ACIDMAN LIVE TOUR "INNOCENCE" @Zepp DiverCity 6/3
- 2022/06/04
- 20:25
昨年のリリース前からすでに全曲お披露目ライブを開催するなどして久しぶりのアルバムの期待を高めてくれていた、ACIDMANの「INNOCENCE」。
そのアルバムリリースツアーはLINE CUBE SHIBUYAから始まって各地を経て東京のZepp DiverCityへと戻ってきた。この後もツアーは続いていくが、ACIDMANくらいのベテランがこうして大きなライブハウスやホールでライブをやっているというのは実に嬉しいことである。
しかしこの日は夕方くらいから雹を含んだ雷雨が降り、その影響で退社が遅れたために18時30分の開演に間に合わず(なんでこんな時に限って開演時間がちょっと早いのだろうか)、会場に着いたときにはもうアルバムの実質的なオープニングナンバーである「Visitor」が爆音で演奏されているのがチケットをもぎる際から既に聴こえてきた。つまりは間に合わなかったのであるが、アルバムのリリースツアーということでSEはおなじみの「最後の国」ではなくて、「INNOCENCE」の1曲目に収録されているインスト曲「introduction」だったらしい。
ステージに並ぶメンバーは下手から佐藤雅俊(ベース)、中央に大木伸夫(ボーカル&ギター)、上手に浦山一悟(ドラム)という近年おなじみの並びであるが、チケットの番号が明らかに指定席でなかったことからも分かっていたように、Zepp DiverCityの客席は足元に立ち位置が記されたスタンディング形式。昨年のZepp Tokyoでのライブも指定席だったために、こうしてライブハウスでのスタンディングでACIDMANのライブを観るというのも本当に久しぶりだ。スタンディングにしたからこそ、当初の予定よりもチケットの枚数を多く販売することもできたんだろうなと思う。
そのスタンディングの観客たちが腕を振り上げる姿を見ているだけでなんだか感動してしまうのは「INNOCENCE」収録の「歪んだ光」であり、ステージに設置された照明器具からメンバーを照らす光が発せられるというのはACIDMANのライブの演出においては簡素なものであるが、それがライブハウスでACIDMANのライブを観ていることをスタンディング形式ということも含めて実感させてくれる。
アニメ主題歌として若い人にも多く聴かれる機会を得た「Rebirth」ではサビで一気に大木の歌唱とメロディが開かれていき、一悟のドラムも四つ打ちを基調としたダンサブルなものになり、佐藤もぴょんぴょんと飛び跳ねながらベースを弾くのだが、
「僕らは透明な心でいたかったはずさ
誰かが描く未来なんて興味はないから
あの日の空は確かに正しかったから
悲しみの夜を越えて生まれ変わるんだ」
というサビの歌詞は先行シングル曲でありながら確かに「INNOCENCE」というテーマを強く含んだものになっている。そこから感じられるのは大木が、ACIDMANがずっと貫いてきた美学や意思だ。ベテランになってもそれは変わることはないし、ACIDMANのバンドとしての形もずっと変わっていない。
その「Rebirth」のサビでの突き抜け方はこれまでにも何度もACIDMANの曲において味わってきたものであると感じるのは、次に演奏された「スロウレイン」がやはりそうしたサビで突き抜けるようなメロディを持った曲だからである。
「その世界の雨は透明で その未来の果てを祈っている
生まれた意味の一粒も 無くさぬ様に祈っている」
という歌詞も一悟の四つ打ちのビートによるリズムも、この曲が今でも全く色褪せることがないというよりも、もしこの曲を今リリースしていたとしても全く違和感がなかっただろうなと思う。リリース時の2006年からもう16年も経っていると考えると驚愕してしまうが、その時に「またACIDMANがとんでもない名曲を生み出したな」という感覚を今でも確かに感じさせてくれる。
この序盤だけでもさすがのボーカルの安定感を見せてくれていた大木による、この状況の中でも来てくれた人への感謝を告げるような挨拶的なMCから一転して佐藤のまさに「うねる」という形容がピッタリのベースのイントロとともに妖しい色の照明に照らされながら演奏された「O」は2003年の「Loop」収録曲であり、まさか今になってこうしてライブで聴けるなんて1ミリ足りとも思っていなかった曲であるが、それを今のACIDMANが演奏している姿を見て、音を聴いて思うのは、ACIDMANは本当に上手いバンドであるということだ。まだデビュー間もない頃からこうした曲を生み出していたということが、当時から既に上手いバンドだったということがよくわかるし、それが今もなお進化している、変わらずにACIDMANであり続けてきた3人のグルーヴがより強くなり続けているということもよくわかる。佐藤のキャップは意外にこの曲の演奏中にふっ飛んでいた。それくらいにこの曲はフィジカルをフル動員する曲だったんだなということもよくわかる。
さらにはその3人の音のグルーヴがまさに波のようになって客席へと雪崩れ込んでくるかのような迫力を感じさせる「Ride the wave」(「スロウレイン」と同じ2007年の「green chord」収録)という、「あれ?これ「INNOCENCE」のツアーであって、懐かしい曲たくさんやりますっていうライブじゃないよな?」と思ってしまうような選曲が続いたことによって大木は
「「O」は19年ぶり、「Ride the wave」は10年ぶりにやりました。でも宇宙の138億年の歴史からすれば、19年も10年もついこの間のことですよ(笑)」
と、実に大木らしい宇宙論でもって久しぶりに演奏された曲を久しぶりじゃないように感じさせてくれる。それはACIDMANが当時と変わらないようにしか見えないからそう感じるのかもしれない。さすがに当時の大木はこんなに面白いことを言うようなキャラではなかったけれど。
するとそのまま大木はこうしてコロナ禍になってライブが出来なくなってしまった状況の中で作っていた曲があることを語り始める。それが「INNOCENCE」の始まりとも言える「灰色の街」なのだが、新曲として演奏していた時にはやはりどこかその当時の世の中を覆っていた空気の通りに、大木が
「誰もいない東京のビル群が灰色に見えた」
と言う通りに聴こえていたこの曲が、この日はやはり大木が
「まだ制限はあるけれど、徐々にライブが戻ってきている。こうしてライブハウスでスタンディングの景色が見れるようになっている」
と言っていたように、一悟のシンバルの連打が荘厳な雰囲気を醸し出す、かつての名バラード「ALMA」がファン投票で1位を獲得したように、こうしたテンポの曲だからこそ際立つACIDMANの美しいメロディで
「こうしてまた僕らは生きてゆくんだよ
小さな花の様に」
と歌うことによって、
「世界は密やかに
世界は色に染まり
世界は歌に成ってゆく」
という曲を締めるフレーズの通りに、灰色の街が色を取り戻した感覚を確かに感じていた。ライブで育てられてきたこの曲は、世界や社会の変化に伴って曲のポテンシャルをさらに発揮するようになったのだ。まだ中盤なのはわかっていても、ここで一つのクライマックスを迎えた感覚すらあった。
そんな感動的な心境を「!?」という驚きで塗り替えてくれるのが、大木がアコギを爪弾き始めると佐藤と一悟は指パッチンで音を鳴らすという、「お披露目ライブの時からこんな始まり方だったっけ?」と思ってしまう「素晴らしき世界」であり、もちろんそのまま指パッチンをし続けるわけではなくて途中から2人も楽器を演奏するのだが、指パッチンもリズムになるということがこの2人がやることによってわかる。
「素晴らしき世界に生まれて いつまでも傷は痛くって
そうやって生きてゆく 当たり前の事」
という歌詞を今の世の中だからこそ歌う、というよりも今までと同じように歌うということこそがACIDMANであると思う。
すると大木がイントロでギターを弾くとそれをその場でループさせて、一悟のドラムセットの横にあるキーボードを弾くという形になるインスト曲「Link」の演奏へと入っていくのだが、スリーピースバンドとして時には同期の音もライブで使ったりするACIDMANがそのスリーピースという枠組みの中でギター、ベース、ドラムだけではない音を自分たちだけで鳴らしているという姿はスリーピースバンドの限界を自分たちで超えていこうとしているものだ。そこにはまだまだこの3人で新しいことができるという可能性を感じることができる。
アウトロで大木がキーボードからギターに持ち替えると、そのまま繋がるように「ALE」のイントロへ。サビでの光溢れるような解放感を感じさせるメロディと照明が、これぞACIDMANというような壮大さを感じさせるのが、その後にはワンマン恒例の一悟のギャグMCが繰り広げられ、
「みんなを笑わせるギャグを考えるのは、無理かもね〜。ゆりかもめ〜」
など、笑いというよりは苦笑が起こるような内容であり、このギャグのクオリティはもはや限界を迎えているような気もしなくもないが、
「ARABAKIに出たり、VIVA LA ROCKに遊びに行かせてもらったり、yamaと2マンツアーしたり、MAN WITH A MISSIONの生配信に出させてもらったりして、そういうとこでいろんなバンド仲間とかに会うことが最近多かった。去年まではなかなかそういうこともなかったから、みんなで生存確認してるみたいで、それが本当に楽しかったし嬉しかった」
という話には一悟が「ネタとして考えていたこと」ではなくて、今自身が思っていることが自身の言葉として現れていた。
「カメラ回ってるからだけどね。お金のため!(笑)」
と照れ隠しをしていたけれど。
その一悟からバトンを受け取った大木は結成25周年、デビュー20周年という周年イヤーであることもあり、5年ぶりにさいたまスーパーアリーナにて主催フェスの「SAI」を開催することと、現状発表されている出演者を改めて発表してから、そのSAIの開催を祝すようにして「彩 -SAI-」をフルボリュームで演奏しようとするのだが、一悟がカウントを刻み始めた瞬間に大木が
「なんか、このまま曲に入っていいのか」
と言って演奏を止めたのだが、それはどうやら照明とのタイミングが合わなかったようだ。
気を取り直して演奏された「彩 -SAI-」はインストの前編では生命の輪廻を思わせるような壮大な映像が使われるのが定番になっていたのだが、この日は映像がないことによって、そのメンバーの鳴らしている音だけで脳内にそのイメージを喚起させてくれるし、そのイメージが後編で歌詞となって現れてくる。前後編合わせるとかなりのボリュームになるだけにこれはワンマンでしかなかなかできないことでもあるが、この自分たちの鳴らしている音でもって「今、生きていること」と「それでもいつか死んでしまうこと」を感じさせてくれるということこそがACIDMANのライブの醍醐味だと思える。
しかし続く「2145年」を歌い始めたかと思いきや、明らかになんかギターがズレてるなと思ったら大木も演奏を止めて、
「ごめん、音が鳴らなかった。大事な曲だからもう1回やっていい?」
と言って再度演奏をやり直す。何というか、こうしたミスからも未熟さよりも、こんなに演奏が上手くて3人の阿吽の呼吸で繋がりあっているACIDMANでもこうしたことがあるんだな、という人間らしさのようなものを感じる。大木のカッコいいだけではない決まりきらない微笑ましい宇宙おじさんらしさというか。
そうしてやり直して演奏された「2145年」は2010年の「ALMA」に収録されていた曲なのだが、曲後半に向かってテンポを上げていくような切迫感が、リリースから12年経った今になって、新作に収録されているかのように曲のリアリティを増している。
それは大木が
「2145年には人と人が殺し合って居なくなってしまって。その世界にいるロボットが自我を持つようになって、人間の悲しさを理解していく」
という演奏後の解説で口にしていた世界に本当になってもおかしくないような世界情勢になりつつあるからであり、大木はその戦争という行為を起こさないようにするために、
「思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。」
というマザーテレサの名言を引用するのだが、それがあたかも大木がこの場で考えて口にしたかのような見事な宗教家っぷりで、
「宗教みたいになってるかもしれないけど(笑)
今日は出口で壺を販売してますので(笑)」
と、その宗教家っぷりを自ら自虐的にネタにするようになっているのが今のACIDMANが纏う朗らかな空気につながっているところもあると言っていいだろう。
「変な人だと思わないでね(笑)街で会ったら気軽に声かけてね(笑)」
と言っていたし。
そんな名言を引用したMCの後からはアッパーな曲によるクライマックスへと向かっていくのであるが、その口火を切る、佐藤も一悟も観客の方を向いて手拍子を煽る「夜のために」が新作の収録曲であり、その曲でたくさんの観客の腕が上がっているという光景こそが、今もACIDMANがカッコいいロックバンドであり続けていて、そう思えるような曲を生み出し続けているということを示している。
それに続くのがエモーショナルなロックバンドとしてのACIDMANを示すようなシングル曲でありながらも、近年はあまりライブでは聴いていなかった「Stay in my hand」であり、タイトル通りに大木がサビで右手の手のひらをかざすようにしながら歌う。例えばこの手のタイプでは近年も「新世界」がよく演奏されていたし、「飛光」という初期と言ってもいい頃の名曲もある。やはりACIDMANのメジャーでの20年間は自分たちがカッコいいと思える音楽を追求してきた年月でありながら、あらゆるタイプの名曲を生み出してきた20年間だったということがよくわかる。
そしてそのアッパーなギターロックサウンドが極まるのはやはりこの日も大木のイントロのギターが鳴った瞬間に観客が一斉に腕を掲げて、佐藤とともにその腕を振り上げまくる「ある証明」であり、一悟の叩くドラムの一打一打もここから強烈に力強く感じられるようになっていくと、大木は間奏で
「みんなが声出せない分、俺がめちゃくちゃ叫ぶから!」
と言ってから思いっきり長くシャウトする。そこには確かに我々の想いが、たくさんの人の心が乗っていた。それは佐藤が腕を振り上げるのも、一悟のドラムが強さを増すのも含めて、ACIDMANが人間の感情を鳴らしている音に乗せることができるバンドであり、それこそがACIDMANが20年に渡ってライブシーンの最前線で、常にライブを見るたびに「なんてカッコいいんだろうか」と思えるバンドであり続けてきた所以である。
今、若手バンドにもギター、ベース、ドラムというシンプルな形態のスリーピースバンドが増えてきているけれど、20年前から今に至るまで、その究極系はACIDMANだと思っている。そういう意味でも、そうした若手バンドたちとACIDMANが対バンする機会がこれからもっと増えてくれたらと思う。
そして大木は「INNOCENCE」という「無垢」というタイトルに込めた思いを口にし、
「アルバムの中でずっと同じことを歌っているっていうか、デビューしてから20年間ずっと同じことしか歌ってない(笑)」
と、変わらないというか一貫した自身の思考や哲学を語ると、そのアルバムのタイトル曲である「innocence」を演奏する。
「色鮮やかな街の片隅で僕ら どんな色に染まろうとも
たった一つを伝え続けていくよ 心も灰になるまで
真っ白に 真っ白に 生まれ変わるまで」
という、確かに「Rebirth」や「灰色の街」と連なるような歌詞が、ACIDMANが同じことを歌い続けてきたということを感じさせるが、まだ自分が10代で、制服を着ていた頃に300円シングルという当時としては画期的な形で世の中に出てきて話題になり、「カッコいいな、このバンド」と思わせてくれたバンドが、今も全く変わることなくそう思わせてくれている。それはやっぱりACIDMANが歌うことが、このメンバーでいることが変わらなかったからだと思うし、もう立派なおっさんと言ってもいい年齢になってもACIDMANのメンバーも今も無垢であるし、人によっては鼻で笑い飛ばすようなことをするかもしれないような大木のMCをじっと聞いているACIDMANのファンもみんな無垢なままなのかもしれない。というか、みんな本当に純粋なままでい続けているんだと思うし、願わくば自分もこれからもずっとそうでありたいと思う。
そう思わせてくれるようなライブの最後に演奏されたのは、アルバムの最後を飾る、まさにファンファーレのごときホーンのサウンドが同期として流れる「ファンファーレ」。サビからアウトロにかけては佐藤と一悟も大木のボーカルにコーラスを重ねるのだが、アウトロが進むにつれてそれはメンバー以外の声によるコーラスになっていく。それはコロナ禍においてバンドが募集した観客の声を録音したもの。そのコーラスを聴きながら大木は感極まったように、
「この歌を歌ってくれた人、今日来てくれたあなたに本当に心から感謝しています」
と声に詰まりそうになりながら頭を下げた。いつか近い将来にこのコーラスをこうしてライブに来たみんなで歌うことができるように。リリース前からお披露目ツアーをするというくらいにバンドにとって自信作である「INNOCENCE」は、リリースされて聴き込まれ、こうしてそのツアーを観ることによって、より一層特別なアルバムになった。コロナがより落ち着いて、またみんなが声を出せるようになったらまたこのアルバムのツアーをやってもらいたいと思うくらいに。
アンコールで再び3人がステージに現れると、大木は告知があるとして、昨年にZepp Tokyoで開催された記念碑的なワンマン「This is ACIDMAN」を「SAI」の開催前に東名阪3箇所のツアー形式で行うことを発表。昨年、自分は運良くチケットが当たって見ることができたが、それが叶わなかった人もたくさんいるくらいに即完だっただけに、これは嬉しい発表だ。もちろん去年行っている側としても、あの素晴らしいライブがまた見れるのである。去年、
「今日だけで終わるのはもったいないな」
と大木は言っていたが、それをちゃんと今年有言実行してくれたのである。せっかくの周年イヤーだからということで急遽決めたことであるだけに、本来ならば武道館とかでやりたかったが、スケジュール的にさすがにそれは無理だったという。
そして佐藤と一悟からも一言ずつ観客への感謝を伝えながら、
「このツアーはこの前、LINE CUBE SHIBUYAだったからみんな席があったけど、今日は久しぶりのスタンディングだったから疲れたでしょ(笑)だから1曲だけ」
と言って演奏されたのは、ACIDMANのアンコールではおなじみの「Your Song」だが、大木は
「英語歌詞だけど、日本語訳を見たら今この世界の中で響くべき曲だと思っている」
と、今この曲を演奏する理由を口にした。エモーショナルなギターロックサウンドに我を忘れてしまいそうになるが、この曲のサビは
「祈ろう 互いの運命を讃えよう
私達は先へ行かなければならない」
という日本語訳になる。それは違う価値観を持った人同士が、分かり合えなくても互いを尊重して、認め合うということについて歌っている。今も続く国同士の争いに自分たちの音楽を鳴らすことで抗っていく。メジャーデビューアルバムに収録されたこの曲の段階で、ACIDMANが歌い続けることはもう決定づけられていたのだ。
だからこそ、今聴くこの曲が本当に沁みたのだが、もう数え切れないくらいにいろんな場所で聴いてきた曲であるだけに、そこに重なる思い出も増えてきた。5年前のSAIでの参加者たちの笑顔が映し出された瞬間も、去年の「This is ACIDMAN」での歴代のアー写が次々に映し出される、20年という年月を重ねてきたことを感じさせてくれた、それと同時にACIDMANと一緒に年齢を重ねてきたんだなと思えた瞬間も。この日はそうした演出はなかったのは曲の歌詞をしっかり噛み締めるためだっただろうけど、今年の「This is ACIDMAN」と「SAI」でもきっとこの曲での忘れられない瞬間がまた増えるんだろう。そしてその美しい光景が脳内に刻まれることによって我々はどんなに悲しいことが世の中に起きてしまったとしても、何度でも息を深く吸い込むのだろう。
演奏が終わると3人はステージ前に出てきて、微妙に距離を取ることによって、手を繋ぐということはせずにそれぞれ腕を上げて観客に一礼してからステージから去って行った。なんだかその感じもまたこのバンドらしいというか、ACIDMANだなと思った。
ACIDMANが変わらないのはこの3人であることもそうだが、大木の思想がバンドそのものの思想になって2人を引っ張っていっている(独立して大木が社長になってからはさらにその感じが強くなっている感すらある)のだが、ライブでのプレイヤーの演奏としては見事に正三角形になっているという絶妙なバランスもずっと全く変わっていない。だからこそ、メンバーの誰かが先に居なくなったりするようなことを全く想像したことがない。
それは大木が
「これから50周年までずっとやっていくつもり」
と言っていたのが冗談じゃなくて、本気でこのままそこまで続いていくと思っているということだ。
10代の時に出会ったバンドが今でもそう思わせてくれていることによって、自分が今でもその頃と変わらない無垢さを持っているんじゃないかと思わせてくれる。ACIDMANの「INNOCENCE」ツアーは最新のバンドを見せるものでありながら、そんな変わらないバンドと自分に向き合うようなものでもあったのだ。
1.Visitor
2.歪んだ光
3.Rebirth
4.スロウレイン
5.O
6.Ride the wave
7.灰色の街
8.素晴らしき世界
9.Link
10.ALE
11.彩 -SAI- (前編)
12.彩 -SAI- (後編)
13.2145年
14.夜のために
15.Stay in my hand
16.ある証明
17.innocence
18.ファンファーレ
encore
19.Your Song
そのアルバムリリースツアーはLINE CUBE SHIBUYAから始まって各地を経て東京のZepp DiverCityへと戻ってきた。この後もツアーは続いていくが、ACIDMANくらいのベテランがこうして大きなライブハウスやホールでライブをやっているというのは実に嬉しいことである。
しかしこの日は夕方くらいから雹を含んだ雷雨が降り、その影響で退社が遅れたために18時30分の開演に間に合わず(なんでこんな時に限って開演時間がちょっと早いのだろうか)、会場に着いたときにはもうアルバムの実質的なオープニングナンバーである「Visitor」が爆音で演奏されているのがチケットをもぎる際から既に聴こえてきた。つまりは間に合わなかったのであるが、アルバムのリリースツアーということでSEはおなじみの「最後の国」ではなくて、「INNOCENCE」の1曲目に収録されているインスト曲「introduction」だったらしい。
ステージに並ぶメンバーは下手から佐藤雅俊(ベース)、中央に大木伸夫(ボーカル&ギター)、上手に浦山一悟(ドラム)という近年おなじみの並びであるが、チケットの番号が明らかに指定席でなかったことからも分かっていたように、Zepp DiverCityの客席は足元に立ち位置が記されたスタンディング形式。昨年のZepp Tokyoでのライブも指定席だったために、こうしてライブハウスでのスタンディングでACIDMANのライブを観るというのも本当に久しぶりだ。スタンディングにしたからこそ、当初の予定よりもチケットの枚数を多く販売することもできたんだろうなと思う。
そのスタンディングの観客たちが腕を振り上げる姿を見ているだけでなんだか感動してしまうのは「INNOCENCE」収録の「歪んだ光」であり、ステージに設置された照明器具からメンバーを照らす光が発せられるというのはACIDMANのライブの演出においては簡素なものであるが、それがライブハウスでACIDMANのライブを観ていることをスタンディング形式ということも含めて実感させてくれる。
アニメ主題歌として若い人にも多く聴かれる機会を得た「Rebirth」ではサビで一気に大木の歌唱とメロディが開かれていき、一悟のドラムも四つ打ちを基調としたダンサブルなものになり、佐藤もぴょんぴょんと飛び跳ねながらベースを弾くのだが、
「僕らは透明な心でいたかったはずさ
誰かが描く未来なんて興味はないから
あの日の空は確かに正しかったから
悲しみの夜を越えて生まれ変わるんだ」
というサビの歌詞は先行シングル曲でありながら確かに「INNOCENCE」というテーマを強く含んだものになっている。そこから感じられるのは大木が、ACIDMANがずっと貫いてきた美学や意思だ。ベテランになってもそれは変わることはないし、ACIDMANのバンドとしての形もずっと変わっていない。
その「Rebirth」のサビでの突き抜け方はこれまでにも何度もACIDMANの曲において味わってきたものであると感じるのは、次に演奏された「スロウレイン」がやはりそうしたサビで突き抜けるようなメロディを持った曲だからである。
「その世界の雨は透明で その未来の果てを祈っている
生まれた意味の一粒も 無くさぬ様に祈っている」
という歌詞も一悟の四つ打ちのビートによるリズムも、この曲が今でも全く色褪せることがないというよりも、もしこの曲を今リリースしていたとしても全く違和感がなかっただろうなと思う。リリース時の2006年からもう16年も経っていると考えると驚愕してしまうが、その時に「またACIDMANがとんでもない名曲を生み出したな」という感覚を今でも確かに感じさせてくれる。
この序盤だけでもさすがのボーカルの安定感を見せてくれていた大木による、この状況の中でも来てくれた人への感謝を告げるような挨拶的なMCから一転して佐藤のまさに「うねる」という形容がピッタリのベースのイントロとともに妖しい色の照明に照らされながら演奏された「O」は2003年の「Loop」収録曲であり、まさか今になってこうしてライブで聴けるなんて1ミリ足りとも思っていなかった曲であるが、それを今のACIDMANが演奏している姿を見て、音を聴いて思うのは、ACIDMANは本当に上手いバンドであるということだ。まだデビュー間もない頃からこうした曲を生み出していたということが、当時から既に上手いバンドだったということがよくわかるし、それが今もなお進化している、変わらずにACIDMANであり続けてきた3人のグルーヴがより強くなり続けているということもよくわかる。佐藤のキャップは意外にこの曲の演奏中にふっ飛んでいた。それくらいにこの曲はフィジカルをフル動員する曲だったんだなということもよくわかる。
さらにはその3人の音のグルーヴがまさに波のようになって客席へと雪崩れ込んでくるかのような迫力を感じさせる「Ride the wave」(「スロウレイン」と同じ2007年の「green chord」収録)という、「あれ?これ「INNOCENCE」のツアーであって、懐かしい曲たくさんやりますっていうライブじゃないよな?」と思ってしまうような選曲が続いたことによって大木は
「「O」は19年ぶり、「Ride the wave」は10年ぶりにやりました。でも宇宙の138億年の歴史からすれば、19年も10年もついこの間のことですよ(笑)」
と、実に大木らしい宇宙論でもって久しぶりに演奏された曲を久しぶりじゃないように感じさせてくれる。それはACIDMANが当時と変わらないようにしか見えないからそう感じるのかもしれない。さすがに当時の大木はこんなに面白いことを言うようなキャラではなかったけれど。
するとそのまま大木はこうしてコロナ禍になってライブが出来なくなってしまった状況の中で作っていた曲があることを語り始める。それが「INNOCENCE」の始まりとも言える「灰色の街」なのだが、新曲として演奏していた時にはやはりどこかその当時の世の中を覆っていた空気の通りに、大木が
「誰もいない東京のビル群が灰色に見えた」
と言う通りに聴こえていたこの曲が、この日はやはり大木が
「まだ制限はあるけれど、徐々にライブが戻ってきている。こうしてライブハウスでスタンディングの景色が見れるようになっている」
と言っていたように、一悟のシンバルの連打が荘厳な雰囲気を醸し出す、かつての名バラード「ALMA」がファン投票で1位を獲得したように、こうしたテンポの曲だからこそ際立つACIDMANの美しいメロディで
「こうしてまた僕らは生きてゆくんだよ
小さな花の様に」
と歌うことによって、
「世界は密やかに
世界は色に染まり
世界は歌に成ってゆく」
という曲を締めるフレーズの通りに、灰色の街が色を取り戻した感覚を確かに感じていた。ライブで育てられてきたこの曲は、世界や社会の変化に伴って曲のポテンシャルをさらに発揮するようになったのだ。まだ中盤なのはわかっていても、ここで一つのクライマックスを迎えた感覚すらあった。
そんな感動的な心境を「!?」という驚きで塗り替えてくれるのが、大木がアコギを爪弾き始めると佐藤と一悟は指パッチンで音を鳴らすという、「お披露目ライブの時からこんな始まり方だったっけ?」と思ってしまう「素晴らしき世界」であり、もちろんそのまま指パッチンをし続けるわけではなくて途中から2人も楽器を演奏するのだが、指パッチンもリズムになるということがこの2人がやることによってわかる。
「素晴らしき世界に生まれて いつまでも傷は痛くって
そうやって生きてゆく 当たり前の事」
という歌詞を今の世の中だからこそ歌う、というよりも今までと同じように歌うということこそがACIDMANであると思う。
すると大木がイントロでギターを弾くとそれをその場でループさせて、一悟のドラムセットの横にあるキーボードを弾くという形になるインスト曲「Link」の演奏へと入っていくのだが、スリーピースバンドとして時には同期の音もライブで使ったりするACIDMANがそのスリーピースという枠組みの中でギター、ベース、ドラムだけではない音を自分たちだけで鳴らしているという姿はスリーピースバンドの限界を自分たちで超えていこうとしているものだ。そこにはまだまだこの3人で新しいことができるという可能性を感じることができる。
アウトロで大木がキーボードからギターに持ち替えると、そのまま繋がるように「ALE」のイントロへ。サビでの光溢れるような解放感を感じさせるメロディと照明が、これぞACIDMANというような壮大さを感じさせるのが、その後にはワンマン恒例の一悟のギャグMCが繰り広げられ、
「みんなを笑わせるギャグを考えるのは、無理かもね〜。ゆりかもめ〜」
など、笑いというよりは苦笑が起こるような内容であり、このギャグのクオリティはもはや限界を迎えているような気もしなくもないが、
「ARABAKIに出たり、VIVA LA ROCKに遊びに行かせてもらったり、yamaと2マンツアーしたり、MAN WITH A MISSIONの生配信に出させてもらったりして、そういうとこでいろんなバンド仲間とかに会うことが最近多かった。去年まではなかなかそういうこともなかったから、みんなで生存確認してるみたいで、それが本当に楽しかったし嬉しかった」
という話には一悟が「ネタとして考えていたこと」ではなくて、今自身が思っていることが自身の言葉として現れていた。
「カメラ回ってるからだけどね。お金のため!(笑)」
と照れ隠しをしていたけれど。
その一悟からバトンを受け取った大木は結成25周年、デビュー20周年という周年イヤーであることもあり、5年ぶりにさいたまスーパーアリーナにて主催フェスの「SAI」を開催することと、現状発表されている出演者を改めて発表してから、そのSAIの開催を祝すようにして「彩 -SAI-」をフルボリュームで演奏しようとするのだが、一悟がカウントを刻み始めた瞬間に大木が
「なんか、このまま曲に入っていいのか」
と言って演奏を止めたのだが、それはどうやら照明とのタイミングが合わなかったようだ。
気を取り直して演奏された「彩 -SAI-」はインストの前編では生命の輪廻を思わせるような壮大な映像が使われるのが定番になっていたのだが、この日は映像がないことによって、そのメンバーの鳴らしている音だけで脳内にそのイメージを喚起させてくれるし、そのイメージが後編で歌詞となって現れてくる。前後編合わせるとかなりのボリュームになるだけにこれはワンマンでしかなかなかできないことでもあるが、この自分たちの鳴らしている音でもって「今、生きていること」と「それでもいつか死んでしまうこと」を感じさせてくれるということこそがACIDMANのライブの醍醐味だと思える。
しかし続く「2145年」を歌い始めたかと思いきや、明らかになんかギターがズレてるなと思ったら大木も演奏を止めて、
「ごめん、音が鳴らなかった。大事な曲だからもう1回やっていい?」
と言って再度演奏をやり直す。何というか、こうしたミスからも未熟さよりも、こんなに演奏が上手くて3人の阿吽の呼吸で繋がりあっているACIDMANでもこうしたことがあるんだな、という人間らしさのようなものを感じる。大木のカッコいいだけではない決まりきらない微笑ましい宇宙おじさんらしさというか。
そうしてやり直して演奏された「2145年」は2010年の「ALMA」に収録されていた曲なのだが、曲後半に向かってテンポを上げていくような切迫感が、リリースから12年経った今になって、新作に収録されているかのように曲のリアリティを増している。
それは大木が
「2145年には人と人が殺し合って居なくなってしまって。その世界にいるロボットが自我を持つようになって、人間の悲しさを理解していく」
という演奏後の解説で口にしていた世界に本当になってもおかしくないような世界情勢になりつつあるからであり、大木はその戦争という行為を起こさないようにするために、
「思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。」
というマザーテレサの名言を引用するのだが、それがあたかも大木がこの場で考えて口にしたかのような見事な宗教家っぷりで、
「宗教みたいになってるかもしれないけど(笑)
今日は出口で壺を販売してますので(笑)」
と、その宗教家っぷりを自ら自虐的にネタにするようになっているのが今のACIDMANが纏う朗らかな空気につながっているところもあると言っていいだろう。
「変な人だと思わないでね(笑)街で会ったら気軽に声かけてね(笑)」
と言っていたし。
そんな名言を引用したMCの後からはアッパーな曲によるクライマックスへと向かっていくのであるが、その口火を切る、佐藤も一悟も観客の方を向いて手拍子を煽る「夜のために」が新作の収録曲であり、その曲でたくさんの観客の腕が上がっているという光景こそが、今もACIDMANがカッコいいロックバンドであり続けていて、そう思えるような曲を生み出し続けているということを示している。
それに続くのがエモーショナルなロックバンドとしてのACIDMANを示すようなシングル曲でありながらも、近年はあまりライブでは聴いていなかった「Stay in my hand」であり、タイトル通りに大木がサビで右手の手のひらをかざすようにしながら歌う。例えばこの手のタイプでは近年も「新世界」がよく演奏されていたし、「飛光」という初期と言ってもいい頃の名曲もある。やはりACIDMANのメジャーでの20年間は自分たちがカッコいいと思える音楽を追求してきた年月でありながら、あらゆるタイプの名曲を生み出してきた20年間だったということがよくわかる。
そしてそのアッパーなギターロックサウンドが極まるのはやはりこの日も大木のイントロのギターが鳴った瞬間に観客が一斉に腕を掲げて、佐藤とともにその腕を振り上げまくる「ある証明」であり、一悟の叩くドラムの一打一打もここから強烈に力強く感じられるようになっていくと、大木は間奏で
「みんなが声出せない分、俺がめちゃくちゃ叫ぶから!」
と言ってから思いっきり長くシャウトする。そこには確かに我々の想いが、たくさんの人の心が乗っていた。それは佐藤が腕を振り上げるのも、一悟のドラムが強さを増すのも含めて、ACIDMANが人間の感情を鳴らしている音に乗せることができるバンドであり、それこそがACIDMANが20年に渡ってライブシーンの最前線で、常にライブを見るたびに「なんてカッコいいんだろうか」と思えるバンドであり続けてきた所以である。
今、若手バンドにもギター、ベース、ドラムというシンプルな形態のスリーピースバンドが増えてきているけれど、20年前から今に至るまで、その究極系はACIDMANだと思っている。そういう意味でも、そうした若手バンドたちとACIDMANが対バンする機会がこれからもっと増えてくれたらと思う。
そして大木は「INNOCENCE」という「無垢」というタイトルに込めた思いを口にし、
「アルバムの中でずっと同じことを歌っているっていうか、デビューしてから20年間ずっと同じことしか歌ってない(笑)」
と、変わらないというか一貫した自身の思考や哲学を語ると、そのアルバムのタイトル曲である「innocence」を演奏する。
「色鮮やかな街の片隅で僕ら どんな色に染まろうとも
たった一つを伝え続けていくよ 心も灰になるまで
真っ白に 真っ白に 生まれ変わるまで」
という、確かに「Rebirth」や「灰色の街」と連なるような歌詞が、ACIDMANが同じことを歌い続けてきたということを感じさせるが、まだ自分が10代で、制服を着ていた頃に300円シングルという当時としては画期的な形で世の中に出てきて話題になり、「カッコいいな、このバンド」と思わせてくれたバンドが、今も全く変わることなくそう思わせてくれている。それはやっぱりACIDMANが歌うことが、このメンバーでいることが変わらなかったからだと思うし、もう立派なおっさんと言ってもいい年齢になってもACIDMANのメンバーも今も無垢であるし、人によっては鼻で笑い飛ばすようなことをするかもしれないような大木のMCをじっと聞いているACIDMANのファンもみんな無垢なままなのかもしれない。というか、みんな本当に純粋なままでい続けているんだと思うし、願わくば自分もこれからもずっとそうでありたいと思う。
そう思わせてくれるようなライブの最後に演奏されたのは、アルバムの最後を飾る、まさにファンファーレのごときホーンのサウンドが同期として流れる「ファンファーレ」。サビからアウトロにかけては佐藤と一悟も大木のボーカルにコーラスを重ねるのだが、アウトロが進むにつれてそれはメンバー以外の声によるコーラスになっていく。それはコロナ禍においてバンドが募集した観客の声を録音したもの。そのコーラスを聴きながら大木は感極まったように、
「この歌を歌ってくれた人、今日来てくれたあなたに本当に心から感謝しています」
と声に詰まりそうになりながら頭を下げた。いつか近い将来にこのコーラスをこうしてライブに来たみんなで歌うことができるように。リリース前からお披露目ツアーをするというくらいにバンドにとって自信作である「INNOCENCE」は、リリースされて聴き込まれ、こうしてそのツアーを観ることによって、より一層特別なアルバムになった。コロナがより落ち着いて、またみんなが声を出せるようになったらまたこのアルバムのツアーをやってもらいたいと思うくらいに。
アンコールで再び3人がステージに現れると、大木は告知があるとして、昨年にZepp Tokyoで開催された記念碑的なワンマン「This is ACIDMAN」を「SAI」の開催前に東名阪3箇所のツアー形式で行うことを発表。昨年、自分は運良くチケットが当たって見ることができたが、それが叶わなかった人もたくさんいるくらいに即完だっただけに、これは嬉しい発表だ。もちろん去年行っている側としても、あの素晴らしいライブがまた見れるのである。去年、
「今日だけで終わるのはもったいないな」
と大木は言っていたが、それをちゃんと今年有言実行してくれたのである。せっかくの周年イヤーだからということで急遽決めたことであるだけに、本来ならば武道館とかでやりたかったが、スケジュール的にさすがにそれは無理だったという。
そして佐藤と一悟からも一言ずつ観客への感謝を伝えながら、
「このツアーはこの前、LINE CUBE SHIBUYAだったからみんな席があったけど、今日は久しぶりのスタンディングだったから疲れたでしょ(笑)だから1曲だけ」
と言って演奏されたのは、ACIDMANのアンコールではおなじみの「Your Song」だが、大木は
「英語歌詞だけど、日本語訳を見たら今この世界の中で響くべき曲だと思っている」
と、今この曲を演奏する理由を口にした。エモーショナルなギターロックサウンドに我を忘れてしまいそうになるが、この曲のサビは
「祈ろう 互いの運命を讃えよう
私達は先へ行かなければならない」
という日本語訳になる。それは違う価値観を持った人同士が、分かり合えなくても互いを尊重して、認め合うということについて歌っている。今も続く国同士の争いに自分たちの音楽を鳴らすことで抗っていく。メジャーデビューアルバムに収録されたこの曲の段階で、ACIDMANが歌い続けることはもう決定づけられていたのだ。
だからこそ、今聴くこの曲が本当に沁みたのだが、もう数え切れないくらいにいろんな場所で聴いてきた曲であるだけに、そこに重なる思い出も増えてきた。5年前のSAIでの参加者たちの笑顔が映し出された瞬間も、去年の「This is ACIDMAN」での歴代のアー写が次々に映し出される、20年という年月を重ねてきたことを感じさせてくれた、それと同時にACIDMANと一緒に年齢を重ねてきたんだなと思えた瞬間も。この日はそうした演出はなかったのは曲の歌詞をしっかり噛み締めるためだっただろうけど、今年の「This is ACIDMAN」と「SAI」でもきっとこの曲での忘れられない瞬間がまた増えるんだろう。そしてその美しい光景が脳内に刻まれることによって我々はどんなに悲しいことが世の中に起きてしまったとしても、何度でも息を深く吸い込むのだろう。
演奏が終わると3人はステージ前に出てきて、微妙に距離を取ることによって、手を繋ぐということはせずにそれぞれ腕を上げて観客に一礼してからステージから去って行った。なんだかその感じもまたこのバンドらしいというか、ACIDMANだなと思った。
ACIDMANが変わらないのはこの3人であることもそうだが、大木の思想がバンドそのものの思想になって2人を引っ張っていっている(独立して大木が社長になってからはさらにその感じが強くなっている感すらある)のだが、ライブでのプレイヤーの演奏としては見事に正三角形になっているという絶妙なバランスもずっと全く変わっていない。だからこそ、メンバーの誰かが先に居なくなったりするようなことを全く想像したことがない。
それは大木が
「これから50周年までずっとやっていくつもり」
と言っていたのが冗談じゃなくて、本気でこのままそこまで続いていくと思っているということだ。
10代の時に出会ったバンドが今でもそう思わせてくれていることによって、自分が今でもその頃と変わらない無垢さを持っているんじゃないかと思わせてくれる。ACIDMANの「INNOCENCE」ツアーは最新のバンドを見せるものでありながら、そんな変わらないバンドと自分に向き合うようなものでもあったのだ。
1.Visitor
2.歪んだ光
3.Rebirth
4.スロウレイン
5.O
6.Ride the wave
7.灰色の街
8.素晴らしき世界
9.Link
10.ALE
11.彩 -SAI- (前編)
12.彩 -SAI- (後編)
13.2145年
14.夜のために
15.Stay in my hand
16.ある証明
17.innocence
18.ファンファーレ
encore
19.Your Song
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