちゃん)が自身の抱える様々なものと戦っているようなストイック極まりないライブだっただけに。
それは1stアルバムの「エピフォンのギター」から新作で「ギブソンのギター」へと、今の希の機材に合わせた歌詞に変わった「ベイビー・ドント・クライ」での、しーなちゃんと希が笑顔で向かい合いながらギターを鳴らす姿からも感じられることである。それによって元よりパンクさとポップさがどちらも最高レベルで両立していたこの曲の魅力がさらに引き出されている。それはもちろんしーなちゃんのボーカルの表現力、歌唱力のさらなる向上によるところも大きい。
「君に似合うのは僕くらい」
のフレーズで自身のことを指さすような姿からも。
ライブではおなじみの曲だったのがついに正式に流通音源化された「BAKAちんぽ」はしーなちゃんが歌う横であさかがあどけない笑顔でタイトルフレーズを叫ぶという図が、下ネタなのに実に爽やかな光景に見えてくるのであるが、2コーラス目からそのタイトルフレーズを叫ぶ役はなおへと交代し、なおが叫ぶたびに希とあさかがドラムセットの方を振り向くというのも実に面白い。何というか、そういう見ていて楽しめるようなライブ作りをするようになったところに本当にこのバンドがライブによって解放されていることがわかって、嬉しくなると共にしみじみしてしまうのだ。そんなメンバーの姿を見ることができて本当に幸せだと思うから。
東京初期衝動のシグネチャーサウンドと言えるような「ノイジーなギターサウンドとパンクのビートにとびきりキャッチーなメロディが乗る」というのを新作の曲で実感させてくれるのは
「星が錆びる夜 最高の夢見てた
矛盾だらけの世界でも君は変わらないで
傷ついたってかまわない 指先止まれロンリーガール」
というサビの歌詞がどこまでも詩的でロマンチックな「空気少女」であるが、希がお立ち台に立ってイントロのギターを弾く、きらめくようなメロディの「流星」も、その季節はもう過ぎてしまったかのように雨が降ったり暑くなったりする最近の関東地方であるが、この曲を聴くとどこか別れの季節と言われる春の蒼さが続いているかのように感じられる「春」も、2019年から今に至るまでの様々な時期の曲でその東京初期衝動らしいサウンドが変わることなく進化し続けているということを実感させてくれる。特に「春」のメンバーのコーラスワークの見事さはしーなちゃんだけではない、バンド全体としての歌唱力と、それによる表現力の向上っぷりを感じさせてくれる。
MCをライブ中に挟むことがほぼないだけに、ここで突如として聴いたことがない曲=新曲が演奏される。ストレートなロックサウンドで、聴いた感じでは
「愛をぶちかませ」
と歌っていたのだが、最前ブロックの方々がこの曲でも明らかに知っている感じでサビで腕を上げていたというのは、すでにこのツアーに何箇所も参加してきた人たちなのだろう。
しーなちゃんの弾き語り的に始まったことによってメロディと歌詞の持つ切なさが際立つ「中央線」はしかし、途中からバンドサウンドになるというアレンジによって、バンドのサウンドの圧力と迫力の強さを感じられるようになっているのだが、続く「STAND BY ME」ではしーなちゃんが
「ここで躓くなよ 東京初期衝動!」
と歌詞を変えて歌うと、コーラスをしていたあさかがマイクスタンドから顔を逸らす。その後にまたマイクに顔を向けた時の表情から、あさかは泣いていたようだった。自分たちがなりたかったバンドになれていて、見たかった景色が見れていることによって溢れ出たものだったのだろうか。そこからはこのツアーがどれだけ充実したものだったのかを感じざるを得ないし、見ているこちらも思わずグッと来てしまう。
「わたしが壊れても 泣かないでいてね」
と歌っていても。
するとしーなちゃんはギターを下ろしてマイクではなくて拡声器を持って歌い始めるのはラウドなサウンドの「山田!恐ろしい男」であり、やはり拡声器を持って歌う姿はどこか椎名林檎をも彷彿とさせるのだが、こうして曲のテーマや歌詞になるくらいの存在である「山田」はどんな人なんだろうかとちょっと見てみたくなってしまう。
しーなちゃんが再びギターに持ち替えるという忙しない流れであってもMCがないために凄まじいテンポの良さによってイントロのギターが鳴らされたのは「愛のむきだし」なのだが、収録EP「LOVE&POP」リリース時にしーなちゃんは「レコーディングがめちゃくちゃキツかった」と言っていた。それはもしかしたら当時はバンドのスキルが曲に追いついていないというところもあったのかもしれないが、どこか妖しい希のギターサウンドにさらにしーなちゃんのシャープなギターが乗ることによって、この曲がここまでの曲の中で1番ライブ化けしたなと思った。
だからこそ、これまではどちらかというと聴き入るようなタイプの曲だったのが、サビでは観客が飛び跳ねるようにすらなった。曲の持っているポテンシャル以上のものを今のこのバンドは引き出せるようになっているのだ。止まらずにライブを続けてきたこと、この曲をライブで演奏してきたこと。それが目に見える成果としてこんなにも現れている。
「えんど・おぶ・ざ・わーるど」の収録曲を見た時に1番驚いたのは、シークレットトラックを除いた、実質的に最後になる曲のタイトルが「東京」というものだったということ。それは自分やしーなちゃんが1番影響を受けてきたバンドに同タイトルの大名曲があるだけに、その名を冠した曲を作るとは全く思っていなかったからだ。
「サンプラザ頭上 流れる涙達」
というフレーズは東京に上京してきた2人の物語だった銀杏BOYZの「東京」とは違う、東京で生きてきたしーなちゃんの視点によって描かれた「東京」であるのだが、
「あの頃の二人はもう
東京の街へ消えた」
という歌詞は「2人の夢は東京の空に消えていく」という銀杏BOYZのものをどうしたって思い出させる。でもパクりなんかでは決してない。リスペクトを持って、自分が愛してきたバンドの曲を越えようとしている。何よりも通じているのは聴いているだけで体と心が震えてしまうような切ないメロディーである。
そうして一つのライブのクライマックスを迎えたと思ったら、しーなちゃんはギターの代わりにタンバリンを持って、それを叩きながらキュートなボーカルへと歌い方を変えて「不純喫茶にてまた会いましょう」を歌うと、サビではタンバリンを王冠のように頭の上に乗せて歌うことによって、思わず「姫」と呼んでしまいそうになってしまう。
さらに続く「パンチザウルス」もしーなちゃんのキュートなボーカルとタンバリン捌きが見れる曲であり、この2曲は1stアルバムからのしーなちゃんの表現力の変化と進化が如実に現れた曲だと言えるだろうし、アルバム1枚でここまでボーカルの幅を広げられたということは、これから先もさらに進化していくということであり、もはやこれからどうなっていくのか楽しみすら通り越して恐ろしくなる。曲ごとに歌唱を変えることによって主人公が変わるというコンセプトアルバムすらも作れるかもしれないと思うほどに。そしてそれはこのバンドがポップなシーンへと切り込んでいく武器にもなり得るものだと思う。
そしてしーなちゃんがタンバリンからギターへと再び持ち替えると、「えんど・おぶ・ざ・わーるど」のアルバム内のクライマックスを担う、アルバムタイトルにも通じるようなタイトルの「世界の終わりと夜明け前」を演奏するのだが、歌っている時のしーなちゃんのマイクスタンドを少し横に向けながらギターをかき鳴らして歌っている姿が、絶対にこの人からでしか感じられないようなカリスマに溢れていて、「なんてカッコいいんだろうか…」と思ってしまった。それはもちろん曲の素晴らしさがあってこそなのであるが、特にサビの最後の
「ほらそんな顔で僕を見ないでくれよ」
というフレーズのメロディの素晴らしさは、単に激しくて過激なだけじゃない、なんでこのバンドがこんなに注目されるようになって、こうした広いライブハウスにたくさんの人が観に来るような存在になったのかを示している。本当に今の若手バンドシーン屈指のメロディメーカーだと自分は思っている。
「あと3曲で終わります」
としーなちゃん口にしたのだが、今までそうしたことすらもなかなかライブ中に言ったのを聞いたことがなかった。それはあと3曲で終わってしまうけれど、まだまだ終わりたくないという心境を示すものだったはずだ。それくらいにこのライブを楽しんでいるのが見ていて本当に伝わってきていたから。
そうして演奏された「トラブルメイカーガール」はこれまでに様々な逸話を持つしーなちゃんだからこそリアリティを持つ曲であるのだが、その中でも未だかつて他に誰も歌ったことがある人がいないであろう
「産みたいくらいに愛してる!」
のフレーズをあさかがステージを走り回りながら、希のマイクに向かって叫んだり、しーなちゃんのマイクスタンドで2人で叫んだりしている。そのライブを心から楽しみ過ぎていて我を忘れている、泣いたり笑ったりと感情を包み隠さずに爆発させている姿が今のこのバンドを引っ張る原動力になっている。加入時には彼女を鍛える意味合いを持ったツアーを回ったりもしたが、誰しもの想像を上回るようなスピードであさかは成長を遂げているし、ただの1ファンという立場ではあるけれど、このバンドに入ってくれて本当にありがとうございますと思った。
そのあさかのベースとしーなちゃんのボーカルから始まるのは、このバンドの始まりを告げた「再生ボタン」なのだが、その始まりから希のギターとなおのドラムが重なった瞬間のカタルシスの凄まじさたるや。何か選ばれたロックバンドのライブにしかかからない特別な魔法が今この瞬間に確かに存在しているのを感じていた。
それくらいに、一緒に思いっきり声を出して歌いたくて、銀杏BOYZのライブがそうだったように、モッシュピットに突っ込んでいったり、ダイブしたくなったり…。そんな衝動が確かに体の中を駆け巡っていた。つい先ほどまではキュートなボーカルへと変化していたしーなちゃんのボーカルは紛れもなくロックスター、パンクスターのそれだった。あまりにカッコ良過ぎて、そのカッコ良さだけで心が震え過ぎて涙が出てきてしまった。東京初期衝動はそんなライブをするバンドになったのだ。特別な曲だったこの曲が、この日さらに特別なものになった瞬間だった。
そしてバンドが轟音を鳴らすと、しーなちゃんは
「ロックンロール!!!」
と思いっきり叫ぶ。それは曲のタイトルでもあるのだけれど、自分たちが今それを体現しているということを叫ぶようでもあった。
きっとこれから先、合唱もモッシュもダイブも自由に、普通にできるようなライブハウスのライブがきっと帰ってくる。そうなった時にもっとたくさんの人がこのバンドのライブと音楽を求めるようになるはず。親と一緒に聴くにはあまりに気まずくなるような曲が多いし、メディアでは放送できないような歌詞の曲だってたくさんあるバンドだけれど、そんなバンドが今よりもっと広いシーンを塗り替えてくれるような確信が鳴らしている音に宿っていた。
「ロックンロールは鳴り止まないって誰かが言ってた」
その「誰か」も様々な浮き沈みや変化を経験しながらも、今もその言葉を体現し続けている。
「ロックンロールを鳴らしている時
きみを待ってる ここで鳴ってる いつかきっと
世界のどっかで きみを待ってる いつかきっと」
あの「誰か」も、東京初期衝動も、まだ出会っていない、これから先に出会うことになるたくさんの人をここで待っている。そんなここに、ライブハウスに、誰もが1ミリの不安もなく足を運べるような世の中に一刻も早く戻りますようにと思っていた。そうすればきっとこのバンドの状況だって変わると思っているから。
アンコールで再びメンバーがステージに現れると、しーなちゃんがギターを持ちながら、新曲が映画のタイアップに決まったことを発表し、その新曲を早くも演奏する。それは映画タイアップだからと言って置きにいくようなポップな曲ではなくて、むしろソリッドなロックンロールというサウンドになっているのが変わらぬこのバンドの芯を感じさせてくれて安心するのだが、この曲もまた他の曲と同様にライブで何度も演奏されることで進化していくのだろう。その映画がどれくらいの規模感で上映されるものなのかはわからないが、少しでもこのバンドのことを知ってくれる人が増えてくれたらいいなと思う。
するとしーなちゃんはギターを置いてハンドマイクになるのだが、
「タンバリンない!」
と、本編でも使っていたタンバリンが所在不明になっていることを告げるとすぐにスタッフがステージに持ってきてくれるというのは東京初期衝動チームの対応力とチームワークを感じさせるのだが、一方ではあさかはお立ち台の上に立ったままで歌えるようにマイクスタンドの高さをスタッフに調整してもらっている。
そうして演奏された「黒ギャルのケツは煮卵に似てる」が今でもこうしてライブで演奏されているのがこのバンドの変わらない原点を感じさせてくれるのだが、しーなちゃんの歌いながら見せる弾けるような笑顔はよりこの瞬間を尊いものに感じさせてくれる。
その「黒ギャル〜」は曲後半で一気に高速化するというのも見せ場であるのだが、その高速化したバンドの演奏がそのまま「兆楽」へと繋がっていく。しーなちゃんはTシャツを脱いでスポブラ姿になり、さらに頭から水をかぶるというセクシーさがそのままカッコ良さになっていくのだが、おそらくはこのバンドの曲の中で最もメディアで放送できない歌詞の曲であると思われるが、それを性急なバンドサウンドに乗せてメンバー全員で歌うというあたりにもこのバンドの変わらぬパンクスピリットが滲み出ている。
「今日はありがとうございました」
とだけしーなちゃんが言うと、アルバムのシークレットトラックとして収録されていた、今やライブでもおなじみの「高円寺ブス集合」の爆速バージョンへ。というかただでさえ速い曲である「高円寺〜」なだけに、ライブでやると誰かしらがさらに走るようになるのだが、それでもしっかりバンドとしてそのリズムを合わせられるというあたりに今のこのバンドの演奏力だけならず結束力の高さも感じざるを得ない。それはリズムを司るなおへの3人からの信頼感とも言えるのかもしれないが、曲間なく演奏するメンバーも、本編よりもさらにテンション高く歌い続けるしーなちゃんも凄まじい体力である。
しかし爆速バージョンはやはり相当な体力を消費するようで、演奏後に明らかに力を使い果たしているかのようにも見えるのだが、それでもしーなちゃんはステージに座り込みながら、
「帰りたくない。なおちゃん、まだ帰りたくないよ〜」
と言うと、なおは酸素を吸入してさらなる追加の演奏に備えるのだが、
「これでまた怒られるな〜(笑)」
と言いながらも、最後にはしーなちゃんハンドマイクバージョンでの「再生ボタン」が演奏される。しーなちゃんはなんでそんなに体力があるのかと思うくらいに飛び跳ねながら「オイ!オイ!」と煽りまくりながら歌う。「帰りたくない」と言ったのも、心からこのライブを楽しんでいて、今の自分たちが自分たちのやりたいような素晴らしいライブができていること、それが来てくれている人にちゃんと伝わっているのがわかっているからだろう。
あさかもお立ち台に立ちながら「オイ!オイ!」と叫びまくっていたのだが、本編での「再生ボタン」の感動にさらに楽しさが何倍にもなって重なっていく、本当にこれ以上ないくらいの締め方だった。この曲によって、この日のライブはあらゆるポジティブな感情が振り切れるようなものになったのだった。
演奏が終わるとあさかは1人だけステージに残り、8月にまた新たなワンマンライブが東京で決まったことを笑顔で告知する。それはそのライブの内容も含めて、東京初期衝動が無責任にやりたいようにやるんじゃなくて、決まりを守りながら自分たちのライブがもっと楽しめるようなライブハウスの楽しみ方を取り戻しに行こうとしているということだ。その告知をしたあさかが去っていく姿を見て、やっぱりまた「このバンドに入ってくれてありがとう」と思ったのだった。
このツアーの水戸の時だったか、ライブが終わった後にしーなちゃんはツイッターで
「今日は少し不完全燃焼だった」
的なことを書いていた。そう言えるのは今はこのバンドが明確に自分たちがどんなライブをやりたくて、その日の自分たちのライブがどうだったかをわかっているということだ。ただデカい音を出していればそれだけでいいというわけではなくて、じゃあ次からはどうするべきなのかというのも話し合ったりしているだろうし、ちゃんとバンド、ライブへの意識を明確に持って臨んでいる。その意識は必ずこのバンドのライブをもっと凄まじいものへと進化させるはず。それは早くもこのクアトロでのライブにおいて確かに実を結んでいた。
初めてライブを見た時から何度となくこのバンドには
「このバンドをやってくれていてありがとうございます」
と思っている。しーなちゃんがバンドをやる前から知っている人だから。でもこの日はそれに加えてこれまで以上に
「こうやって出会うことができて本当にありがとうございます」
と思った。そしてきっとそれはこれから先も今日以上にそう思える日が何度となく訪れると思っている。東京初期衝動の音で自分の中の大気が汚れるのならば、もっともっと汚してくれと思っている。
1.Because あいらぶゆー
2.腐革命前夜
3.高円寺ブス集合
4.マァルイツキ
5.ベイビー・ドント・クライ
6.BAKAちんぽ
7.空気少女
8.流星
9.春
10.新曲
11.中央線
12.STAND BY ME
13.山田!恐ろしい男
14.愛のむきだし
15.東京
16.不純喫茶にてまた会いましょう
17.パンチザウルス
18.世界の終わりと夜明け前
19.トラブルメイカーガール
20.再生ボタン
21.ロックン・ロール
encore
22.新曲
23.黒ギャルのケツは煮卵に似てる
24.兆楽
25.高円寺ブス集合 (爆速ver.)
26.再生ボタン