日食なつこ 蒐集行脚 @LINE CUBE SHIBUYA 5/20
- 2022/05/21
- 10:51
デビューしたのが2009年なので、もう10年どころではない活動歴を持っているアーティストであるし、折に触れて曲を聴く機会はあったものの、ちゃんとライブを観たのは昨年のUNISON SQUARE GARDENのZepp Tokyoで行われた自主企画ライブの時。
アウェーと言える場でピアノ一台のみで広いZepp Tokyoのステージを完全に掌握しているのを見て完全に引き込まれてしまい、是非ワンマンを見てみたいと思ってようやく巡ってきた機会がこの日のLINE CUBE SHIBUYAでのワンマン。こんなに広い会場でワンマンを観れるとは、とも思うし、そんな会場がツアーファイナルでもなくツアーの途中であり、この後も各地の広いホールを回っていくというあたりに今の日食なつこの状況を示している。
なので2階席の後ろまで埋まった観客が待ち構える中、19時を少し過ぎたあたりで場内が暗転すると、ステージに日食なつこが現れる。決して派手な出で立ちというわけでもないが、その佇まいは「凛とした」という形容詞がこれほど似合う人はそうそういないな、と思うものであり、ステージ真ん中で観客に向かって深々と頭を下げると、手招きするようにしてドラマーのkomaki♂をステージに誘う。ステージ上にはピアノとドラムセットが設置してあることからもわかるように、今回のツアーはピアノとドラムという編成によるものとなっており、2人が楽器の前に座ると日食なつこが軽く挨拶をして、これまでに数回見てきたライブの中でもおなじみである「99鬼夜行」から始まると、赤い照明がステージを照らすことによって、ステージ背面の幕に演奏する2人の影が映るのが、どこかおどろおどろしさすら感じるこの曲における最高の演出になっている。日食なつこのピアノの音も、キーが低めのボーカルもシンプル極まりないサウンドであるだけに、この広い会場の中でもダイレクトに耳に響いてくる。
日食なつこは昨年にアルバム「アンチ・フリーズ」をリリースし、1年も経たないうちに今年に入ってからフルアルバム「ミメーシス」をリリースしており、今回のツアーはそのアルバムのリリースによるものであるために、「ミメーシス」収録の、ピアノのサウンドとともにkomaki♂のドラムも駆け抜けるような「クロソイド曲線」からはアルバムのモードへと突入していくことによって、アルバムのオープニングナンバーとして収録された「シリアル」ではステージ背面の幕に日食なつこのピアノを弾く指さばきがリアルタイムの映像として映し出される。確かにピアノの傍に置かれた台の上には水などとともにカメラが置いてあるのはわかっていたが、それにしてもこんな形でそのカメラが活かされるとは。その指さばきはまさに流麗と言えるようなものである。
とはいえ最新作の曲ばかりを演奏するわけではなく、2017年の傑作「逆鱗マニア」収録の「サイクル」という、日食なつこのダークサイドと言えるような曲もこのコンボ編成で演奏されるのだが、その編成であるだけに歌詞がしっかりと聞き取れ、その一字一句を噛み締めながら、どんな人生を送ってきたらこんなに落ちているような時の人間の心理を描くことができるんだろうかと思う。
すると曲間のわずかな間の暗転中にkomaki♂が一旦ステージを去るのだが、曲と曲の間に発生する観客からの拍手が本当に大きな音で会場に響いている。なんならどの音よりもその拍手の音が大きいとすら言えるくらいなのだが、そんな盛大な拍手を封じるかのように、日食なつこのピアノ弾き語りで「meridian」が演奏されると、そこはかとない緊張感に場内が包まれているのがよくわかる。基本的には立ち上がることなく、ずっと椅子に座ったままでライブを観ているという客席のスタンスが最初は意外だったが、こうして演奏される曲を聴いていると、それが1番正しい鑑賞方なんじゃないかと思えてくる。それは全ての五感や意識を鳴っている音へ向けて集中させるという意味で。
それは「ミメーシス」の最後を担う曲であるだけに、こうして前半で演奏されるのが意外だった「最下層で」もそうなのであるが、komaki♂は不在であっても微かなビートのような音が聞こえるのは同期としてそうした音をステージから発しているからであり、その音に合わせるかのように薄暗いステージの中央ではランプの灯りが灯り、その灯りを覆うようにスモークが焚かれている。それはまるでこの世の最下層から天界へと音や意識や精神が浮上していくかのように。その様を見て、このステージで鳴っている音とは、この音楽とは何て美しいものなのだろうかと思う。それを同期の音も使っているとはいえ、たった1人だけで感じさせてくれるというあたりに日食なつこのライブの凄まじさが滲み出ている。
これまでのライブで見てきた日食なつこのライブでは曲間に曲紹介も兼ねた前振り的な言葉が挟まれていたのだが、この日はほとんど曲間なくテンポ良く次々と曲が演奏されていたというのはこの自由度の高い編成ならではであるが、そんな中でも日食なつこが歌詞の中のフレーズの一部分を口にすることによって、一気にストーリー性を増していくのは昨年リリースの「アンチ・フリーズ」収録の「泡沫の箱庭」であり、弾き語り+同期のサウンドという形は変わらないが、バンドサウンドの全てを同期で担うのではなくて、あくまで日食なつこの歌とピアノがメインであるという音源とはまた違ったバランスのサウンドが、ピアノ弾き語りだけでも全く退屈させないどころか、どんどん観客の集中力を研ぎ澄ませていく日食なつこの歌とピアノの凄みを確かに感じさせてくれる。
するとその編成のままでステージ背面の幕にはオイルアート的な演出が映し出され、日食なつこは曲前に
「目に見えない太陽の熱を知った
今日も僕は照らされる資格があるのかい」
という人間としての生きる資格、外へ出て生活する資格を問いただすかのような「タイヨウモルフォ」のサビのフレーズを口にしてから演奏に入ると、幕に映し出されたオイルアートは徐々に山々に囲まれた街を夕焼けの情景が包むというものに変化していき、それが「雨雲と太陽」という連なるようなタイトルの曲では雨が車の窓を反射するような映像から、最後には
「誰もが空を見ていた
大きな虹がかかった」
というフレーズに合わせるようにステージ上を7色の照明が照らし、幕には雨が止んで、まさに虹が浮かび上がるかのように晴れた空模様が映し出される。収録作品は違えど、こうして曲同士を繋げることによって新たなストーリーを描き出すというあたりに日食なつこのライブがどういう意識によって作り出されているのかということがよくわかる。それはその日、そのライブでしか見れないものや得られない感情を生み出してくれるということである。
カラフルとも言えるようなキャッチーな同期のサウンドが流れる中でも日食なつこの歌は
「どうしようもなくダメな日は
ふたりで一緒にダメになろうか
何一つ役に立たない 僕を隣にいさせてくれよ
ずっと隣にいさせてくれよ」
という、決してポップとは言えないような歌詞で我々聴き手に寄り添ってくれるかのようなものであるのが「vip?」であり、この曲からまた「ミメーシス」の世界へと戻っていく。
その「ミメーシス」の象徴的な曲と言えるのが、
「あなたの生活の中で必要なものはなんでしょう?このライブが終わった後に家に帰る前に、どうか買い逃しのないように」
と言って演奏された「必需品」で、ステージ上方からはいきなり窓などを模したオブジェが降りてきて、それはまるで日食なつこが自身の部屋の中で歌っているかのようであるのだが、その窓の中の一つはスクリーン的な役割も担っており、
「○月××日 洗剤が切れました 買ってこなくちゃ
○月××日 歯磨き粉が切れました 買ってこなくちゃ」
というフレーズに合わせてその窓には洗剤や歯磨き粉などの生活必需品が確かな日付とともに映し出されていく。その日付はこのツアー中のものであり、すなわちこのツアー中に2人が必需品だと思って買ったものが次々に映し出されているのである。それは
「○月××日 才能が枯れました 買ってこなくちゃ
買ってこなくちゃ」
と、表現者としての業を感じさせるものへと変化していくと、ステージにはkomaki♂も戻ってきてシェイカーを振るという形でこの曲に途中から参加するのだが、日食なつこは才能が枯れたと思うことがあるのだろうか。そう思うくらいにハイペースで曲や作品を量産しているだけに。
するとここでこの日唯一と言ってもいいブレイクタイムに。「必需品」を演奏したことによってkomaki♂を
「日食なつこチームの必需品。今日1番大きい拍手を彼に送ってください」
と紹介して大きな拍手が巻き起こると、
「皆さんがお買い逃しがないように、我々がこのツアーにおける必需品を紹介します」
と日食なつこが切り出したので、てっきりツアーの物販紹介でもするのかと思いきや、今は山の奥に家を建てて一人で暮らしているという日食なつこは「アリコロリン」という蟻が家の中に入ってこないためのアイテムを必需品として紹介し、片やkomaki♂はこのライブの翌日が仙台でのライブであり、このライブ後にすぐに機材車で移動しなければいけないというのを完全に忘れていたために、
「着替えを持ってくるのを忘れたんで、パンツと靴下を買いたいですね(笑)」
と言って場内の緊張感を解きほぐしながら笑いを誘う。その発言には思わず日食なつこも
「嘘だろ(笑)確かに楽屋に入ってきた時に「荷物少ないな〜。やっぱり旅慣れてるな〜」と思ったけど、全然旅慣れてなかった(笑)
次のライブからは「必需品」の映像にパンツが映るかもしれない(笑)」
と返し、
「それはライブ観てる人が台無しになっちゃうから(笑)
ライブ終わった後にユニクロとか開いてますかね?もしそこで見かけたら声かけてくださ(笑)」
と、ファンから声かけ歓迎という珍しいスタンスであるkomaki♂なのだが、tricotをはじめとしていろんな場所でそのドラムの腕前を遺憾なく発揮してきたミュージシャンであるだけに、もしかしたらkomaki♂がドラムを叩いているきっかけによって日食なつこの世界に入ってきたという人も少なからずいるのかもしれない。
そんな意外なくらいに愉快なMCのやり取りを経ると、後半開始の合図を日食なつこのピアノの軽やかな旋律で告げる「なだれ」では煽られたわけでもないのに観客たちが一斉に手拍子をし始める。それはこの観客たちが少しでもライブを楽しもうとしていることの現れでもあるし、前作収録のこの曲がすでにライブにおける重要な位置を担う曲になっているということでもある。
そんな曲の後に演奏された「ミメーシス」収録の「hunch_A」からはkomaki♂のドラムと日食なつこの歌とピアノの絡み合いが達人同士の殺陣や果たし合いのようにすら見えてくる壮絶なものになっている。komaki♂のドラムはこの凛としたステージの雰囲気から我々の意識を覚醒させてくれるかのような激しさですらある。手数の多いドラマーなのは昔からであるが、そこに軽やかさやしなやかさを存分に含むようになってきているというか。こんなにも日食なつこの相棒としてふさわしい存在がいてくれるということに感謝したくなる。
さらには
「退屈な世界その真ん中に空いたブラックホール
味見のような人生を繰り返す誰かの残骸だよ」
という歌詞の表現力の凄まじさに慄いてしまうような「レーテンシー」と、より2人のグルーヴが高まっているのがよくわかるし、日食なつこのボーカルもこの終盤にきてさらに力強さを増している。その様を見ていると、バンドではないにしてもライブをやり続けて生きてきた2人なんだなと強く思う。
そして「ミメーシス」のリード曲の一つである「うつろぶね」の軽快なピアノとビートの強さは、船と言いながらもそれは飛行船のように空を飛ぶものなんじゃないかというイメージを想起させつつ、
「黒く巨大な流れに紛れられて
こっそり安心しているそんなもんが幻だっていつ気づく?」
「爆弾のような訴えを積んで反逆起こす夜明けの鐘」
というフレーズを日食なつこの声で歌われると、それはどこか社会への強い警鐘のようにも聞こえる。それは日食なつこ自身が自分の思うように生きている人間だからこそそう感じられるところもあると思う。
そして、
「存在しない数字の話」
と言って演奏された「√-1」では跳ねるようなリズミカルなピアノとドラムのサウンドが響く中で、「あの辺りの席はなんで誰も座ってないんだろうか?」と思っていた2階と3階の両サイドの客席とステージ頭上から大量の紙吹雪が放たれる。日食なつこサイドは青、komaki♂サイドは赤に分かれた照明に照らされた中で降り注ぐ紙吹雪もまたその色に染まってステージや客席へと落ちていく。その光景のなんて美しいことだろうか。
正直、全音楽ファン必聴と言えるような超名曲である「音楽のすゝめ」は絶対やった方が良くない?とも思っていたのだが、この光景を見ていて、もうこれ以上は望むべくもないなとも思った。おそらくたくさんのカメラが回っていただけに、このライブはなんらかの形で映像化されると思うけれど、この1曲だけでも良いから少しでもたくさんの人に見て欲しいと思った。
komaki♂を送り出してから自身もステージ真ん中に立って観客に拍手を送る日食なつこの姿まで、登場から終了までの全ての音や姿が本当に美しかった。なんならピアノとは言わないまでも、エレクトーンやキーボードを買ってみようかなと思わせてくれるくらいに、音楽というものがこんなにも美しいものであるということを再確認させてくれるような時間だった。次に見る機会が来るならば、もう少し長い時間この音に浸っていたいとも思うけれど、今はこの余韻だけで充分であるかのような。
長い活動歴の中で、まさか今になってこんなに大きな会場でライブをやるくらいの存在になるなんて、ちょっと前までは全く想像していなかった。でもそれは今までに積み重ねてきた作品や曲や経験が身を結んだということでもあり、何よりもこうして今の状況の中で日食なつこの音楽を聴いてライブを観ていると、それはどこか「今こそたくさんの人に響くべき音楽と存在」として時代に手招きされているんじゃないかと思う。
「文字通りのアングラで 噛み砕いてる 味のないシリアル」
というフレーズで「ミメーシス」は始まる。その「アングラ」と称されるような音楽が、オーバーグラウンドの状況で鳴らされるようになる最後の瞬間を刻むものなのかもしれない。
1.99鬼夜行
2.クロソイド曲線
3.シリアル
4.サイクル
5.meridian
6.最下層で
7.泡沫の箱庭
8.タイヨウモルフォ
9.雨雲と太陽
10.vip?
11.必需品
12.なだれ
13.hunch_A
14.レーテンシー
15.うつろぶね
16.√-1
アウェーと言える場でピアノ一台のみで広いZepp Tokyoのステージを完全に掌握しているのを見て完全に引き込まれてしまい、是非ワンマンを見てみたいと思ってようやく巡ってきた機会がこの日のLINE CUBE SHIBUYAでのワンマン。こんなに広い会場でワンマンを観れるとは、とも思うし、そんな会場がツアーファイナルでもなくツアーの途中であり、この後も各地の広いホールを回っていくというあたりに今の日食なつこの状況を示している。
なので2階席の後ろまで埋まった観客が待ち構える中、19時を少し過ぎたあたりで場内が暗転すると、ステージに日食なつこが現れる。決して派手な出で立ちというわけでもないが、その佇まいは「凛とした」という形容詞がこれほど似合う人はそうそういないな、と思うものであり、ステージ真ん中で観客に向かって深々と頭を下げると、手招きするようにしてドラマーのkomaki♂をステージに誘う。ステージ上にはピアノとドラムセットが設置してあることからもわかるように、今回のツアーはピアノとドラムという編成によるものとなっており、2人が楽器の前に座ると日食なつこが軽く挨拶をして、これまでに数回見てきたライブの中でもおなじみである「99鬼夜行」から始まると、赤い照明がステージを照らすことによって、ステージ背面の幕に演奏する2人の影が映るのが、どこかおどろおどろしさすら感じるこの曲における最高の演出になっている。日食なつこのピアノの音も、キーが低めのボーカルもシンプル極まりないサウンドであるだけに、この広い会場の中でもダイレクトに耳に響いてくる。
日食なつこは昨年にアルバム「アンチ・フリーズ」をリリースし、1年も経たないうちに今年に入ってからフルアルバム「ミメーシス」をリリースしており、今回のツアーはそのアルバムのリリースによるものであるために、「ミメーシス」収録の、ピアノのサウンドとともにkomaki♂のドラムも駆け抜けるような「クロソイド曲線」からはアルバムのモードへと突入していくことによって、アルバムのオープニングナンバーとして収録された「シリアル」ではステージ背面の幕に日食なつこのピアノを弾く指さばきがリアルタイムの映像として映し出される。確かにピアノの傍に置かれた台の上には水などとともにカメラが置いてあるのはわかっていたが、それにしてもこんな形でそのカメラが活かされるとは。その指さばきはまさに流麗と言えるようなものである。
とはいえ最新作の曲ばかりを演奏するわけではなく、2017年の傑作「逆鱗マニア」収録の「サイクル」という、日食なつこのダークサイドと言えるような曲もこのコンボ編成で演奏されるのだが、その編成であるだけに歌詞がしっかりと聞き取れ、その一字一句を噛み締めながら、どんな人生を送ってきたらこんなに落ちているような時の人間の心理を描くことができるんだろうかと思う。
すると曲間のわずかな間の暗転中にkomaki♂が一旦ステージを去るのだが、曲と曲の間に発生する観客からの拍手が本当に大きな音で会場に響いている。なんならどの音よりもその拍手の音が大きいとすら言えるくらいなのだが、そんな盛大な拍手を封じるかのように、日食なつこのピアノ弾き語りで「meridian」が演奏されると、そこはかとない緊張感に場内が包まれているのがよくわかる。基本的には立ち上がることなく、ずっと椅子に座ったままでライブを観ているという客席のスタンスが最初は意外だったが、こうして演奏される曲を聴いていると、それが1番正しい鑑賞方なんじゃないかと思えてくる。それは全ての五感や意識を鳴っている音へ向けて集中させるという意味で。
それは「ミメーシス」の最後を担う曲であるだけに、こうして前半で演奏されるのが意外だった「最下層で」もそうなのであるが、komaki♂は不在であっても微かなビートのような音が聞こえるのは同期としてそうした音をステージから発しているからであり、その音に合わせるかのように薄暗いステージの中央ではランプの灯りが灯り、その灯りを覆うようにスモークが焚かれている。それはまるでこの世の最下層から天界へと音や意識や精神が浮上していくかのように。その様を見て、このステージで鳴っている音とは、この音楽とは何て美しいものなのだろうかと思う。それを同期の音も使っているとはいえ、たった1人だけで感じさせてくれるというあたりに日食なつこのライブの凄まじさが滲み出ている。
これまでのライブで見てきた日食なつこのライブでは曲間に曲紹介も兼ねた前振り的な言葉が挟まれていたのだが、この日はほとんど曲間なくテンポ良く次々と曲が演奏されていたというのはこの自由度の高い編成ならではであるが、そんな中でも日食なつこが歌詞の中のフレーズの一部分を口にすることによって、一気にストーリー性を増していくのは昨年リリースの「アンチ・フリーズ」収録の「泡沫の箱庭」であり、弾き語り+同期のサウンドという形は変わらないが、バンドサウンドの全てを同期で担うのではなくて、あくまで日食なつこの歌とピアノがメインであるという音源とはまた違ったバランスのサウンドが、ピアノ弾き語りだけでも全く退屈させないどころか、どんどん観客の集中力を研ぎ澄ませていく日食なつこの歌とピアノの凄みを確かに感じさせてくれる。
するとその編成のままでステージ背面の幕にはオイルアート的な演出が映し出され、日食なつこは曲前に
「目に見えない太陽の熱を知った
今日も僕は照らされる資格があるのかい」
という人間としての生きる資格、外へ出て生活する資格を問いただすかのような「タイヨウモルフォ」のサビのフレーズを口にしてから演奏に入ると、幕に映し出されたオイルアートは徐々に山々に囲まれた街を夕焼けの情景が包むというものに変化していき、それが「雨雲と太陽」という連なるようなタイトルの曲では雨が車の窓を反射するような映像から、最後には
「誰もが空を見ていた
大きな虹がかかった」
というフレーズに合わせるようにステージ上を7色の照明が照らし、幕には雨が止んで、まさに虹が浮かび上がるかのように晴れた空模様が映し出される。収録作品は違えど、こうして曲同士を繋げることによって新たなストーリーを描き出すというあたりに日食なつこのライブがどういう意識によって作り出されているのかということがよくわかる。それはその日、そのライブでしか見れないものや得られない感情を生み出してくれるということである。
カラフルとも言えるようなキャッチーな同期のサウンドが流れる中でも日食なつこの歌は
「どうしようもなくダメな日は
ふたりで一緒にダメになろうか
何一つ役に立たない 僕を隣にいさせてくれよ
ずっと隣にいさせてくれよ」
という、決してポップとは言えないような歌詞で我々聴き手に寄り添ってくれるかのようなものであるのが「vip?」であり、この曲からまた「ミメーシス」の世界へと戻っていく。
その「ミメーシス」の象徴的な曲と言えるのが、
「あなたの生活の中で必要なものはなんでしょう?このライブが終わった後に家に帰る前に、どうか買い逃しのないように」
と言って演奏された「必需品」で、ステージ上方からはいきなり窓などを模したオブジェが降りてきて、それはまるで日食なつこが自身の部屋の中で歌っているかのようであるのだが、その窓の中の一つはスクリーン的な役割も担っており、
「○月××日 洗剤が切れました 買ってこなくちゃ
○月××日 歯磨き粉が切れました 買ってこなくちゃ」
というフレーズに合わせてその窓には洗剤や歯磨き粉などの生活必需品が確かな日付とともに映し出されていく。その日付はこのツアー中のものであり、すなわちこのツアー中に2人が必需品だと思って買ったものが次々に映し出されているのである。それは
「○月××日 才能が枯れました 買ってこなくちゃ
買ってこなくちゃ」
と、表現者としての業を感じさせるものへと変化していくと、ステージにはkomaki♂も戻ってきてシェイカーを振るという形でこの曲に途中から参加するのだが、日食なつこは才能が枯れたと思うことがあるのだろうか。そう思うくらいにハイペースで曲や作品を量産しているだけに。
するとここでこの日唯一と言ってもいいブレイクタイムに。「必需品」を演奏したことによってkomaki♂を
「日食なつこチームの必需品。今日1番大きい拍手を彼に送ってください」
と紹介して大きな拍手が巻き起こると、
「皆さんがお買い逃しがないように、我々がこのツアーにおける必需品を紹介します」
と日食なつこが切り出したので、てっきりツアーの物販紹介でもするのかと思いきや、今は山の奥に家を建てて一人で暮らしているという日食なつこは「アリコロリン」という蟻が家の中に入ってこないためのアイテムを必需品として紹介し、片やkomaki♂はこのライブの翌日が仙台でのライブであり、このライブ後にすぐに機材車で移動しなければいけないというのを完全に忘れていたために、
「着替えを持ってくるのを忘れたんで、パンツと靴下を買いたいですね(笑)」
と言って場内の緊張感を解きほぐしながら笑いを誘う。その発言には思わず日食なつこも
「嘘だろ(笑)確かに楽屋に入ってきた時に「荷物少ないな〜。やっぱり旅慣れてるな〜」と思ったけど、全然旅慣れてなかった(笑)
次のライブからは「必需品」の映像にパンツが映るかもしれない(笑)」
と返し、
「それはライブ観てる人が台無しになっちゃうから(笑)
ライブ終わった後にユニクロとか開いてますかね?もしそこで見かけたら声かけてくださ(笑)」
と、ファンから声かけ歓迎という珍しいスタンスであるkomaki♂なのだが、tricotをはじめとしていろんな場所でそのドラムの腕前を遺憾なく発揮してきたミュージシャンであるだけに、もしかしたらkomaki♂がドラムを叩いているきっかけによって日食なつこの世界に入ってきたという人も少なからずいるのかもしれない。
そんな意外なくらいに愉快なMCのやり取りを経ると、後半開始の合図を日食なつこのピアノの軽やかな旋律で告げる「なだれ」では煽られたわけでもないのに観客たちが一斉に手拍子をし始める。それはこの観客たちが少しでもライブを楽しもうとしていることの現れでもあるし、前作収録のこの曲がすでにライブにおける重要な位置を担う曲になっているということでもある。
そんな曲の後に演奏された「ミメーシス」収録の「hunch_A」からはkomaki♂のドラムと日食なつこの歌とピアノの絡み合いが達人同士の殺陣や果たし合いのようにすら見えてくる壮絶なものになっている。komaki♂のドラムはこの凛としたステージの雰囲気から我々の意識を覚醒させてくれるかのような激しさですらある。手数の多いドラマーなのは昔からであるが、そこに軽やかさやしなやかさを存分に含むようになってきているというか。こんなにも日食なつこの相棒としてふさわしい存在がいてくれるということに感謝したくなる。
さらには
「退屈な世界その真ん中に空いたブラックホール
味見のような人生を繰り返す誰かの残骸だよ」
という歌詞の表現力の凄まじさに慄いてしまうような「レーテンシー」と、より2人のグルーヴが高まっているのがよくわかるし、日食なつこのボーカルもこの終盤にきてさらに力強さを増している。その様を見ていると、バンドではないにしてもライブをやり続けて生きてきた2人なんだなと強く思う。
そして「ミメーシス」のリード曲の一つである「うつろぶね」の軽快なピアノとビートの強さは、船と言いながらもそれは飛行船のように空を飛ぶものなんじゃないかというイメージを想起させつつ、
「黒く巨大な流れに紛れられて
こっそり安心しているそんなもんが幻だっていつ気づく?」
「爆弾のような訴えを積んで反逆起こす夜明けの鐘」
というフレーズを日食なつこの声で歌われると、それはどこか社会への強い警鐘のようにも聞こえる。それは日食なつこ自身が自分の思うように生きている人間だからこそそう感じられるところもあると思う。
そして、
「存在しない数字の話」
と言って演奏された「√-1」では跳ねるようなリズミカルなピアノとドラムのサウンドが響く中で、「あの辺りの席はなんで誰も座ってないんだろうか?」と思っていた2階と3階の両サイドの客席とステージ頭上から大量の紙吹雪が放たれる。日食なつこサイドは青、komaki♂サイドは赤に分かれた照明に照らされた中で降り注ぐ紙吹雪もまたその色に染まってステージや客席へと落ちていく。その光景のなんて美しいことだろうか。
正直、全音楽ファン必聴と言えるような超名曲である「音楽のすゝめ」は絶対やった方が良くない?とも思っていたのだが、この光景を見ていて、もうこれ以上は望むべくもないなとも思った。おそらくたくさんのカメラが回っていただけに、このライブはなんらかの形で映像化されると思うけれど、この1曲だけでも良いから少しでもたくさんの人に見て欲しいと思った。
komaki♂を送り出してから自身もステージ真ん中に立って観客に拍手を送る日食なつこの姿まで、登場から終了までの全ての音や姿が本当に美しかった。なんならピアノとは言わないまでも、エレクトーンやキーボードを買ってみようかなと思わせてくれるくらいに、音楽というものがこんなにも美しいものであるということを再確認させてくれるような時間だった。次に見る機会が来るならば、もう少し長い時間この音に浸っていたいとも思うけれど、今はこの余韻だけで充分であるかのような。
長い活動歴の中で、まさか今になってこんなに大きな会場でライブをやるくらいの存在になるなんて、ちょっと前までは全く想像していなかった。でもそれは今までに積み重ねてきた作品や曲や経験が身を結んだということでもあり、何よりもこうして今の状況の中で日食なつこの音楽を聴いてライブを観ていると、それはどこか「今こそたくさんの人に響くべき音楽と存在」として時代に手招きされているんじゃないかと思う。
「文字通りのアングラで 噛み砕いてる 味のないシリアル」
というフレーズで「ミメーシス」は始まる。その「アングラ」と称されるような音楽が、オーバーグラウンドの状況で鳴らされるようになる最後の瞬間を刻むものなのかもしれない。
1.99鬼夜行
2.クロソイド曲線
3.シリアル
4.サイクル
5.meridian
6.最下層で
7.泡沫の箱庭
8.タイヨウモルフォ
9.雨雲と太陽
10.vip?
11.必需品
12.なだれ
13.hunch_A
14.レーテンシー
15.うつろぶね
16.√-1