ビバラコーリング! 出演:日食なつこ / 黒子首 / Hakubi @渋谷CLUB QUATTRO 2/10
- 2022/02/11
- 20:58
春にさいたまスーパーアリーナで開催されているフェス、VIVA LA ROCK。そのプレイベントとなる「ビバラコーリング!」にはこれまでもフェス本編に出演するアーティストが先んじて出演してきたが、今回このイベントに出演する
日食なつこ
黒子首
Hakubi
というアーティストもやはり今年VIVA LA ROCKに出演するという意味では、一足先に春フェスを体感できるイベントでもある。この日は関東にも雪予報が出るくらいに真冬日であるけれど。
これまではさいたまスーパーアリーナから近い北浦和KYARAでも開催してきたイベントであるが、もうKYARAが存在しないからか、今回は渋谷CLUB QUATTROでの開催。
場内は床に立ち位置がマーキングされた自由席というスタイルであり、開演前にはVIVA LA ROCKの主催者である鹿野淳の影アナが流れるだが、
「これから私たちの4回転半が始まります!」
という北京オリンピック真っ最中だからであろう締めのセリフはスベっていたとしか言いようがないだろう。
・Hakubi
その鹿野淳の影アナの内容と、セッティングされた機材を見るに、トリだろうと予想していたこのバンドがトップバッターであることがわかる。京都のスリーピースバンド、Hakubi。ライブをちゃんと見るのはこの日が初めてだったりする。
薄暗いステージにマツイユウキ(ドラム)を先頭にメンバーが登場すると、写真などを見てもわかることではあったが、ヤスカワアル(ベース)が実に背が高い。もう出てきただけで「おおっ」とビックリするくらいに。そして片桐(ボーカル&ギター)は基本的に写真などでは顔出しをしていないから実際に自分の目で見るのは初めてなのだが、派手なピアスが目を惹きながらもほとんどイメージ通りという感じである。
その片桐が演奏するよりも前にこの状況(それは天候的な面も含めて)でもこうして足を運んでくれた観客に感謝の言葉を口にしてから、
「京都のHakubiです。よろしくお願いします」
と挨拶すると、鍵盤の音が同期として流れながらも実に音数を絞った、誰がこの瞬間にどの音を鳴らしているのかわかるくらいに削ぎ落とされたサウンドで「アカツキ」を歌い始める。
この曲は昨年リリースされたフルアルバム「era」の最後に収録されている曲なのだが、アルバムを聴いた時に、それまでのソリッドなサウンドでスリーピースバンドのダイナミズムを感じさせてくれるバンドというイメージが変わるくらいにポップになったなと思った。それはメジャーデビューという要因もあっての変化であるということをアルバムリリース時のインタビューで片桐は口にしていたが、その片桐のサビでの歌い上げるような歌唱を聴いていて、そうしたサウンドに変化した理由がわかった。この声を、歌を届けたいんだと。そしてこの日のこの曲、その声にはこうしてこの会場に来てくれた人への感謝という感情が確かに乗っていたし、マツイのコーラスが驚くくらいにハイトーンに曲を彩る要素になっていることもわかる。
一転して片桐のギターが歪みを増し、マツイとヤスカワのリズムがシンプルでありながらも焦燥感を感じさせる「辿る」でインディーズ期からのバンドの最大の武器であるスリーピースバンドとしてのロックのダイナミズムを感じさせてくれると、「サーチライト」ではポエトリーリーディング的に次々と片桐の抱える切実な言葉が放たれていくというように、ここまで演奏された全ての曲が全く違うタイプの曲という幅の広さを見せてくれる。5年になる活動歴の中でフルアルバムだけではなく、次々にepをリリースしてきたバンドの経験と引き出しの多さがそのままこの短い持ち時間で自分たちの持ち味を全て見せられるライブを作ることができている。
片桐は
「トップバッターを任されたのは、我々がブチ上げて日食なつこさんと黒子首に繋げることを期待されているからだと思っています」
とトップバッターとしての役割とともに、何度も観客とこのライブを作ってくれている人への感謝を口にしていたのだが、
「楽しんでください」
と言いながらもそのトーンが全く明るくないというあたりが、曲の歌詞と人間性が一致しているというか、この人が作るからこうした歌詞になっているんだろうなということがよくわかる。
それは
「階段を踏み外した
いっそこのまま死んでしまえたらって
思うと同時に人に笑われた
ああ今日も今日が始まる」
という歌い出しの「在る日々」からも、これでもかというくらいに伝わってくるのだが、
「生きてるそれだけで許してくれませんか
同じような日々はきっと続いてくけど
何度通りすぎる鉄の塊に吸い寄せられたとしても」
という、聴いていてキツくなるような歌詞でも、その気持ちを昇華することによって自分たちが生きることができているということを示すものであるし、同じ思いを抱えながら生きている人にとっての光になっているはずだ。
それは「Friday」にも通じるものであり、何故にこの人はこんなにも生きづらそうなのだろうかとすら思ってしまうのだが、だからこそこうして自身の思いを歌に乗せることができる音楽を、それを1番伝えられるサウンドであるバンドという形態を選んだのだろうと思う。1人マイクスタンドすらないヤスカワもその思いをともに抱えているかのように、時にはステージ前の台の上に立ち、元から高い身長がさらに高く感じるのであるが、その長身で長い腕を伸ばしてベースを弾く姿はTHE BACK HORNの岡峰光舟を彷彿とさせる。つまりは実に絵になるベーシストであるということである。
「era」を聴いて実にポップになったということと同時に、初めてのフルアルバムでこんなにもメリハリがつけられるバンドだったのかとも思った。それは収録曲にはepや配信で先行リリースした曲もあるけれでも、長尺なバラードと言える曲もあれば、「灯」のように短い曲尺の、次の曲と繋げるようなタイプの曲も収録されており、それがアルバムのトータルとしての完成度につながっていたからであるが、それはライブでもアルバムと同じように「灯」から「mirror」へとシームレスに繋がるようなアレンジで演奏され、片桐はあらゆる方向にいる観客たち一人一人をじっくり見るかのように視線を動かしながら、歌詞を「雪の降る渋谷」など、あえてその瞬間瞬間に思っていることへと変えて歌う。その姿やスタイルに、同じスリーピースということもあるけれど、どこかサンボマスターに通じるものも感じていた。どちらかというと「闇のサンボマスター」というような感じではあるけれど。
そんなバンドが最後に鳴らしたのは、それまではバンドの雰囲気に見合うように薄暗くステージを照らしていた照明が温かく会場全体を包む光のように明るくなる中で
「傷つかないように 傷つけないように
僕らは必死に必死に生きてきたんでしょ
もう大丈夫 おやすみ」
と、目の前にいてくれる人を歌で抱きしめるかのような「Sommeil」。片桐の歌や言葉から何故これほどまでに切実さを感じさせるのかという理由がこの曲に込められているように感じたし、最後に3人で思いっきり振りかぶるようにしてキメを打つ姿は、どんなにポップな曲が増えてもやはりカッコいいスリーピースロックバンドとしてのそれであった。
このイベントは東名阪で開催されて、この日がファイナルなのだが、3箇所全てに出演した日食なつこがMCで、初日の名古屋にも出るはずだった黒子首がキャンセルになり、その日は出演しない片桐がギター1本持って名古屋まで来て弾き語りをし、しかも黒子首のカバーまで歌ったことを明かしていた。(それを見ていた日食なつこは「何て肝の座った女だ、と思った」と片桐を評していた)
その行動力は彼女の言葉の切実さとともに、間違いなく音楽への愛、音楽を愛する人への愛に裏付けされたものだ。その存在のために自分に何ができるかを考えて生きている。メディアなどに顔を出さないボーカリストのバンドは、目の前で顔を出して歌い、話す姿を見ていると、どこまでも人間臭いバンドだと思った。
1.アカツキ
2.辿る
3.サーチライト
4.在る日々
5.Friday
6.灯
7.mirror
8.Sommeil
・日食なつこ
昨年、UNISON SQUARE GARDEN主催の対バンライブで初めて見た日食なつこのライブは衝撃であり、圧巻であった。Zepp Tokyoのステージにグランドピアノだけの弾き語りという形で、初めてライブを観る、なんなら初めて曲を聴く人がたくさんいたであろうそこにいた全ての人の心を完全に掻っ攫ってしまっていた。
そんな日食なつこがこのイベントにも出演し、さらにはVIVA LA ROCKにも出演が発表され、微かでも確実に流れが変わりつつあることをかんじる。
ちなみにそのユニゾンのイベントには日食なつことともに黒子首も出演しており、その日の出演がユニゾンからHakubiに変わったのがこの日であるとも言える。
しかしながらその日とは違うのはステージには下手にピアノ、上手にドラムセットが設置されているからであり、先に日食なつこがステージに登場して観客に一礼すると、日食なつこに手招きされてステージに現れたのはドラマーのkomaki♂。この日は2人編成でのライブである。
2人が向かい合うように座ると、そのkomaki♂のドラムのサウンドが「水流のロック」というタイトルに入っているロックさを強く感じさせてくれるようなビートを叩き出し、逆に日食なつこのピアノのフレーズと気高さを感じさせる声質のボーカルはまさに水の流れのように滑らかである。日食なつこは弾き語りでもピアノという楽器がメロディとともにリズムの楽器でもあるということを感じさせてくれるアーティストであるが、もうこの段階でドラムが(とりわけkomaki♂が)入ることによって弾き語りとは全く違うライブであることがわかる。
「みぞれの舞う渋谷を歩いてここまで辿り着いてくれた皆さん、本当にありがとうございます。日本には古来より鬼が行脚するという言い伝えがありますが、皆さんが歩いてきた渋谷の街の中ですれ違ったあの娘も人間ではなくて鬼なのかもしれない」
と、曲に入る前の導入もやはり秀逸な「99鬼夜行」は図らずも「鬼」という今最もホットな存在と言えるメディアと噛み合っていることも含めて、やはり時代が日食なつこの方に確かに引き寄せられてきているようにすらか感じられる。本人はそのアニメを全く意識してはないだろうけれど、そのおどろおどろしさを感じさせるサウンドはやはりあのアニメの世界観(浅草編あたり)を彷彿とさせるところがある。
「夜の曲が続きますが、今度の舞台は学校です」
と言っての「大停電」ではkomaki♂がコーラスも務める中で日食なつこのピアノが学校のチャイムを思わせるようなメロディも奏でる。そうして歌詞だけではなくて音だけでも曲の世界を変えることができるんだなということを思っていると、
「もういいからさ この世で一番 高い塔の上に2人で立って
世界の全てを見下そうよ
それが許されるくらい 君はもう歩いたよ」
というフレーズがまるで映画の中のワンシーンであるかのような情景を脳内に想起させる、昨年リリースの名盤アルバム「アンチ・フリーズ」収録の「ワールドマーチ」へと続くのだが、komaki♂のリズムがあることによって、その物語の情景がテンポを伴って、より強く鮮明に脳内に浮かび上がってくる。それは穏やかに感じるようなピアノの弾き語りとはまた違う感覚である。
Hakubiの片桐が出演予定のなかった名古屋に黒子首の代わりに出演してくれたことを明かしたのはここでの日食なつこのMCであったが、
「白と黒の間から現れました、日食なつこです」
という、Hakubi(白)、黒子首(黒)、そして自身(日食)という3組が揃っているからこその自己紹介も実に見事であるが、先週の大阪に出演した時にkomaki♂とともに梅田の地下で迷っていると、鹿野淳も同じ場所で迷っていたというMCで笑わせつつも、
「Hakubiのライブを袖から見ている時に皆さんがマスクをしっかりしてライブを見ているのが見えました。それは自分自身を守るためのマスクかもしれないけれど、それによって我々音楽家が立つ場所も守ってくれているんです。音楽家に立つステージをくれて本当にありがとうございます」
という感謝の示し方も実に知性的であるし、この人の曲の歌詞の言葉使いとそのMCの口ぶりには一切齟齬がないからこそ、曲と曲を見事に言葉で繋ぐことができるのだろうと思う。
2人が中国語の4カウントで合わせるように始まった「LAO」はそのカウントも含めてオリエンタルなサウンドと
「花の香りとダストで淀む春霞の中で迷子
大都会はまるで獣道 狩るか獲物かそれで全部」
という歌い出しのフレーズが中国や台湾の情景を想起させるのだが、ヨーロッパ的なイメージであった「ワールドマーチ」から繋がることによって、音で世界旅行をしているかのようであるし、それをピアノとドラムだけで表現できるこの2人の技術。
それは
「声が出せないことによって、踊ることがあなたの唯一の楽しみ方、好きに踊れ!」
と言って一気に2人の鳴らす音がリズミカルになり、観客も体を揺らし始める「ダンツァーレ」でより顕著になるのだが、もはや音の達人同士が殺陣を行っているようでもあり、氷上を滑らかに滑るようにペアスケートを行なっているようでもあり。
そこに絶大な両者の信頼感を感じさせるのは、「アンチ・フリーズ」収録の至高の名曲「音楽のすゝめ」でkomaki♂がマイクを通さずともサビの歌詞を一緒に歌っていたこと。ドラムのフレーズだけではなくて、歌詞の細部までを理解してくれているからこそこの2人でのパフォーマンスであるし、この歌詞全てをここに記したいくらいに音楽への愛と敬意とフレンドリーさに満ちたこの曲は音楽を愛するもの誰しもに突き刺さるテーマソングであるということでもある。
「七つ、どんな歌も終わりがあると知ること
八つ、泣いてもいいからちゃんと次に行くこと
九つ、即ち音楽これ人の心
絶やしちゃいけない人の命 そのものなんだよ」
というフレーズは特に「不要不急」という言葉の中に音楽が押し込まれてしまうようなことを何度となく見てきた、感じてきたここ数年を経たからこそより深く刺さる。
最後には2人でコーラスを歌うと、観客も腕をあげてその声に応えようとする。それはこの会場にいた人たちに確かにこの曲が刺さっていたということだ。その光景を見た日食なつこは、
「次は一緒に歌えますように」
と言った。その言葉を聞いて、まだこのコーラスを一度も観客と一緒に歌ったことがないということにも気付いて、やるせない気持ちになってしまったりもしたけれど、それでも音楽への思いをこの曲は灯し続けてくれる。
そしてkomaki♂がイントロで踏むバスドラのリズムに合わせて観客が手拍子をすると、それが「ログマロープ」に繋がり、観客も揺れるどころか完全にそのドラムのリズムと軽快なピアノのメロディに合わせて踊っていると言ってもいいような光景に。それは今目の前で鳴らされている音に心を動かされたからであるのは間違いないが、
「渋谷、もっといける!」
と日食なつこが立ち上がって煽ると、観客の手拍子はさらに大きく、さらに腕が高く上がった状態で鳴る。それがさらに2人の演奏を激しくさせていく。その光景はここにいる全ての人が
「鋼の心臓 打たれるたび熱くなる 矢印ばっかの世界を生意気に歩けばいい
鋼の心臓 打たれるたび熱くなる 計画倒れの世界に呆れたなら導けばいい」
というサビのフレーズのとおりにこれからも生きていくということを示すように。演奏が終わり、立ち上がって一礼して去っていく日食なつこを送り出す観客の拍手はビックリするくらいに大きかった。決して彼女のライブが目当てという人が多くはなかったであろうこの日を、完全に持っていってしまった。
もうデビューから10年以上経っているし、知り合いにこの人の大ファンがいるので、存在も音楽もずっと前から知っていたが、VIVA LA ROCKなどの大型フェスや地上波の音楽番組に出るような存在になるとは全く思ってなかった。むしろもっとアングラに生きていくタイプかと思っていた。
しかしその10年以上の活動で培ってきた技術と、この人でしかできないライブの作り方、そしてリリースするたびに増えていく名曲の数々というあらゆる要素が、今こそこうして光の当たる場所にこの人が出ていけるようになったことを強く感じさせる。ブレずに、時代に寄せずに自分の表現を先鋭化させ続けるアーティストが何よりも強いということも。
そんな音楽が、この人がどこまでいけるのか。それを見てみたいし、今最もワンマンで観るべきアーティストであるという予感がしているからこそ、こんな電車が止まるかもしれなくて、帰れるのかわからないような雪の日にもライブハウスに来てしまうような、また馬鹿な僕らで会おうぜ。
1.水流のロック
2.99鬼夜行
3.大停電
4.ワールドマーチ
5.LAO
6.ダンツァーレ
7.音楽のすゝめ
8.ログマロープ
・黒子首
この日のトリ、つまりは3日間のこのツアーの大トリを務めるのは黒子首。そこにはこのバンドへの期待とともに、名古屋を堀胃あげは(ボーカル)のコロナ感染によるキャンセルとなったことへのバンド自身でのリベンジの機会とも言えるかもしれない。
前に見たユニゾンの自主企画ライブの時はキーボードも加えた5人編成だったが、この日はメンバー3人にサポートギターを加えた4人編成。そのサポートギターは髪色が金になり、髪型がマッシュっぽくなっているのだが、一眼見て誰だかわかるのは、それがこれまでに数え切れないくらいに見てきた、自分が愛するバンドa flood of circleの恩人とも言える曽根巧だからである。
そんな新しい編成で、堀胃がアコギを弾きながら
「悲しみの向こう 明日を描こう
今は頼りない約束果たすため」
というサビのメロディの黒い世界に引きずり込まれるようなキャッチーさがこのバンドの只者でなさを一瞬で感じさせる「エンドレスロール」で始まるというのは昨年リリースのアルバム「骨格」の収録順と同じであるが、雪が降っているくらいの気候であるのにタンクトップ姿のみと(ベース)の姿には驚かざるを得ない。動きやすさ、弾きやすさ優先にしても、会場内もそこまで暑いとは言えないだけに。
ユニゾンの自主企画ライブで見た時は席が遠かったので、メンバーの表情までをもよく見ることは出来なかったのだが、こうしてそうした部分までもしっかり見えるくらいの規模のライブハウスで見ると、
「ぼくらは子ども手を取り合って
教えてやるんだあいつらに
ぼくらは子ども無邪気にわらう
スキップもするし鼻歌もうたう」
という「チーム子ども」を歌う堀胃の表情はまさにまだ子どもらしさを感じるような幼さであることがわかる。詳細な年齢はわからないけれど、おそらくは倍くらい年齢が上である曽根巧がどこか父親のようにすら見えるが、その曽根巧もギターを弾きながら時折メンバーの方を見て笑顔を浮かべている姿を見れるのが実に嬉しい。
そんな闇のポップミュージックという雰囲気を切り裂くかのように、ドラムの田中そい光が
「本日は非常にお足元の悪い中…」
という挨拶を噛みまくりながら言い、
「悪いのはお前の滑舌だけにしろってね!」
と、漫談が始まったのかというくらいの勢いでそのまま
「今日は大トリっていうことでね、大トリ・ヘップバーン」
と続けると、信じられないくらいに会場が静寂な空気に包まれる。関係者含めて1ミリ足りとも笑いが起こらないこの状態を本人は
「世代が違うのかな?」
と言っていたが、そんなレベルの話ではないくらいだ。
そんな一変した空気の中で甘さを感じるラブソングの「時間を溶かしてお願いダーリン」が演奏されるというのもまたシュール極まりないというか、ある意味ではこのバンドの只者じゃなさをも感じさせるのだが、堀胃はその田中のスベリ芸を
「私たちがもっと大きくなって、ドームとかでやるようになって、その時にそいのああいうMCで凪の時間を作るのが私の目的っていうか、目標」
と評していたが、その言葉の後ろでも面白いポーズを取っているという田中はやはり只者ではない精神力の持ち主なのかもしれない。
そんなイメージからは想像ができないキャラクターとMCを持ったバンドのサウンドをロックに引き締めるような曽根のギターを感じられる「magnet gum」から、同期のサウンドも使ってこのバンドなりのダンスロックを鳴らす「Driver」と続くのだが、丁寧に歌おうと心掛けているのかもしれないけれど、堀胃のボーカルは音源で聴いていると、ライブではもっといけるんじゃないかとも思う。
そのもっといけそうなポテンシャルを感じさせるのは次に演奏された、「むすんでひらいて」のフレーズを使うことによってタイトルからも感じられるおどろおどろしさをこのバンドのスタイルとサウンドで描く「胎の蟲」での声を強く張る歌唱である。とはいえまだデビューしたばかりであるし、この前に出たのがすでに数え切れないくらいにライブを重ねてきたライブアーティストとしてのキャリアを持つHakubiと日食なつこであるだけにそこと比べるのは酷かもしれないが、このツアーをその2組と回ったことが必ずやこれからのバンドの進化と成長に繋がると思う。
バンドは今月新曲をリリースしたばかりということで、東京では初披露となるのがその新曲の「やさしい怪物」。音源では泣き虫がゲストボーカルとしてフィーチャーされているのだが、その泣き虫のボーカルパートは同期として流しつつ、田中がコーラスもしつつという形で演奏される。みとのベースのうねりっぷりといい、バンドとしてのサウンドが渾然一体となった、このバンドとしてのロックさの現状の極みとも言えるようなこの曲は最後のタイトルフレーズの堀胃と泣き虫の声の重なり方によって感じられるカタルシスも含めて、急速にこのバンドが進化していることが感じられる、紛れもなく新しい代表曲と言える曲だろう。そこには確実に去年経験した様々なライブで得てきたものが内包されているはずだ。
そして堀胃が
「知る人ぞ知る、このツアーで1番演奏された曲」
と言って演奏されたのは現状のバンドのキラーチューンとも言える、言葉遊び感もあるシュールな歌詞がクセになる「Champon」であるが、それは自分たちが出演することができなくなった名古屋でHakubiの片桐がカバーしてくれたということも踏まえての言葉であるだろうからこそ、どこか歌声やサウンドに感謝の気持ちが乗っているように感じられた。つまりは
「我愛イ尓 我愛イ尓」
という中国語のフレーズはこのツアーに関わった全ての人に向けられていたということだ。
観客の手拍子に導かれてアンコールにメンバーが登場すると、堀胃はこのツアーがとても楽しいものだったことを改めて口にし、そのツアーに来てくれた人、作ってくれた人に対しての感謝を口にしてから「静かな歌」を歌ったのだが、
「薄い唇震わして静かに泣いていた」
というフレーズに合わせるかのように、堀胃のボーカルは少し震えていたように聞こえた。そこにはやはりこの面々で回ることができた楽しさだけではなく、名古屋をキャンセルしてしまったという悔しさも感じたツアーの最後に演奏された曲だからだと思う。
鹿野淳も開演前の影アナで
「このツアーで1番たくさんのことを感じたであろうバンドにトリをお任せすることにしました」
と言っていたが、その悔しさがこのバンドをさらに成長させるものになるということに期待しているし、いつか田中のMCで巨大な凪が起きた時には、このツアーがあったからこそここまで来れた、と思えるような経験になったはずだ。そんなバンドを自分がリスペクトしてやまない曽根巧がサポートしてくれているだけに、どうかこれから先もこのバンドを育てて、導いてください、という感情を抱いていた。
1.エンドレスロール
2.チーム子ども
3.時間を溶かしてお願いダーリン
4.magnet gum
5.Driver
6.胎の蟲
7.やさしい怪物
8.Champon
encore
9.静かな歌
終演後にも規制退場が終わるまで鹿野淳はずっと影アナをしていた。
「雪はほとんど降っておらず、交通機関に乱れはないので帰りは大丈夫ですが、ご時世的に直帰をお願いします」
と言っていたので空腹を我慢して直帰したら、帰りの電車は遅延していたし、千葉県に入ったらめちゃくちゃ雪が降りまくって道に積もっていた。その辺りがこれまでに主催したフェスで豪雨を呼び寄せたりした鹿野淳のイベントらしいな、とも思っていた。
日食なつこ
黒子首
Hakubi
というアーティストもやはり今年VIVA LA ROCKに出演するという意味では、一足先に春フェスを体感できるイベントでもある。この日は関東にも雪予報が出るくらいに真冬日であるけれど。
これまではさいたまスーパーアリーナから近い北浦和KYARAでも開催してきたイベントであるが、もうKYARAが存在しないからか、今回は渋谷CLUB QUATTROでの開催。
場内は床に立ち位置がマーキングされた自由席というスタイルであり、開演前にはVIVA LA ROCKの主催者である鹿野淳の影アナが流れるだが、
「これから私たちの4回転半が始まります!」
という北京オリンピック真っ最中だからであろう締めのセリフはスベっていたとしか言いようがないだろう。
・Hakubi
その鹿野淳の影アナの内容と、セッティングされた機材を見るに、トリだろうと予想していたこのバンドがトップバッターであることがわかる。京都のスリーピースバンド、Hakubi。ライブをちゃんと見るのはこの日が初めてだったりする。
薄暗いステージにマツイユウキ(ドラム)を先頭にメンバーが登場すると、写真などを見てもわかることではあったが、ヤスカワアル(ベース)が実に背が高い。もう出てきただけで「おおっ」とビックリするくらいに。そして片桐(ボーカル&ギター)は基本的に写真などでは顔出しをしていないから実際に自分の目で見るのは初めてなのだが、派手なピアスが目を惹きながらもほとんどイメージ通りという感じである。
その片桐が演奏するよりも前にこの状況(それは天候的な面も含めて)でもこうして足を運んでくれた観客に感謝の言葉を口にしてから、
「京都のHakubiです。よろしくお願いします」
と挨拶すると、鍵盤の音が同期として流れながらも実に音数を絞った、誰がこの瞬間にどの音を鳴らしているのかわかるくらいに削ぎ落とされたサウンドで「アカツキ」を歌い始める。
この曲は昨年リリースされたフルアルバム「era」の最後に収録されている曲なのだが、アルバムを聴いた時に、それまでのソリッドなサウンドでスリーピースバンドのダイナミズムを感じさせてくれるバンドというイメージが変わるくらいにポップになったなと思った。それはメジャーデビューという要因もあっての変化であるということをアルバムリリース時のインタビューで片桐は口にしていたが、その片桐のサビでの歌い上げるような歌唱を聴いていて、そうしたサウンドに変化した理由がわかった。この声を、歌を届けたいんだと。そしてこの日のこの曲、その声にはこうしてこの会場に来てくれた人への感謝という感情が確かに乗っていたし、マツイのコーラスが驚くくらいにハイトーンに曲を彩る要素になっていることもわかる。
一転して片桐のギターが歪みを増し、マツイとヤスカワのリズムがシンプルでありながらも焦燥感を感じさせる「辿る」でインディーズ期からのバンドの最大の武器であるスリーピースバンドとしてのロックのダイナミズムを感じさせてくれると、「サーチライト」ではポエトリーリーディング的に次々と片桐の抱える切実な言葉が放たれていくというように、ここまで演奏された全ての曲が全く違うタイプの曲という幅の広さを見せてくれる。5年になる活動歴の中でフルアルバムだけではなく、次々にepをリリースしてきたバンドの経験と引き出しの多さがそのままこの短い持ち時間で自分たちの持ち味を全て見せられるライブを作ることができている。
片桐は
「トップバッターを任されたのは、我々がブチ上げて日食なつこさんと黒子首に繋げることを期待されているからだと思っています」
とトップバッターとしての役割とともに、何度も観客とこのライブを作ってくれている人への感謝を口にしていたのだが、
「楽しんでください」
と言いながらもそのトーンが全く明るくないというあたりが、曲の歌詞と人間性が一致しているというか、この人が作るからこうした歌詞になっているんだろうなということがよくわかる。
それは
「階段を踏み外した
いっそこのまま死んでしまえたらって
思うと同時に人に笑われた
ああ今日も今日が始まる」
という歌い出しの「在る日々」からも、これでもかというくらいに伝わってくるのだが、
「生きてるそれだけで許してくれませんか
同じような日々はきっと続いてくけど
何度通りすぎる鉄の塊に吸い寄せられたとしても」
という、聴いていてキツくなるような歌詞でも、その気持ちを昇華することによって自分たちが生きることができているということを示すものであるし、同じ思いを抱えながら生きている人にとっての光になっているはずだ。
それは「Friday」にも通じるものであり、何故にこの人はこんなにも生きづらそうなのだろうかとすら思ってしまうのだが、だからこそこうして自身の思いを歌に乗せることができる音楽を、それを1番伝えられるサウンドであるバンドという形態を選んだのだろうと思う。1人マイクスタンドすらないヤスカワもその思いをともに抱えているかのように、時にはステージ前の台の上に立ち、元から高い身長がさらに高く感じるのであるが、その長身で長い腕を伸ばしてベースを弾く姿はTHE BACK HORNの岡峰光舟を彷彿とさせる。つまりは実に絵になるベーシストであるということである。
「era」を聴いて実にポップになったということと同時に、初めてのフルアルバムでこんなにもメリハリがつけられるバンドだったのかとも思った。それは収録曲にはepや配信で先行リリースした曲もあるけれでも、長尺なバラードと言える曲もあれば、「灯」のように短い曲尺の、次の曲と繋げるようなタイプの曲も収録されており、それがアルバムのトータルとしての完成度につながっていたからであるが、それはライブでもアルバムと同じように「灯」から「mirror」へとシームレスに繋がるようなアレンジで演奏され、片桐はあらゆる方向にいる観客たち一人一人をじっくり見るかのように視線を動かしながら、歌詞を「雪の降る渋谷」など、あえてその瞬間瞬間に思っていることへと変えて歌う。その姿やスタイルに、同じスリーピースということもあるけれど、どこかサンボマスターに通じるものも感じていた。どちらかというと「闇のサンボマスター」というような感じではあるけれど。
そんなバンドが最後に鳴らしたのは、それまではバンドの雰囲気に見合うように薄暗くステージを照らしていた照明が温かく会場全体を包む光のように明るくなる中で
「傷つかないように 傷つけないように
僕らは必死に必死に生きてきたんでしょ
もう大丈夫 おやすみ」
と、目の前にいてくれる人を歌で抱きしめるかのような「Sommeil」。片桐の歌や言葉から何故これほどまでに切実さを感じさせるのかという理由がこの曲に込められているように感じたし、最後に3人で思いっきり振りかぶるようにしてキメを打つ姿は、どんなにポップな曲が増えてもやはりカッコいいスリーピースロックバンドとしてのそれであった。
このイベントは東名阪で開催されて、この日がファイナルなのだが、3箇所全てに出演した日食なつこがMCで、初日の名古屋にも出るはずだった黒子首がキャンセルになり、その日は出演しない片桐がギター1本持って名古屋まで来て弾き語りをし、しかも黒子首のカバーまで歌ったことを明かしていた。(それを見ていた日食なつこは「何て肝の座った女だ、と思った」と片桐を評していた)
その行動力は彼女の言葉の切実さとともに、間違いなく音楽への愛、音楽を愛する人への愛に裏付けされたものだ。その存在のために自分に何ができるかを考えて生きている。メディアなどに顔を出さないボーカリストのバンドは、目の前で顔を出して歌い、話す姿を見ていると、どこまでも人間臭いバンドだと思った。
1.アカツキ
2.辿る
3.サーチライト
4.在る日々
5.Friday
6.灯
7.mirror
8.Sommeil
・日食なつこ
昨年、UNISON SQUARE GARDEN主催の対バンライブで初めて見た日食なつこのライブは衝撃であり、圧巻であった。Zepp Tokyoのステージにグランドピアノだけの弾き語りという形で、初めてライブを観る、なんなら初めて曲を聴く人がたくさんいたであろうそこにいた全ての人の心を完全に掻っ攫ってしまっていた。
そんな日食なつこがこのイベントにも出演し、さらにはVIVA LA ROCKにも出演が発表され、微かでも確実に流れが変わりつつあることをかんじる。
ちなみにそのユニゾンのイベントには日食なつことともに黒子首も出演しており、その日の出演がユニゾンからHakubiに変わったのがこの日であるとも言える。
しかしながらその日とは違うのはステージには下手にピアノ、上手にドラムセットが設置されているからであり、先に日食なつこがステージに登場して観客に一礼すると、日食なつこに手招きされてステージに現れたのはドラマーのkomaki♂。この日は2人編成でのライブである。
2人が向かい合うように座ると、そのkomaki♂のドラムのサウンドが「水流のロック」というタイトルに入っているロックさを強く感じさせてくれるようなビートを叩き出し、逆に日食なつこのピアノのフレーズと気高さを感じさせる声質のボーカルはまさに水の流れのように滑らかである。日食なつこは弾き語りでもピアノという楽器がメロディとともにリズムの楽器でもあるということを感じさせてくれるアーティストであるが、もうこの段階でドラムが(とりわけkomaki♂が)入ることによって弾き語りとは全く違うライブであることがわかる。
「みぞれの舞う渋谷を歩いてここまで辿り着いてくれた皆さん、本当にありがとうございます。日本には古来より鬼が行脚するという言い伝えがありますが、皆さんが歩いてきた渋谷の街の中ですれ違ったあの娘も人間ではなくて鬼なのかもしれない」
と、曲に入る前の導入もやはり秀逸な「99鬼夜行」は図らずも「鬼」という今最もホットな存在と言えるメディアと噛み合っていることも含めて、やはり時代が日食なつこの方に確かに引き寄せられてきているようにすらか感じられる。本人はそのアニメを全く意識してはないだろうけれど、そのおどろおどろしさを感じさせるサウンドはやはりあのアニメの世界観(浅草編あたり)を彷彿とさせるところがある。
「夜の曲が続きますが、今度の舞台は学校です」
と言っての「大停電」ではkomaki♂がコーラスも務める中で日食なつこのピアノが学校のチャイムを思わせるようなメロディも奏でる。そうして歌詞だけではなくて音だけでも曲の世界を変えることができるんだなということを思っていると、
「もういいからさ この世で一番 高い塔の上に2人で立って
世界の全てを見下そうよ
それが許されるくらい 君はもう歩いたよ」
というフレーズがまるで映画の中のワンシーンであるかのような情景を脳内に想起させる、昨年リリースの名盤アルバム「アンチ・フリーズ」収録の「ワールドマーチ」へと続くのだが、komaki♂のリズムがあることによって、その物語の情景がテンポを伴って、より強く鮮明に脳内に浮かび上がってくる。それは穏やかに感じるようなピアノの弾き語りとはまた違う感覚である。
Hakubiの片桐が出演予定のなかった名古屋に黒子首の代わりに出演してくれたことを明かしたのはここでの日食なつこのMCであったが、
「白と黒の間から現れました、日食なつこです」
という、Hakubi(白)、黒子首(黒)、そして自身(日食)という3組が揃っているからこその自己紹介も実に見事であるが、先週の大阪に出演した時にkomaki♂とともに梅田の地下で迷っていると、鹿野淳も同じ場所で迷っていたというMCで笑わせつつも、
「Hakubiのライブを袖から見ている時に皆さんがマスクをしっかりしてライブを見ているのが見えました。それは自分自身を守るためのマスクかもしれないけれど、それによって我々音楽家が立つ場所も守ってくれているんです。音楽家に立つステージをくれて本当にありがとうございます」
という感謝の示し方も実に知性的であるし、この人の曲の歌詞の言葉使いとそのMCの口ぶりには一切齟齬がないからこそ、曲と曲を見事に言葉で繋ぐことができるのだろうと思う。
2人が中国語の4カウントで合わせるように始まった「LAO」はそのカウントも含めてオリエンタルなサウンドと
「花の香りとダストで淀む春霞の中で迷子
大都会はまるで獣道 狩るか獲物かそれで全部」
という歌い出しのフレーズが中国や台湾の情景を想起させるのだが、ヨーロッパ的なイメージであった「ワールドマーチ」から繋がることによって、音で世界旅行をしているかのようであるし、それをピアノとドラムだけで表現できるこの2人の技術。
それは
「声が出せないことによって、踊ることがあなたの唯一の楽しみ方、好きに踊れ!」
と言って一気に2人の鳴らす音がリズミカルになり、観客も体を揺らし始める「ダンツァーレ」でより顕著になるのだが、もはや音の達人同士が殺陣を行っているようでもあり、氷上を滑らかに滑るようにペアスケートを行なっているようでもあり。
そこに絶大な両者の信頼感を感じさせるのは、「アンチ・フリーズ」収録の至高の名曲「音楽のすゝめ」でkomaki♂がマイクを通さずともサビの歌詞を一緒に歌っていたこと。ドラムのフレーズだけではなくて、歌詞の細部までを理解してくれているからこそこの2人でのパフォーマンスであるし、この歌詞全てをここに記したいくらいに音楽への愛と敬意とフレンドリーさに満ちたこの曲は音楽を愛するもの誰しもに突き刺さるテーマソングであるということでもある。
「七つ、どんな歌も終わりがあると知ること
八つ、泣いてもいいからちゃんと次に行くこと
九つ、即ち音楽これ人の心
絶やしちゃいけない人の命 そのものなんだよ」
というフレーズは特に「不要不急」という言葉の中に音楽が押し込まれてしまうようなことを何度となく見てきた、感じてきたここ数年を経たからこそより深く刺さる。
最後には2人でコーラスを歌うと、観客も腕をあげてその声に応えようとする。それはこの会場にいた人たちに確かにこの曲が刺さっていたということだ。その光景を見た日食なつこは、
「次は一緒に歌えますように」
と言った。その言葉を聞いて、まだこのコーラスを一度も観客と一緒に歌ったことがないということにも気付いて、やるせない気持ちになってしまったりもしたけれど、それでも音楽への思いをこの曲は灯し続けてくれる。
そしてkomaki♂がイントロで踏むバスドラのリズムに合わせて観客が手拍子をすると、それが「ログマロープ」に繋がり、観客も揺れるどころか完全にそのドラムのリズムと軽快なピアノのメロディに合わせて踊っていると言ってもいいような光景に。それは今目の前で鳴らされている音に心を動かされたからであるのは間違いないが、
「渋谷、もっといける!」
と日食なつこが立ち上がって煽ると、観客の手拍子はさらに大きく、さらに腕が高く上がった状態で鳴る。それがさらに2人の演奏を激しくさせていく。その光景はここにいる全ての人が
「鋼の心臓 打たれるたび熱くなる 矢印ばっかの世界を生意気に歩けばいい
鋼の心臓 打たれるたび熱くなる 計画倒れの世界に呆れたなら導けばいい」
というサビのフレーズのとおりにこれからも生きていくということを示すように。演奏が終わり、立ち上がって一礼して去っていく日食なつこを送り出す観客の拍手はビックリするくらいに大きかった。決して彼女のライブが目当てという人が多くはなかったであろうこの日を、完全に持っていってしまった。
もうデビューから10年以上経っているし、知り合いにこの人の大ファンがいるので、存在も音楽もずっと前から知っていたが、VIVA LA ROCKなどの大型フェスや地上波の音楽番組に出るような存在になるとは全く思ってなかった。むしろもっとアングラに生きていくタイプかと思っていた。
しかしその10年以上の活動で培ってきた技術と、この人でしかできないライブの作り方、そしてリリースするたびに増えていく名曲の数々というあらゆる要素が、今こそこうして光の当たる場所にこの人が出ていけるようになったことを強く感じさせる。ブレずに、時代に寄せずに自分の表現を先鋭化させ続けるアーティストが何よりも強いということも。
そんな音楽が、この人がどこまでいけるのか。それを見てみたいし、今最もワンマンで観るべきアーティストであるという予感がしているからこそ、こんな電車が止まるかもしれなくて、帰れるのかわからないような雪の日にもライブハウスに来てしまうような、また馬鹿な僕らで会おうぜ。
1.水流のロック
2.99鬼夜行
3.大停電
4.ワールドマーチ
5.LAO
6.ダンツァーレ
7.音楽のすゝめ
8.ログマロープ
・黒子首
この日のトリ、つまりは3日間のこのツアーの大トリを務めるのは黒子首。そこにはこのバンドへの期待とともに、名古屋を堀胃あげは(ボーカル)のコロナ感染によるキャンセルとなったことへのバンド自身でのリベンジの機会とも言えるかもしれない。
前に見たユニゾンの自主企画ライブの時はキーボードも加えた5人編成だったが、この日はメンバー3人にサポートギターを加えた4人編成。そのサポートギターは髪色が金になり、髪型がマッシュっぽくなっているのだが、一眼見て誰だかわかるのは、それがこれまでに数え切れないくらいに見てきた、自分が愛するバンドa flood of circleの恩人とも言える曽根巧だからである。
そんな新しい編成で、堀胃がアコギを弾きながら
「悲しみの向こう 明日を描こう
今は頼りない約束果たすため」
というサビのメロディの黒い世界に引きずり込まれるようなキャッチーさがこのバンドの只者でなさを一瞬で感じさせる「エンドレスロール」で始まるというのは昨年リリースのアルバム「骨格」の収録順と同じであるが、雪が降っているくらいの気候であるのにタンクトップ姿のみと(ベース)の姿には驚かざるを得ない。動きやすさ、弾きやすさ優先にしても、会場内もそこまで暑いとは言えないだけに。
ユニゾンの自主企画ライブで見た時は席が遠かったので、メンバーの表情までをもよく見ることは出来なかったのだが、こうしてそうした部分までもしっかり見えるくらいの規模のライブハウスで見ると、
「ぼくらは子ども手を取り合って
教えてやるんだあいつらに
ぼくらは子ども無邪気にわらう
スキップもするし鼻歌もうたう」
という「チーム子ども」を歌う堀胃の表情はまさにまだ子どもらしさを感じるような幼さであることがわかる。詳細な年齢はわからないけれど、おそらくは倍くらい年齢が上である曽根巧がどこか父親のようにすら見えるが、その曽根巧もギターを弾きながら時折メンバーの方を見て笑顔を浮かべている姿を見れるのが実に嬉しい。
そんな闇のポップミュージックという雰囲気を切り裂くかのように、ドラムの田中そい光が
「本日は非常にお足元の悪い中…」
という挨拶を噛みまくりながら言い、
「悪いのはお前の滑舌だけにしろってね!」
と、漫談が始まったのかというくらいの勢いでそのまま
「今日は大トリっていうことでね、大トリ・ヘップバーン」
と続けると、信じられないくらいに会場が静寂な空気に包まれる。関係者含めて1ミリ足りとも笑いが起こらないこの状態を本人は
「世代が違うのかな?」
と言っていたが、そんなレベルの話ではないくらいだ。
そんな一変した空気の中で甘さを感じるラブソングの「時間を溶かしてお願いダーリン」が演奏されるというのもまたシュール極まりないというか、ある意味ではこのバンドの只者じゃなさをも感じさせるのだが、堀胃はその田中のスベリ芸を
「私たちがもっと大きくなって、ドームとかでやるようになって、その時にそいのああいうMCで凪の時間を作るのが私の目的っていうか、目標」
と評していたが、その言葉の後ろでも面白いポーズを取っているという田中はやはり只者ではない精神力の持ち主なのかもしれない。
そんなイメージからは想像ができないキャラクターとMCを持ったバンドのサウンドをロックに引き締めるような曽根のギターを感じられる「magnet gum」から、同期のサウンドも使ってこのバンドなりのダンスロックを鳴らす「Driver」と続くのだが、丁寧に歌おうと心掛けているのかもしれないけれど、堀胃のボーカルは音源で聴いていると、ライブではもっといけるんじゃないかとも思う。
そのもっといけそうなポテンシャルを感じさせるのは次に演奏された、「むすんでひらいて」のフレーズを使うことによってタイトルからも感じられるおどろおどろしさをこのバンドのスタイルとサウンドで描く「胎の蟲」での声を強く張る歌唱である。とはいえまだデビューしたばかりであるし、この前に出たのがすでに数え切れないくらいにライブを重ねてきたライブアーティストとしてのキャリアを持つHakubiと日食なつこであるだけにそこと比べるのは酷かもしれないが、このツアーをその2組と回ったことが必ずやこれからのバンドの進化と成長に繋がると思う。
バンドは今月新曲をリリースしたばかりということで、東京では初披露となるのがその新曲の「やさしい怪物」。音源では泣き虫がゲストボーカルとしてフィーチャーされているのだが、その泣き虫のボーカルパートは同期として流しつつ、田中がコーラスもしつつという形で演奏される。みとのベースのうねりっぷりといい、バンドとしてのサウンドが渾然一体となった、このバンドとしてのロックさの現状の極みとも言えるようなこの曲は最後のタイトルフレーズの堀胃と泣き虫の声の重なり方によって感じられるカタルシスも含めて、急速にこのバンドが進化していることが感じられる、紛れもなく新しい代表曲と言える曲だろう。そこには確実に去年経験した様々なライブで得てきたものが内包されているはずだ。
そして堀胃が
「知る人ぞ知る、このツアーで1番演奏された曲」
と言って演奏されたのは現状のバンドのキラーチューンとも言える、言葉遊び感もあるシュールな歌詞がクセになる「Champon」であるが、それは自分たちが出演することができなくなった名古屋でHakubiの片桐がカバーしてくれたということも踏まえての言葉であるだろうからこそ、どこか歌声やサウンドに感謝の気持ちが乗っているように感じられた。つまりは
「我愛イ尓 我愛イ尓」
という中国語のフレーズはこのツアーに関わった全ての人に向けられていたということだ。
観客の手拍子に導かれてアンコールにメンバーが登場すると、堀胃はこのツアーがとても楽しいものだったことを改めて口にし、そのツアーに来てくれた人、作ってくれた人に対しての感謝を口にしてから「静かな歌」を歌ったのだが、
「薄い唇震わして静かに泣いていた」
というフレーズに合わせるかのように、堀胃のボーカルは少し震えていたように聞こえた。そこにはやはりこの面々で回ることができた楽しさだけではなく、名古屋をキャンセルしてしまったという悔しさも感じたツアーの最後に演奏された曲だからだと思う。
鹿野淳も開演前の影アナで
「このツアーで1番たくさんのことを感じたであろうバンドにトリをお任せすることにしました」
と言っていたが、その悔しさがこのバンドをさらに成長させるものになるということに期待しているし、いつか田中のMCで巨大な凪が起きた時には、このツアーがあったからこそここまで来れた、と思えるような経験になったはずだ。そんなバンドを自分がリスペクトしてやまない曽根巧がサポートしてくれているだけに、どうかこれから先もこのバンドを育てて、導いてください、という感情を抱いていた。
1.エンドレスロール
2.チーム子ども
3.時間を溶かしてお願いダーリン
4.magnet gum
5.Driver
6.胎の蟲
7.やさしい怪物
8.Champon
encore
9.静かな歌
終演後にも規制退場が終わるまで鹿野淳はずっと影アナをしていた。
「雪はほとんど降っておらず、交通機関に乱れはないので帰りは大丈夫ですが、ご時世的に直帰をお願いします」
と言っていたので空腹を我慢して直帰したら、帰りの電車は遅延していたし、千葉県に入ったらめちゃくちゃ雪が降りまくって道に積もっていた。その辺りがこれまでに主催したフェスで豪雨を呼び寄せたりした鹿野淳のイベントらしいな、とも思っていた。