宮本浩次 「TOUR 2021〜2022 日本全国縦横無尽」 @東京国際フォーラム 2/13
- 2022/02/14
- 18:34
昨年末のCOUNTDOWN JAPANで1番衝撃的なライブだったのは、ライブに行き始めた20年近く前からエレファントカシマシとしてのライブも数え切れないくらいに見てきた、宮本浩次のライブだった。なんならその半年くらい前にJAPAN JAMでも大トリとして出演した時のライブも見ているのだが、その時とは全く違うと言ってもいいくらいに覚醒した宮本浩次がそこにいたのが何よりも衝撃的だったのである。
その姿を見て、これは絶対にワンマンでも見ないといけない!と思い、アルバム「縦横無尽」のリリースを受けての全都道府県ツアー(この年齢かつこの熟練メンバーでこんなツアーを行おうとする情熱たるや)の追加公演での、東京国際フォーラム。追加公演ではあるが、47都道府県を回るツアーなので、5月まで続くツアーの中盤である。
個人情報を記入したチケットをもぎられ、検温と消毒を経て国際フォーラムの中に入ると、席はフルキャパ。この状況でも席が全く空いていないというあたりにファンの「何があろうと今の宮本浩次のライブは見逃せない」という強い意志を感じるが、キャリアが長いベテランであるだけに客層も年齢が高めの方がメインなので、どこか自分が若手になったかのように感じられる。
18時を少し過ぎたあたりでゆっくりと場内が暗転。ステージも薄暗いので全く見えないけれど、前の方の席から後ろの方へと拍手が流れてきて、ステージにメンバーが現れたのがわかる。その真っ暗なステージにピンスポットが当たるのは小林武史(キーボード)と黒いスーツという出で立ちが国際フォーラムの空気に実に良く似合っている宮本。その小林武史のキーボードと宮本の歌唱のみという形の「縦横無尽」の1曲目に収録されている「光の世界」でスタートするのだが、当然そんな曲でも宮本は直立不動で歌えるわけもなく、体を沈めたり捩ったりして最初から持ち得る全てを振り絞るように歌う。その姿はどうすれば自分の声が最大限に出るのかを体が勝手にわかっていてそうなっているようでもあり、その姿勢が歌に切迫感を与えているようでもある。
その宮本がランプを持ってステージを歩き回りながら歌うという姿が夜の世界の案内人のように見える「夜明けのうた」で、名越由貴夫(ギター)、玉田豊夢(ドラム)、キタダマキ(ベース)というもはやおなじみの宮本バンドメンバーも音を鳴らし始めてピンスポットが当たるのだが、まだステージ全体は暗いまま。そのメンバーの背面から、曲が進むにつれて徐々に夜明けの空のような映像が現れていき、まさに夜明けを迎えたかのようにステージを照明が明るく灯していく。ステージ上自体は機材が並んでいるだけと言っていい実に簡素なものであるが、やはりホールの規模で自身の歌をどうやって届けるのかということを考え抜いた結果としての最低限でありながら最大限の演出であることがわかる。
そんな「夜明けのうた」までは観客はみんな座って宮本の歌とバンドの演奏を聴いていた。先日見たくるりのワンマンもそうであったのだが、やはり客層が高くなるにつれて椅子に座ったままライブを見るという傾向は強くなるだろうし、もしかしたら宮本浩次のライブもそうした形でみんな楽しむ感じなのだろうか、と思っていたのだが、名越のイントロのギターが一気に鋭くなる「stranger」が始まった瞬間に徐々に観客が立ち上がっていき、最終的にはほぼ全員が立ち上がって腕を上げているという、コンサートではありながらもロックのライブという光景に。そうなるのもまぁ当然だろうと思うのは、宮本自身が歌いながら、もはや走り回っているというくらいの勢いでステージを練り歩いているからである。そんな姿を見たら立ち上がらざるを得ないというくらいにステージ上の宮本から人間としての生命力が全方向に放出されまくっている。
そんな宮本の魅力をお茶の間というか、それまでは気付いていなかった人たちにも広げたのはカバーアルバム「ROMANCE」の大ヒットとそれに伴うテレビの音楽番組での歌唱が一因であることは間違いないが、この日もその「ROMANCE」から、バンドによるプログレちっくなイントロだけを聴くと到底この曲には結びつかないような「異邦人」が最初に演奏される。これまでにも様々な人がカバーしてきた曲だけれど、こんなに男性アーティストのカバーが広まったことは今までになかったんじゃないだろうか、とすら思えるのは宮本が歌うことによって完全に宮本の歌に染まってしまうくらいにその声が唯一無二のものだからだろう。ライブでの歌唱は改めてその宮本の歌の力を実感させてくれる。
その宮本が腕を広げて
「有楽町ベイベー!」
とこの会場に集まった人たちを抱きしめるようにして歌い始めたのは、もともとは高橋一生に提供された曲である「きみに会いたい -Dance with you-」であるが、背面のスクリーンには様々なポーズの宮本の影絵が次々に映し出されるという演出が実に面白い。タイトル通りのダンサブルなサウンドも含めてこのライブそのものの楽しさを強く感じさせてくれるものになっている。
「日本の名曲、聴いてください」
と言って、歌い上げるというか捻り出すように歌われたのは「ROMANCE」収録の中島みゆきの「化粧」から、その「ROMANCE」には入れなかったけれど、一転してこれは音源化した方がいいという声によって「縦横無尽」に収録された、同じく中島みゆきが手がけて柏原芳恵が歌った「春なのに」であるが、CDJの時も感じたが、こうしたカバー曲を歌う時は完全に宮本は「歌手」の顔と歌い方になっている。
その歌手として会得した表情と歌い方が宮本浩次という男の新しい魅力と歌唱表現になり、それが「縦横無尽」に繋がっているのであるが、ライブで見るその姿は完全に別の人格が表出しているかのようですらある。それは敢えて女性アーティストの曲、しかも歌謡曲と呼ばれるような曲をカバーすることによって得たものなんじゃないかと思う。それでもやっぱり完全に宮本の曲にしか聞こえないのは自分が原曲をリアルタイムで全然知らないからという理由だけではないはずだ。
一転して名越のギターを軸にしたロックなサウンドへと回帰する「shining」ではワンコーラス歌い終えるごとに客席から拍手が起きるくらいの見事な歌唱を響かせる。すでにここまでの曲でも曲終わりでは拍手が起こっていただけに、そうしたくなるくらいの歌を響かせているということであるのだが、アウトロで宮本が一瞬ステージから捌けていくと、メンバーによるセッション的な演奏が展開され、それぞれいろんな場所で演奏してきたのを見てきたこのバンドメンバーの技術の高さを改めて思い知らされるのだが、自分はこのツアーを見るのはこれが初めてなので、捌けた理由がわからずにいたのだが、いざアウトロ終わりで宮本がステージに帰還すると、シャツが赤が濃い紫というようなものに変化していた。いわゆる衣装チェンジである。
それが曲に合わせたものであるということがわかるのは、椎名林檎とのコラボ曲である「獣ゆく細道」の宮本ソロ歌唱が真っ赤な照明の下で、まさに獣が目をひん剥いてこちらを見ているかのような映像(それは宮本が歌う表情そのものでもある)も含めてステージ上が血液が吹き出していることを想起させるかのように赤く染まっていたからである。やはりバンドのサウンドは椎名林檎とのコラボであるだけに、ここまでの曲とは全く違う、都会の猥雑さをも感じさせるような、ファンキーな要素を持ったものなのだが、それを完全に乗りこなしているのはさすがこの百戦錬磨の面々によるバンドである。
そんな演奏からまたガラッと歌謡曲へ。目まぐるしくサウンドが切り替わっていくのはそれだけソロでの宮本浩次が幅広い音楽性を乗りこなしている証であるが、岩崎宏美の「ロマンス」のハイトーンを振り絞るように、しかしながら丁寧に歌うような歌唱っぷりとは裏腹に、宮本は「この曲歌いながらそんなに?」と思うくらいにステージ上を端の方まで歩きながら歌う。
「あなたお願いよ 席を立たないで」
という歌詞をその状態で歌っているというのが実にシュール極まりない。
さらにはソロとしてのデビューアルバム「宮本、独歩」から、「ロマンス」にも通じるような歌謡性を持ち、その曲を歌うことによってソロがバンドとは異なるアウトプットであることを示した「冬の花」では背面にも冬の花こと雪が舞うような映像の演出が映し出されているのだが、曲後半では歌う宮本の頭上に真っ赤な紙吹雪が降り注いでいく。それは雪のようでありながらもその色が情熱的な宮本の歌唱と完璧にマッチしており、その中で歌っている宮本の姿はまるで演劇のクライマックスの一場面であるかのようだ。そんな演出がライブの中盤で展開されているというのが、このライブがここからさらに凄まじいものになるということを予感させる。
そんなすでにクライマックスかのような中で
「みんなに贈ります」
と言ってイントロが鳴らされたのは、エレカシ「悲しみの果て」で、もうその段階でたくさんの人が腕を上げているのだが、これまでに数え切れないくらいに歌ってきた曲だからこその余裕がこの曲にはあるのか、宮本はステージ両サイドの通路を歩き回るどころか、「国際フォーラムってステージから降りなくてもそんなところまで行けるの!?」と思うくらいに両サイドの客席の目の前まで行って歌い、さらには何故か扉をバン!と開けるというパフォーマンスまでをも見せてくれるので、こんな大名曲を聴きながらにしてついつい笑ってしまうのであるが、最後にもう一回壮大な演奏によるサビを追加するというアレンジはこの曲をこのメンバーで演奏するとこうなるんです、ということを示しているかのようである。
そんな「悲しみの果て」のソロバージョンと言えるのかもしれない、とたくさんの観客がサビで腕を左右に振る姿を見て感じたのは「sha・la・la・la」であり、宮本自身も観客を導くように腕を左右に振りながら歌っているのであるが、かと思えばステージに寝そべるようにして先ほど「冬の花」で降ってきた、ステージに散らばったままの紙吹雪を自身の体に振りかけたりする姿がやはり笑えてきてしまうのだが、そんな中でも最後のサビで客席の天井から突如として降りてきたミラーボールが輝く様はその光が観客の振る腕に吸い込まれていくようで実に美しかった。
そしてタイトル通りに名越のギターも宮本の歌唱も実にブルージーな要素を湛えた「浮世小路のblues」を、サビでは迫力あふれるロック歌唱で歌う宮本。そうして雪予報が出ていたくらいに寒かったこの日でもライブ中はTシャツ1枚でも暑いと感じるくらいに燃え上がらせると、演奏を終えたメンバーたちはステージを去っていく。どうやらこのライブは換気タイムも含めているであろう2部構成であることがわかるのは、まだここまでで1時間くらいしか経っていなかったからである。
それは1部ではMCも挟むことなくひたすらに14曲を連打するという内容だったからこそのテンポの良さであるのだが、かつてエレカシのライブでは喋りたくて仕方がないというくらいに長々とMCをしていた頃もあったし、インタビューでも「本当はこの何倍話しているんだろうか」と思ってしまうくらいに喋りだすと止まらない宮本が、このソロのライブではそうした話よりも、1曲でも多くの曲を良い歌唱と良い演奏で届けようとしていることの証拠である。
ベテランになるにつれて面白い面があらわになってMCの割合が多くなるバンドもいるし、宮本も間違いなく喋れば面白い男であるのだが、敢えてそうした方向とは真逆に向かっているというのが、そうした今のモードを示していると同時に、ソロとしてはまだまだ新参者という意識もあるのかもしれないとも思っていた。
そんな換気も含めているであろう休憩タイムは5分くらいで終わり、トイレから慌てて戻ってくる人もいる中で再びゆっくりと場内が暗転していくと、背面にはメンバーの演奏する姿がリアルタイムで映し出され、2階などの距離がある席の人でも宮本の表情や黒いシャツに再び着替えた服装などをしっかり見ることができるであろう演出の「passion」で始まったことによって、2部はロックに突っ走るモードなんじゃないかという予感に満ちていく。
そんな予感を現実のものとするのは、名越のギターがあの獰猛なリフを鳴らしたことによって始まった「ガストロンジャー」のこのメンバーバージョン。当然ながらエレカシでのこの曲を演奏しているときに石森を前に出したりという挙動はなく、だからこそ宮本自身が前に出たりして歌う姿がソロでこの曲を演奏しているということを実感させてくれるのであるが、観客たちが拳を突き上げる中でスクリーンにはサビ前の
「もっと力強い生活をこの手に!」
「繁栄という名のテーマであった。」
「破壊されんだよ駄目な物は全部。」
というフレーズたちが我々聴き手に問いかけるかのように映し出されていく。その言葉の鋭さは演奏するメンバーと形態が変わっても全く変わることはない。
さらに重厚なイントロのサウンドに再びたくさんの腕が上がる「風に吹かれて」とエレカシ曲が連発されると、やはりこの曲は歌うのが難しいのか、宮本の声はかなりキツそう感じもしたが、それはぶっ続けで歌い続けているという要素も間違いなくあるだろうし、それでも歌うのをやめたり、飛ばしたりすることは1フレーズもないというあたりには宮本のプロ根性を感じざるを得ない。
さらにはその宮本がアコギを肩にかけて、それを弾きながら歌い始めるのはやはりこれまでに何度となくその光景を見てきた「今宵の月のように」で、そのついさっきまでキツそうに歌っていたとは思えないくらいに、ギターを担いだままでマイクを手に持ってステージを歩きながらのパワフルな熱唱には歌詞の内容も相まって力を貰わざるを得ないのであるが、ファンの中にはこうしてソロでエレカシの曲をやることに微妙な感情を持っている人もいるかもしれないとも思う。エレカシのライブがほとんどなくなってきているだけに。
それはあくまでも例えとして言うならば、自分にとってはゴッチがアジカンとしてライブや活動を全然しないでソロでアジカンの曲を連発するライブをやっている、みたいなものであり、そりゃあ「そんなにアジカンの曲やるんならアジカンでライブやればいいじゃん」とも思うだろうし、エレカシの曲をエレカシの4人で演奏した時にしか生まれないものがある、というのも今年の武道館での新春ライブで改めてわかったことだろうから。
でもこうしてソロでの曲やカバー曲の中に合わせてエレカシの曲を歌うことによって気付くことも確かにある。それはやはり宮本の歌唱力であり、昭和の名曲に負けない力をエレカシの曲が持っているということである。ましてやこうしてソロとして活動しなかったらここまでボーカリストとして覚醒することもなかっただろうし、そのソロであらゆるメディアに出演してきたことによって、今まで「存在は知っていたけど、改めて凄さがわかった」という人がたくさん生まれたということがソロでのヒットと、この状況でもこんなに広い会場が満員になっているという状況にもつながっている。
いや、そんなのいらなくて、私たちが見てきたエレカシをそのままずっとやってくれていれば良かった、という人もいるだろうし、その感情もよくわかる。そう思うバンドもこれまでに見てきたから。それでも、この日のライブを石森、高緑、富永のエレカシメンバーが見に来ていたというのも含めて、このソロでの経験や得てきたものは最終的には必ずエレカシに還元されていく。宮本だってエレカシでしか出せないパワーをわかっているだろうし、それを待ってるファンがたくさんいるのもわかっているはずだ。それだけに、逆にこのソロがいつまでこのペースで続くかもわからない。(メンバーそれぞれ多忙な人たちだし)だからこそ、今このソロを見れるだけ見ておかなければと思うし、このソロでの覚醒を経たエレカシもまた凄まじい進化を遂げるに違いないのである。
そんなエレカシ名曲の連打の最後に演奏されたのは、
「昔の曲ですが」
と言って演奏された「あなたのやさしさをオレは何に例えよう」であるが、この曲も含めてアルバム「ライフ」も当時、小林武史プロデュースで制作された。その後の獰猛なロックモードへの回帰もあって、もしかしたら宮本はあんまりこのアルバムや曲を気に入ってないかもしれないとも思ったりもしたが(当時のインタビューで他のメンバーは小林武史がプロデュースすることに対して「ミヤジがそう言うんならいいけど」くらいの温度感だったことを話していた)、今こうしてソロでも小林武史とタッグを組み、この曲を演奏していることからも、再びこの時期のエレカシの再評価が自身の中でも起こっているんじゃないだろうか。
そんな曲では間奏で宮本の紹介によるメンバー紹介からのソロ回しも行われる。下手の名越から始まり、玉田豊夢は「魔術師」と評されたドラム捌きを見せるのだが、自分が玉田豊夢のドラムを意識し始めたのは、中村一義のバンド100sに参加し始めた時だったので、もう20年余り。それから何度いろんな場所で見てきただろうと思うし、それはSyrup16gでも見てきたキタダマキもそうである。かつてはSalyuのサポートもしていただけに、それも含めた小林武史繋がりなのかもしれないが、その小林武史もキーボードソロを見せると、その顔はプロデューサーというよりは完全にロックアーティストそのものだ。
そんなソロ回しから「あなたのやさしさ〜」の最後のサビに戻ると、「まだこの曲の途中だったな」ということに驚いてしまうのだが、そこからの超ストレートなラブソング「この道の先で」からは「縦横無尽」での歌心を感じさせる曲を連打していくという形でクライマックスへ向かっていく。あくまでバンドサウンドが高まっていく曲を連発するのではなくて、こうした曲が最後に続くのがソロのライブ、「縦横無尽」のツアーであることを実感させる。
この日は雨が降っていたためになかなか会場に着く前にも空を見ることはできなかったけれど、ライブが終わって外に出たら月が出ているんじゃないかとすら思うくらいに、月をイメージしているであろう黄色い照明がメンバーを照らす様が神秘的に感じられる「十六夜の月」から、「rain -愛だけを信じて-」ではまさに雨が降っているこの日の景色をそのまま映し出しているかのような映像が始まり、そこに曲の歌詞も映し出されていくのであるが、明らかに宮本はところどころ歌詞を間違えて歌っている(1番と2番を逆に歌っていたり)というのが、歌詞が映っていることでよくわかってしまうのだけれど、そんな映像ばかりを見ていられないというのはやはり宮本がステージを端から端まで動きまくりながら歌っているからであり、この運動量はもはやラウドバンドのピンボーカルを超えているんじゃないか?とすら思うし、それだけの運動量なのに、むしろ歌声はよりパワフルになっているかのように感じる。なんなんだろうか、これは。本当に55歳の男のライブを見ているのだろうか。もしかしたら宮本には老いという概念は存在していなくて、むしろ年齢を重ねるごとに進化しかしないという、人間ならざる生命体なんじゃないだろうか。ソロでのインタビューでは
「残された時間はそう多くない。やりたいことをできるうちにやりたい」
というようなことも話していたこともあったけど、これから先何十年でもまだまだこうして歌っていられるような姿しかイメージできない。
そんな宮本の姿からもらえるのは、自分も明日からも頑張っていける、なんだってできる気がするし、まだまだ進化していけるという全能感にも似た感覚であるが、それを曲として伝えるのが
「みんな、可愛いぜー!カッコいいぜー!全然見えないけど(笑)」
というおなじみのセリフから、
「みんな、愛してるぜー!」
と言って、タイトルを告げただけで割れんばかりの大きな拍手が起こった「P.S. I love you」の、宮本が力強く拳を握りながら歌う
「立ち上がれ がんばろぜ バカらしくも愛しき ああこの世界」
というフレーズ。これは今の宮本のソロにおけるエレカシ「俺たちの明日」のような曲だ。この曲を聴いて、それを歌う宮本の姿を見て、どうしようもないくらいに生命力が湧き上がってくる。それは最後にタイトルフレーズを振り絞るように歌う宮本の声と姿から生命力が溢れまくっていて、それが我々観客に降り注いでいるからだ。今こうしてキャリアの中で最も宮本が世の中に求められるようになったのは、歌唱力や表現力はもちろんのこと、この人間としての輝いている姿をみんなが求めているからなんだろうなと思った。
そんな感動的な本編を終えると、アンコールに応えて再びメンバーとともに宮本がステージに。すでに本編終盤で歌いながらジャケットを脱ぎ去っていたが、アンコールでも黒のロンTという、暑くて仕方がないという姿で登場し、
宮本「東京だと喋ることないですよね(笑)」
小林武史「地方の方がその土地のことを喋れるからね(笑)」
宮本「家からすぐ来れちゃいますしね(笑)この会場は東京駅と有楽町駅のどっちの方が近いんですかね?東京から鳩バスの前を通ってくるのもいいですけどね(笑)」
という、ツアーの本数も多いだけに本当に喋るネタがなさそうな、この日唯一のMC(すでに23曲もやっているのに)を挟んでから、
「恋人よ 僕は旅立つ」
というあまりに有名すぎるフレーズから始まる「木綿のハンカチーフ」を歌うのであるが、やはり凄まじいなと思うのはすでに2時間くらい歌いっぱなしであるにもかかわらず、女性ボーカルである原曲のキーのままで宮本が歌っているということ。そこには今のこのメンバーで鳴らすからこその演奏のアレンジは少なからずあれど、あくまで原曲の持つ良さを忠実に丁寧に伝えるという思いあってこそだろうか、やはりライブで歌うとそこには丁寧さに加えて迸る情熱のようなものを感じざるを得ない。
そして、
「この東京の街で」
と言って鳴らされたのは、Mr.Childrenの桜井和寿とのコラボ曲として大いに話題を呼んだ「東京協奏曲」。それを宮本が1人で歌い出すだけで客席からは自然発生的に拍手が起こる。ここでこの曲を歌ってくれてありがとうございますというように。そんか拍手を受け止めながら宮本が歌い始めるという感動的な光景は、
「ちょっと待って、2番を歌ってるな」
という宮本の歌詞間違いによっていきなり演奏がストップされ、あんなに感動的に始まったのに!と思っていると、宮本は1人歌詞を思い出そうと再び小さな声で歌を追うのだが、
「いや、合ってたのか(笑)」
と、実は歌詞を間違えていなかったという結論に辿り着く。それにはキタダマキも手を叩いて笑っていたし、声を出してはいけないというルールがあるのにこんなことをされたら笑ってしまわざるを得ないだろう。大きな声で笑うことがなかったこの日の観客の方々は凄いと思う。
そんなまさかのやり直しを経ての「東京協奏曲」は、たしかに話題性としては桜井和寿が参加するというのは抜群であるけれど、しかし宮本はこの曲を1人で歌っても成立させることができる歌の力を持ったシンガーであるということをこのライブという場で証明していた。まさに、
「東京は 夢も 恋も 痛みも
愛も ポジもネガも 歌に変える
鳴らせ オレの いのちに触れてく
鉄の弦をかき鳴らし 愛の歌で
言葉になれ」
というフレーズの通りに、全てが宮本の歌に変わっている。エレカシの周年ライブでミスチル、スピッツというメガヒットバンド両巨塔との共演も果たしているが、宮本の歌唱がその2組のボーカリストたちと正面から対峙できる力を持っている。宮本1人でのこの曲はそれを証明しているかのようだった。
そんなライブを締め括るのは、「P.S. I love you」が「俺たちの明日」であるならば、この曲は「ファイティングマン」なんじゃないかと感じるくらいに強く聴き手の足を前に、明日に向かわせてくれる「ハレルヤ」。スクリーンには宮本直筆のものであろう歌詞も次々に映し出されるのであるが、その筆跡も達筆とは言えないけれど、本気で書き記していることは伝わってくる。全てが宮本の表現になっているのだ。その宮本はやっぱり最後なだけに「またそんなとこまで行くの!?」と思うくらいに、ステージと呼んでいいのかわからないくらいの場所までフル活用しながら歌っていた。やっぱりこの体力は無尽蔵なんだろうか。決して筋肉量があるわけでもないが、やはりステージに立っている時は何か特別な力を放っている。最後まで驚かされっぱなしなだけに、一瞬たりとも目を離すことが出来なかった、宮本浩次のソロワンマンだった。
演奏が終わると、5人でステージに並んで観客に手を振り、一礼する。その並んだ時に、小林武史が意外なくらいに体がデカい(身長も横幅も)ことに驚いていたのだが、やはり宮本は恒例の
「お尻出してブッ!」
をマイクを通さないジェスチャーのみバージョンで観客に向けてからステージを去って行った。どれだけ歌手として劇的に進化を果たしても、これだけは変わらないようだった。
冒頭の方で書いた通りに、宮本浩次のライブはいつも自分が行くライブよりもはるかに客席の年齢層が高い。それはそうだ、宮本自身がもう55歳なのだから。それこそ宮本と同年代くらいの、何十年もずっとエレカシを見続けてきたという人だってたくさんいるだろう。
その人たちの姿を見ていると、自分もあのくらいの年齢になってもライブに行き続けることができているだろうかと思う。体力があること、健康であることはもちろん、ライブに行きたいと思えるアーティストが存在していること。そんないろんなハードルがそこにはあるだろう。
でもこの日の観客の方々はそんな心配をしなくていいんじゃないかと思うくらいに、目を輝かせてステージを見て、宮本の放出している生命力を浴びるように飛び跳ねたり、腕を振ったりしていた。きっと宮本がこうして歌っている、ライブをやっているからこそ、それを楽しみにして、生きる力にしているんだろうと思うし、それはその年代の人だけが感じるものではない。宮本よりもはるかに年下である自分がこんなに感動しているということは、もっと若い人や、世の中の誰もがその歌と姿から力を貰うことができるはずだ。
そして自分が宮本くらいの年になっても、今と同じように宮本のライブを見ていて、ステージを縦横無尽に駆け回る宮本がそこにいるような気がしている。そう思えるくらいに素晴らしいライブだったし、これを全国に届けに行こうとしているということが、ライブを見た後だと本当に嬉しく感じている。
1.光の世界
2.夜明けのうた
3.stranger
4.異邦人
5.きみに会いたい -Dance with you-
6.化粧
7.春なのに
8.shining
9.獣ゆく細道
10.ロマンス
11.冬の花
12.悲しみの果て
13.sha・la・la・la
14.浮世小路のblues
15.passion
16.ガストロンジャー
17.風に吹かれて
18.今宵の月のように
19.あなたのやさしさをオレは何に例えよう
20.この道の先で
21.十六夜の月
22.rain -愛だけを信じて-
23.P.S. I love you
encore
24.木綿のハンカチーフ
25.東京協奏曲
26.ハレルヤ
その姿を見て、これは絶対にワンマンでも見ないといけない!と思い、アルバム「縦横無尽」のリリースを受けての全都道府県ツアー(この年齢かつこの熟練メンバーでこんなツアーを行おうとする情熱たるや)の追加公演での、東京国際フォーラム。追加公演ではあるが、47都道府県を回るツアーなので、5月まで続くツアーの中盤である。
個人情報を記入したチケットをもぎられ、検温と消毒を経て国際フォーラムの中に入ると、席はフルキャパ。この状況でも席が全く空いていないというあたりにファンの「何があろうと今の宮本浩次のライブは見逃せない」という強い意志を感じるが、キャリアが長いベテランであるだけに客層も年齢が高めの方がメインなので、どこか自分が若手になったかのように感じられる。
18時を少し過ぎたあたりでゆっくりと場内が暗転。ステージも薄暗いので全く見えないけれど、前の方の席から後ろの方へと拍手が流れてきて、ステージにメンバーが現れたのがわかる。その真っ暗なステージにピンスポットが当たるのは小林武史(キーボード)と黒いスーツという出で立ちが国際フォーラムの空気に実に良く似合っている宮本。その小林武史のキーボードと宮本の歌唱のみという形の「縦横無尽」の1曲目に収録されている「光の世界」でスタートするのだが、当然そんな曲でも宮本は直立不動で歌えるわけもなく、体を沈めたり捩ったりして最初から持ち得る全てを振り絞るように歌う。その姿はどうすれば自分の声が最大限に出るのかを体が勝手にわかっていてそうなっているようでもあり、その姿勢が歌に切迫感を与えているようでもある。
その宮本がランプを持ってステージを歩き回りながら歌うという姿が夜の世界の案内人のように見える「夜明けのうた」で、名越由貴夫(ギター)、玉田豊夢(ドラム)、キタダマキ(ベース)というもはやおなじみの宮本バンドメンバーも音を鳴らし始めてピンスポットが当たるのだが、まだステージ全体は暗いまま。そのメンバーの背面から、曲が進むにつれて徐々に夜明けの空のような映像が現れていき、まさに夜明けを迎えたかのようにステージを照明が明るく灯していく。ステージ上自体は機材が並んでいるだけと言っていい実に簡素なものであるが、やはりホールの規模で自身の歌をどうやって届けるのかということを考え抜いた結果としての最低限でありながら最大限の演出であることがわかる。
そんな「夜明けのうた」までは観客はみんな座って宮本の歌とバンドの演奏を聴いていた。先日見たくるりのワンマンもそうであったのだが、やはり客層が高くなるにつれて椅子に座ったままライブを見るという傾向は強くなるだろうし、もしかしたら宮本浩次のライブもそうした形でみんな楽しむ感じなのだろうか、と思っていたのだが、名越のイントロのギターが一気に鋭くなる「stranger」が始まった瞬間に徐々に観客が立ち上がっていき、最終的にはほぼ全員が立ち上がって腕を上げているという、コンサートではありながらもロックのライブという光景に。そうなるのもまぁ当然だろうと思うのは、宮本自身が歌いながら、もはや走り回っているというくらいの勢いでステージを練り歩いているからである。そんな姿を見たら立ち上がらざるを得ないというくらいにステージ上の宮本から人間としての生命力が全方向に放出されまくっている。
そんな宮本の魅力をお茶の間というか、それまでは気付いていなかった人たちにも広げたのはカバーアルバム「ROMANCE」の大ヒットとそれに伴うテレビの音楽番組での歌唱が一因であることは間違いないが、この日もその「ROMANCE」から、バンドによるプログレちっくなイントロだけを聴くと到底この曲には結びつかないような「異邦人」が最初に演奏される。これまでにも様々な人がカバーしてきた曲だけれど、こんなに男性アーティストのカバーが広まったことは今までになかったんじゃないだろうか、とすら思えるのは宮本が歌うことによって完全に宮本の歌に染まってしまうくらいにその声が唯一無二のものだからだろう。ライブでの歌唱は改めてその宮本の歌の力を実感させてくれる。
その宮本が腕を広げて
「有楽町ベイベー!」
とこの会場に集まった人たちを抱きしめるようにして歌い始めたのは、もともとは高橋一生に提供された曲である「きみに会いたい -Dance with you-」であるが、背面のスクリーンには様々なポーズの宮本の影絵が次々に映し出されるという演出が実に面白い。タイトル通りのダンサブルなサウンドも含めてこのライブそのものの楽しさを強く感じさせてくれるものになっている。
「日本の名曲、聴いてください」
と言って、歌い上げるというか捻り出すように歌われたのは「ROMANCE」収録の中島みゆきの「化粧」から、その「ROMANCE」には入れなかったけれど、一転してこれは音源化した方がいいという声によって「縦横無尽」に収録された、同じく中島みゆきが手がけて柏原芳恵が歌った「春なのに」であるが、CDJの時も感じたが、こうしたカバー曲を歌う時は完全に宮本は「歌手」の顔と歌い方になっている。
その歌手として会得した表情と歌い方が宮本浩次という男の新しい魅力と歌唱表現になり、それが「縦横無尽」に繋がっているのであるが、ライブで見るその姿は完全に別の人格が表出しているかのようですらある。それは敢えて女性アーティストの曲、しかも歌謡曲と呼ばれるような曲をカバーすることによって得たものなんじゃないかと思う。それでもやっぱり完全に宮本の曲にしか聞こえないのは自分が原曲をリアルタイムで全然知らないからという理由だけではないはずだ。
一転して名越のギターを軸にしたロックなサウンドへと回帰する「shining」ではワンコーラス歌い終えるごとに客席から拍手が起きるくらいの見事な歌唱を響かせる。すでにここまでの曲でも曲終わりでは拍手が起こっていただけに、そうしたくなるくらいの歌を響かせているということであるのだが、アウトロで宮本が一瞬ステージから捌けていくと、メンバーによるセッション的な演奏が展開され、それぞれいろんな場所で演奏してきたのを見てきたこのバンドメンバーの技術の高さを改めて思い知らされるのだが、自分はこのツアーを見るのはこれが初めてなので、捌けた理由がわからずにいたのだが、いざアウトロ終わりで宮本がステージに帰還すると、シャツが赤が濃い紫というようなものに変化していた。いわゆる衣装チェンジである。
それが曲に合わせたものであるということがわかるのは、椎名林檎とのコラボ曲である「獣ゆく細道」の宮本ソロ歌唱が真っ赤な照明の下で、まさに獣が目をひん剥いてこちらを見ているかのような映像(それは宮本が歌う表情そのものでもある)も含めてステージ上が血液が吹き出していることを想起させるかのように赤く染まっていたからである。やはりバンドのサウンドは椎名林檎とのコラボであるだけに、ここまでの曲とは全く違う、都会の猥雑さをも感じさせるような、ファンキーな要素を持ったものなのだが、それを完全に乗りこなしているのはさすがこの百戦錬磨の面々によるバンドである。
そんな演奏からまたガラッと歌謡曲へ。目まぐるしくサウンドが切り替わっていくのはそれだけソロでの宮本浩次が幅広い音楽性を乗りこなしている証であるが、岩崎宏美の「ロマンス」のハイトーンを振り絞るように、しかしながら丁寧に歌うような歌唱っぷりとは裏腹に、宮本は「この曲歌いながらそんなに?」と思うくらいにステージ上を端の方まで歩きながら歌う。
「あなたお願いよ 席を立たないで」
という歌詞をその状態で歌っているというのが実にシュール極まりない。
さらにはソロとしてのデビューアルバム「宮本、独歩」から、「ロマンス」にも通じるような歌謡性を持ち、その曲を歌うことによってソロがバンドとは異なるアウトプットであることを示した「冬の花」では背面にも冬の花こと雪が舞うような映像の演出が映し出されているのだが、曲後半では歌う宮本の頭上に真っ赤な紙吹雪が降り注いでいく。それは雪のようでありながらもその色が情熱的な宮本の歌唱と完璧にマッチしており、その中で歌っている宮本の姿はまるで演劇のクライマックスの一場面であるかのようだ。そんな演出がライブの中盤で展開されているというのが、このライブがここからさらに凄まじいものになるということを予感させる。
そんなすでにクライマックスかのような中で
「みんなに贈ります」
と言ってイントロが鳴らされたのは、エレカシ「悲しみの果て」で、もうその段階でたくさんの人が腕を上げているのだが、これまでに数え切れないくらいに歌ってきた曲だからこその余裕がこの曲にはあるのか、宮本はステージ両サイドの通路を歩き回るどころか、「国際フォーラムってステージから降りなくてもそんなところまで行けるの!?」と思うくらいに両サイドの客席の目の前まで行って歌い、さらには何故か扉をバン!と開けるというパフォーマンスまでをも見せてくれるので、こんな大名曲を聴きながらにしてついつい笑ってしまうのであるが、最後にもう一回壮大な演奏によるサビを追加するというアレンジはこの曲をこのメンバーで演奏するとこうなるんです、ということを示しているかのようである。
そんな「悲しみの果て」のソロバージョンと言えるのかもしれない、とたくさんの観客がサビで腕を左右に振る姿を見て感じたのは「sha・la・la・la」であり、宮本自身も観客を導くように腕を左右に振りながら歌っているのであるが、かと思えばステージに寝そべるようにして先ほど「冬の花」で降ってきた、ステージに散らばったままの紙吹雪を自身の体に振りかけたりする姿がやはり笑えてきてしまうのだが、そんな中でも最後のサビで客席の天井から突如として降りてきたミラーボールが輝く様はその光が観客の振る腕に吸い込まれていくようで実に美しかった。
そしてタイトル通りに名越のギターも宮本の歌唱も実にブルージーな要素を湛えた「浮世小路のblues」を、サビでは迫力あふれるロック歌唱で歌う宮本。そうして雪予報が出ていたくらいに寒かったこの日でもライブ中はTシャツ1枚でも暑いと感じるくらいに燃え上がらせると、演奏を終えたメンバーたちはステージを去っていく。どうやらこのライブは換気タイムも含めているであろう2部構成であることがわかるのは、まだここまでで1時間くらいしか経っていなかったからである。
それは1部ではMCも挟むことなくひたすらに14曲を連打するという内容だったからこそのテンポの良さであるのだが、かつてエレカシのライブでは喋りたくて仕方がないというくらいに長々とMCをしていた頃もあったし、インタビューでも「本当はこの何倍話しているんだろうか」と思ってしまうくらいに喋りだすと止まらない宮本が、このソロのライブではそうした話よりも、1曲でも多くの曲を良い歌唱と良い演奏で届けようとしていることの証拠である。
ベテランになるにつれて面白い面があらわになってMCの割合が多くなるバンドもいるし、宮本も間違いなく喋れば面白い男であるのだが、敢えてそうした方向とは真逆に向かっているというのが、そうした今のモードを示していると同時に、ソロとしてはまだまだ新参者という意識もあるのかもしれないとも思っていた。
そんな換気も含めているであろう休憩タイムは5分くらいで終わり、トイレから慌てて戻ってくる人もいる中で再びゆっくりと場内が暗転していくと、背面にはメンバーの演奏する姿がリアルタイムで映し出され、2階などの距離がある席の人でも宮本の表情や黒いシャツに再び着替えた服装などをしっかり見ることができるであろう演出の「passion」で始まったことによって、2部はロックに突っ走るモードなんじゃないかという予感に満ちていく。
そんな予感を現実のものとするのは、名越のギターがあの獰猛なリフを鳴らしたことによって始まった「ガストロンジャー」のこのメンバーバージョン。当然ながらエレカシでのこの曲を演奏しているときに石森を前に出したりという挙動はなく、だからこそ宮本自身が前に出たりして歌う姿がソロでこの曲を演奏しているということを実感させてくれるのであるが、観客たちが拳を突き上げる中でスクリーンにはサビ前の
「もっと力強い生活をこの手に!」
「繁栄という名のテーマであった。」
「破壊されんだよ駄目な物は全部。」
というフレーズたちが我々聴き手に問いかけるかのように映し出されていく。その言葉の鋭さは演奏するメンバーと形態が変わっても全く変わることはない。
さらに重厚なイントロのサウンドに再びたくさんの腕が上がる「風に吹かれて」とエレカシ曲が連発されると、やはりこの曲は歌うのが難しいのか、宮本の声はかなりキツそう感じもしたが、それはぶっ続けで歌い続けているという要素も間違いなくあるだろうし、それでも歌うのをやめたり、飛ばしたりすることは1フレーズもないというあたりには宮本のプロ根性を感じざるを得ない。
さらにはその宮本がアコギを肩にかけて、それを弾きながら歌い始めるのはやはりこれまでに何度となくその光景を見てきた「今宵の月のように」で、そのついさっきまでキツそうに歌っていたとは思えないくらいに、ギターを担いだままでマイクを手に持ってステージを歩きながらのパワフルな熱唱には歌詞の内容も相まって力を貰わざるを得ないのであるが、ファンの中にはこうしてソロでエレカシの曲をやることに微妙な感情を持っている人もいるかもしれないとも思う。エレカシのライブがほとんどなくなってきているだけに。
それはあくまでも例えとして言うならば、自分にとってはゴッチがアジカンとしてライブや活動を全然しないでソロでアジカンの曲を連発するライブをやっている、みたいなものであり、そりゃあ「そんなにアジカンの曲やるんならアジカンでライブやればいいじゃん」とも思うだろうし、エレカシの曲をエレカシの4人で演奏した時にしか生まれないものがある、というのも今年の武道館での新春ライブで改めてわかったことだろうから。
でもこうしてソロでの曲やカバー曲の中に合わせてエレカシの曲を歌うことによって気付くことも確かにある。それはやはり宮本の歌唱力であり、昭和の名曲に負けない力をエレカシの曲が持っているということである。ましてやこうしてソロとして活動しなかったらここまでボーカリストとして覚醒することもなかっただろうし、そのソロであらゆるメディアに出演してきたことによって、今まで「存在は知っていたけど、改めて凄さがわかった」という人がたくさん生まれたということがソロでのヒットと、この状況でもこんなに広い会場が満員になっているという状況にもつながっている。
いや、そんなのいらなくて、私たちが見てきたエレカシをそのままずっとやってくれていれば良かった、という人もいるだろうし、その感情もよくわかる。そう思うバンドもこれまでに見てきたから。それでも、この日のライブを石森、高緑、富永のエレカシメンバーが見に来ていたというのも含めて、このソロでの経験や得てきたものは最終的には必ずエレカシに還元されていく。宮本だってエレカシでしか出せないパワーをわかっているだろうし、それを待ってるファンがたくさんいるのもわかっているはずだ。それだけに、逆にこのソロがいつまでこのペースで続くかもわからない。(メンバーそれぞれ多忙な人たちだし)だからこそ、今このソロを見れるだけ見ておかなければと思うし、このソロでの覚醒を経たエレカシもまた凄まじい進化を遂げるに違いないのである。
そんなエレカシ名曲の連打の最後に演奏されたのは、
「昔の曲ですが」
と言って演奏された「あなたのやさしさをオレは何に例えよう」であるが、この曲も含めてアルバム「ライフ」も当時、小林武史プロデュースで制作された。その後の獰猛なロックモードへの回帰もあって、もしかしたら宮本はあんまりこのアルバムや曲を気に入ってないかもしれないとも思ったりもしたが(当時のインタビューで他のメンバーは小林武史がプロデュースすることに対して「ミヤジがそう言うんならいいけど」くらいの温度感だったことを話していた)、今こうしてソロでも小林武史とタッグを組み、この曲を演奏していることからも、再びこの時期のエレカシの再評価が自身の中でも起こっているんじゃないだろうか。
そんな曲では間奏で宮本の紹介によるメンバー紹介からのソロ回しも行われる。下手の名越から始まり、玉田豊夢は「魔術師」と評されたドラム捌きを見せるのだが、自分が玉田豊夢のドラムを意識し始めたのは、中村一義のバンド100sに参加し始めた時だったので、もう20年余り。それから何度いろんな場所で見てきただろうと思うし、それはSyrup16gでも見てきたキタダマキもそうである。かつてはSalyuのサポートもしていただけに、それも含めた小林武史繋がりなのかもしれないが、その小林武史もキーボードソロを見せると、その顔はプロデューサーというよりは完全にロックアーティストそのものだ。
そんなソロ回しから「あなたのやさしさ〜」の最後のサビに戻ると、「まだこの曲の途中だったな」ということに驚いてしまうのだが、そこからの超ストレートなラブソング「この道の先で」からは「縦横無尽」での歌心を感じさせる曲を連打していくという形でクライマックスへ向かっていく。あくまでバンドサウンドが高まっていく曲を連発するのではなくて、こうした曲が最後に続くのがソロのライブ、「縦横無尽」のツアーであることを実感させる。
この日は雨が降っていたためになかなか会場に着く前にも空を見ることはできなかったけれど、ライブが終わって外に出たら月が出ているんじゃないかとすら思うくらいに、月をイメージしているであろう黄色い照明がメンバーを照らす様が神秘的に感じられる「十六夜の月」から、「rain -愛だけを信じて-」ではまさに雨が降っているこの日の景色をそのまま映し出しているかのような映像が始まり、そこに曲の歌詞も映し出されていくのであるが、明らかに宮本はところどころ歌詞を間違えて歌っている(1番と2番を逆に歌っていたり)というのが、歌詞が映っていることでよくわかってしまうのだけれど、そんな映像ばかりを見ていられないというのはやはり宮本がステージを端から端まで動きまくりながら歌っているからであり、この運動量はもはやラウドバンドのピンボーカルを超えているんじゃないか?とすら思うし、それだけの運動量なのに、むしろ歌声はよりパワフルになっているかのように感じる。なんなんだろうか、これは。本当に55歳の男のライブを見ているのだろうか。もしかしたら宮本には老いという概念は存在していなくて、むしろ年齢を重ねるごとに進化しかしないという、人間ならざる生命体なんじゃないだろうか。ソロでのインタビューでは
「残された時間はそう多くない。やりたいことをできるうちにやりたい」
というようなことも話していたこともあったけど、これから先何十年でもまだまだこうして歌っていられるような姿しかイメージできない。
そんな宮本の姿からもらえるのは、自分も明日からも頑張っていける、なんだってできる気がするし、まだまだ進化していけるという全能感にも似た感覚であるが、それを曲として伝えるのが
「みんな、可愛いぜー!カッコいいぜー!全然見えないけど(笑)」
というおなじみのセリフから、
「みんな、愛してるぜー!」
と言って、タイトルを告げただけで割れんばかりの大きな拍手が起こった「P.S. I love you」の、宮本が力強く拳を握りながら歌う
「立ち上がれ がんばろぜ バカらしくも愛しき ああこの世界」
というフレーズ。これは今の宮本のソロにおけるエレカシ「俺たちの明日」のような曲だ。この曲を聴いて、それを歌う宮本の姿を見て、どうしようもないくらいに生命力が湧き上がってくる。それは最後にタイトルフレーズを振り絞るように歌う宮本の声と姿から生命力が溢れまくっていて、それが我々観客に降り注いでいるからだ。今こうしてキャリアの中で最も宮本が世の中に求められるようになったのは、歌唱力や表現力はもちろんのこと、この人間としての輝いている姿をみんなが求めているからなんだろうなと思った。
そんな感動的な本編を終えると、アンコールに応えて再びメンバーとともに宮本がステージに。すでに本編終盤で歌いながらジャケットを脱ぎ去っていたが、アンコールでも黒のロンTという、暑くて仕方がないという姿で登場し、
宮本「東京だと喋ることないですよね(笑)」
小林武史「地方の方がその土地のことを喋れるからね(笑)」
宮本「家からすぐ来れちゃいますしね(笑)この会場は東京駅と有楽町駅のどっちの方が近いんですかね?東京から鳩バスの前を通ってくるのもいいですけどね(笑)」
という、ツアーの本数も多いだけに本当に喋るネタがなさそうな、この日唯一のMC(すでに23曲もやっているのに)を挟んでから、
「恋人よ 僕は旅立つ」
というあまりに有名すぎるフレーズから始まる「木綿のハンカチーフ」を歌うのであるが、やはり凄まじいなと思うのはすでに2時間くらい歌いっぱなしであるにもかかわらず、女性ボーカルである原曲のキーのままで宮本が歌っているということ。そこには今のこのメンバーで鳴らすからこその演奏のアレンジは少なからずあれど、あくまで原曲の持つ良さを忠実に丁寧に伝えるという思いあってこそだろうか、やはりライブで歌うとそこには丁寧さに加えて迸る情熱のようなものを感じざるを得ない。
そして、
「この東京の街で」
と言って鳴らされたのは、Mr.Childrenの桜井和寿とのコラボ曲として大いに話題を呼んだ「東京協奏曲」。それを宮本が1人で歌い出すだけで客席からは自然発生的に拍手が起こる。ここでこの曲を歌ってくれてありがとうございますというように。そんか拍手を受け止めながら宮本が歌い始めるという感動的な光景は、
「ちょっと待って、2番を歌ってるな」
という宮本の歌詞間違いによっていきなり演奏がストップされ、あんなに感動的に始まったのに!と思っていると、宮本は1人歌詞を思い出そうと再び小さな声で歌を追うのだが、
「いや、合ってたのか(笑)」
と、実は歌詞を間違えていなかったという結論に辿り着く。それにはキタダマキも手を叩いて笑っていたし、声を出してはいけないというルールがあるのにこんなことをされたら笑ってしまわざるを得ないだろう。大きな声で笑うことがなかったこの日の観客の方々は凄いと思う。
そんなまさかのやり直しを経ての「東京協奏曲」は、たしかに話題性としては桜井和寿が参加するというのは抜群であるけれど、しかし宮本はこの曲を1人で歌っても成立させることができる歌の力を持ったシンガーであるということをこのライブという場で証明していた。まさに、
「東京は 夢も 恋も 痛みも
愛も ポジもネガも 歌に変える
鳴らせ オレの いのちに触れてく
鉄の弦をかき鳴らし 愛の歌で
言葉になれ」
というフレーズの通りに、全てが宮本の歌に変わっている。エレカシの周年ライブでミスチル、スピッツというメガヒットバンド両巨塔との共演も果たしているが、宮本の歌唱がその2組のボーカリストたちと正面から対峙できる力を持っている。宮本1人でのこの曲はそれを証明しているかのようだった。
そんなライブを締め括るのは、「P.S. I love you」が「俺たちの明日」であるならば、この曲は「ファイティングマン」なんじゃないかと感じるくらいに強く聴き手の足を前に、明日に向かわせてくれる「ハレルヤ」。スクリーンには宮本直筆のものであろう歌詞も次々に映し出されるのであるが、その筆跡も達筆とは言えないけれど、本気で書き記していることは伝わってくる。全てが宮本の表現になっているのだ。その宮本はやっぱり最後なだけに「またそんなとこまで行くの!?」と思うくらいに、ステージと呼んでいいのかわからないくらいの場所までフル活用しながら歌っていた。やっぱりこの体力は無尽蔵なんだろうか。決して筋肉量があるわけでもないが、やはりステージに立っている時は何か特別な力を放っている。最後まで驚かされっぱなしなだけに、一瞬たりとも目を離すことが出来なかった、宮本浩次のソロワンマンだった。
演奏が終わると、5人でステージに並んで観客に手を振り、一礼する。その並んだ時に、小林武史が意外なくらいに体がデカい(身長も横幅も)ことに驚いていたのだが、やはり宮本は恒例の
「お尻出してブッ!」
をマイクを通さないジェスチャーのみバージョンで観客に向けてからステージを去って行った。どれだけ歌手として劇的に進化を果たしても、これだけは変わらないようだった。
冒頭の方で書いた通りに、宮本浩次のライブはいつも自分が行くライブよりもはるかに客席の年齢層が高い。それはそうだ、宮本自身がもう55歳なのだから。それこそ宮本と同年代くらいの、何十年もずっとエレカシを見続けてきたという人だってたくさんいるだろう。
その人たちの姿を見ていると、自分もあのくらいの年齢になってもライブに行き続けることができているだろうかと思う。体力があること、健康であることはもちろん、ライブに行きたいと思えるアーティストが存在していること。そんないろんなハードルがそこにはあるだろう。
でもこの日の観客の方々はそんな心配をしなくていいんじゃないかと思うくらいに、目を輝かせてステージを見て、宮本の放出している生命力を浴びるように飛び跳ねたり、腕を振ったりしていた。きっと宮本がこうして歌っている、ライブをやっているからこそ、それを楽しみにして、生きる力にしているんだろうと思うし、それはその年代の人だけが感じるものではない。宮本よりもはるかに年下である自分がこんなに感動しているということは、もっと若い人や、世の中の誰もがその歌と姿から力を貰うことができるはずだ。
そして自分が宮本くらいの年になっても、今と同じように宮本のライブを見ていて、ステージを縦横無尽に駆け回る宮本がそこにいるような気がしている。そう思えるくらいに素晴らしいライブだったし、これを全国に届けに行こうとしているということが、ライブを見た後だと本当に嬉しく感じている。
1.光の世界
2.夜明けのうた
3.stranger
4.異邦人
5.きみに会いたい -Dance with you-
6.化粧
7.春なのに
8.shining
9.獣ゆく細道
10.ロマンス
11.冬の花
12.悲しみの果て
13.sha・la・la・la
14.浮世小路のblues
15.passion
16.ガストロンジャー
17.風に吹かれて
18.今宵の月のように
19.あなたのやさしさをオレは何に例えよう
20.この道の先で
21.十六夜の月
22.rain -愛だけを信じて-
23.P.S. I love you
encore
24.木綿のハンカチーフ
25.東京協奏曲
26.ハレルヤ
9mm Parabellum Bullet 「20220214」 @新宿BLAZE 2/14 ホーム
東京初期衝動 「えんど・おぶ・ざ・わーるど」レコ発 東名阪性獣集合ツアー @恵比寿LIQUIDROOM 2/12