My Hair is Bad 「ダイナマイトホームランツアー」 @代々木第一体育館 3/25
- 2022/03/26
- 19:05
常にツアーに「ホームラン」というタイトル(一度「セーフティバント」もあったけど)を掲げてきた野球少年がボーカルを務めるバンドであるだけに、My Hair is Badにとっての初の代々木第一体育館でのワンマンが2022年のプロ野球開幕戦の日であるというのは必然とも言えるかもしれない。神戸ワールド記念ホールを経てのツアーのアリーナ編、代々木第一体育館2daysの初日がこの日である。
検温と消毒を経て、紙チケコレクターとしては実に嬉しい記念チケットを貰えるというのはこのバンドならではの今の時代での思い出の残し方であるが、久しぶりに入場した代々木体育館のアリーナのど真ん中に聳えるセンターステージとその上に設置された4方向のLEDスクリーン。そんな、「代々木体育館でこの形でやんの!?」と驚かざるを得ないステージの作りが否が応でもこの日のライブを楽しみにしてくれる。コロナ禍前には横浜アリーナや、昨年はさいたまスーパーアリーナでもワンマンをやっているが、その景色は開演前から全く違うものになっている。
開演時間の18時30分を少し過ぎたあたりで場内が暗転すると、おなじみのSEが流れる中でメンバー3人が客席の間の通路を通ってステージに向かう姿がステージ上面のスクリーンに映し出され、とりわけ何かと話題の男である椎木知仁(ボーカル&ギター)の姿が映し出されるとより大きな拍手が起こり、3人はステージに上がっていく。
しかしこれまでにいろんなアーティストのセンターステージライブを観てきたけれど、もう登場した段階でマイヘアのそれが今まで見てきたものと違うことがわかるというのは、椎木、山本大樹(ベース)、山田淳(ドラム)の3人がドラムセットの前に集まって手を合わせて気合いを入れた時から、山田のドラムは通常の代々木体育館の方向で言うならば下手側を向いているのだが、椎木と山本のマイクスタンドは上手側を向いているということ。
つまりは椎木と山本は山田のドラムを叩く姿を見ながら歌うという、ステージの形だけではなくてセッティング自体もいつもとは違う形で椎木がギターを鳴らして歌い始めたのは「優しさの行方」。普段ならライブのアンコールなどで演奏される曲がまさかの1曲目に演奏されたことによって、どこか普段のマイヘアのライブの熱狂っぷりとは違う空気に客席が包まれているけれど、そもそもライブをやるための会場ではないだけにやはりセンターステージという、客席から距離が近い形式であっても音の響きはあんまり良くないなと思うし、それはいつこの会場に来ても変わるものではないのだが、それでも椎木のボーカルが伸びやかに響き渡っていることはわかるし、椎木も山本も半袖Tシャツ姿というのがどんなステージになっても変わらないマイヘアらしさを感じさせてくれる。
意外なスタートだったけれど、ライブではおなじみの「グッバイ・マイマリー」はこの規模になってもライブハウスのバンドとしてステージに立っているという感覚になるし、「優しさの行方」では映らなかったスクリーンにここからはバンドが演奏している姿が映し出されるのだが、この曲をこの序盤で聴いていると、やはりマイヘアのライブは良いというか、なんのフィルターもなく、ただただ真っ直ぐにマイヘアとしての音がダイレクトに届いてくる。「○○っぽい」なんていう影響や要素もなければ、歌詞にフィクション的な想像の余地もない。ただひたすらに椎木が書いた歌詞が3人の演奏によってマイヘアの音楽としてのみ刺さってくる。そんな感覚はマイヘアのライブじゃないと味わうことができない。
「久しぶりにライブでやる曲を」
と言って演奏されたのは2013年リリースの「昨日になりたくて」収録の「赤信号で止まること」。マイヘアは基本的に新しい曲でも昔の曲でも等しくライブで演奏するバンドであるが、それは昔の曲でも全く違和感なく今の曲として鳴らすことができるバンドであり、実際にそうしてずっと鳴らしてきたからであるのだが、今にして聴くこの曲もやっぱりマイヘアでしかないと思う。
「言葉の語尾につける絵文字
初めてのコンドーム
それもあれもどれもみんな
僕の為そうでしょ?」
というフレーズなんかは特にそう感じる。
「1992年の3月に生まれ、新潟県上越市で育ち、少年野球を始めてボールを追いかけていた幼少期。高校に入って、ライブハウスでバヤちゃん(山本)を見つけて、教室でやまじゅん(山田)を見つけて、高校1年生の時に上越のライブハウスで初めてライブをやった俺がこんなステージに立っている。そのステージで俺はこう言うんだ、ドラマみたいだ」
と、その自身の辿ってきた人生を「ドラマみたいだ」の前フリに使うあたりは実に見事な言葉の操りっぷりであるが、椎木も山本も歌う時は山田の方を向いて歌うものの、間奏などでは客席の方に出て、観客の方を向いて演奏している。それがセンターステージであることも含めて、どこかこの広いアリーナ会場であっても距離の近さを感じさせてくれる。
その椎木はこうして時間と金と体を使って集まってくれた観客たちに改めて感謝の言葉を告げると、
「ブラジャーのホックを外す時だけ心の中までわかった気がした」
とギターを鳴らしながら歌い始めたのは、この前半で放たれたバンド最大のキラーチューンとも言える「真赤」で、タイトル通りにステージは真っ赤な照明に照らされる。その真っ赤なステージで向かい合って演奏している3人はまるで炎を纏っているかのようなオーラを発しているようにすら見える。3月とはいえ、まだ関東も寒い日も多いけれど、この曲を聴くとやっぱり夏の匂いがする。早くも夏にいろんな場所でこのバンドのライブを観て、この曲を演奏する姿を観るのが楽しみになるというか。
椎木の物語のようでもあり、そうでもない2人の男女の物語のような情景が、二人の映画のように脳内に浮かび上がってくるような「悪い癖」はきっと思い入れが強い人も多いというか、この曲の歌詞を自分たち2人のことのように、あるいは曲の2人のようにはならないように聞いていて、この日2人でライブに来たカップルもたくさんいたことだろうと思う。そんな聴き手それぞれが持った違った思いを増幅させるかのように椎木は言葉を次々に放っていくと、
「オリンピック中止のニュースすら聞こえないくらい恋していた」
というフレーズが、東京オリンピックが開催されていたこと、その開催前に色々と意見の相違などによって大混乱していたことすらなんだか遠い昔のことのように響く「予感」へと、テンポを落としながら、だからこそよりメロディの力が際立つような曲へと続いていく。遠い昔のことのように思いながらも、開催されるのか中止になるのかという分断を含めてその当時のことを思い出せるということは、これからもこの曲を聴けばまた当時のことを思い出せるということだ。それはきっとコロナ禍だったことが遠い昔のことになっても。
すると暗闇に包まれた中で山本とともにマイクスタンドがそれまでの山田に向かうようだった方向から客席に向かうように直された椎木のみにスポットライトが当たり、
「次の曲は、僕が僕だけのために作った曲です」
と紹介すると、場内はその椎木の思いを受け止めるような静粛な空気がそのまま観客の集中力の高さを感じさせると、
「僕の前だけで
今夜だけ独身に戻る君を僕は責めなかった」
という衝撃的とも言える歌い出しで始まる新曲「綾」は、昨年のさいたまスーパーアリーナでのワンマン以降、曲の前フリ的に口ずさんでいた椎木の言葉がそのまま一つの曲として完成したものだと言えるだろうが、その歌い出しのフレーズからわかる通りに許されざる恋を歌ったこの曲は
「ちゃんと終わらせるから
この物語にハッピーエンドなんかないとわかってても
これで最後と誓っても
何度だって破り捨てて また二人で迎えた日々を
もうこれで本当に最後にしてしまうね」
というあまりにも救いようがない(当然だけれど)、重い歌詞がミドルテンポに乗せて次々と放たれていく。しかしながら去年から披露されていた断片がずっと脳内に残っていたということからもわかる通りに、そうして残るくらいにインパクトが強い曲であるということだ。それがこうして曲として完成して、これから先何度でも聴けるというのが実に嬉しい。
さらに椎木が歌い始めたのは、週刊誌に曲タイトルを使われることになってしまった「恋人ができたんだ」。そんな曲をしっかり自分たちの元に取り戻すかのように、椎木のボーカルも、エモーショナルにというよりもそれに寄り添うように刻む山本と山田のリズムも、曲最後での山本のコーラスも実に丁寧だった印象だ。そうした週刊誌のネタになったことによるノリは一切見られない、ただ良い曲を良い演奏で届けようとするマイヘアの姿がそこにはあった。
そして椎木がギターを鳴らしながら言葉を紡いでいき、もしかしたらこうしたライブでの前フリがまた新曲として花を咲かせることになるのかもしれないと思いつつ、その言葉の最後が聴き馴染みのあるメロディに乗ることによって、重くすらあったゾーンを締め括るように、壮大なメロディと演奏による「味方」が演奏される。
「僕は正義にも悪にもなれないけど
誰よりも君の味方だ」
というフレーズはもしかしたら椎木の二人称的な相手へと向けられたものかもしれないというか、
「弱さを見せ合える人がいること
それが二人の強さだ」
というフレーズもあるように、間違いなくそうしたものだろうけれど、それでもこうしてライブで聴いている時だけは、我々の味方でいてくれるために歌っているかのように感じられる。それくらいにワンマンでの椎木は、マイヘアは言葉や音に感謝の気持ちを乗せていることが聴いていてしっかりと伝わってくる。
そんな、椎木も「重いラブソングゾーン」と言うような曲たちを終えると、メンバー3人は先程までと正対するように、全員が上手側を向いている。だいたい大きな規模でのセンターステージでのライブだとステージが回転したりしてメンバーが向く方向が変わったりするものであるが、マイヘアが取ったのは「ドラムセットを向かい合わせに2セット用意して、逆側を向いて演奏する」という人力のみで成り立たせるセンターステージ。そこにもどこかマイヘアらしさを感じてしまうのだが、
「こっから盛り上がっていこうぜ!」
と言うと、スリーピースのロックバンドとしてのダイナミズムや衝動が全て爆発するかのような「告白」で椎木が
「心の中で歌ってくれ!」
と、声を出すことは出来なくてもマイクから離れて観客の声を求めると、その
「最上階 掻き鳴り合え
四拍子 珠玉の私曲と不安なステージ」
というフレーズ部分ではそれまではひたすらにバンドが音を鳴らす姿に集中していた観客が、心の中で歌っているということを示すように手拍子をすると、それがバンドへとさらなる活力を与えたのか、「熱狂を終え」からは椎木と山本は「味方」の時まで使っていた、初期の立ち位置のマイクスタンドの方に移動して歌ったりと、ただ単にステージが場内のど真ん中にあるということだけではなく、そうして広くなったステージをかつてないくらいに自由に動き回りながら演奏している。何の理由や目的もなセンターステージでのライブをやるようなバンドではないことはわかっていたが、確かにこの後半からはマイヘアとしてのセンターステージでのライブという、
「初めてだし、もうこの先ないかもしれない」
と椎木も口にしていた特別なライブを観れているという感覚がより強くなっていく。もちろんそれはバンドの鳴らす音がより強さと迫力を増していく流れだからこそそう思える部分もあるだろう。
さらにはマイヘアらしいショートチューン「クリサンセマム」では椎木が叫ぶようにして
「いないいないばあ」
のフレーズを歌うと、どこまでいってもライブハウスであるバンドのライブの客席までもが思いっきり腕を振り上げたりして一気にライブハウスのような熱量に満たされていき、そのまま「真赤」よりも黒さが混じったような赤い照明に照らされて「ディアウェンディ」へと突入していくと、椎木は原曲の歌詞をいつものようにガラッと変えるのだが、この日のそれは
「とあるバンドが週刊誌に撮られていた!焼肉デートだって!ヤキモチ妬いていた奴が肉焼いてんの!」
と、女優との焼肉デートを週刊誌に報じられた自身へと向けられたものになっているのだが、それを聴いた際の山本のリアクションは両手を持ち上げるように「何のこと?」と言うかのようなものになっているのが面白いのだが、椎木は
「全員で焼肉行こうぜ!肉焼こうぜ!」
とギターを掲げながら叫び、その週刊誌に撮られたことをここにいる全員で共有しようとし、客席から大きな拍手が上がるのだが、それは隠そうとするどころか、むしろステージ上で全てを曝け出そうという椎木の潔い生き様へ向けられた拍手と言っていいものだろう。個人的にはお相手のことを全く存じ上げないので何とも思えないところでもあるのだけれど。
山田のリズムがキメを打ちまくり、そこに椎木のラップ的とも言えるボーカルがリズミカルに乗る「マイハッピーウェディング」ではやはり椎木と山本が忙しなくステージ上を動き回り、マイクスタンドすらも両方向に向いたものを駆使するのであるが、この流れで聴くと、
「ストッブザマイバッド
ドンと構えていて」
というフレーズがどこか椎木自身やファンに、週刊誌に載ったのを見てもそうしろと言い聞かせているかのように感じる。その時の状況や曲順によって曲の聞こえ方が変わるというのはライブならではの面白さではあるのだが、まさかこの曲がこんな風に聞こえるとは全く想像していなかった。
そして椎木は
「今週めちゃくちゃ色々あった!週刊誌に撮られて、こうして代々木体育館のステージに立ってて!」
とまくしたて始めると、
「今日こうやってセンターステージでライブやってるのもそうだけど、初めてのことにも挑戦しようと思ってる!だから発表します!来週、ミュージックステーションに出ます!」
とステージ上で宣言すると、思わず客席からはどよめきが起こっていた。まさかマイヘアが地上波の音楽番組、しかもMステに出るとは。初めてのことをやるというのはそうして開いていくモードということなのだろうか。タモリとはどんなトークを展開するのか(そもそもトークあるのかもわからないけど)も含めてあらゆる意味で予測ができない出演である。
そうした発表の後にも椎木は
「銃もナイフもいらない!」
と、どこか今の世界の状況を思わせるようなことも含めて、次々と言葉を放っていく。それはライブではおなじみの即興歌詞を取り入れまくった「フロムナウオン」であり、言葉たちを紡いでいった果てに椎木は
「優しくなりたい!1番強いのは心が広い奴だ!心にゆとりがある男になりたい!」
と辿り着いた結論を叫ぶ。去年のツアーでも同じようにこの曲を結んでいたということは、本当に椎木がそうした存在になろうとしているということだろうし、いろんなフェスに出始めた時のようなトゲトゲしたようなモードではなくなってきたのもそうした意識によるものだろうと思う。ツアータイトル通りにライブでホームランが打てるかどうかはこの曲がどう化けるかにかかっているところもあるのだが、今のマイヘアはほぼ確実に毎回ホームランをかっ飛ばしている。それくらいにこの「フロムナウオン」の完成度のアベレージが高くなっていて、もはやホームランか空振りか、というバッターではなく、飛距離が150mのホームランか、120mのホームランか、という違いにまで達してきている。
そんな「フロムナウオン」の後に
「この曲をみんなに」
と言う際の口ぶりも表情も実に穏やかに、「フロムナウオン」で言った通りに優しさや心の広さを感じさせるものだったのだが、その言葉の直後に鳴らされた音に体が震えたのは、それが「戦争を知らない大人たち」という、まさに今演奏されるべき曲だったからだ。どれだけ週刊誌に撮られたり、それを逆手に取るようなパフォーマンスがあったとしても、やはりマイヘアのライブで1番震えるのはその鳴らしている音なのだ。さらにそこに椎木の
「誰しもが、夜には安らかに眠れますように!みんなに、新しい朝がやって来ますように!」
という祈りにも似た言葉が乗ることによって、体だけでなく心や魂までもが震えるものになる。確かにラブソングが多いバンドだし、そうした曲に共感してこのバンドを聴くようになった、ライブに行くようになったという人もたくさんいるだろうけれど、今自分がマイヘアに鳴らして欲しい曲は他のラブソングとは少し違う、でも生きている人全てへ向けたラブソングと言えるこの曲だった。大人たちだけじゃなくて、遠い国であっても子供たちが戦争を知らないようでいれますように、と椎木の
「Good night」
のリフレインを聴きながら思っていた。
「俺が今の家に引っ越したのは2020年の4月。みんな、2年前に戻ったつもりで聞いてみてください」
と、再び山田も含めてライブ開始時と同じような立ち位置に戻って演奏された「白春夢」ではステージにスモークが焚かれることによって、この光景がまさに今の時期である春に見ている真っ白な夢のように見えるのであるが、ミドルと言っていいようなテンポの曲であるのに頭や体が激しく反応してしまうのは山田のドラムのあまりの強さによるものだ。マイヘアは椎木の存在や言葉があまりに強すぎるバンドでもあるのだけれど、それに負けるような演奏のメンバーだったら務まらないバンドでもある。つまりは山本と山田のリズムが椎木のバンドではなく、My Hair is Badというスリーピースロックバンドたらしめているのであるが、
「Stay alone so long…
今日からもう」
という曲後半のフレーズではギターと歌のみが響くだけに、上手側のスタンド客席からのライトが椎木のみを照らす。その姿が本当に神々しくて、もう週刊誌どうのこうのなんてことはこの曲を演奏している時にはすっかり頭から消え去ってしまっていた。
そんな張り詰めた空気を振り払うかのように
「地元の上越市っていう何にもないような地元のことを歌った歌です。みんなも自分の地元を思い出したり、俺たちの地元を想像したりしながら、楽に聴いてください」
と言って演奏された、穏やかに削ぎ落としたサウンドと椎木のヒップホップ的な歌唱の「ホームタウン」は
「海 山 川 田んぼ 雪はあるけど
スキーもしない 釣りもしない
今日も山麓線に掛かる 鳥 と
この街でまだ夢を見てる
まるこ しののめ わのき 辺りに
一杯 二杯 三杯 みたいにいっぱい」
という上越のことを歌った歌詞であるだけに、なかなか自分の地元のことを思い浮かべるというよりは、やはりマイヘアの3人が育ったのはこういう場所なんだろうな、と思うようなものなのだが、それはそのまま
「My Hair is Bad 組んだ 北城のマックまで
タイムマシン乗って行って 改名させたいよ…
坊主から長髪へ 高校から無職へ
上越から全国 インディーズからメジャー
夢も現実になれば ただの現実だ
あの頃の憧れが いまの途中経過」
というマイヘアの回顧録的なものへとなっていくからだ。そして今でも椎木は挨拶する際には
「新潟県上越、My Hair is Badです」
と言う。それくらいに自分たちが生まれ育った街のことを、
「愛している 愛されてる
たまに愛していない でも愛してくれる
ここにいる 誰かといる
たまに一人でいる たまに君といる」
と歌う。それはある意味ではラブソング以上にマイヘアにしか歌えない曲だと言えるのかもしれない。
そしてまた下手側を向くような体制に入れ替わると、
「みんなに送りたい曲をやります!」
と言って大らかなサウンドに
「友は多くなくていいが 大事にするといい
金に拘らないでいいと 教えてもらうといい」
という、まさに観客に語りかけるように歌い、椎木の声も一層伸びやかさを見せるというタイプのショートチューン「宿り」から、
「来月アルバム出します!その中に入ってる、1番自信がある曲をやります!」
と言って演奏されたのは、昨年の「フラッシュホームランツアー」で1曲目に演奏されていたということからもその自信の程がうかがえていた、
「DJ放送室 僕に合う音楽を探して」
というフレーズが印象的な、マイヘア的キャッチーなメロディの現状の極みとでもいうような「歓声をさがして」。それはタイトルとしても、また音楽で、ライブという場で我々観客の歓声が響くようになる日が来ることを待ち侘びている、それを探すためにこうしてツアーを繰り返しているという生活をバンドが送っているかのような。マイヘアのアルバムは毎作名盤ばかりであるが、この曲の存在が来るべきアルバム「angels」をより楽しみにしてくれる。
そして最後により一層このライブにときめくために、
「良い思い出になるように!最高の華金にしてくれよ!ドキドキしようぜ!」
と言って演奏された「アフターアワー」。山本が軽やかなステップを踏みながら間奏でベースソロを弾き、サビになると衝動が爆発するように椎木のボーカルが勢いを増し、観客も腕を振り上げる。
「いつかは止まってしまう日が来る」
ということをわかっているかのように、このバンドはずっとこの曲を歌い続けてきたけれど、今はまだその日が来るような予感はないし、想像することすらできない。それくらいにマイヘアはいつだって最高速で走り続けている。
アンコールで再びメンバーが客席の間の通路を通って登場すると、最初にステージに上がった山本が
「初めてのセンターステージだから不安もあったけど、やってみて良かったな〜」
と安堵のコメントを残すも、椎木からは
「なんかピンチを乗り越えたみたいな感じに言ってるけど、楽屋で弁当2つ食べてプロテイン飲んでたじゃん!」
といつもの山本と全く変わらない様子だったことを明かされるのだが、その椎木はこの日は両親が観に来ていることを口にし、
「免許の更新があるんで、4月に帰ります。その時は鰻でも食べに行きましょう」
と母親へメッセージを送ってから演奏されたのは「いつか結婚しても」。それこそ週刊誌に載ったことによって、より今の椎木の一人称的な曲にも感じられるようになっているのだが、もし椎木が結婚したりしたらその時には、その後には椎木はどんな歌詞を書いたりするのだろうか。それはやはり今とは変わったりするのだろうか。そこに自分は興味があるし、サビで腕を掲げたり左右に振ったりする観客たちも、どこかそうした椎木の幸せを願っているかのようだった。もちろんもしかしたら週刊誌の報道を見てショックを受けたりした人もいるかもしれないけれど、この曲を聴いてそう思えるのは椎木がこの日のライブでも、今までのライブでも我々観客が幸せになることを願って音を鳴らし、歌っていてくれたからである。
そして最後に椎木がギターを鳴らしながら
「ありがとう また今度 って
僕らは車を走らせた
大丈夫さ きっとどうにかなるだろう」
と歌い始めたのは、これからもバンドが旅を続けながら音を鳴らし続けていく意思を示すかのような「音楽家になりたくて」。この曲をずっと変わることなく、どんな会場になっても同じように鳴らすことができている。それこそがマイヘアがロックバンド、ライブハウスバンドであり続けているということを示していた。翌日もこの会場でワンマンがあるけれど、それが終わればまた次の街へ。きっとそれはミュージックステーションに出ても変わることはない。それはすでにこのツアーのライブハウス編のスケジュールが発表されていることからも明らかだ。
そのどんなことがあったとしても変わらないマイヘアらしさを改めてたくさんの人の前で示す。そのたくさんの人が入る会場だからこそできる、その会場でライブをやる意味を持たせながらそれを示す。このアリーナ公演はマイヘアが自分たちらしくあることと同時に、我々観客がマイヘアのライブで感じることができる、ロックバンドのライブに心が焦がれる感覚が好きで、こうやってライブに来るということを確かめ合うようなものだった。
それはまだコロナ禍の中での久しぶりのアリーナ規模でのライブだった、去年のさいたまスーパーアリーナでの緊張感とはまた少し違う、でもやはりこの日も、春と言われるならそうだった。
1.優しさの行方
2.グッバイ・マイマリー
3.赤信号で止まること
4.ドラマみたいだ
5.真赤
6.悪い癖
7.予感
8.綾
9.恋人ができたんだ
10.味方
11.告白
12.熱狂を終え
13.クリサンセマム
14.ディアウェンディ
15.マイハッピーウェンディング
16.フロムナウオン
17.戦争を知らない大人たち
18.白春夢
19.ホームタウン
20.宿り
21.歓声をさがして
22.アフターアワー
encore
23.いつか結婚しても
24.音楽家になりたくて
検温と消毒を経て、紙チケコレクターとしては実に嬉しい記念チケットを貰えるというのはこのバンドならではの今の時代での思い出の残し方であるが、久しぶりに入場した代々木体育館のアリーナのど真ん中に聳えるセンターステージとその上に設置された4方向のLEDスクリーン。そんな、「代々木体育館でこの形でやんの!?」と驚かざるを得ないステージの作りが否が応でもこの日のライブを楽しみにしてくれる。コロナ禍前には横浜アリーナや、昨年はさいたまスーパーアリーナでもワンマンをやっているが、その景色は開演前から全く違うものになっている。
開演時間の18時30分を少し過ぎたあたりで場内が暗転すると、おなじみのSEが流れる中でメンバー3人が客席の間の通路を通ってステージに向かう姿がステージ上面のスクリーンに映し出され、とりわけ何かと話題の男である椎木知仁(ボーカル&ギター)の姿が映し出されるとより大きな拍手が起こり、3人はステージに上がっていく。
しかしこれまでにいろんなアーティストのセンターステージライブを観てきたけれど、もう登場した段階でマイヘアのそれが今まで見てきたものと違うことがわかるというのは、椎木、山本大樹(ベース)、山田淳(ドラム)の3人がドラムセットの前に集まって手を合わせて気合いを入れた時から、山田のドラムは通常の代々木体育館の方向で言うならば下手側を向いているのだが、椎木と山本のマイクスタンドは上手側を向いているということ。
つまりは椎木と山本は山田のドラムを叩く姿を見ながら歌うという、ステージの形だけではなくてセッティング自体もいつもとは違う形で椎木がギターを鳴らして歌い始めたのは「優しさの行方」。普段ならライブのアンコールなどで演奏される曲がまさかの1曲目に演奏されたことによって、どこか普段のマイヘアのライブの熱狂っぷりとは違う空気に客席が包まれているけれど、そもそもライブをやるための会場ではないだけにやはりセンターステージという、客席から距離が近い形式であっても音の響きはあんまり良くないなと思うし、それはいつこの会場に来ても変わるものではないのだが、それでも椎木のボーカルが伸びやかに響き渡っていることはわかるし、椎木も山本も半袖Tシャツ姿というのがどんなステージになっても変わらないマイヘアらしさを感じさせてくれる。
意外なスタートだったけれど、ライブではおなじみの「グッバイ・マイマリー」はこの規模になってもライブハウスのバンドとしてステージに立っているという感覚になるし、「優しさの行方」では映らなかったスクリーンにここからはバンドが演奏している姿が映し出されるのだが、この曲をこの序盤で聴いていると、やはりマイヘアのライブは良いというか、なんのフィルターもなく、ただただ真っ直ぐにマイヘアとしての音がダイレクトに届いてくる。「○○っぽい」なんていう影響や要素もなければ、歌詞にフィクション的な想像の余地もない。ただひたすらに椎木が書いた歌詞が3人の演奏によってマイヘアの音楽としてのみ刺さってくる。そんな感覚はマイヘアのライブじゃないと味わうことができない。
「久しぶりにライブでやる曲を」
と言って演奏されたのは2013年リリースの「昨日になりたくて」収録の「赤信号で止まること」。マイヘアは基本的に新しい曲でも昔の曲でも等しくライブで演奏するバンドであるが、それは昔の曲でも全く違和感なく今の曲として鳴らすことができるバンドであり、実際にそうしてずっと鳴らしてきたからであるのだが、今にして聴くこの曲もやっぱりマイヘアでしかないと思う。
「言葉の語尾につける絵文字
初めてのコンドーム
それもあれもどれもみんな
僕の為そうでしょ?」
というフレーズなんかは特にそう感じる。
「1992年の3月に生まれ、新潟県上越市で育ち、少年野球を始めてボールを追いかけていた幼少期。高校に入って、ライブハウスでバヤちゃん(山本)を見つけて、教室でやまじゅん(山田)を見つけて、高校1年生の時に上越のライブハウスで初めてライブをやった俺がこんなステージに立っている。そのステージで俺はこう言うんだ、ドラマみたいだ」
と、その自身の辿ってきた人生を「ドラマみたいだ」の前フリに使うあたりは実に見事な言葉の操りっぷりであるが、椎木も山本も歌う時は山田の方を向いて歌うものの、間奏などでは客席の方に出て、観客の方を向いて演奏している。それがセンターステージであることも含めて、どこかこの広いアリーナ会場であっても距離の近さを感じさせてくれる。
その椎木はこうして時間と金と体を使って集まってくれた観客たちに改めて感謝の言葉を告げると、
「ブラジャーのホックを外す時だけ心の中までわかった気がした」
とギターを鳴らしながら歌い始めたのは、この前半で放たれたバンド最大のキラーチューンとも言える「真赤」で、タイトル通りにステージは真っ赤な照明に照らされる。その真っ赤なステージで向かい合って演奏している3人はまるで炎を纏っているかのようなオーラを発しているようにすら見える。3月とはいえ、まだ関東も寒い日も多いけれど、この曲を聴くとやっぱり夏の匂いがする。早くも夏にいろんな場所でこのバンドのライブを観て、この曲を演奏する姿を観るのが楽しみになるというか。
椎木の物語のようでもあり、そうでもない2人の男女の物語のような情景が、二人の映画のように脳内に浮かび上がってくるような「悪い癖」はきっと思い入れが強い人も多いというか、この曲の歌詞を自分たち2人のことのように、あるいは曲の2人のようにはならないように聞いていて、この日2人でライブに来たカップルもたくさんいたことだろうと思う。そんな聴き手それぞれが持った違った思いを増幅させるかのように椎木は言葉を次々に放っていくと、
「オリンピック中止のニュースすら聞こえないくらい恋していた」
というフレーズが、東京オリンピックが開催されていたこと、その開催前に色々と意見の相違などによって大混乱していたことすらなんだか遠い昔のことのように響く「予感」へと、テンポを落としながら、だからこそよりメロディの力が際立つような曲へと続いていく。遠い昔のことのように思いながらも、開催されるのか中止になるのかという分断を含めてその当時のことを思い出せるということは、これからもこの曲を聴けばまた当時のことを思い出せるということだ。それはきっとコロナ禍だったことが遠い昔のことになっても。
すると暗闇に包まれた中で山本とともにマイクスタンドがそれまでの山田に向かうようだった方向から客席に向かうように直された椎木のみにスポットライトが当たり、
「次の曲は、僕が僕だけのために作った曲です」
と紹介すると、場内はその椎木の思いを受け止めるような静粛な空気がそのまま観客の集中力の高さを感じさせると、
「僕の前だけで
今夜だけ独身に戻る君を僕は責めなかった」
という衝撃的とも言える歌い出しで始まる新曲「綾」は、昨年のさいたまスーパーアリーナでのワンマン以降、曲の前フリ的に口ずさんでいた椎木の言葉がそのまま一つの曲として完成したものだと言えるだろうが、その歌い出しのフレーズからわかる通りに許されざる恋を歌ったこの曲は
「ちゃんと終わらせるから
この物語にハッピーエンドなんかないとわかってても
これで最後と誓っても
何度だって破り捨てて また二人で迎えた日々を
もうこれで本当に最後にしてしまうね」
というあまりにも救いようがない(当然だけれど)、重い歌詞がミドルテンポに乗せて次々と放たれていく。しかしながら去年から披露されていた断片がずっと脳内に残っていたということからもわかる通りに、そうして残るくらいにインパクトが強い曲であるということだ。それがこうして曲として完成して、これから先何度でも聴けるというのが実に嬉しい。
さらに椎木が歌い始めたのは、週刊誌に曲タイトルを使われることになってしまった「恋人ができたんだ」。そんな曲をしっかり自分たちの元に取り戻すかのように、椎木のボーカルも、エモーショナルにというよりもそれに寄り添うように刻む山本と山田のリズムも、曲最後での山本のコーラスも実に丁寧だった印象だ。そうした週刊誌のネタになったことによるノリは一切見られない、ただ良い曲を良い演奏で届けようとするマイヘアの姿がそこにはあった。
そして椎木がギターを鳴らしながら言葉を紡いでいき、もしかしたらこうしたライブでの前フリがまた新曲として花を咲かせることになるのかもしれないと思いつつ、その言葉の最後が聴き馴染みのあるメロディに乗ることによって、重くすらあったゾーンを締め括るように、壮大なメロディと演奏による「味方」が演奏される。
「僕は正義にも悪にもなれないけど
誰よりも君の味方だ」
というフレーズはもしかしたら椎木の二人称的な相手へと向けられたものかもしれないというか、
「弱さを見せ合える人がいること
それが二人の強さだ」
というフレーズもあるように、間違いなくそうしたものだろうけれど、それでもこうしてライブで聴いている時だけは、我々の味方でいてくれるために歌っているかのように感じられる。それくらいにワンマンでの椎木は、マイヘアは言葉や音に感謝の気持ちを乗せていることが聴いていてしっかりと伝わってくる。
そんな、椎木も「重いラブソングゾーン」と言うような曲たちを終えると、メンバー3人は先程までと正対するように、全員が上手側を向いている。だいたい大きな規模でのセンターステージでのライブだとステージが回転したりしてメンバーが向く方向が変わったりするものであるが、マイヘアが取ったのは「ドラムセットを向かい合わせに2セット用意して、逆側を向いて演奏する」という人力のみで成り立たせるセンターステージ。そこにもどこかマイヘアらしさを感じてしまうのだが、
「こっから盛り上がっていこうぜ!」
と言うと、スリーピースのロックバンドとしてのダイナミズムや衝動が全て爆発するかのような「告白」で椎木が
「心の中で歌ってくれ!」
と、声を出すことは出来なくてもマイクから離れて観客の声を求めると、その
「最上階 掻き鳴り合え
四拍子 珠玉の私曲と不安なステージ」
というフレーズ部分ではそれまではひたすらにバンドが音を鳴らす姿に集中していた観客が、心の中で歌っているということを示すように手拍子をすると、それがバンドへとさらなる活力を与えたのか、「熱狂を終え」からは椎木と山本は「味方」の時まで使っていた、初期の立ち位置のマイクスタンドの方に移動して歌ったりと、ただ単にステージが場内のど真ん中にあるということだけではなく、そうして広くなったステージをかつてないくらいに自由に動き回りながら演奏している。何の理由や目的もなセンターステージでのライブをやるようなバンドではないことはわかっていたが、確かにこの後半からはマイヘアとしてのセンターステージでのライブという、
「初めてだし、もうこの先ないかもしれない」
と椎木も口にしていた特別なライブを観れているという感覚がより強くなっていく。もちろんそれはバンドの鳴らす音がより強さと迫力を増していく流れだからこそそう思える部分もあるだろう。
さらにはマイヘアらしいショートチューン「クリサンセマム」では椎木が叫ぶようにして
「いないいないばあ」
のフレーズを歌うと、どこまでいってもライブハウスであるバンドのライブの客席までもが思いっきり腕を振り上げたりして一気にライブハウスのような熱量に満たされていき、そのまま「真赤」よりも黒さが混じったような赤い照明に照らされて「ディアウェンディ」へと突入していくと、椎木は原曲の歌詞をいつものようにガラッと変えるのだが、この日のそれは
「とあるバンドが週刊誌に撮られていた!焼肉デートだって!ヤキモチ妬いていた奴が肉焼いてんの!」
と、女優との焼肉デートを週刊誌に報じられた自身へと向けられたものになっているのだが、それを聴いた際の山本のリアクションは両手を持ち上げるように「何のこと?」と言うかのようなものになっているのが面白いのだが、椎木は
「全員で焼肉行こうぜ!肉焼こうぜ!」
とギターを掲げながら叫び、その週刊誌に撮られたことをここにいる全員で共有しようとし、客席から大きな拍手が上がるのだが、それは隠そうとするどころか、むしろステージ上で全てを曝け出そうという椎木の潔い生き様へ向けられた拍手と言っていいものだろう。個人的にはお相手のことを全く存じ上げないので何とも思えないところでもあるのだけれど。
山田のリズムがキメを打ちまくり、そこに椎木のラップ的とも言えるボーカルがリズミカルに乗る「マイハッピーウェディング」ではやはり椎木と山本が忙しなくステージ上を動き回り、マイクスタンドすらも両方向に向いたものを駆使するのであるが、この流れで聴くと、
「ストッブザマイバッド
ドンと構えていて」
というフレーズがどこか椎木自身やファンに、週刊誌に載ったのを見てもそうしろと言い聞かせているかのように感じる。その時の状況や曲順によって曲の聞こえ方が変わるというのはライブならではの面白さではあるのだが、まさかこの曲がこんな風に聞こえるとは全く想像していなかった。
そして椎木は
「今週めちゃくちゃ色々あった!週刊誌に撮られて、こうして代々木体育館のステージに立ってて!」
とまくしたて始めると、
「今日こうやってセンターステージでライブやってるのもそうだけど、初めてのことにも挑戦しようと思ってる!だから発表します!来週、ミュージックステーションに出ます!」
とステージ上で宣言すると、思わず客席からはどよめきが起こっていた。まさかマイヘアが地上波の音楽番組、しかもMステに出るとは。初めてのことをやるというのはそうして開いていくモードということなのだろうか。タモリとはどんなトークを展開するのか(そもそもトークあるのかもわからないけど)も含めてあらゆる意味で予測ができない出演である。
そうした発表の後にも椎木は
「銃もナイフもいらない!」
と、どこか今の世界の状況を思わせるようなことも含めて、次々と言葉を放っていく。それはライブではおなじみの即興歌詞を取り入れまくった「フロムナウオン」であり、言葉たちを紡いでいった果てに椎木は
「優しくなりたい!1番強いのは心が広い奴だ!心にゆとりがある男になりたい!」
と辿り着いた結論を叫ぶ。去年のツアーでも同じようにこの曲を結んでいたということは、本当に椎木がそうした存在になろうとしているということだろうし、いろんなフェスに出始めた時のようなトゲトゲしたようなモードではなくなってきたのもそうした意識によるものだろうと思う。ツアータイトル通りにライブでホームランが打てるかどうかはこの曲がどう化けるかにかかっているところもあるのだが、今のマイヘアはほぼ確実に毎回ホームランをかっ飛ばしている。それくらいにこの「フロムナウオン」の完成度のアベレージが高くなっていて、もはやホームランか空振りか、というバッターではなく、飛距離が150mのホームランか、120mのホームランか、という違いにまで達してきている。
そんな「フロムナウオン」の後に
「この曲をみんなに」
と言う際の口ぶりも表情も実に穏やかに、「フロムナウオン」で言った通りに優しさや心の広さを感じさせるものだったのだが、その言葉の直後に鳴らされた音に体が震えたのは、それが「戦争を知らない大人たち」という、まさに今演奏されるべき曲だったからだ。どれだけ週刊誌に撮られたり、それを逆手に取るようなパフォーマンスがあったとしても、やはりマイヘアのライブで1番震えるのはその鳴らしている音なのだ。さらにそこに椎木の
「誰しもが、夜には安らかに眠れますように!みんなに、新しい朝がやって来ますように!」
という祈りにも似た言葉が乗ることによって、体だけでなく心や魂までもが震えるものになる。確かにラブソングが多いバンドだし、そうした曲に共感してこのバンドを聴くようになった、ライブに行くようになったという人もたくさんいるだろうけれど、今自分がマイヘアに鳴らして欲しい曲は他のラブソングとは少し違う、でも生きている人全てへ向けたラブソングと言えるこの曲だった。大人たちだけじゃなくて、遠い国であっても子供たちが戦争を知らないようでいれますように、と椎木の
「Good night」
のリフレインを聴きながら思っていた。
「俺が今の家に引っ越したのは2020年の4月。みんな、2年前に戻ったつもりで聞いてみてください」
と、再び山田も含めてライブ開始時と同じような立ち位置に戻って演奏された「白春夢」ではステージにスモークが焚かれることによって、この光景がまさに今の時期である春に見ている真っ白な夢のように見えるのであるが、ミドルと言っていいようなテンポの曲であるのに頭や体が激しく反応してしまうのは山田のドラムのあまりの強さによるものだ。マイヘアは椎木の存在や言葉があまりに強すぎるバンドでもあるのだけれど、それに負けるような演奏のメンバーだったら務まらないバンドでもある。つまりは山本と山田のリズムが椎木のバンドではなく、My Hair is Badというスリーピースロックバンドたらしめているのであるが、
「Stay alone so long…
今日からもう」
という曲後半のフレーズではギターと歌のみが響くだけに、上手側のスタンド客席からのライトが椎木のみを照らす。その姿が本当に神々しくて、もう週刊誌どうのこうのなんてことはこの曲を演奏している時にはすっかり頭から消え去ってしまっていた。
そんな張り詰めた空気を振り払うかのように
「地元の上越市っていう何にもないような地元のことを歌った歌です。みんなも自分の地元を思い出したり、俺たちの地元を想像したりしながら、楽に聴いてください」
と言って演奏された、穏やかに削ぎ落としたサウンドと椎木のヒップホップ的な歌唱の「ホームタウン」は
「海 山 川 田んぼ 雪はあるけど
スキーもしない 釣りもしない
今日も山麓線に掛かる 鳥 と
この街でまだ夢を見てる
まるこ しののめ わのき 辺りに
一杯 二杯 三杯 みたいにいっぱい」
という上越のことを歌った歌詞であるだけに、なかなか自分の地元のことを思い浮かべるというよりは、やはりマイヘアの3人が育ったのはこういう場所なんだろうな、と思うようなものなのだが、それはそのまま
「My Hair is Bad 組んだ 北城のマックまで
タイムマシン乗って行って 改名させたいよ…
坊主から長髪へ 高校から無職へ
上越から全国 インディーズからメジャー
夢も現実になれば ただの現実だ
あの頃の憧れが いまの途中経過」
というマイヘアの回顧録的なものへとなっていくからだ。そして今でも椎木は挨拶する際には
「新潟県上越、My Hair is Badです」
と言う。それくらいに自分たちが生まれ育った街のことを、
「愛している 愛されてる
たまに愛していない でも愛してくれる
ここにいる 誰かといる
たまに一人でいる たまに君といる」
と歌う。それはある意味ではラブソング以上にマイヘアにしか歌えない曲だと言えるのかもしれない。
そしてまた下手側を向くような体制に入れ替わると、
「みんなに送りたい曲をやります!」
と言って大らかなサウンドに
「友は多くなくていいが 大事にするといい
金に拘らないでいいと 教えてもらうといい」
という、まさに観客に語りかけるように歌い、椎木の声も一層伸びやかさを見せるというタイプのショートチューン「宿り」から、
「来月アルバム出します!その中に入ってる、1番自信がある曲をやります!」
と言って演奏されたのは、昨年の「フラッシュホームランツアー」で1曲目に演奏されていたということからもその自信の程がうかがえていた、
「DJ放送室 僕に合う音楽を探して」
というフレーズが印象的な、マイヘア的キャッチーなメロディの現状の極みとでもいうような「歓声をさがして」。それはタイトルとしても、また音楽で、ライブという場で我々観客の歓声が響くようになる日が来ることを待ち侘びている、それを探すためにこうしてツアーを繰り返しているという生活をバンドが送っているかのような。マイヘアのアルバムは毎作名盤ばかりであるが、この曲の存在が来るべきアルバム「angels」をより楽しみにしてくれる。
そして最後により一層このライブにときめくために、
「良い思い出になるように!最高の華金にしてくれよ!ドキドキしようぜ!」
と言って演奏された「アフターアワー」。山本が軽やかなステップを踏みながら間奏でベースソロを弾き、サビになると衝動が爆発するように椎木のボーカルが勢いを増し、観客も腕を振り上げる。
「いつかは止まってしまう日が来る」
ということをわかっているかのように、このバンドはずっとこの曲を歌い続けてきたけれど、今はまだその日が来るような予感はないし、想像することすらできない。それくらいにマイヘアはいつだって最高速で走り続けている。
アンコールで再びメンバーが客席の間の通路を通って登場すると、最初にステージに上がった山本が
「初めてのセンターステージだから不安もあったけど、やってみて良かったな〜」
と安堵のコメントを残すも、椎木からは
「なんかピンチを乗り越えたみたいな感じに言ってるけど、楽屋で弁当2つ食べてプロテイン飲んでたじゃん!」
といつもの山本と全く変わらない様子だったことを明かされるのだが、その椎木はこの日は両親が観に来ていることを口にし、
「免許の更新があるんで、4月に帰ります。その時は鰻でも食べに行きましょう」
と母親へメッセージを送ってから演奏されたのは「いつか結婚しても」。それこそ週刊誌に載ったことによって、より今の椎木の一人称的な曲にも感じられるようになっているのだが、もし椎木が結婚したりしたらその時には、その後には椎木はどんな歌詞を書いたりするのだろうか。それはやはり今とは変わったりするのだろうか。そこに自分は興味があるし、サビで腕を掲げたり左右に振ったりする観客たちも、どこかそうした椎木の幸せを願っているかのようだった。もちろんもしかしたら週刊誌の報道を見てショックを受けたりした人もいるかもしれないけれど、この曲を聴いてそう思えるのは椎木がこの日のライブでも、今までのライブでも我々観客が幸せになることを願って音を鳴らし、歌っていてくれたからである。
そして最後に椎木がギターを鳴らしながら
「ありがとう また今度 って
僕らは車を走らせた
大丈夫さ きっとどうにかなるだろう」
と歌い始めたのは、これからもバンドが旅を続けながら音を鳴らし続けていく意思を示すかのような「音楽家になりたくて」。この曲をずっと変わることなく、どんな会場になっても同じように鳴らすことができている。それこそがマイヘアがロックバンド、ライブハウスバンドであり続けているということを示していた。翌日もこの会場でワンマンがあるけれど、それが終わればまた次の街へ。きっとそれはミュージックステーションに出ても変わることはない。それはすでにこのツアーのライブハウス編のスケジュールが発表されていることからも明らかだ。
そのどんなことがあったとしても変わらないマイヘアらしさを改めてたくさんの人の前で示す。そのたくさんの人が入る会場だからこそできる、その会場でライブをやる意味を持たせながらそれを示す。このアリーナ公演はマイヘアが自分たちらしくあることと同時に、我々観客がマイヘアのライブで感じることができる、ロックバンドのライブに心が焦がれる感覚が好きで、こうやってライブに来るということを確かめ合うようなものだった。
それはまだコロナ禍の中での久しぶりのアリーナ規模でのライブだった、去年のさいたまスーパーアリーナでの緊張感とはまた少し違う、でもやはりこの日も、春と言われるならそうだった。
1.優しさの行方
2.グッバイ・マイマリー
3.赤信号で止まること
4.ドラマみたいだ
5.真赤
6.悪い癖
7.予感
8.綾
9.恋人ができたんだ
10.味方
11.告白
12.熱狂を終え
13.クリサンセマム
14.ディアウェンディ
15.マイハッピーウェンディング
16.フロムナウオン
17.戦争を知らない大人たち
18.白春夢
19.ホームタウン
20.宿り
21.歓声をさがして
22.アフターアワー
encore
23.いつか結婚しても
24.音楽家になりたくて
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